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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第六章『宿命の清算【表】』
192/430

『序』




 ――足元の、土とも埃とも判然としないざらつきが、「少女」の鼻腔に乾いた臭いを返す。



「……、……」


 風は凪いでいた。

 音は亡い。


 その密室には、静かに、不可逆的に、冷却感にも似た殺気だけがどこまでも堆積していく。

 殺気が積もる。殺気が、積もっていく。


 彼女は、



 ――殺気それを吐き出す目前の「獣ども」を、冷静に視界に映す。

「……、」



 ……その獣は、「三人」いた。


 一人は、獣人だ。

 白銀の甲冑を着込んだ猫種の亜人である。ただし頭部は抜身であって、その猫の貌はまっすぐに少女を射抜いている。彼は、すっと視線を伸ばし、武人が決闘を挑むソレのようにして静謐に、ただすら槍を立て構えている。


 一人は、妖精である。

 妖艶に、淫靡に。その童女はただすら虚空に揺蕩う。退廃的に着崩した薄い布着が見るモノの視線を吸い込み、或いはそのまま、脳を蕩かす。呪詛じみた色のその瞳孔が、対峙する少女をふわりと眺めている。


 そして一人は、「竜」であった。

 シルエットのサイズ感はヒトのそれだ。二足にて地に立ち、胸を張って威容に在る。着込んだローブには叡智の意匠が編まれ、その表情には既知があり、その目には理性がある。それでも彼は、どうしようもなく「竜」に見えた。



「…………、…………」



 音も、風も、一向に捲かず、

 その「広大な密室」には、端から端までが「獣ども」の殺気で満たされている。そして、その殺気の心中には「少女」がいる。彼女はそれを、肌に感じて、


「――――ッ!」


 目前に奔流する害意に、旋風の如き疾駆をまずは踏み出した――。







 疾走する少女、ローグ風の軽装に身を包んだ「彼女」は、身を低くして突貫する傍らで、まずは腰備えの短剣二振りを抜き放った。


「――――。」


 地面を踏み抜けば、およそ十歩分の距離。その隔絶の上を彼女はまっすぐに奔る。周囲には瓦礫の一つとしてない全くの空白地帯が広がっている。ゆえに足運びによるフェイントは効果が見込めない。少なくとも彼女の持つ技術では、目前の三者の視界を騙すことができない。だからこそのそれは、抜身の突貫であった。

 対する獣は、


「――――。」


 初めに、猫の亜人が、少女の無言の威勢に応えた。



「――弾け」



 ただ一節の詠唱が「彼の掌に流星を象る」。亜人がその手を横に振りぬくと、指先を薙ぐ軌跡をなぞるようにして「黒い極彩色」の光の条が弾き出される。それはちょうど、箒星が夜空に描くような微かな歪曲で以って、少女の方向へ殺到した。

 しかし、――少女はなおも速度を上げる。

 少女の頬を星が擦過した。胸を貫通する軌跡であった一条を、少女は短剣にて弾き飛ばし、そのまま全く減速をせずに獣へと突貫する。それを、()()()()()()()()()()()()()()


 妖精が、虚空に舞い上がった。それと同時に、竜が三歩その場を引いた。

 少女の視線が戦場を奔り、三様に動いた獣どもの、まずは妖精に標的を定める。


「ラフ・ショット!」


 詠唱こえと共に少女が軸足を振り抜く。虚空を蹴り上げるようなその挙動は、弧を描く慣性ターンを彼女の腕の先端に溜める。


 ――裏拳一閃。

 風を捲き弾かれたその拳が、無彩色の魔力を吐き出した!


()()()()()


 猫が言う。それと同時に先ほどの「黒く光る星」が少女の魔弾を打ち据える。

 上がる爆音。視界が煙る。

 直後、退いた場所の竜が一つ、腕を振った。


「――――っ!」


 暴風。

 それが「密室」を軋ませる。

 刹那のみ煙った視界が、ただ一吹きの風で以って空虚となる。その最中に――少女は既にいない。


「ッ!?」


 その()()()()()()は「上」から挙がった。竜が半ば反射的にその声の出元に視線を投げる。見えたのは、虚空に舞い上がり「詠唱行動」に入っていた妖精がのけぞっている光景と、その傍らにて煌めく、一振りの短剣であった。


「バロン!」

「任せな旦那ァ!」


 竜が叫び、猫が応える。

 竜が戦場を見回した最中、その視線の先とは|全く見当違いの方向《》から剣戟が響く。少女と猫は、克明な「戦線の一歩先」にて激突をしていた。

 ――悲鳴を上げたのは、


「くっ!?」

いきが漏れたな? そりゃ悪手だレディ」


 少女の方だ。

 剣戟と、「会話」の方向。

 そちらからひときわ強い衝突音が響き、遅れて風が、一陣跳ねた。


「!!?」


 更に少女の苦悶が上がる。竜が遅れて、そちらを見る。そこにあった光景は、猫が槍を振り抜き、その切っ先の軌道上から少女がボールのように弾き飛ばされる光景である。マズい(・・・)と即座に竜は気付いた。


「間抜け! 誘われたぞ!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 槍の一撃で吹き飛ばされたはずの少女が()()()()()()()()()。足をたわめ、その視線は照明の背景、天上の間際。妖精のいる場所をまっすぐに射抜いている。それを地上にて、()()()()()()


「ッシ!」


 槍が投擲される。それと同時に、少女が「虚空を跳ねた」。少女はまっすぐに妖精の胴元へ飛び、その跳躍の軌道上を槍が刺す。


「――ッ!?」


 ガインッ! と、甲高い金属音が響いた。目を焼くほどの火花が散り、虚空には、弧を切り裂くように廻る槍のみが残る。少女は、槍の投擲に為す術なく弾かれた()()()()()()()()()



()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「えっ」



 竜の慟哭に猫が思わず素で返す。状況を掴めず竜の方を見やる猫は、しかし、竜の視線がこちらにはないことに気付く。

 ならば、どこを見ているのか。猫は、それを一手遅れて理解した。

 ――あの方向はちょうど、先ほど少女が投擲した短剣が、落ちている辺りではあるまいか? と、


「……おっと」

「馬鹿たれっ!」


 閃光、そして、魔力の奔流する音。

 甲高く、そして不思議と耳には残らない音だ。猫はそれを聞いた。ならば、次に起こるのは……っ!



「クリアパルス!」



 その「衝撃」は、撃ち落とされて地面に突き刺さった短剣一振りを起点に発生した。

 無色透明な魔力の胎動(・・)、その隆起が、その「密室」一帯を波紋状にぴしゃりと打つ。それで以って空間は、明確に刹那「時を止めた」。


「(マズい!?)」


 スタンガンを風呂桶に落としたような「空間規模の感電」。それを感じた竜はしかし、何よりもまず初めに()()()()()()()()()()()()()。その結果に起こるのは、彼の鱗を焼く幻痛。そして思考を強引に焼き切られる不快感であった。彼はどうしようもなくふらつき、虚空を見て――、


命令(・・)!」


 その天上の際にて、妖精の詠唱を聞いた(・・・・・・)

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()







「――お終いだよ。ご飯を食べよう」







 そんな声が、埃立つ密室に響いた。


「――――。」

「――――。」

「――――。」


 猫と、竜と、少女が「言葉」に思考を取り落とし、


「――――、やった、ごはんっ!」

 ……ただ一人、妖精の姿の童女が、空気を読まずに嬉しげな声を上げた。







 break..〉







「いやあ驚きましたな! 実のところわたくし、思わず本気を出しそうになりました! 成長いたしましたなぁ」

「そりゃどうも。私もあんなに上手にバロンが乗ってくれるとは思わなかったわ。ねえ?」

「レディの誘いならなんだって乗るさ。ダンスを下手だって言われたことが無いんだよ俺は」

「とか言ってるけどねカルティス! コイツのこの性癖のせいでわたし、りべっち(・・・・)の短剣ですっぱーんされそうになったんだよ! どうかとおもうなっ!」

「……すっぱーん?」


 ……身体が上下に二等分! と、妖精の童女ことティアが悲痛気に訴える。

 それを見て、私、――私ことリベット・アルソンは、……ゴメンナサイの意を込めて彼女の皿にハムを一切れそっと乗せた。


「え、く、くれるのっ?」

「……うん」

「そんな、リベット殿! 私どもはあくまで同胞でございましょう。お気を使う必要などございませんのに」

「いいや! もう貰ったもん! わたしもう返さないわよ! ほらもうたべちゃった!」

「静かにたべなー?」

「しかしまあ、確かに結構なブラフだったよレディ。まさか俺が、打ち合い一合目から読み違えるとはね」

「へえ? どんな戦いだったの、今日は?」

「ええ! 語って聞かせて差し上げてもらいたい! 主よ、リベット殿は恐ろしく成長なされた!」

「えぇー……?」


 竜人ニールのその丁寧語だけど非常に迷惑な言葉に、私は遠慮なく苦渋の表情を作る。しかし、むこうの猫亜人バロンや、その奥でパンをもしゃもしゃかじっている魔王カルティスの視線には、どことなく「逃がしてくれなさそうな」雰囲気があって、私は、


「……まあ、大して長い試合でもなかったしね」



 ……観念して、今日の感想戦を始めることにした。





※本日より第六章『宿命の清算【表】』の更新を開始いたします。

 またこちらにつきましては、『序_/01』の完了までを毎日更新とさせていただきます。


 ということで、次回更新は明日の今頃。

 引き続き当シリーズをよろしくお願いいたします。




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