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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第六章『宿命の清算【表】』
200/430

2-3

※本日はこの後、短い幕間を更新する予定です。よろしくお願いします。



 酔った。


「酔ったぁ!(ふにゃふにゃ)」


 ということで場所は引き続き「いざかや」なる大衆酒場である。

 夜は未だ長く、卓を囲むグループはそれぞれ天まで届けと声を張り上げ続けている。当然、私たちのテーブルだってそんな事情で……。


「はっはっはァ! よォよォエイルちゃんもすっかりはしたなく(・・・・・)座ってンねェ! やっぱ酒ってナ片膝立てて飲まねえとなァ!」

「……一人壁側に座ってしまったのは間違いだったのかもしれない。うわ若き乙女が刻一刻と恥じらいを忘れていく様をリアルタイムで見てしまった」

「忘れてません私はね、恥じらいをね! 忘れてませんよう!」


 例の「串焼き」をがじゅりと噛んで、そのまま串を一気に引き抜く。

 肉を噛むごと鼻から抜けるのは「香ばしさ極振りみたいな威勢のいいソースの香り」である。これが更にと、私をエールの黄金色に駆り立てる。


「いやぁいざかや(・・・・)! いいですねぇいざかや(・・・・)! 私が一番好きな鶏肉の調理法ですねこれは!」

「まあ、場酔いするくらい気に入ってもらえて何よりですな。ぜひともそのまま景気良く盛り上がってくださいとも、大正ロマン居酒屋はこうでないとですねぇ」

「なるほどどーりで懐かしいネ。つってもアタシァ前の世で店酒ァ飲めてねェが。よゥセンセー、よくぞこんな趣味の店(・・・・)ォここまで流行らせたもんだネ」


 ユイのあけすけな誉め言葉に、レオリアもまた朗らかに笑って答える。なお私はその間も飲んでる。


「この店はね、ほら。領事館のほぼほぼ足元って立地でしょ? 正直私が来れたらそれでいいくらいのつもりでスタッフも独断で集めて建てたんですが、どうやら気風ニーズに合ってくれたらしいですな」

「っかー。ホントに景気が良いらしいネ。しかしあれかい、どーりでご来賓皆々様重鎮で雁首揃えてるわけだ。こりゃアンタ、下っ端ァ委縮してのれんも潜れねえわけだナ?」

「ええ。ですので近いうちにのれん分けも考えておりますよぅがっぽりとね!」

「気風ですか? これってオリジナルお店じゃないんですかレオリアさん?」

「おっとエイルちゃん未だギリギリ正気かイ? いいねェそのまま健やかに飲んでいけェ」

「(実はアレ途中から()()()()()()()()()()やつ出してます。潰れて吐かれたら困るので)」

「(あ、そーなの? つーかホッピーもあんのナ、ここ)」

「オリジナルお店じゃないんですかぁー???」

「オリジナルお店って何なんですかね……? まあでも、そうですね、これは私の前身(・・)の知識を流用した形態です。形態と言うか、文化かな?」

「ほへー!」


 ちなみに彼女ことレオリア・ストラトス、実は異世界からの転生者としてストラトス家に生を受けたらしい。またその事情はこっちのサクラダ・ユイにも言えることで、実はこの卓ってば過半数が異邦者である。

これがオセロなら私も異世界転生者だ。やったぜ!


「まあ、この文化(・・)がするりと受け入れられたのは私としても意外でしたよ。案外ウチにもストレスワーカーが多いのかも?」

「おォ! そーいや思い出したがアホのハルが言ってたゼ。なんでもセンセーのとこは風土の違うこの国に日本式な経営を取り入れすぎなんじゃァあるめーかってヨ。実のとこアタシァセンセーの本のファンでな、是非一つセンセーのまねじめんと(・・・・・・)の講釈を頂きてェんだ!」

「いや、……そんな痛いトコ突かれた直後にドヤ顔で説教できないでしょ。ホント彼の言う通りなんですよねソレ。前身の知識で経営改革を始めたはいいけど、ただでさえ外国式システムが洗練途中で割と磨き切れてないトコばっかな日本的経営を流用してる上に、この国の文化的な価値観が、まあ当然ですけど細部細部で日本人とは違くて。いやはやこんなことなら一度海外赴任も経験しておくべきでしたねえ。……――あ、そ、そうだった! ハルさんがいないんだ!」


 まあまあ酔ってるらしいレオリアが、ふと真面目腐った顔でそんなことを言った。それを眺めつつ私はお酒を飲む。


 いやしかし、こういう席にはいの一番に顔を出すだろう彼がいないというのは、付き合いは短いながらにちょっとだけ違和感を覚える光景かもだ。


「エイルさんっ、その後ハルさんからの報せなんかはないんですっ?」

「ふやぁ、ありませんねぇ。……ないなぁ。…………ないねぁ」

「(エイルさんが明後日を見てる……)」

「(この子実は酒弱いんじゃネぇのか……?)」

「でもまぁ、行く当てはおよそついてるんでダイジョブでしょ(へらへら)」

「……………………えっ? な、エイルさんあいつの行き先知ってるんですか!? なんでっ?」


 ガバリとレオリアが、こちらに食い掛る。それを見ながら私はお酒を飲む。


「店員さんおかわりぃ!」

「(ホッピー水をね。ホッピー水をおかわりで)」

「(了解しておりますレオリア様)。……かしこまりましたーっ!」

「えっとぅ、それでなんだっけ、ハルですか?」

「そうです彼です。ぶっちゃけ私割と本気で『北の魔王』との決戦には彼も戦力に数えてたところあるんですよ! 出来たら冒険者ギルド経由ででも彼に依頼を!」

「でもあいつ、……あいつ、は……」


 彼を思い出して、私はふと思考に没入する。


 ハル。

 ――鹿住ハル。


 私の担当する異邦者であり、過日には『赤林檎』の討伐や飛空艇ジャック事件の解決などの成果を残した二級冒険者。


 彼との日々、彼の性質ありかた。そして何より、あの異形たる鉄の塊、『パーソナリティ』の襲来で彼が見せた「苦悩の片鱗」。……あの、黄昏色の後姿を、私は思い出して、


「あいつは? ……なんですか? エイルさん?」

「いえ、あの。彼は、……彼の、すべきことを為しに行きました。どうかその成就までは、彼に冒険をさせてあげてください」


 そう、レオリアに返した。


「(あ、酔い覚めたっぽい?)」

「(元々酔ってネェンだヨ。あれノンアルだろ?)」

「ハルはたぶん、あの『パーソナリティ』との因縁を果たしに行ったんだと思います。私にわかるのはそれだけで、悔しいですがこの手の分析、頭脳業務においてハルは格別です。或いはもう、『パーソナリティ』の行き先を掴んで追っているころかもしれません」

「因縁、ですか?」

「ええ、……なんというか、ですね」


 ふと私は、返答を選び損ねる。

 この因縁自体ハルにとっては地雷になりえるもので、他人わたしの口からおいそれと人に言っていいものとは思えない。

 ――が、それは理由の半分にもならない理屈であった。


「?」

「――――。」

 ……そもそもの疑問として、


 ハルは、「たった三日共に過ごした程度の友人を蹂躙されたこと」を因縁に数えるか(・・・・・・・)? 私にはどうしても、彼が宿命を感じるほどの動機を、過日のウォルガン・アキンソン部隊の壊滅に感じ取れない。


 これが私の立場なら、弔う理由は十全にある。私でなくとも公国の民なら、或いは公国の民でなくともさえ、彼の部隊の壊滅は憤るべき事件であった。彼の英雄たちは真に英雄であり、私たち「この世界の住人」は、その武勇を強く尊敬している。そして、ハルはたぶん、()()()()()()()()()()()はずであった。


「エイルさん?」

「やっぱ酔ってるゥ? 水飲ンどく?」

「いいえ、大丈夫です。ハルは……」


 因縁とは(・・・・)。と、そう聞かれた。


 私に返せる返答は、

 ――考えても見れば、一つしかなかった。



「恐らく、彼にしか分からない宿命を果たしに行ったんでしょう。私に言えるのはそこまでです」



『パーソナリティ』の襲撃で彼が語った絶望。「人を美しいと思えない」という価値観かんがえかたは、思えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ私は、それがきっと「自身への絶望」の裏返しであったのだと見通せた。


 ――殺した人の名さえ背負えなかったという後悔ぜつぼう

 ()()()()()()()()()()()()()()()を見下すことで心の平穏バランスを取る、その在り方。




 ならば、

 或いは、彼の前世つみとは――。




「――――。」



「エイルさん……? ホント大丈夫ですか?」

「あ、ええ。はい。……すみません」


 ――少し、風を浴びて来てもいいですか? と、

 私にはそう、目の前の二人に、うわ言のように呟くことしか出来なかった。



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