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※次回から更新頻度をいつものペースに戻させていただきます。ご了承ください。
「まずは、簡単なところから」
魔王カルティスが、言う。
「……、……」
「ここしばらく君の模擬戦相手を任せてた三人。三席バロンと、七席ニール。それから八席のティアの話をしよう」
「……。このタイミングで言うのもなんだけど、そんな話、私が聞いてもいいの?」
うん? と彼が疑問の声を上げた。それに、マグナが補足を付け加える。
「リベットちゃんの言ってるのは、こっちの戦力なんていう虎の子の情報を出していいのかって質問です、大将」
「なるほど? リベットさん。率直に言えば、構わないよ」
柔らかく笑うような語調で、返答があった。
「バスコに限らず人間側じゃ、俺たちの情報はそれなりに管理されてるらしいね。だけどぶっちゃけ、人間以外の情報網に話を聞いてもらえば、俺たちの手札なんて筒抜けだ。これでも、俺たちの冒険はそれなりにお祭り騒ぎだったからね」
「お祭り騒ぎ……」
私が知っているのは基本的に、彼の魔王がこの国の王族と世界樹の苗を巡り争ったということだけだ。人間以外の種族まで情報収集の幅を広める時間は、確かに私にはなかった。
「なんで続けるけれど。まずは三席、バロンの話だ。あの騎士っぽい猫の亜人ね。まあ流石に、もう名前は覚えてくれてると思うけど」
「ええ、覚えてるわ」
「良い奴だろ? 君みたいな子が仲良くしてくれたら、アイツもきっと喜ぶ」
私の彼に対する印象は、掻い摘んで言えば「女好きのロマンチスト」である。
酒と、女性と、格好をつけるのが好きな軽い調子の男。だけれどあの槍や、戦いに向けるスタンスには一つ筋の通ったものがある。
「君と戦った時のアイツは、たぶん星石魔法を使ったんじゃないかな? 黒いけど妙に煌びやかな流星だね。それを弾いての牽制と、猫亜人特有の速度で繰り出す槍が彼の武器だ。――彼が本気を解禁すれば、その二つが桁外れになる。……ああ、一応ここで確認するのは俺たちの戦闘での手札だよ。作戦当日にはたぶん、俺たちと君が連携して、俺たちを妨害しに来るだろうレオリア陣営に対処することになるから」
そこで、私は疑問を一つ口にした。
「でも、……宣戦布告でもすればそうなるでしょうけど、あなたは、わざわざそんなことしないでしょ? 内緒だって言うし肯定否定は求めないけど、私は勝手に、あなたたちの作戦が電撃的になると読んでる。それでも、妨害は入るって考えてる?」
対し、魔王は、
「ああ、まず間違いなくね。入るよ」
そう答えた。
「……、……」
「なにせ、ただでさえ向こうはレオリアとユイが手を組んだんだ。そんなのは、少なくとももうしばらくはあり得ないと思ってたけれどね。だけどどうしてかそれが起きた。その時点で厄介なのに、その上でこっちの神殿攻略までバレたんだ。妨害してこない方がおかしいだろ?」
「?」
「言葉が足りませんよ大将。……リベットさん、ウチらが妨害を確信してる理由は二つある。一つは、向こうのサクラダカイとストラトス領が元々は敵同士だったってトコロ。それが最近手を組んだんじゃ、地固めにはそれなりの時間がかかる。なんで、向こうが盤石になる前にこっちが神殿を落とせば、そのままなし崩し的にこっちの勝ち。逆に向こうが地固めを終わらせれば、こっちは相当きつくなる。そう言う事情です。だから向こうは、時間を稼ぎたがる」
「それは分かるけど、もう一つは?」
「もう一つの方は、もっとわかりやすい。――作戦に当たっては確実に私たちがこの城を出るんだ。向こうからしたら絶好のチャンスでしょ? この城に閉じこもっておけば向こうは絶対に手出しできないんだから」
「なるほど」
続けるよ? と魔王。
「バロンは紹介した。じゃあ次に、ニールとティアだけど……」
そこで、クッションを置くような沈黙が一つ。
「ティアはどうせ、次の戦いには出ない予定だ。この場での説明は割愛するよ。それと、同じ理由で四から六席の話もね」
「……五席、苛烈のベリオと、六席の理性のフォッサの状況は私も聞いてるよ。だけど、四席の人も戦いには出ないの?」
「あいつ、……なんていうか基本的に連絡つかないんだよね。どこほっつき歩いてるんだか。まあ、作戦日までに捕まえられたらその時に改めて紹介するよ」
「いいところはちゃっかり持ってく奴ですからね、私は帰ってくるに一票です」
「一票? お金じゃなくて?」
「……よしてください。アンタが賭けちゃあいつは帰ってこなくなるじゃないすか」
「……?」
「あ、失礼。話が逸れたね」
改めて、まずはニールから。と彼が続ける。
「ニールは、君も察してる通り『竜』だ。本気を出せば、竜種そのものの力を振るえる」
「竜、っていうと。……一応、冒険者側の脅威度定義じゃ、竜種は最上位のS級以上ってことになってるけど」
「S級。……『特級冒険者が出張ってくるレベル』だったっけ? そうだね、それで間違いない。彼は昔、今よりもずっと竜だったころに、H級の魔物として指定を受けてたはずだね。今は、どうかな……」
――優しくなったからな、と彼はつぶやいて、
他方の私は、……想像が付かない。と、そう思う。
H級、High‐Existence級といえば、その名の通り『この世界既存の生態系よりも更に上位の存在』に対する呼称である。
この世界のルールに従っている間は、それがどれだけの別格であってもS級止まり。H級はそもそもからして「次元が違う」。十字葬列の悪魔『アルペジオ』や、白日を連れ立って顕れるという『星の髭』、或いは災厄を内包しているのかもしれないとされる『森にある卵の中身』も、H級とされるものはどれも、その身の内に「自前のルール」を内包する異次元存在だ。
「そういえばアイツ、ぱっと見じゃリザードマンだろ? 竜種の使う魔法には人型になれるってのもあるけど、あいつは、アレで竜種だよ。それにまあ、とりあえずH級ド真ん中ってほどおっかない奴じゃないとは思うし。何なら面白い奴だよ。鑑定のセンスがあって、この城の調度品は全部アイツが集めたんだ」
「……、」
ふと私は、いつかのニールの様子を思い出す。あの、回廊にある絵画や彫刻一つ一つに足を止め解説をしようとした彼がH級の怪物というのは、確かにちょっとばかり腑に落ちない。
「ニールはこんなもんだな。竜。竜以外に説明できない。じゃあ次、二席のマグナだけど」
と、そこで魔王が、
……何やら悪戯っぽい表情を浮かべた。
「? どうしたの?」
「……いやね、どうしよう? せっかくだし本人から聞きたい?」
「や、やめてくださいよ大将。どんな顔して今更自己紹介なんてすればいいんだか……」
「なんだ、俺にそんなに褒めてもらいたいかよし来た任せとけ。こいつは凄いぞリベットさん。こいつはもう最高に凄いんだ、何が凄いってねこいつね――」
「あーわかりましたっ。分かりましたよ自分でします。……ってことで改めてマグナです。よろしくね」
「えー、っと?」
向こうで笑うカルティスに悪態をつきながら、彼女、マグナが片手を差しだしてきた。
「ど、どうも」
「てっても私は、大したもんじゃない。獲物はナイフで、人間なんで他の連中みたいな訳の分からん能力もない。ちょっと素早いって程度ですね。ヨロシク」
「おいおい待てってもっとあるじゃん。ちょっと素早いだけなんてレベルじゃないじゃん。いい機会だから全部自慢していけばいいのに!」
「しませんよっ。……申し訳ないけどあたしの事情は、あたしの自己都合で伏せさせてくれ。『早い』ってのだけ把握してくれたら十分だし、どうしても気になるならこの城を降りた後で勝手に調べてくれていいから」
「は、はあ?」
「ほら大将、次はあんただ。あたしにお手本の自己紹介を見せてくださいよ!」
「……あー、そうか。墓穴を掘った」
と、向こうで彼が、ぽりぽりと頭を掻いた。
「とりあえず、あー。……俺が逆条八席の一席、魔王カルティスだ。カルティスなんだけどー……」
「?」
「そうだな、リベットさん。君は、魔王ってなんだか知ってる?」
「ええと、……はっきり言えば、よく分からないわ。人類の敵である魔族の王様。そうとしか知らない」
「そっか、なるほど」
そこで何やらマグナが、
「……、……」
――じとーっとした視線をカルティスに向けた。
その視線の意図は、私にはわからなかったけれど……、
「魔王ってのは、正確に言えば呼称や『称号』である以上に『エクストラスキル』だ。ステータスの最後辺りに出力されるあれね。俺はそれを持ってる」
「あー言った。やっぱり言った。大将アンタ、一応ウチのエースなんだから伏せるところは伏せてくれませんかね……」
マグナの物言いで、私は事情を理解する。
確かに私は、客人ではあってもあくまで外様だ。バロンやニールの説明のような「抽象的な戦力説明」であれば持ち帰っても問題ないだろうけど、これが北の魔王勢力の最大戦力についてとなれば確かに話も変わる。そうでなくとも「魔王とは何か」の講釈を魔王本人から受けるなど、対魔族の立場である人間からすれば奇跡的な機会だ。
「俺は、まあ、バレてもいいと思うけど……」
「あんたは本当に自分に無頓着だな。こういうのはちょちょっと手札の一つ二つ開示しときゃ用事には足りるんでしょうが。それをあんたは根元の根元から説明しちゃって」
「……でも、私がそんなの聞いたって何かに活かせるわけじゃないよ。魔王との縁なんて生きててもこれっきりだろうし、それに誰かにバラすつもりもないからさ?」
「リベットちゃんを疑ってるとかじゃないんですよ。気を悪くしたら申し訳ない。……こいつはね、ニールの言うところで言うと『意図に希薄』だってんです。聞きませんでした?」
その表現には確かに心当たりがある。
流石に、そっくりそのまま「何も考えてないヤツ」だなんて風には彼のことを思えないけれど。
「まあ、バレちゃった分には仕方ないし、相手が彼女なら更に構わない。あたしはここではノータッチにしときます。好きなだけ話してください」
「……やめとく。やめとくよ。ごめんねリベットさん。俺の話はここまで」
「……構わないわ」
流石にこれ以上は私的にもマグナに申し訳ない。私は、話に一区切りを置くような感覚で、手元のグラスに唇を浸した。
すると、そこで、
「とりあえずじゃあ、ウチの話は一通り終わったね」
「? ええ、そうね」
「ここから確認するのは、悪神ポーラリゴレットの話だけど……」
「?」
「俺が話すのは、アイツとの縁。それからアイツの事情だ。一応一度だけ、アイツの戦いを見たことはあるからね。その辺の話を、今日聞きに来たんでしょ?」
「そっすね。大将の言った『次のフェーズ』って言葉と、リベットちゃんとアンタが一騎打ちをしようってのがどうにも繋がるようで繋がらなくてね。……アンタが彼女を、神サマにも勝てるように鍛えるって話なのかもしれないけど、ストレートにそう言う事情なんですか?」
「ふぅん……」
――魔王が一つ、悩むような仕草を取り、
「リベットさん」
「はい?」
「せっかく、俺とマグナが自己紹介したんだ。この機会によければ、そっちの事情も改めて確認できない?」
酒の席に話したくないような部分は伏せてくれていいから、と。
そう言って彼が、目前のテーブルにボトルを一つ取り出して置いた。