1-3
「用事はおしまい? もういっちゃうの?」
「いや、それがまだなのよ。……急に邪魔して申し訳ないから、具合が悪いなら後に回すケド」
「そんなことないわ。みんなよろこんでるし」
そこで私はふと、「森がざわめいたような不可思議な笑い声」を聞いた気がした。半ば反射的に周囲を振り返るが、辺りにあるのは女の子っぽい部屋と、むせ返る花の匂いだけだ。
「用事は、さっきアナウンスに乗せたヤツでね。……早速で悪いが、こっちのリベットちゃんにアイディアを貸してくれないか?」
「えっと……?」
マグナの言葉を受けて、ティアが何やら毛布の中でもじもじとする。
……それが何やら気後れした子どもの所作に見えて、私は敢えて優しい声を出した。
「さっきの食事の席で言ってた、『次のフェーズ』ってやつのことだよ。マグナさんが言うところだと、どうやら私、あなたたちのボスと一騎打ちするってことみたいで」
「えっ! えぇっ!」
私の言葉にティアが、なにやら、どことなく悲鳴っぽい困惑の声を上げる。
……なんだか初見っぽい反応だが、或いは先ほどのアナウンスは「彼女には聞こえない仕様」なのだろうか。確かに言われてみれば、「むむむっ」とこめかみに人差し指を当てて瞑目する様子には、何かに没入するような雰囲気があった。
さて。
「やめた方がいいよりべっち! あいつばかなの! あんた骨ものこらないよ!」
「ば、ばか?」
「あいつのことをね、魔王だっておもってるのはあなたたちニンゲンだけだよ! あいつはただのばかなの! 骨ものこらないんだから!」
「ほ、骨も残らないってのはどことなく魔王感あるけども……」
「魔王がするようなおじょうひんなやつじゃない! あいつとたたかったらだめだよ! あいつばかだもん!」
「え、えー……?」
困惑する私の傍らで、マグナが、脱力したように「たはは」と笑い声をあげた。
「そりゃ違いない。それでも、リベットちゃんはやんなきゃいかんのです。……なんで、頭を貸してよ。まずは一つ、ティアならどうやって大将に勝つ?」
「む、むりー……」
私がここにきた理由、しらないの? とティア。
「もし、どうしてもたたかうなら、とにかく被害をおさえるよ、わたしならね。勝とうっていうんなら……」
「言うなら?」
「……人質をつかう? それか大切な誰かをさらしくび」
「おおエグい」
流石妖精。とマグナが微妙な表情で苦笑をした。
「別のアイディアはないかな。ほら、このリベットちゃんが、自前の手札で大将に勝つならって話だね。もしくは、健闘するってところでもいいからさ?」
「けんとー? そうだなあ……」
人質はむり、私たちの誰かをさらしくび、これもむり。と、ティアは何やら(ちょっとだけ屈辱な)独り言をぼそぼそと呟く。
「……ふうん? 人質も晒し首も無理なの? 私は一応、君とバロンとニールと戦って、リベットちゃんがイイトコまで言ったって聞いたケド」
「あー、……それはね?」
ティアに言わせるのが癪で、私はマグナの疑問にやや強引に口を挟む。
「本気はナシって約束だったみたい。今日もね、別に私が誰かを圧倒できたわけじゃないんだ。言っちゃえば今日の模擬戦は彼女が『よく分からないけどヤバそうなスキル』を撃とうとしたのを、魔王さんが止めに入っておしまいになったの」
「あー、なるほどね。……いやなに、結構なことじゃない。ティアだって一応、ウチの大将と同列の逆条八席なんだから」
「それだけじゃないよ! ニールも本気をだそうとしたの! がまんしてたけどね!」
「へえ? じゃあやっぱり、この無茶な一騎打ちもどうしようもないってワケじゃなさそうじゃない?」
そうなの? と私は(若干の期待を込めて)マグナに視線を振った。
「説明してなかったかもだけど、ほら? 『逆条八席』ってのは君らが『北の魔王』って呼んでるあたしらの正式な名前だ。一席が魔王、二席が私で、八席が彼女。……君らは勘違いしてるけど、大将は別にあたしらの上司だなんだってわけじゃない」
本気の本気でやり合えば、総当たりの一騎打ちじゃ誰が生き残るのかも分からない、とマグナ。
「特にニールが勢い余ったってのは凄いよ。アイツは割に、あたしらの中でも別口の一人だからね。……私だって、アイツをちゃんとヤろうと思ったらそれなりに無茶が要るし」
「……でも、私がやったのは模擬戦だよ。真剣勝負ならこうはいかない」
「だろうね。アイツ、下手に生まれがいいせいで調子を狂わされたらてんで弱いからね」
だけど、と彼女が言う。
「それでもアイツは『竜』ですよ。腐ってもなんて頭言葉も付かない一流のヤツ。誇っていいんじゃないかなあと、私は思うケド」
「……、……」
竜。
知己のニール。逆条八席の、第七席。
彼のおおよその見た目は、たぶん、誰が見てもリザードマンとの区別がつくまい。だけれど彼は、どうしようもなく「真正の竜種」である。
私が以前カルティスから聞いた話だと、どうやらニールは、本当の本当に魔王とサシの勝負をして歩を分けたらしい。
ならばつまり知己の二―ルは、カルティスと共に魔王さえ自称できるだけの強者であると、そう言うことだろう。
「じゃ、聞かせてみてよ」
マグナが私に問う。
「どうやって、ニールに一泡吹かせたの? ……――いや、違うな。どうやってさ、あんたは、ニールとバロンとティアと戦って善戦して見せた?」
「……、どうやってって?」
感想戦をなぞれというのならそう難しい話ではない。むしろ先ほどの食卓で話したモノの焼き増しと思えば、さっきよりももっと簡潔に語ることが出来るだろう。
ゆえに私は、マグナの問いに、一度黙して文脈を整えた。
「まずは、……私とティアたちが、いつも通り十三歩分の距離を開けて見合っていたわ」
「……、」
「ティアたちとの模擬戦は、今日でもう三十七回目。そっちが三人で当たるようになってからは四回目だね。向こうも私も、お互いの手の内や考え方はある程度掴めてた。だから、読みも難しいものじゃなかったよ」
「ほう? それは大きく出たね」
「よしてよ、ほんと大したことじゃないんだってば。……こう言っちゃうと癪だけど、三人は本気を出さないって約束で私と戦ってたでしょう? だから、今日までにあなたたちが築いてきた経験値だって一旦リセットで、連携力も演習数回分の練度しかない付け焼刃。だから勝てたんだよ」
「でも、相手は一応、聞くに名高い北の魔王の構成員じゃないか。その辺のチンピラと戦うのとはわけが違う」
「そりゃ。……ほら、考えてもみてよ。本気を出さないってことは『本気の領域にある手札』を打てない分だけ選択肢が狭まるってことだし、個人の戦略の自由度が下がるってことは、それだけバディが周りの意を汲むのにもブラックボックスが増えるってことでしょ? だから、あの三人のスキル出力は確かに厄介でも、戦術の方ならある程度食い下がれたんだよ」
「ふうん……。逆条の三人が舐めプをしなきゃいけないからこそ、選択肢の幅が狭まった逆条側の取る行動は先読みしやすい。そう言うハナシ?」
「そう。本気を出せないってことは、『本気以下の手札の中にある、未熟な選択肢』も同時に封じられる。格別の強者の三人は、だからこそ『未熟な選択肢』にさっさと見切りをつけてた。三人が使うスキル、戦術は、実際に持ってて打てるモノよりもずっと少なかったはずだよ」
「……たしかに」
ティアが、毛布の向こうから呻くようにそう言った。
「なるほど。将棋でいうところの飛車角落ちで実力差を均すみたいな状況で、さてとじゃあ、飛車と角がないんならそもそも、打てる手も減る。得意な戦術も打てなくなる。そう言うハナシをしてるわけだ」
「? ……えっと、たぶん?」
しょうぎなるゲームは知らないが、マグナの納得した表情に私は首肯を返しておく。
するとマグナは、……あたしもあくまで又聞きのゲームだけど。と謎の注釈を付け加えた。
「とにかくだ。リベットちゃんはそこに勝機を見出した。言い換えれば、相対者の心理分析のウマさってスキルで以って、君は逆条の三人を追い込んだわけだ?」
「何度も言ったように、ハンデ戦だけどね」
マグナが鼻を鳴らす。それはどこか、私の自虐的な物言いに対する苦笑のような表情だった。
……私だって、本当に逆条八席の三人を降していたなら自慢の一つもしたくなるけれど。
でも、先の一戦で私は、あくまで「魔王カルティスに仲裁をしてもらった」だけだ。勝った気なんて、まるでしない。
「とにかく、私はそうやって勝ったんだよ。ニールはどうせ、対戦相手に一応で名を連ねてるだけで、本人は殆どそっち側のストッパーのつもりだったみたいだし、ティアはまあ、あんまり深くモノを考えずに魔法をばらまくつもりだった」
「えー? 私いちおう、えいちの女王ってよばれてるよっ?」
「……まあそれは置いておいて、問題は猫亜人。だけど彼は、心理を読むって意味じゃ簡単だった。彼は、私がこれまでに見てきた誰よりも『騎士』だね。だから、搦手にはそもそも強くなかった。もしかしたら、敢えて『搦手を真正面から受けようとしてる』のかもだけど」
「あー、耳が痛いなー。アイツに言っておくよ」
「素敵な人柄だと思うけどね。……とにかく、そうやって私は勝ったよ。これ以上の説明が必要?」
「……ふぅん」
私が聞くと、
彼女、マグナは、……少しだけ考えてから、
「ティア」
「? なに?」
「……やっぱお茶、貰うよ。疲れちゃった」
そう言って、気だるげな表情で以って、
――その場に不良っぽく座り込んだ。