幕間_Ⅱ
北の魔王本拠内施設、戦闘演習場にて。
広い空間には、荒野に舞う砂塵のような緊張感が満ち満ちている。強者どもが幾重にも吐き出した血と努力と咆哮の堆積が、不可視の静謐を、その聖域に作り上げていた。
――そこに今また、戦士が二人立つ。
「もう何度目の確認だけど、一応の手順だから確認するよ」
一方は北の魔王、逆条八席第一席、魔王カルティス。
魔王らしい衣装は脱ぎ、その服装はどこまでも軽装であった。
袖のない上着と伸縮性の強い袴、そして硬質な靴。その手の、武骨と精緻を共存させたようなブロードソードを、彼は巌のごとき腕で以ってゆるりとぶら下げている。
「君の強みは、そのスキル、『邪教の巫女』による神性の貸借だ。しかし君は、それを意識を飛ばさずに万全に行使することが出来ない。……さあ、幾度目の文言だけれど、もう一度。口に出して誓いを立ててくれ」
「――意識を飛ばさない。生死を彷徨う怪我、激痛にも目を閉じない。理性を保ったまま致死を超える。分かってる、分かってるわ」
他方は彼女、二級冒険者リベット・アルソンであった。
ローグ風の機能性重視の服装。挙動性を取り防備を捨てた衣装は、いっそ官能的なほどに布地を削減したもので、彼女の細い身体がどこまでも露になっている。
両指の先には、二振りの苦無。腰には剣と小弓を下げ、その貌、その瞳の、――その奥の輝きには、
「――――。」
隠しようもない「怯え」があった。
「…………。そうだ。君は文字通り、死んでもなお意識を手放すな。それで君は、君自身の意思で『巫女を損なわないための防御機能』を使える」
「……、……」
「耳にタコだろうけれど、それでも敢えて何度だって確認するよ。意識を手放すな。意識を手放すな。絶対に意識を手放したりするな。この言葉を君は常に脳裏に刻む。忘れそうになったら声に出したって良い。それじゃあ、
……――今日も、始めよう。先手はそっちから」
〈/break..〉
カルティスの宣言通り、彼は全力で以ってその身に隙を作る。それにより出来上がった「打ち込むべき箇所」は、いっそ彼が執務室で読書にふけっている時よりも多い。それでも、
「――――。」
それでもリベットは、一歩を踏み込むことが出来ない。
建前の隙にためらっているわけではなく、その「怯え」は、今日までに彼女自身の中に形成されたものであった。
「……怖気づいているなら、今日は、こっちから行こうか?」
「――っ!」
その言葉に彼女の背が押された。「隙だらけの身体に撃ち込んで来い」という言葉が、彼女にとってはどこまでも暴力的な「命令」に思えた。
「っだぁア!」
「――――。」
両のナイフの投擲。それがカルティスの身体を「少し逸れた場所」を狙い飛ぶ。それを確認した彼は、更に一拍を待ってからようやく剣を構えた。
「ショックボム!」
「……、……」
投擲された二つのナイフが、それぞれ「魔力を強く胎動させる」。海底で起こる爆発のように鈍重な衝撃。それが拡散し魔王の身体を二度打ち据える。が、
「なるほど? 牽制のつもりなら二流だ」
耳鳴りを起こすほどの「無色の爆発」を受けて、それでも魔王は静かに立っている。
その体幹には僅かばかりのブレもなく、彼はまるで雨でも厭うかのように微かにまつげを震わせて応える。
「――――。」
まつげを震わせた。
それはつまり、魔王の視界が僅かにでも陰ったということの証左であった。
「――ッシ!」
その瞬間にリベットは、携えた小弓を抜き去り放つ。
番えるべき矢は魔力を編み、そうして掌に作り出した光の本流は、奔り出した途端に八つに分かれた。それら「光条」が、非自然的な螺旋軌道で以って魔王に迫る。
「バロンの星石か。しかしリベットさん、俺の味方手製の、手の内の見えた魔法をここで使うかい?」
「――――。」
「そうとも、――君はここで、分かりやすい一手は打たないよね?」
魔王が光の八条を睨みながら、背後の空間を剣の尻でノックした。
その瞬間にリベットは比喩でなく『内臓をかき乱されるような不快感』を覚える。
「こっちのは、ニールの転移だね。魔力爆破と星石の眩しさで視界を潰したように見せる。相対者は当然、視界を潰されぬように手を尽くす。しかしその実、君の目的は『相手に視界を潰させまいと手を打たせること』。つまり、相手の集中力の割く先を君がコントロールすることだ」
「ごちゃごちゃとッ!」
内臓に違和感を残しながら、リベットは強引に足を踏み出す。
ブラフのない抜身の突貫は、都合六歩で魔王との距離をゼロにして――、
「ニールから、この魔法のことをもっと聞いておくべきだったね」
「あ、 っがァあアアアア!?」
突貫の勢いそのままに、彼女は地面に激突する。
額面だけ見ればその光景は、「少女が派手に悲鳴を上げながら間抜けに転んだ」ような無様な見てくれであって、しかし挙がる悲鳴はもっと致命的な何かを発露していた。ただ転んだだけで、人が血を吐くはずはない。いっそ滑稽なほど見事に彼女は地面に倒れ伏し、その上で更に更にと激痛を嘔吐する。
「君が俺の背後に仕込んだ転移魔方陣は、言ってしまえば君そのものみたいなものだ。胃臓を掴まれている感覚が分かるだろ? それは幻覚じゃない。俺はこのまま、君の内臓を腹の肉ごと千切り取ることも出来るぞ」
「やめッ! やめォ……っ!?」
「…………。仕方がない、仕切り直そうか?」
「ァッ!? ぎィ……っ!! ぐゥウウウウッ!!!」
唇からあふれるよだれを拭うことも出来ない。狭窄とした瞳孔が「仇を睨むように虚空を睨んでいた」。それを魔王はただすら眺める。……あと十五秒。それだけ待って何もなければ、本当に仕切り直しておくべきか。
と、そんな思考にふけっていたからこそ、
――魔王は、少女の次なる一手に内心で喝采を送った。
「おぉ……っ!」
虚空を掴んだまま、彼は適当に剣を振った。
切っ先が狙うのは先ほどの、迫りくる八条の光。虫を厭い片手を振るような挙動で以って、彼は八つの光を当然のように切り伏せる。
変化は、しかし、実のところその先にあった。
「……クリア、カースッ!」
「カースっ? 呪いか! それは君の巫女の力かな!?」
八つの光。それがカルティスに切られて、今は十六。
それら全てが、斥力に弾かれたように魔王に襲い掛かる。
「(転移のパスを切ったか。当然か、仕方ない)。――スキル:魔王体系:『却日』」
ただ一言で虚空が炎上する。それは魔王を起点に円周状に「ただ一瞬」だけ脈動して、次の瞬間には十六の矢が消失する。
否、……リベットはその空間に「ほんの小さな燻り」が十六上がっているのが見えた。
「魔王スキルの体系内部魔術だよ。『却日』。僕の、……失礼、俺の持つ魔力をただ単に熱量に変えるものだ。当たったら塵も残さず焼失するから気を付けてくれ」
「ッ!?」
激痛に歯を食いしばるリベットに、魔王はぶしつけな足取りでただ近づく。それを見た彼女は弾かれるように立ち上がった。彼の王の一歩が、ただそれだけでリベットに痛覚を忘れさせるほどの恐怖を喚起したために。
「魔王体系:武器結合:『鋸刀』。――さあ、俺も打って出るぞ!」
その手の剣が「光を吐く」。
光を吐くごとに、質量を霧散させたように手元の剣が形を失くし、――そして剣は、鋸の刃を持つ凶器に変わった。
「――ッ!」
他方の少女が武器を構える。その手に取るのは腰に下げた長剣。それを彼女は片手に取って、残る片腕を魔王に向けた。
「弾けッ!」
「甘いにもほどがある!」
少女の指先から迸る閃光。それを魔王は、ただ鋸の一振りで叩き割る。質量を霧散させた光は弾けてそのまま魔王の後方に流れ……、
「再定義!!」
「それを甘いと言ったッ!」
少女の命令を受けた光の飛沫が、魔王の背後で光球に収斂する。それを魔王は、「最初から知っていたかのように」更に切り飛ばす。
「クソ! 再定義――」
「……この残留光を魔力リソースとみるわけだろ? 魔術を発揮し終わった残りカスでなく、原料と。――なら、君がやってるのはこういうことだね。再定義」
弾けた光が「色を変える」。
鮮烈な『白』ではなく、圧倒的質量を内包した『黒』に、それは変わる。
「はっきり言えば、リベットさん。この魔術には驚いた。察するにティアだな。あの子の『命令の権能』の応用か。だけど、……魔王にも神にも、命令をするだけの格は潤沢にある。不用意に使うべき魔術ではないね。――ほらッ!!」
魔王がその『黒』を地面に叩きつけた。そうして起こるのは、「星が一つ落ちた」ような不可逆的な破壊、地面の胎動であった。
「――ぉあ!??」
「魔王も、神も、それ自身が魔術的な意味での『属性』を持つ。ゆえにリベットさん、俺たちはただ『魔力を使うだけでそれが魔法になる』わけだ。君たち人間のように、わざわざ術式に魔力を通して色を付ける必要はない。魔法の打ち合いは、こちらが二手遅れてようやく競ると思っておいた方がいい」
魔王が接近。その手の凶器を、ゆるりと構える。
下段。斜めに流すような構え。ならば次に来るのは――。
「(切り上げっ!!)」
否。
リベットが長剣を差し置くようにして防いだ一撃は、魔王からしてみれば単なる「布石」である。足場の振動に崩された彼女の体幹が、魔王の一撃で以って根こそぎ刈り取られて……、
「(アクセスッ!!)」
「恰ッ!!」
上段一撃。
魔王の埒外の膂力を、――しかし少女はまっすぐに受け止めた!
「ぐッ、ぬ……!」
「さすがは『神の力』だ。二割程度の出力でも俺を止めるか。――なら、これはどうする?」
鍔迫り合いの向こうで魔王が息を抜く。それによって発生するのは剣と剣の拮抗の僅かなブレだ。リベットの剣が、それでほんの少しだけ正中を傾いた。
「さぁ!」
その刹那の拍子にて魔王は姿勢を取り直す。
足を引き身体を斜めに、腕をたたんで敵を見る。
「――――ッ!!」
火花が少女の目を焼いた。次いで響くのは金属がこすれる不愉快な音だ。断続的に剣を叩かれるようなその手ごたえに、リベットは魔王の所業を知る。
「これは鋸だからね、こう使うものだろ?」
魔王が背の膂力で「鋸を引いた」。
リベットはどうしようもなく握力を込めて暴れる剣の柄を握りしめることしかできず――、
「どうすると聞いたが、なるほど? つまり君は、どうもしないと?」
「いッ!? ぎィ!!???」
その鋸の「刃を引く軌道」が、彼女の側頭部をめちゃくちゃに食い破る!
「俺たちは生物的な出力性能だけで格上種族扱いされてるわけじゃない。分かるだろ? 鍔迫り合い程度で一息ついてもらっちゃ困るな」
「くッ、そォ!!」
『神の膂力』が魔王の剣を強引に払う。しかしその手応えに彼女は、毛布にでも撃ち込んだような歯切れの悪さを思い、そして、
「――ぅあっ」
きぃん、と澄んだ音が響いた。
強引にではなく、「そうなるのが当たり前だとでもいうように」、彼女の掌が長剣を放す。剣が、弧を描き虚空を割いて天上に突き刺さった。
「視線だ。敵から目を離すべきじゃないぞ」
「ォがッ!!!」
腹部に衝撃。少女の身体が宙に浮く。痛みの奥に感じるのは「魔王の靴底」の硬質な感触。それはどこか、「複雑な触り心地」をしていたような気がして、
「刻印起動。エレクトロ・キューション」
「――――――ァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!??????」
悲鳴と、それを塗りつぶしてなお足りぬ轟音が響いた。
「――――、さあ、正念場だ」
「ッ!? ッ!!! ッ!!!!!!」
それは、「リベットの身体の内から吐き出されたような電撃」だ。それが彼女の身体を灼き、戦闘演習場を強く暴く閃光を吐く。
「エレクトロ・キューション。この刻印に刻んだ魔法は『感電死』だ。僕、……俺も経験があるけど、ソレ、痛いだろ? 身体中が『気絶しろ』と命令を出すくらいに辛いんじゃないかな。当然、そのまま受け続ければ君は死ぬしね」
返答はない。絶叫のみがそこにはあった。
「まあ死ぬ前にはやめる。だけど魔王に躊躇を求めるなよ? 死ぬ直前の直前までは続けるぞ。――君が出来る逃避は二つ。白旗を上げてポーラを諦めるか、或いは君自身がそれを打ち破ることだ」
返答はない。
電撃が、……少しずつ弱まる。炭化した少女の身体が露となる。
「まだ死んでないはずだろ? 君が死なないとその魔法は止まらないからね。――さあどうする? 魔王の雷が、人に止められるわけはない。君も同格になるしかないんだ。今が、その時だ」
電撃が弱まる。
更に、
――更に勢いを失くす。
「……。リベットさん?」
刹那。ただ一瞬の発光。
それが辺り一面を白く染めて、そして、
――落雷の音が、ゼロになる。
「 」
そこの残ったのは、ヒト型をした『炭』であった。
辛うじて「少女だった頃」の輪郭は残るが、焼け焦げたその肢体に、「彼女」の名残はない。
――焦げた肉塊。そう表現するほかにないナニカが、そこに出来上がっていた。
「 」
「……、……。」
魔王は、少女の身体を一瞥して、
「……。ティア、聞こえるな。今すぐ世界樹の葉を持ってきてくれ。ああ、今日もまあ、いい線までは行ったんだ。致命傷を受けて意識を失ったはずなのにポーラも出さなかったし、彼女も頑張ったと思う。それに俺も、興が乗って無茶をしたしね。……今日の夕餉はお肉を出してあげよう。それで明日は、きっと――……、…………。」
魔王は、
――彼でさえ未知の「不吉」に、後ろ髪をひかれて振り返った。
「 」
〈/break..〉
魔王は、恐ろしい。
そんな当たり前のコトが、私の頭の中をこんなにも支配していた。
「 」
意識を手放すな。
その言葉を呟く。
だけれどそれは、炭化した喉を通って声の代わりに炭を吐き出す。それでも私は呟いた。意識を手放すな。意識を手放すな。絶対に意識を手放したりするな。それは、
――なぜ?
「 」
魔王からの命令だから? 服従しなければ苦しみの果てに殺されるから? 違う。そんな理由ではなかったはずだ。魔王は恐ろしいけれど、でも、なぜか、彼が私を殺すことはないように思えた。
ならどうして、彼は私を殺さない? もっといたぶるため? 苦痛を浴びせて嬌声を楽しむため? 違う 違う違う違う。そんなことのために魔王は私をここに招いたわけじゃない。どうして私はここにいる? 私は最初に、何を「覚悟」した?
「 」
覚悟。覚悟。覚悟。
私はずっと豚だった。家畜。生命を見下されて当然のクソ下らない犬。そのくせ「奴ら」は私を欲した。私がいなくては成り立たぬ教義を、人を殺すための暴力のように私に振るった。それが、そう。――気に食わなかった。
認めてほしかった? 「彼ら」に? 違う。対価が欲しかった? 違う。尊敬が欲しかった? 違う! 違う違う違う絶対に!
「 ぁ 」
――ああ、そうとも。
気に食わなかった。気に食わなかったっ。気に食わなかったのだ! この怒りを名状など出来ぬ。ただの暴力、意味など空だ! それでも構わぬと私はその感情に全てを賭けた! 私を虐げた全てに報復を! 私を踏みつけた全てに応報を! 私を否定した全てに、――そう、負けを与えてやりたい!
意味はない。意味はないのだ。「ソレ」に意味がないことは全人類における周知の事実である。それでもヒトは、「ソレ」を尊ぶ。「ソレ」こそが美しき宝石だとそう感じる。私は既に失ってしまった「ソレ」を、私は、だからこそ取り戻したかったのだ!
負けたくない。負けたままじゃ嫌だ。勝たねば私は、負けたままだ!
「ぁ ぁあ 。」
指が動く。
炭化した腕が、大地を掴む。足が地を掻き、灰を崩す。
それでも私は、立つことを選ぶ。崩れた身体が取れてしまったってかまわない。腕が落ちても足が落ちても、頭が落ちたって構わぬのだ。負けたままよりはずっといい。
「ぁ、あ んた ま、だ。」
「――――。」
魔王がこちらを見た。その目に私は憐憫を見出す。それが、私の生涯において最も許せぬ所業であった。
そんな目で見るな。敗者を見る目で私を見るな。私は、
――私はまだ、負けてないのに!
「リベットさん、……すぐに、怪我を治すから、今はそのまま休んでいるといい」
「なに、いってんのよ 。 ――ここから、勝つところだわ!」
――魔力を開放。
その隆起に合わせて「術式触媒」が胎動を始める。
「な、ん――ッ!?」
魔王の、驚愕に見開くその目が心地いい。
……彼は言った。「私が迂闊な手を打つはずがない」。「私は付け焼刃の魔法について不勉強であった」。「私には、神や魔王の格に対する恐れが足りていない」と。
そんなもの――、
全て布石に決まっているだろうが!
「術式起動! 無色属性体系第二層:三天乖離!」
「マっ、……ジかよッ!!?」
『三天乖離』。
それは、文字通り「世界を三つの天に乖離」させる大魔術である。その『天』に気付いた魔王は今更ながらに剣を挙げるが、遅い。――既に術式は奔り出した!
「最初に投げたナイフ二つと、天井に打ち上げた剣が触媒か! 本当にあり得ない! どうして僕は気付かなかった!?」
世界が軋む。既に虚空は三つに隔たれた。その只中、「私が最適な立ち位置に誘導した」結果として魔王は、魔術の結果の最中央に身を晒している。
「魔王体系:『星と宙を隔つ膜』! クソ! 本気で殺す気の魔術じゃねえか!?」
「こっちのセリフよ何が電気死刑だ! 私が痛かった分アンタも痛い目見ろ馬鹿野郎!」
世界が割れる。その起点には魔王がいる。彼は「世界が隔たれた結果として」身体を三つに分け割かれ――、
否。
「ふはは、ふははは、……――ふははははバカめ姑息な罠を張りおってからに! しかし見ろこれが魔王の暴力だとも! 僕は魔王だぞ! 分裂する世界の楔程度に成れなくてどうする!?」
「馬鹿な!? ホントに魔王っぽいだと!?」
その言葉通りに世界が、『彼』と言う楔を中心に再び「結実」を始めた。私は魔力を込めて三天の引力を更に強める。しかしその抵抗は実にあっけなく「彼と言う暴威」に上書きされる。
「なるほどなァこれは、『貴様の持つ全てが貴様の触媒』となるというスキルか! これこそが巫女の権能の最奥というわけだ! 神に巫女に祝福された貴様は神と同格であり、また貴様に祝福されたものも神と地続きとなる! ゆえにこの三天! こんな鉄屑どもを僕の格上、神の身写しと定義できる! しかし下らぬ! 未だなお足りぬ! 魔王に仇成すならせめて『神』を連れてこいッ!!」
「説明ありがとうだけどそんなモンただの一側面じゃボケナス! いいわ、良いわよ連れてきてあげようじゃない! ――アクセス! アクセス! アクセスッ!!」
神域に叫ぶ。私は、そして喉裂き声を張り上げる。力を! 力をもっと!
「ぐゥ!? ぬォオオオオオオ!!!」
「身体が軽い! ああッ、痛みが分からない! 今ならなんだって出来そうだ! ――行くわよっ。行くわよ魔王! これが私の、手札の全部だ!!」
そう、そうとも。これは決して、錯覚ではない。
炭化したはずの腕が動く。高揚する頬に汗が落ちるのが分かる。それだけじゃない。力がみなぎる。全てが見える。身体中をひっくり返して探したって、出来ないことが見つからない!
「っだァあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「おォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???」
――そして、
そしてッ!!
「世界樹の葉っぱ持ってきたよーっ! ……あれ? お取り込み中?」
「……………………。」
「……………………。あ、うん。……ありがとう、ティア」
実に毒気のない彼女の声で以って、
……私たちの演習は、ひとまずのお開きとなるのであった。




