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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第六章『宿命の清算【表】』
198/430

『序_/2』

※今回より、更新ペースをいつものモノに戻させていただきます。

 ということで次回更新は1/9となります。よろしくお願いいたします。



 ――夜。

 バスコ共和国南東部、ストラトス領領事館にて。



 私、エイリィン・トーラスライトは領事館内に借り受けた執務室の椅子に収まって、今日も今日とて資料整理に追われていた。


「(もぐもぐ)」


 右手にペンを、左手にはパンを。


 私の今日の夕食は、しっかりした歯ごたえのパンに肉とレタスをたっぷり挟んだ、見るだけでよだれが出るほど暴力的なルックスのサンドイッチである。ただし、私の見てるのはサンドイッチではなくて活字なので、特によだれが垂れたりはしない。


 ……一応、気が散漫になっていてさえおいしいサンドイッチではある。シルキーな歯触りのお肉は実に野性的な香辛料味で、それを纏める「お酢と卵の白いソース」が、これまた濃い味で口が進む。右手にあるのがペンじゃなくてワインだったなら、きっと私は今日という一日に満足して床に就くことが出来ただろう。何なら今からでも遅くないかもしれない。お仕事やめちゃおうかな。試しに一回だけやめてみようかな。やめたらどれくらい怒られるかなあ……。


「(いかんいかん)」


 首を振って、甘美な誘惑を無理やり断ち切る。なにせここしばらくは、いわゆる修羅場であった。――いずれ来る戦争のために私がまとめてきた戦力分析や、或いは外部から取り寄せた資料や部下に纏めさせたレポートの山の、……その天辺に乗せてあった一つを、私は手に取り片手でめくる。



『亜神ポーラ・リゴレットとその巫女リベット・アルソンについての報告


 バスコ共和国に根差す亜神、通称「悪神ポーラ・リゴレット」とその巫女リベット・アルソンについての報告をここにまとめる。


 まず亜神について。これは過日バスコ共和国に存在した信仰集団「極海の星」の信仰対象と同様の存在である。(※「極海の星」とその案件については別紙参照)この亜神の出自は古く、出典の中間値を取る限りでは凡そ先史文明時期まで遡る。(※出典項目)


 以下では概要的に、この亜神の戦力分析を各出典及び「極海の星」の資料に照らして推測する。』



「……、……」


 これが、この資料の枕詞だ。

 それ以下に綴られているのは、亜神系列の伝記や、例の「極海の星」関連の資料、或いは実地調査等による、主には亜人種由来の情報網による彼の悪神の戦力分析だ。……なおその内容について言は、はっきり言えば「信じがたい」。


「(星を数えきれないほど堕とす魔術スキルだの、掌に太陽を作っただの、四季を変えただのとエトセトラエトセトラ。これが本当ならH級からさえ片足を踏み出したホンモノの神サマですね)」


 資料上の情報を統合すれば、ポーラ・リゴレットなる生物は文字通り「世界レベル」の存在である。

 ただし、そもそも彼の悪神はヒト種一団の信仰対象であるからして、多少の尾ひれ葉ひれはあって然るべし、……と思いたいところだ。



『以下、巫女リベット・アルソンの持つスキル。「邪神の巫女〈EX〉」についての報告をまとめる。


(※リベット・アルソン個人と、彼女が「極海の星」から受けた虐待については別紙参照)』



「虐待、ね……」


 その「別紙」なる資料は、既に確認済みだ。

 その内容は、……出来ればもう、思い出したくない。



『「邪神の巫女〈EX〉」について。


 これは「英雄」、「魔王」と並び、称号に紐づいたエクストラスキルであると考えられる。(※他要注意信仰集団における「巫女存在」については記事注釈を参照)


 取得条件は血統。その性質は公国公式スキル録項内の記録である「スキル:巫女」と同質。

 このスキルを持つ者は、該当巫女に対応する神性をその身に降ろす(※降霊術に類似)ことが出来る他、巫女スキルの保持者による任意で、対応神性の権能の一部を行使可能。


 なおリベット・アルソンについては、「身体性能の一部貸借」「千里眼系スキル(※練度EX相当)」を亜神ポーラ・リゴレットより抽出していたことが確認された。

 これについて、先記スキル以外の神性抽出が可能であるかについては現段階で確認できていないが、少なくとも先記以外の権能の行使は、調査では確認されていない』



 これを読んで思い出すのは、過日の爆竜討伐戦で彼女が見せた「神技の如き槍の投擲」と、「青天井の鑑定スキル」だ。冒険者にとって「自身のスキルの開示」とは、言い換えて「自身の底の暴露」とも変わらない真似であるからして、あの時私は、彼女に深く聞くことは出来なかった。けれど、


「(……聞いても、答える筈がありませんでしたね。これは)」


 無論、かような事情(・・・・・・)などなくとも答える筈などはない。

 だけれど、私がもし仮に彼女のような千里眼などを持っていたとしたら、こんな状況にはならなかったのかもしれない。と、そう思うことを止める気にもなれなかった。

 何せ、


 ――次の資料が本物ならば、私はどれだけあの日の自分を責めたって足りないから。



『ポーラ・リゴレットとリベット・アルソンの関係性について。


 亜神ポーラ・リゴレットは、他神性種と同様に自身の信仰者(※信仰者の定義は記事注釈参照)を失ってより一定期間で存在を消失する。

 これについて、極少例ではあるが「スキル:巫女」を持つ場合の巫女該当者への、神性消失現象におけるフィードバックが確認できた。(※事例詳細は出典項目を参照)


 この例では、神性が信仰の楔を失って消失した時、対応する巫女スキルを持つ巫女も同様に存在を消失したことが確認された。

 この報告書に確認した通り、「スキル:邪教の巫女」は「スキル:巫女」が一般的な倫理観を失った信仰に帰依し変質したモノであり、スキル名称を除けば、確認できた全ての性質において「スキル:邪教の巫女」と「スキル:巫女」は効果を共通している。


(※この場合、仮に、先に確認した「神性とその巫女における存在消失の関係性」が「スキル:邪教の巫女」においても同様だとすれば、これがリベット・アルソンがサクラダカイ及び北の魔王に接触した理由だと考えられる)』



「…………。カフスのヤツ、この報告書じゃやり直しだぞ」


 何せこの報告書には、客観的な事実ではない「筆者の所感」が入り込んでいる。

 だけれど、……きっと、優秀な彼のことだ、報告書としての体裁を守れなくても、それでも私の求めるであろう情報を残してくれた、ということだろう。



「………………、はぁ」



 いつの間にか手元から無くなっていたサンドイッチに、私は気付かずかぶりつきかける。


 空虚な歯ごたえに残るこの虚無感は、察するに夕食が終わってしまった名残惜しさのためではないだろう。舌の上に残ったソースの味を全て流して落とすつもりで、私は、卓上のグラスに注いだ水を一気に呷った。

 ……それから私は、どうにも力が入らなくなった四肢を一度だけ奮い立たせて席を立つ。



 ――風を浴びよう、と。

 私はそう思った。



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