『序_/4』
※第六章の各話タイトルを変更させていただきました。
読者の皆様にはご不便をおかけいたします。
今後とも、当シリーズをよろしくお願いいたします。
……エイルらが悪神神殿防衛拠点を訪れる、ほんの少し前の事。
北の魔王拠点、戦闘演習場にて。
「――はァ、はぁ」
「――あー、ちくしょう」
魔王と少女との決闘は、果たして、
「私の負け。降参」
――そのように、帰結したのだった。
ということで私ことリベット・アルソンは今、逆条八席のお歴々と共に食事の席を囲んでいた。
「ほんとすっごいの! そしたらりべっちがねっ、ば~って星をおとしてさ、かるてぃすがぼんってうち返して! そしたらりべっちはその星をどんって!」
「――……う、うぉおダメだ! ここまで我慢してたけどもうどうしようもねえ! 悪いがティア! 何を言ってるのかさっぱりわかんねえ!」
確かにその通り、と私は彼、猫族甲冑のバロンの悲鳴に内心で大いに同意する。
見ればそれは私だけじゃなく、他のみんな、――魔王カルティス、ヒト種のマグナ、竜種(?)のニールも似たような感じである。
……ちなみに彼女こと妖精族のティアが言っているのは、先ほどの私とカルティスとの決闘の内容である。
曰く「星がどーん」「魔法しゅーん」「剣でばーん」と、正直な話決闘の当事者である私でさえちょっと情景描写が出てこない感じ。
「ちゃんと聞きたい! ちゃんと聞きたい俺! 知ってんだぜ俺! カルティスお前息が上がってたって話なんだろ!? それってめちゃくちゃ競ってるよなっ? チクショウ俺も見に行けばよかった!」
「確かに、そこは気になるよね。……特にうちらじゃ結果で競っても息が切れたりはしない。何合打ち合ったら詰みが見えて降参って感じで。……カルティスあんた、さてはマジで苦戦したんでしょ?」
「やめてくれよ、性格悪いなあ」
と、にやにや顔のマグナに彼は、フォークを振って辟易と答えた。
「神様の力をちゃんと引き出されたら君らだって流石にどーしようもないだろ? こっちだって必死だったさ」
「おお! ちゃんとですか!」
と、楽しげに話を聞いていたニールが、今度は驚いたようにして私を見る。
「ということはつまり……っ?」
「ええ、これ以上は引き出せないトコロまで漕ぎ着けたわ。……みんなにも改めて、ありがとう。待たせてごめんね」
それにニールが拍手を返す。
「素晴らしい! どうですそれでは、一つ私とも本気の手合わせを……」
「やめてやってくれ。リベットさんのためにじゃない、この城のためにだ」
「なおすヒトのみにもなって!」
カルティスとティアからのそれぞれの抗議で、……竜種の威厳なんてまるで無く、ニールが分かりやすいほどシュンとする。
「(しっぽが垂れてる。……ちょっとかわいい)」
「――さてと。とりあえずそんなわけだからみんな、一旦いいかな」
と、……そこでカルティスが一つ柏手を置いた。
「とにかくこれで、準備は完全に揃った。なんで、明日からは忙しくなるよ」
「あした?」
ティアが問い、それにカルティスが答える。
「――ああ。まずは明日、神殿に行ってみよう。それで、その場で何の問題も無いようなら、そのまま神殿攻略の下準備まではその場で済ませよう」
「おーそりゃ、結構な突貫作戦で……」
マグナが半眼として、そんな言葉を彼に返す。
「まあ、……だね。そこは認める。なんだけど実は、もうあの辺にはストラトス側の防衛拠点が設営されてるらしいんだ。だからこっちも、出来る限り迅速に話を進めたい」
「へー。……ちなみにそりゃ、誰が見つけた情報なんです? いつの間に斥候なんて打ってたんですか」
「ダーマだよ。しばらく前に実はね。――虚無のダーマ。リベットさんにはまだ紹介できてないウチの四席だ」
「ほぉ! あいつと連絡取れたんですか」
面白げに驚くマグナの傍らで私は、カルティスの私向けな説明口調に、その『ダーマ』なる人物についてを思い出す。
虚無のダーマ。
カルティスの言う通り私は会ったことがないけれど、曰くその人物は「独特な趣味の格好をしたスケルトン系のアンデット」らしい。戦いのときには、『影』の属性の魔法を使うのだとか。
「ああ、ひとまず連絡だけだけどね、元気そうだった。なんならお土産も持ってくるってさ。……リベットさん向けのアイツの詳しい紹介は、ひとまず後に回させてもらって、――それじゃ、さっそく明日の話をしようか」
〈/break..〉
……明日の話というのは、つまるところ件の「神殿の下見と下準備の内容確認」であった。
曰く明日は日が落ちた頃にここを出て、闇が深まったあたりで「ことを為す」と、そういう手順らしい。その辺は、何せ私は外様であるからして、基本的には彼ら逆条が主に行うとのこと。
私は基本的に彼らの持ち帰ったプランを受け取って、仔細あれば変更を提案して、それでもってなるはやで形にする。それが明日の行程の大筋である。
「……、……」
「お疲れ様、リベットさん」
場所は王城のテラス。ここからは、夏の月がよく見える。
私は振り返り、彼、カルティスの差しだすグラスを受け取って、
「今日はお酒なんだ?」
「ああ、良い日には良いものを食べるってのが、うちの数少ないルールの一つでね」
――ダーマももしかしたら、どこかで乾杯してくれてるかも。と、彼は月夜にグラスを挙げた。
「わおロマンチック」
「…………こういうさ、僕らしくない真似をし始めるからお酒は嫌いなんだ」
こほん、と一つ咳払い。彼は居住まいを正して私を見た。
「リベットさん」
「なに? 急に改まって」
「――悪かった。今日までの訓練は、殆ど拷問みたいなものだったろ? よくぞ耐えたって称賛する前に、まずは謝っておきたかった」
「…………、」
拷問。
確かにその通りだった。今日までの「訓練」は、どれひとつとってもヒトの精神を「健常から踏み外させる」に足る凄惨さだったと、……私事ながら、そう思う。
……しかし当然、恨みなどありえない。
「私はもともと、その辺りに地雷があるタイプだったんだよね」
「……、」
相槌も打たず、彼は静かにそこにいるのみだ。
だからこそ私も、ゆっくりと次の言葉を選ぶことが出来た。
「男の人が、ちょっとだけ怖い。パニックを起こしたらもう最悪よね。それで最近も、ポーラを呼び出すくらい追い詰められたこともあったわ」
思い出すのはあの「爆竜討伐依頼」での一幕のコト。私はあの日、レフ・ブルガリオなる「長刀の男」にものの見事に地雷を踏み抜かれて切り殺された。
あの男自体も相当な使い手ではあったが、しかし私に『地雷』がなければ、或いはあのクソッタレのクソ悪神なんぞに頼らずに済んだ目だってあり得る。
「でも、全部オッケー。オールクリア。……あなたのことも、もう怖くないよ」
『男』が怖くて、レフ・ブルガリオが怖くて、北の魔王カルティスが怖かった。その恐怖の果てに私は悪神の力をモノにして、そして、
「私と歩を分ける相手が怖いわけがない。でしょ?」
「……改めて言われるとくやしいなあ。なあリベットさん、勝者の義務だと思ってリベンジ受けてくれない?」
彼の申し出は、ひとまず笑って受け流しておこう。私はあくまでも負けず嫌いなだけで、戦うことそれ自体が好きなわけでは決してない。
「それより、ダーマさんのコト教えてくれるんでしょ? 早くしないとゆっくり寝られなくなっちゃうわ」
「あー、そうだね。明日はまあ、そこまで早いつもりでもないけど。早く終わらせるに越したことはないか。……実はこの機会に、君の力のこととかもさ、教えられることは教えたいと思ってて」
「へえ?」
興味を惹かれて、私は彼の視線を受け止める。
すると彼は、指を一本ずつ立てながら、
「ダーマのコト、神様の力の応用編、それからあとは、神様との戦い方だね。多少、長い話になるかもしれないからさ、今夜は、酒の肴程度に聞いて行ってね」
などと言って、「改めて」と私にグラスを持ち上げた。
「乾杯?」
「ああ、改めてだよ。ごめんも済んだし、ようやく言える」
「――――。」
「……じゃあ、
――君の大いなる努力と、得た成果と、来るべき宿業の清算に」
そんな祝詞を乗せた風が、
……「かりん」という涼やかな音に紛れて消えた。
〈/break..〉
「結局、言わなかったんですね」
「……ああ、マグナ」
二人分のグラスを携えて回廊を歩く魔王カルティス。そのうなじに、そんな冷ややかな声が浴びせられた。
「何を、僕が、言わなかったって?」
「向こうのストラトス陣営には、リベットちゃんとも縁のある公国騎士がいる」
……エイリィン・トーラスライトとかいう女の子、と彼女はただすら平坦な言葉を吐いた。
「いつかの席で言ってたリベットちゃんが裏切る可能性ってのは、さてはコレ絡みでしたか?」
「……、さてと、どうかなあ」
「…………。」
濁したわけではない、と、マグナはカルティスの様子にそう理解をした。
濁したわけではなく、あれは、明文化できぬほどに入り組んだ思考が、判断の根底にあるだけだ。
「一応言っておきますけど、リベットちゃんの覚悟は本物だと思いますよ? 何せこのまま生きてりゃなし崩し的に悪神と共倒れですからね。まあエイリィン・トーラスライトが命を賭けても裏切りたくない相手だって可能性も、一応あるにはあるんでしょうけど」
でもまあ、ないでしょ? と彼女。
「どうして言ってやらないんですか。リベットちゃんならむしろ、心の準備でもさせてあげたほうが賢明でしょう?」
「――理由が三つあるってハナシ、せっかくだしバラしちゃおうかな、そしたら」
「――――。」
その表情にマグナは二の句を取り落とす。
それは、魔王の表情などではなく、
「……、……。」
――魔王だとか英雄だとか、そういったモノの更に奥にある貌であった。
つまりは、彼が、
まだ「ただの勇者」であった頃の……、
「……聞きましょう?」
「一つは当然リベットさん絡みだ。裏切るかもしれないてのは薄くても、言わない方が良い目を引くって展開もあると思った」
「良い目?」
「僕が信じてるのは、リベットさんは揺らがないってところまでなんだよ。それが仮に、その場のアドリブでもね」
「……、……」
なるほど、と彼女は一人腑に落ちて、
だからこそ、……茶化すように言葉を選び直した。
「僕?」
「…………俺、俺でした俺ね俺。あーもー駄目だ一生慣れないよコレ。なんなら未だに恥ずかしいし」
「まあ、いーんじゃないですかね、フォーマルの場で出さなければ。……それで、二つ目は?」
「戦力配置。――ぎりぎりまで言っちゃうと俺のプランは、もしかしたら逆条の全員にブーイングされるかもしれないようなヤツでさ。……だけど俺はこれで行きたいから、みんなにも内緒にしてるの」
「…………あー察した。なるほど察した。これは酷い。まあ、あたしはどうせ文句言えるような立場じゃないですし? 胸の内に秘めときますよ」
「やめてよソレさ、いつまで昔のコト根に持ってんのさ……」
「死ぬまで背負ってますよあたしはこの十字架をね。どーです? 古傷痛みます?」
「いやもう完治。完治完治」
「……………………まーいいや。えっとそれで、三つ目ってのは?」
「うん? え? わかんないの?」
「……はい?」
そこで両者に、微妙な沈黙がふわりと浮かぶ。
先を促していいものか苦慮するマグナに、しかし他方のカルティスが、
――「今から当たり前のことを言うケド?」みたいな顔で、言葉を継いだ。
「普通に作戦漏れを心配してるんだよ?」
「は、はぁっ? んなもんありえないでしょこんな盤石な城を築いといてからにっ」
「盤石、……盤石ねえ」
そこでカルティスが、思考をもう一つ、
そして、言う。
「さすがにこの城が、『亜性領域:世界樹の頂』にあるとしてもさ?」
「……、……」
「星の目はごまかせない。そうじゃない?」
「!」
マグナが、言葉を失った。
それで以ってようやくカルティスは、マグナと自身との認識の齟齬に思い至る。
「あんた、まさか……」
「そう。ちゃんと言ってなかったっけか。……実はね、僕はそう思ってるんだ」
「……、……」
「多分この状況、この、まるで宿命づけられたかのように綺麗にヒトと魔族の決戦に帰結してしまったこの状況を見る限りで考えるなら、『本当の敵』は……、
――普通に考えたら、『宿命の担い手』だよね?」




