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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第六章『宿命の清算【表】』
210/430

5-2



 疲れていることは、自覚していた。

 だけれど、顔には出さないように努めているつもりだった。



 ……どうやら努力それが足りなかったらしい。

 私はジェフ氏の勧めで、とある店を目指す道中にいた。



「旨いものを食べれば万事の大抵は腑に落ちる」と、彼はそう私に笑う。

 私はひとまず、その言葉に縋ることにした。





 〈/break..〉




「ここだ」

「ほぅ……」


 ――香り立つは、スパイスと肉脂。


 それがログハウス風の木材壁を透いて通り、燻製じみたニュアンスを得て私の鼻から胃の腑に落ちる。


 店の中は窺えない。窓から見える光景は、落ち行く黄昏よりもなお暗い照明のみがあり、判然としないものであった。そのありように私は、「洞窟」を思う。

 そう。()()()()()()()()()()


 暗い奥に、何かの呼吸(いぶき)。それは人の文明外にある繁栄をほしいままにしていて、だからこそ「捕食者」は、よだれを垂らして虎穴に入る。

 獲物を狙う肉食獣のように、或いは、獲物を狙うトレジャーハンターのごとき嗅覚で以って、


 私ことリベット・アルソンは、その店、『バル・スパイスの洞』に釘付けとなっていた。





「……そんじゃ、行こうか」

「行こう、行きましょうじゃないの……っ!」


 ということでバロンに連れられ店内へ這入る。

 ドアベルが涼しい音を鳴らして、それからすぐに店の奥から店員が私たちを出迎えた。


「お二人で?」

「よろしく」


 それは実に簡単な挨拶であった。それだけで以って私たちは、暗がりの店内のその奥へと案内される。


「(お、思った以上に暗い……。外まだ陽があったはずなのに……)」


 なんて事情なので店内の様子はあんまりわからない感じだった。とはいえ足を運ぶのに苦労する程ではないし、周囲は暗いけれど、それでも人の気配や肉を焼く音のおかげで不気味さとは真逆の空気感。……と、外の西日に焦がれた網膜が慣れてくると、店の様子もようやくと判然としてきた。


「(へえ、テーブルの上で自分で焼くスタイルなのかぁ……)」


 案内されるすがらで見えたのは、テーブル上のくぼみ部分(・・・・・)で淡く赤熱する木炭と、その周囲に並ぶ串刺しお肉の乗った皿。それと、今更ながらに私はこの店内を巻く「そよ風」の感触にも気付いた。


「ああ、ここはわざわざ魔道具を使って店内の空気を流動させてるらしいんだよ。なんで煙も捲かないし火元の近くにいても涼しいし、なんとなく外にいるみたいな気分になって食も進むと良いことづくめ。いい店だろ?」

「うん、いいなって思う」


 ……ケド、それを店員さんのすぐ近くで言えるバロンがすごいって感情の方がちょっとだけ強い。いやまあ、人を積極的に褒めるってのは間違いなく素敵なことだし、見習っていくべきなんだろうけど。

 と、そこで店員さんが、


「こちらになります」

「どうも」

「今日は肉料理を頼まれますか?」

「ああ」


 バロンが小癪にも私の席を引きエスコートしてくれながら店員さんとやり取りをする。他方、バロンの言葉を受けた店員さんは、


「では火の方、付けさせていただきます。注文が決まったらお呼びください」


 と、てきぱきとした様子でテーブルの用意をしてくれた。


「……、……」


 ほぅ、とテーブル中央の木炭が、店員さんの魔術操作で以って赤熱を始める。

 少し待ち、そこに手を晒し火の加減を確認してから、店員さんがそれに網を乗せた。


「お兄さん、とりあえずバーベキューメニューで。あとエールを二つと、サラダとチーズと、凍らせた柑橘ってのもあったよな?」

「ええ、そちらを?」

「よろしく!」


 こなれた感じで注文を選ぶバロンに、店員さんも流麗に対応し厨房に戻る。

 私は、それを終始眺めておきながら、


「け、結構頼んだね?」

「……、……」


「? ……バロン(・・・)?」




用事を思い出した(・・・・・・・・)。……悪いがエイルちゃん、来たら食べてて」




「え、え?」

 自らも席に着こうと中腰になった彼は、何やらそのように言って、すっと入口の方を見た。

 私はそこに、……その彼の表情に、ネコ科の獰猛さのような何かを感じ、慌てて周囲を検分する。

 が、


「お待たせしました、お先にエールです」

「あ、どうも。んじゃリベットちゃん、乾杯だけ」

「あ、うん……?」


 流されるように私は店員さんからエールを受け取ってしまい、次いで、彼もそのように。


「んじゃ乾杯。頑張ったリベットちゃんに」

「か、かんぱーい……」


 こちん、と柔らかくきれいな音。そして彼は、


「申し訳ないお兄さん、一度外してもいいかい?」

「構いません、どうぞ」


 そう店員さんに了承を得て、そのままそそくさと店を出てしまったのだった……。


「?」




 ../break.




「お待たせしました、バーベキューお持ちしました」

「ど、どうもー……」


 さて、

 バロンがちょっときな臭い(・・・・)感じで店を出てしばらく、一人置いてかれた私はどうしているかと言うと……、


「ええと、……ではこちらに失礼します」

「あ、すみません……」


 決して狭くはないテーブルをそれでも埋め尽くすお皿の群れに、どうしようもなくエールで唇を潤しているところであった。


「(わーい絶対食べきれないぜぇ……っ!)」





 さてと、

 ……それでは、どうしたものだろうか。


「(バロンさーん……。ごはん来たよー……?)」


 なんて胸中で呟くのも、実はこれで五回目とかだったり。なんだかんだおなかは減っていた私だけれど流石に私だって女の子なわけで、サラダにチーズに凍らせた柑橘にと、前菜だけでも割と満足しつつあった。


 ……ちなみにこの前菜の内訳と言うのが、サラダは何やらさっぱりしたソースがかかった口直し用っぽい感じで、チーズは白カビの葺かれた前菜アペタイザーにちょうどいいヤツ。それから最後の凍らせた柑橘と言うのは、正式名称で「サイコロフルーツ」とかいう、その名の通りサイコロ状にカットされたフルーツの山盛りであった。あと、別に柑橘オンリーってわけじゃなくてパイナップルとかキウイとかもあった。察するにバロン柑橘大好きなんだと思う。……大好きなんだとは思うんだけど、あれ? 猫ってそういうの大丈夫なんだっけ? 飼ったことないからわかんないけど。


「(なんて現実逃避してる場合じゃぜったいない……)」


 なにせチーズもフルーツも炭火の熱で今まさに溶け出しつつある。さすがにちょっともったいないし、ちゃんと美味しいうちに食べてあげたい。前菜だけでそんな状況なのにメインディッシュが追い打ちである。スパイスが豪勢にまぶされたお肉とかお野菜とか魚介とかすごい美味しそうだしホントならもっとコレ素直に喜びたかったしワクワクしながらお肉焼きたかったんだけどなあ。


「……、」


 ……いや、もういいかな。うんそうだよな、いないやつが悪いよね。焼いちゃおうかな。なんか見てたら改めておなか減ってきたし。



「……、……」



 店員さん曰くの「バーベキューセット」なる皿から、私は一つ、串を取り上げる。


 選んだのは、分厚いお肉がエスカルゴのように「巻かれて」三つ、鉄串に刺されているという一本である。持ち上げただけでも旺盛なスパイスがふるりと零れて、舞い上がる香りが舌を押す。……あ、駄目だホントおいしそうかも。



「(や、……焼いちゃおう)」



 ということで熱された網の上へ。

 すると途端に、――じゅわっと揮発する脂の匂いが、テーブル一面を鮮やかにコーティングした。


「――――。」


 肉の匂い。スパイスの匂い。

 それらが溶け合い、上昇気流を作る。

 旨味だけで出来た積乱雲が、私の目前にて熱気に踊る。

 私はその時点で、……一つの思考に脳を支配された。つまりは、


 そう。

 ――早く焼けてくれぇ、と!


「(うわあおいしそう! おいしそう!! おいしそうだよぉ!!?)」


 肉の表面が汗をかく。それが溜まって滴り落ちる。脂が炭に落ちるたび、歓喜の音を挙げて匂いが舞い上がる。……私は耐え切れず少しだけ鉄串を持ち上げる。ほんのりと浮かせたお肉の裏面を見て、そこに私は、脳を溶けさせるほど甘美な「コゲ」の兆しを遂に見つけて――、



「(――――っ!)」



 きっともういい(・・・・・・・)

 そんな、はしたなくて堪えの効いてない感情で目前の肉塊をひっくり返し、そしてその行いが、その直感が、何よりも正しいものであったことを悟る。


 ――焦げ付いた表面。そこが噴き出す黄金色の旨味。匂いが変遷する。匂いが、下手な媚薬なんかよりもずっと甘美に私の理性を獣に変える。


 もういいよね……? もう、もういいよねっ!? 私、私今すぐキモチ良くなりたいの!



「いっ……。いっただきまぁs――」

()鹿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」



 と、そこで、

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()と共に、私のお肉は無情にも没収された。


 というか、

 この声は――、




ハ、ハルくん(・・・・・・)!?」

よー久しぶり(・・・・・・)。……きみね、どんなにおなかすいてても生肉はいかんよ」




 ハルくん。もとい『カズミ・ハル』。


 過日、私を爆竜討伐クエストに同行させてくれた、ほんの少しだけ懐かしい冒険者。

 彼が、まずは、


 ……そこはかとなく辟易とした半眼で以って、私のお肉を網に乗せ直した。




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