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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第六章『宿命の清算【表】』
199/430

2-2

 


 ストラトス領事館は基本的に、非常にホワイトな職場である。

月休(・・)が二日なんてことはないし、休日に念話阻害結界きないモードを自宅周りに貼って怒られるなんてこともないし、法規則的に定時概念が消滅してるってこともなければ上司おうさま部下わたしたちを貨物だと勘違いしてコンテナ輸送されるなんてこともない。

 だけれどそんなこの館内でも、未だに照明の付いた部屋はちらほらと確認できた。


 ――私が通りがかり、そのタイミングでちょうど内側から開け放たれた「とある一室」も、そんな事情下にあるものの一つ。


「あン? エイルちゃン?」

「あ、ユイ……さん」


 暗い室内と比べればずっと明るい赤色灯が、その扉から吐き出された。

 そしてその奥、そこにあった人影の正体は、

 ……過日「法的規則の抜け穴を徹底的に突いた」挙句無事に正規事業として認められた『人材斡旋商社桜田會』の取締役、サクラダ・ユイであった。


「こンな時間までごくろーサン? まだお仕事だよナ? 肩が凝ってお散歩中?」

「そーですケド……」


 ちなみに、私はとある理由(・・・・・)で以って未だに彼女と打ち解けられていなかった。……良い人なのは分かってるんだけど、それでもこの身に沁みついた正義が、彼女をちょっとまだ認めてられてなかったりして。

 しかし、彼女の方と言えば、


「なるほど、そら重畳ォ。飲みいこうゼ」

「……、……」


 ――妙に、私のことを気に入っているらしかった。


「いえ、まだ残っていますので」

「あン? なに言ってンだい。シラフじゃァ良い仕事ァ出来ないヨ?」

「(何言ってんだこの人……)」


 彼女の視線を振り切って、私はそのまま宵闇の回廊を進む。

 ……と、ユイの傍らを通り過ぎる時に何か、まったり(・・・・)とした香りが私の鼻腔をくすぐった。


「(の、飲んでる(・・・・)よこの人……っ!)」

「待った。待った待った」


 と、そこで私の肩が彼女に捕まる。


「カオがいけないネ。その顔ォしてるのは良くない」

「は、はぁ?」

「無理にでもヨ、連れてくワ。ヤならアタシを張り倒していきナ?」

「いいんですか? ちゃんとやりますよ私」

「……冗談だヨ。でもやっぱその顔ォ置いてけねェや。奢るからヨ、どーだい?」

「……、……」

「お肉、用意するヨ?」

「……………………。(ごくり)」


 ……待てよ? これってもして敵情視察なんじゃないか?

 だってほら、元とはいえ大手裏ギルドのトップと会食と来れば、これはもしかしたら私の守る正義にも利のある情報が聞けるかもしれない。いや、よせよせやめろ。流されるな私……。


 なんて葛藤を、

 ――しかし彼女はいっそ清々しいほどに「無視」して、


「いーから、ホラ。きなヨ」


 未だ逡巡の最中にある私の手を、そのまま、強引に引っ張って回廊を進んだ。




 /break..〉




「お待たせェ」

「待ちましたよ。お、これはエイルさん。珍しいですな!」


「……、……」

 ユイに連れられてきたそのお店は、……なんというか、どことなく異国情緒的な俗物感のある、いわゆる「大衆酒場」であった。


「(紙に張り出されたメニューと、井草編みの床(・・・・・・)が敷かれた食卓席と、嗅ぎ馴染みのないソースの匂い……)」


 話に聞いたことがある。これは、このバスコ共和国で昨今開発された店の作りだ。

 曰くこれは「いざかや」と呼ばれる店舗形態で、バスコ国に元々こういった「店の文化」があったのではなく、どうやらレオリア氏が構想を練り上げ形にしたらしい。


 店を彩るのは「香ばしさが強いソースの匂い」とヒトの喧騒。特に「井草を編んで作ったタタミ(・・・)なる床」に直に座って談笑する客らは、フランクに胡坐を組んで座っている分気が緩んでいるらしい。やり取りもそれなりの声量へと盛り上がっているようだった。


 さて、そんな雑然とした店内の奥の方。

 ――他の客に紛れてタタミに胡坐でワインをくゆらせているのが、彼女、レオリア・ストラトスであった。


「……お、おひとりですか?」

「ええ!」

「元気に返事をするな無防備すぎる! アンタ一応この国の重鎮ちゃうのんかっ!」


 思わず声を張り上げる私に、しかし彼女はたははと笑った。


「心配なさらず。今ここにいるのは殆どがこの国の重鎮ですよ」

「な、なんだってぇ……っ!」


 言われて私は周囲を見回す。

 ……なるほど確かに、見回せば見回すほど目につくのは「どっかで見た」感じの面々である。

 領事館上階の廊下で行違った顔や、過日の雪合戦大会で来賓席に座っていた気がしないでもない顔。或いはストレートに私のオフィスに挨拶をしに来た人物。

 彼らは一様に食卓の「鳥を焼いて串に刺したもの」に心を奪われながらも、視線に気づいたらしい面々はこちらに簡単な会釈を返した。


「(う、うそでしょここ、こんなんで会食パーティーの会場だったのっ? こんなこの国の重鎮が揃いも揃ってワゴンセールみたいに平積み陳列されていいわけがなくない!?)」


 汚部屋かと思ったら散らばってるモン全部一級のアンティーク品だったみたいなドッキリである。これがバスコ国式の歓迎フラッシュモブだとでも言うのだろうか洒落にならん。


「……。(ド委縮)」

「あー、緊張するだけ無駄ですよエイルさん。っていうかあなただってそれなりの国賓ですから胸を張ればよろしい」

「りょーかい、っとォ邪魔するゼェおっさン」


 足を踏み出せずにいる私を置き去りに、ユイがそのまま人垣を割りタタミ席に特攻する。しかも「邪魔するぜおっさん」とか言いながら。

 ……うわあこれ、付いていくしかないのかなあ!


「お、お邪魔しますぅー……」


 出来る限り誰にもちょっとも触れないように縮こまって進み、ユイを追ってタタミの卓席へ。それからレオリア氏に「靴は脱いでね」と恐縮をされ、言われるがままに靴を脱ぐ。


 ……しかし、靴脱いでご飯食べるのかあ。

 裸足、はしたなく見えないかなあ……。


「……。(ちょっと恥ずかし)」

「借りてきた猫ってヤツだァこりゃ。やっぱ人ァ酒ェ入れないと肩が解れなくてイカンねェ」

「分かってますよ、じきにエールが……、っとと、来ました!」


 とりあえず足を折って座っておくことにした私が視線を上げると、景気の良い笑顔を携えてこちらに向かう店員さんが見えた。

 さてとその手には、これまた景気の良いサイズのジョッキに入ったエールと、他の卓上にも見た「鳥の串焼き」が二皿……。


「あンだ? ジョッキ二つなの? センセーの分は?」

「エイルさんがいらっしゃると知っていれば三つご用意しましたがね、ひとまず私はこのワインで乾杯させていただきます」

「(ワインとビールを同時に飲むって話してるのこの人……???)」


 チェイサーという奴だろうか。もしかしたら和らぎ水かもしれない。絶対違う。


「……、……」

 ――ってのもまあ、今は置いておこう。

 今ここ、この場においては、確かにユイの主張ももっともであるからして。


 なにせ、酒を入れねば始まらない。こんな状況で素面でいるなど五秒だって耐えられまい。さっさと飲もう。飲んで前後不覚になって周りにいる人間の顔が誰のも分かんなくなろう。仕事まだ残ってた気がするけどもういい。ここが私の今日の修羅場である。


 ということで……。



「お酒は行き渡りましたでしょうか? ええ、大丈夫そうでございますな、ということで音頭は不肖、私めが!」

「長ェのァナシなァ!」

「当然ですとも! ――では、今日の出会いを祝して!」



 ――乾杯! という声と共に「がちん!」と盛大な音を叩き出して、

 まずはグラスの中身を一滴残らず胃の腑に叩きこんだ私であった!(イッキ飲みダメ絶対)



※このたび、当シリーズのPVが80,000を突破いたしました。ありがとうございます。


……この区切りに、ブクマと高評価がまだお済みでない方へのお願いです。こちら二つ、していただけると非常に励みになります。どうぞよろしくお願い致します。


さて当シリーズ、ますます邁進する次第でおります。

今後ともに是非とも当シリーズをよろしくお願い致します。

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