epilogue
『旅のはじまり_Epilogue』
さて、
「 」
「はじまりの平原」の際の街にある、とある宿場。
夜は酒場としても解放されている一介の宿屋であるが、
そこが、今夜の、
――この街の熱源地であった。
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
</break..>
時刻は黄昏の際まで巻き戻る。
そこで、俺こと鹿住ハル。この戦の立役者である存在を差し置いて、
……いの一番に勝鬨を上げたのはエイルであった。
「わ、わーーーーーーーーっ! すごい! すごいっ! すごいよハルぅ!」
「……、……」
まあ別に、俺は勝鬨をあげるつもりなどなかったわけで、別に不服などは無いけれど。
とにかくさてとそんなわけで、俺はエイルと、更に彼女率いる兵団にもみくちゃにされる。それからその後ろの、出遅れ感の否めない冒険者連中にも。
例えばその内の、オリバー・ウェスティニテというのは聞いた名である。彼が俺の素性を聞くので、……転移者であることをつまびらかにしていいものだか迷った俺はその代わり、名と、この街に滞在していることと、それからこのようなことを言うにとどめておいた。
「――まだ等級はペーペーだけど、将来的にはトップを取る人間だ。よろしく頼むぜ☆」
そこで、ひときわ大きな歓声が上がる。
それが妙に、一団の指揮者になったような快感を催して、俺はそれから気がよくなって、どうにも色々と口が軽くなってしまったらしい。
――そして今、この現状である。
「……、……」
シアン・ムーンとヴァイオレット氏が営むこの宿、広くはないこの酒場に、この街の熱狂の全てが内包されているような有様だ。これについては、べらべらと居ついた宿を話してしまった俺にすべての責任があるのだが。
……でもやっぱりうっさいなあ!
「おうおうおうおう英雄様のグラスが空になっておられるぅ! テメエらその辺の酒瓶中身全部ぶっこめぇ!」
「「「応ぉおおおおおおおおおッ!」」」
「……………………。」
周囲のむくつけき男たちばかりか、向こうのシアンまでも総出になって俺を見守っている。って言うかたぶんシアン、勤務中だってのにアレ酒入ってるね絶対。
「…………………………っ、おぅおぅおりゃーなァ、グラスに酒が入ってりゅのがいちばんきらいなのらあ!(泥酔)」
「「「foooooooooooooooooo!」」」
ちなみに俺も酒が入ってる。
だってこの雰囲気だぜ? 俺が主役だぜ? 気持ちよくなって飲んじゃうじゃんよ! じゃんじゃん飲むよ! もっとちょうだい!
「もっと飲むよぉ!」
「いいぞォ死ねぇ!」
「はりゅ……っ!」
「全部もってきてぇくりぇえ!」
「俺らも死ぬぜぇ!」
「はりゅぅ……!」
「今夜は俺のおごりだァ!」
「「「Yeahaaaaaaaaaaaaaaaaa!」」」
「はりゅってばあ……っ!」
……後頭部を殴られる。
どうしてかな。誰かな?(憤慨)
「…………うわ(ドン引き)。……いやお前、飲み過ぎだね。俺が言うのもなんだけど」
「はりゅぅ、うぇへへ」
ってな感じでエイルである。エイリィン・トーラスライト。お偉いさんな小娘。
なお、お偉いさんな小娘のはずなんだけど、今夜の彼女にはそのような威容は一切ない。意識混濁からのお持ち帰りからの既成事実で玉の輿までワンチャンあるまである。(暴言)
「なんだ、どうした、水を飲め」
「これかなぁ、うひひ」
「それは酒だ。どう見たって金色じゃないか。シュワシュワしてるだろ?」
「しゅわしゅわしてりゅ。きりぇい。のみゅ」
「やめろォ! おおいシアン! 助けてッ!」
「えー? でもほら気持ちよさそうじゃないですかー?(酩酊)」
「分かってんのかコイツ下手すりゃ吐くぞ!」
「――……、うぉおおお道を開けてください通りまぁす!」
流石は店員サイド、こういう時は迅速である。そんでもって客の方も流石の身のこなしだ。看板娘シアンの一喝でモーセの行進のように道が開いた。
「ほ、ほぅらエイリィンさーん? あっちに水場がありますからねー?」
「みじゅば、なぁに?」
「水場ですー、気持ちよくなれるところですよー?」
「うひゅひゅ、きもちよくなりゅぅ」
これはヤバい。どうして俺は異世界転移にあたってスマホを持ち込まなかったのだろう。俺の馬鹿ッ! アレを録画せずに何が文明の利器か!
……というのは蛇足として、
「あ! まって、まってぇ、しあんさぁん」
「はーい待ちませんよーアンタゲロるからねー急ぐよー」
「待ちなさぁい! こりぇは、公国騎士として言ってりゅやつだぁ!」
「……、(無礼講の場で権力を持ち出すなっ! という顔)」
エイルの一声で以って、ふわりと喧騒に鎮静が降りる。
察するに、その三割は「公国騎士という言葉」の重みによるもので、残りの七割は「あの小娘なんか言ってる」的な野次馬根性だろう。
他方エイルは、
――その、自身が生み出した静謐に、何やら満足げな表情である。
「用事があったのれす! ちょっと! はりゅぅ!?」
「はいはい、いますよ。なんでしょうか」
「これはねぇ、公国騎士としてのねえ? アレだよ? 依頼だよぉ!」
「なんだよ、……って、依頼?」
彼女の不安定な物言いに、それでも俺は注目せざるを得ない。
そしてそれは、周囲もそうだ。
……歴戦の冒険者たちがみな、彼女の次の言葉を待つ。
「――ふふふん(どや顔)」
「……、(死ねっていう俺の顔)」
「いいですかぁ? あなたはねえ! ――アレだ、二級に昇級ですからねぇ!」
「…………、は?」
俺の思考が止まり、酒場の時間もそのようになる。
いや、俺のこの感情は分かりやすい。俺は元来、「準級に置いておかなければ手綱を握れないから準級という立場にいた」のである。それをそっちが自ら手放すとはどういうことだ、と。
しかしながら、
――周囲の反応はまた違った。
「お、おおおおおおおおおお二級が! また二級が出たのか!」
「すげえなお前! ハルってったな!? すげえよお前!」
「可愛い顔してるのに、……チキュウ出身はホント可愛い顔してるなぁ」
何最後のやつ。俺そいつの顔だけは覚えて帰んないとヤバいと思うんだけど今の誰?
「――せいしゅくにぃ!」
エイルの一喝。
それで、浮足立った周囲が、水を打ったように静かになる。
彼女の一声が、それだけ強いものだった、――わけではない。
皆、次の言葉を期待していたのだ。
……無論ながらそれは、俺としては不吉この上ない反応である。
「ぼうけんしゃぁ、……かじゅみ・はりゅ」
「(鹿住です。鹿住ハル……)」
「あにゃたにはねぇ……、――爆竜パシヴェトの討伐を依頼すりゅよぉ!」
「……はい?」
「「「――――。ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
……誰かなパシヴェト。という俺の率直な感情を置き去りに、周囲はにわかに沸き上がった。
「ば、爆竜だと!? お前ハルっ! 英雄にでもなるってのか!?」
「馬鹿な! なんでここで爆竜の名前が出てきやがる!? おい誰か! 何か知らねェのか!?」
「アイツ! 本当にマジの英雄だってんのかよォ!」
熱狂する冒険者たち。
酔った勢いでとんでもないこと口走ったんじゃないかアイツ、と心配する俺。
そんな周囲の視線を受けて、当人のエイルは、
「(……うふふ)」
「(駄目だあの変態! 気持ちよくなってやがるッ!)」
戦慄を禁じ得ない表情をしていた。
と、そこで――、
「お、おいハルさんよぅ?」
「う、うん?」
「アンタその、……う、受けるのかよ? その依頼」
「……、……」
俺は、周囲の眼差しを一身に浴びる。
俺は、
――そこでふと、あの『キカイ』の行く当てもわからず、もうしばらくは暇であることを思い出した。
「ああ、……それね」
「「「(ごくり)」」」
「――いいよ。暇なんだ(キメ顔)」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
すげえよハルさん、と。
パねえよハルさん、と。
そう、俺を呼ぶ声がいくつも響く。
それを俺は、――ちょっとだけ心地良いと思う。
「――――。」
なにせ、前世ではこんな光景とはテンで縁が無かった。
石を投げられ、罵声を浴びせられ、七十億人分の殺意を向けられるべき立場にいた俺である。そんな俺が、――英雄などと、
「さ、さっすが爆弾処理班だ!」
「………………ん? なんて?」
「そうだ爆弾処理班だ! アイツが、アイツが伝説のよぉ爆弾処理班だったんだよォ!」
「待って何? なんて言ったの?」
――否。
聞き間違えているはずがあるまい。
彼らは言ったのだ、――『爆弾処理班』と。
察するにこれも言語理解のエラーだ。恐らく彼らは、「爆弾的なエネミーを処理した英雄クラン」のことを以って、そのように呼称しているのだ。多分ドラゴンスレイヤー的なことだろう。なにせこの世界には、火薬爆弾という概念は(たぶんだけど)ない。
『赤林檎』という大規模爆弾に加えて、『爆竜』というくらいならそいつにだって爆発物的なニュアンスがあるはずだ。
だから彼らはきっと、「過日、爆弾的なすごいエネミーを討伐した伝説的存在」の呼び名で、俺を呼んだ。
……うわあ、絶対固有名詞でよかったじゃん。どうして俺の世界の類語をここで引用してしまったのかな? 神様ワザとかな?
「……。」
――スキル、および称号を獲得。
『爆弾処理班』の実績を入手しました。ステータススキル項に反映します。
「…………。」
ワザとだね。絶対ワザと。
「……だぁああチックショウ飲めェ! テメエら飲めェ! 全部俺のおごりだァ!」
「「「やったーーーーーーーー!」」」
「あ、あのハルさん! それって私とお母さんの分もだったりしませんか!?」
「ばっきゃろう当然だろうシアンちゃん! それにヴァイオレットさんもねぇ! さあ飲みなさい! 明日この街から酒が消えるぞォ!!」
「「「「やたーーーーーーーーーーーーーーーーーァ!!!」」」」
ということで、
俺こと鹿住ハルが、英雄改め『爆弾処理班』の称号を確固たるものにした夜に、
――宣言通り、マジでこの街から酒が消えたのであった。
――称号
『爆弾処理班』
爆発属性の魔物に関する「英雄譚」を持つものに送る称号。
付属効果:爆発属性への耐性及び融和性。また、爆発属性無機物に対する、思念命令による任意起爆の能力。
使用条件:思念による起爆命令。これについて、対象物は一度触れたものに限る。
備考:過日、冒険者ハーネス・エルフィンが確立した称号スキル。
この称号を得たものは、氏が確立した遠隔爆発起動の思念命令術式プロセスを同時に得る。また、この起動プロセスはユニーク確立がされており、スキルとしての普遍化は不可能。
ハル「なんか貰った!」
エイル「称号ですね。『英雄』とか『魔王』とか『変態』とかと同じテイストの奴です、レアですよ」
ハル「最後のは生涯の汚点じゃん。ここで敢えて例に挙げて言う必要ないじゃん」
シアン「凄い! 称号ゲットですか! これはもうハルさんの代名詞になる殺し文句ですよ!」
ハル「殺し文句と来たか。それアレだろ? 死因は爆死だろ? 物騒極まりないじゃんね?」
シアン「冒険者なんてそもそも物騒!」
ハル「やめろ! ……しかしアレだよな。もうちょっとこう、字面的に英雄っぽい奴なかったのかねぇ」
エイル「字面どころかツラがもうヒーローのそれじゃないでしょ?」
ハル「うわっ! 女の子二人がかりでいじめられている! エッチな料金が発生しかねない!」
シアン「仲良く折半でいきましょうねエイルさん!」
エイル「要らないよお金っ! ここで貰ったら致命的な何かを失う気がするッ!」
※次回、「旅のはじまり」完結話。
本日の朝七時ちょうどに投稿いたします。皆様におかれましては、どうぞご無理などなさらず、気の向いたときにでも読んでいただければ幸いです。




