...and Morning coffee.
今回話を持ちまして、楽園の王に告ぐ~『散歩〈EX〉』とかいう牧歌的な名前のチートスキルで、俺こと鹿住ハルは世界の果てを目指します~・第一章「旅のはじまり」は完結となります。
ここまでのご愛読、ありがとうございました。
――旅の続きを ..prologue.
そして、時刻は今である。
「 」
例の、三角形に空間を取った部屋。
カーテンはなく、斜に構えた部屋には、何の遮断も受けない春の朝日が一身に降りている。……そしてそれが、俺の頭痛をさらに加速させる。
ちなみに、シアンのモーニングコールは先ほど済ませたところであった。その際に彼女は、まるで喪に服すような声色で言っていた。
――この街から、酒が無くなりました、と。
「……、……」
知るか。知ったこっちゃねえ。
ということで起きる。酷い寝汗が、この宿に借りた寝間着を濡らしている。
しかしながら春の朝はまだ冷えて、俺が毛布から身体を起こすと、冷たい室温が俺の背筋を刺す。
俺は、日差し色の床に、そっと足をつけた。
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「おはざーす」
「あ、おはようございますー!」
「おはよう、ハルさん」
シアンと、バイオレット氏の声だ。
階下に降りると、彼女らが昨日の朝と同じように、せっせと食堂の準備に明け暮れている。
その昨日と違う点を上げれば、それは、エイルがいないことであろうか。
今朝は落ち着いて朝飯にありつけそうだ。空腹などなくとも、朝飯の中毒性はやはり、いかんともしがたいものがある。
「……ふぁふ」
――トーストと、
ベーコンと、
塩の効いたスクランブルエッグ。
それに日替わりの果実のジュースと、苦みとキレが強いコーヒー。上等だ。
昨日とは違う、静謐の朝である。宿の冒険者は昨晩良いだけ飲んだと見えて、もうしばらくは起きてこないだろう。この食堂は、人がひしめく分には手狭に思えるが、一人で貸切るにはあまりにも贅沢だ。
さて、
まずはサーブされた果実のジュース、リンゴジュースで喉を濡らす。
そして俺は、背もたれにふうと、身体を預けた……。
「――ハ、ハル! カズミ・ハルはいますか! いるんでしょう!?」
「……、……」
がたん、と出入り口が開け放たれる。
確認するまでもない。この遠慮のない声量はエイルのソレである。
……なんか昨日昼しがたにはアイツのこと滅茶苦茶見直した記憶があるんだけど、しかしどうにも鬱陶しいなぁ。
「……なんだよ、おはよう」
「あ! ハル!」
俺を見つけて彼女は、だつだつとこちらに歩いてくる。それで俺が気を利かせて、「そっちの席開いてるよ」と告げると、
「結構です!」
と、強めのにべなさげな返答が返った。なにやら、そのまま立って話すつもりらしい。見上げるのだるいから座って欲しいんだけどなー。
「……ったく。なんだよ、朝だぜ? どうしてそんなに元気なの?」
「いやっ、元気にもなるでしょう、あなた! 昨日のお昼に、一人でどこに行っていたのか言ってみなさい!」
「うん? ちょっと記憶にございませんね」
「ギルドです! あなたギルドに行って、大規模クエストを受けたのでしょう!?」
「……、……」
さて、
それではここでまだ回収していないフラグの一つの答え合わせといこう。
……まずそも、俺が彼女に課せられた依頼は『赤林檎』の討伐それのみであった。
報酬は二千と幾らか。雑費は向こう持ちであって、その他にも装備の準備を受け持ってくれるという。その時点で破格ではあるが、しかしさて、ここに雑魚の賞金はかかってこない。
そこで俺はふと思う。これはきな臭い、と。
なにせ昨日の大ボスは文字通りの「爆弾」だ。それを任意で爆発させるのが昨日のクエストである。ならばつまり、大規模クエストで賞金を懸けられた取り巻きは、その大多数が『赤林檎』の爆発で焼失しはしまいか、などと。
察するにこれは、彼女の「政治」であったのだ。俺には本命の討伐を依頼し、それとは別に大規模クエストという名目で冒険者に露払いを命じる。そこで彼女が冒険者に真に求めているのは、俺が『赤林檎』まで到達するまでのルート取りである。最短直線を冒険者の戦力でこじ開け、そしてそこを俺が通る。そういった腹積もりだったのだろう。
そこまできたなら、あとは簡単だ。俺が『赤林檎』を爆破する。それで雑魚は概ね爆発四散。賞金もへったくれもないというわけである……。
「なるほど、いい読みだ。――だから二つ、お前に教えてやろう、エイル」
「は、はい?」
「一つ、俺がギルドに行った理由だ。まずは大規模クエストの受注、そして次に、討伐証明の取り方だよ」
そう。
仮にこれが、例えば蜘蛛の「右」の触覚を持ち帰るみたいな、「一つの個体に一つしかないような部位」のテイクアウトなどであったなら話はご破算だ。爆発で焼失するに決まっている。しかしながら、そう。――それだけであるはずがない。
いやなにせ、人間というのは欲の生き物だ。欲に欠くことなく、また金の匂いには敏感である。あるはずだったのだ、魔物の死骸の一部を持ち帰らずとも、ギルドに討伐数の監査を委託できるような制度が。
そして、
……見つけたのが、「ギルド派遣監査員」なる制度である。
「ギルドの組員に、こちらから依頼を出すんだ。俺が倒した魔物の数を数えてくれ、とね。……いや全く、引く手数多だったよ。なにせ俺には、爆発で一網打尽にするプランがあった。政府のお墨付きでね。そして、エイル? ……この依頼の相場価格を知っているか?」
「……、……」
「討伐達成報酬の二パーセントだよ。向こうのお偉いさんは、遠目から指折り数えるだけで、四〇〇万が舞い込んでくるってんだからな。依頼の手続きは、非常にスムーズだった。
――それでだエイル。二つ目の話をしようか」
「……。」
「追加で三五〇〇万だ。それだけ俺の手元に入ってきたよ! わぁっはっはぁ!」
……元来の見立ての軍勢であれば、こんな桁になったはずがない。しかしながらこの戦いには多数の誤算があった。
蜘蛛の牽制部隊による足止め。それによる『赤林檎』の、予想外の位置での接触。引いてはそれによって、冒険者一団の助力が不発に終わったこと。そしてそもそも、蜘蛛一群の母体が事前申告の二倍程度まで膨れ上がっていたこと。そのどれもが、恐らくは「この事件が人為的なものであった」ために起きた妨害である。
いやはや、黄金律〈Ⅷ〉ここに極まれり。
これはつまり、誰かの悪意が俺の財布を潤したという事実の証左に他なるまい!
「……知ってますよ」
「え?」
――プルプルと、
震えながらそう答える彼女に、俺は思わず素の言葉で疑問を投げた。
「知ってます。全て今朝聞きました。あなたがそのような一手を打ったこと。そしてその責任も全て、私が被ることになるのだとも」
「あー……」
そう言えばそんなこと、昨日ギルドで言ってたっけ。
――責任者は自分だから、何かあれば自分に取り次げ、みたいな?
「えっとー……?」
「なにか、……申し開きがあるなら言いなさい」
「……、……」
いや何、申し開きだなどと言われたところで、これはエイルの脇が甘いのが悪い。
ゆえに、俺は一応この言葉を送っておくことにした。
「――――。ごちそうさまです?」
「わーーーーーーーー! わあわあわぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
そう叫んで、掴みかかってくるエイル。
俺は、その両腕をいなしながら、
「……、」
向こうに、朝食を二人分運んでくるシアンの姿を見つけて、
――その盆のいまだ見えぬ献立に、心を躍らせるのであった。
〈第一章 旅のはじまり 完〉
※次回、第二章「英雄の街」の投稿につきまして、序章を12/3(月)1時くらい、本編を12月6日(木)の午前0時半前後くらいを予定しております。なお、以降は話数ストックの都合上、ひとまず12月中は「3の倍数日」の更新とさせていただきます。ご了承ください。




