02.
※このあと本日中に、『人物紹介:二部 _Bridge』を追加いたします。
こちらは、『人物紹介:二部 _Verse』の全情報解禁版となります。
よろしければご確認ください。
バスコ共和国ストラトス領領事別館、地下牢にて。
……その路には、冷え切った夜気の切れ味が堆積していた。
「……、……」
彼女、レオリア・ストラトスはそこを往く。
いるのは彼女と、彼女を案内する案内人が一人、それだけである。
石が眠るような回廊を二人は、カンテラの乏しい明りを頼りにただ進む。
まっすぐ行って、その先を右に。それだけの行程が奇妙に迂遠に感じられた。音がないからと言うだけではない。ささくれた石ばかりのつまらない道中だから、と言うだけでもない。
――二人の間には、明確な、「緊張感」が存在していた。
「こちらです。レオリア様」
「ああ」
案内人の言葉に、レオリアは目礼一つで答えた。
それを受けた彼が、こちらと指した「その扉」を押しのける。
――いつか、エイルにプレゼントを用意した時とはあまりにも「別物」だ、と。
レオリアは、「扉の開けた先の光景」に、そう胸中で溜息を吐いた。
「――随分と待たせたわね。レオリア・ストラトス?」
「ああ、申し訳ない。しかし案外、いい部屋じゃないか」
扉の向こうで椅子に拘束された魔族、
――北の魔王勢力の一人、『理性のフォッサ』の他愛無い皮肉に、……レオリアは、更なる皮肉で以って返す。
「…………、」
「睨まないでくれ、今日は君と話をしに来ただけだ」
「……月並みな文句ね。なら、私も当たり前の返事を用意してあげる。――あんたと話すことなんて何もない。顔に唾を吐かれたくなかったら今すぐ帰りなさい」
「だってよ君、美人の唾を浴びるチャンスだ、行きたまえ」
「えっ? 自分ですか? ……め、命令ですか?」
「…………。」
「……いや、ごめん。先方サンの顔がやばすぎるね。良いジョークじゃなかったカモ」
こほん、と。
レオリアは傍らの男に、わざとらしい咳ばらいを一つ置いた。
「ってことでだ、理性のフォッサ殿。最後に会ったのは君を桜田會から引き受けた時だけど、その時ぶりですな。アイスブレイクはひとまずさっきのクダリで上手くいったってことで本題に移らせてもらうよ。……ああ、いや。せっかくだ、その前に聞いてみたい」
「……。」
「どんな要件だと思う? 試しにそれを聞いてみたい」
「………………。」
理性のフォッサは、レオリアの言葉に目線を伏せる。
そこに感情はない。この問いさえも布石の一つだと、どうやらフォッサはそう解したらしい。
――布石。
つまりは、レオリアがフォッサに聞きたいこと。その断片。
フォッサの反応を見て、レオリアは、
……無感情に、鼻を一つ鳴らして見せた。
「仕方ない。じゃあ君に聞こう、リット」
「じっ、……自分、ですか?」
「ああ、リット。君に聞くよ。……無礼講の類いだと思ってくれて構わない、或いはテーブルトークゲームの類いでもいい。一つ、リット。君が私になったつもりで、私の求める質問を挙げてみてくれないか」
……敢えて重ねるが、これは無礼講だ。と彼女は続ける。
それで、彼は、
「……、……」
数拍の逡巡を置いたのちに、……ぽつぽつと、言葉を選び始めた。
「自分が見当違いなことを言ったら、……それは、査定に響きますか?」
「いや? そもそも私は君の部署の査定に関与していない。……なるほど、怖がるなら敢えてこうも言おう。これは、私と言う美少女スーパーアイドルと話すチャンスだ。それだけの機会だよ、出世も落陽も期待するだけ無駄だ」
「……では、まず一つ」
「うん」
「私どもが求める情報は、何においてもまずは北の魔王勢力の戦力情報です。これを聞くのが妥当かと」
……なるほど、とレオリアが呟く。
「その通りだ。うん。ここで君がフォッサのスリーサイズとか言い出したらどうしようかと思ったけど、君は真面目だね。……どうかなフォッサ殿、ウチの彼の率直な質問だ。答えてくれたりとかしてもこっちは構わないんだけど」
「……、……」
「ははは、そりゃそうだ」
そこでレオリアは、フォッサから視線を切って、
「こういうコミュニケーションをするつもりだ、リット。本当に厄介だと思う必要なんてないからさ、適当言って構わないんだ。……ああ、ちなみに連中の戦力と彼女のスリーサイズは分析できたりしてるんだよね。ってことで別の質問とか、あったりするかな?」
「……、……」
フォッサはなおも瞑目する。……さらに言えば、無茶振りをされたリットも似たような調子である。ただし、レオリアだけはその場にて、あくまでふわりと揺れるだけであった。
……それが、真に「今宵だけの夢のよう」であって、リットは、少しずつ肩の強張りを忘れていった。
「私が聞くとすれば」
「……、」
「飛空艇襲撃の一件についての動機です。敢えて北の魔王は、ここで一転攻勢に出た。その上で聞きたい。どうしてこのような手を打ったのか。……私にはわかりません。レオリア様」
「ああ、なんだい?」
「北の魔王は、どうしてヒトと敵対をするのか。……私も、亜人の間に流れる彼の魔王の噂は耳にしております。ええ、この機会を頂いたものとして、無礼講と思って発言させていただきます。レオリア様。私には、北の魔王とヒトとの対立の旨味が分かりかねます。戦わずに手を取り合った方が確実にお互い良い目を得られる。それなのに、どうして我が領は魔王との敵対をしているのでしょうか……っ!」
レオリアは、
……そこで、
「――ありがとう、リット。どこかで何かを奢らせてくれ」
「レオリア様?」
彼に握手を求め、その手を強く両手で握って、そして言った。
「さて、フォッサ殿。これが当領の民衆意識だ。……君らの主が無能じゃないと言い切れるなら、答えてみてはくれまいか。君らは、どうしてヒトと紛争をする?」
「――――。」
「領土も、権益も、文化なんてものでさえ、ウチと君らじゃまるで競合をしていない。……確かに君らは魔族だ。この世界の支配者種族たる人間種との隔絶は確かにあるよね? だけど君らは、既に一定の地位を得ている。主が阿呆ならそのまま世界征服だのに乗り出すかもしれないけど、どう考えたって一番冴えたやり方は『協和』だし、それが分からない『魔王カルティス』じゃないだろう? なあ、聞かせてくれ、いや、証明して見せてくれよ。――君らの主は、やっぱり愚王なのかな?」
「――、」
フォッサは、そこで、……瞑目をやめた。
否。正確に言うとすればそうではなく、
――目を開き、首を持ち上げ、
「……、……」
「――――。」
――レオリアの相貌を、強く睨んだ。
「……カルティス様を愚弄するのか? 矮小な人間風情が」
「…………矮小? 少なくとも持ってる力じゃタメだろ? だからこそ私は、『君らの王は悪手を打ってると判断していいのか?』って聞いてるつもりなんだけど」
「競合がないと言ったな。なら、貴様の言っていることはあまりにも見当違いだ。競合など、そもそもからしてしている。いいか?」
「……、……」
「人間と魔族は、生まれた瞬間から競合している。和解などありえない。私たちが貴様らを食い尽くすまでこの戦争は続く。貴様らは、過去に犯した罪を数えて、そのまま死ね。地獄に落ちろ」
「……………………。なるほどね」
リット、とレオリアは傍らの男を呼んだ。
「は、はい……?」
「すまないが外してくれ。君の今日の業務はこれでおしまいだ。この場に残ることは許可できない。……当て馬にするようなことをして悪かったね、私としては、君の素の反応を引き出して、それを彼女の説得の一助にするつもりだったんだケド。まあ今日のことは夢かなんだと思って腑に落としておいてくれ」
「め、滅相もありません。光栄に思います……っ」
「そう? そう言ってくれるなら嬉しい。……ホントにありがとね、じゃあ、今日はおやすみ」
言って彼女は、ウインクを一つ。
それだけで彼は、胸を撃ち抜かれたような表情でこの部屋を後にした。
――さて、
「じゃあ、理性のフォッサ。本題に入ろう」
「……、……」
「君のスタンスを信じるなら、きっとヒトと魔族は相いれない。それならそれでいい。だから、そこはひとまず飲み込んで本題に移ろうと思う。さて、フォッサ。……最初の質問を覚えているか?」
「……、」
「私は君に、『何を聞くと思う?』と聞いた。その答えをここで言おう。――私の質問は一つだ。君はそれに、答えてもいいし答えなくてもいい。君の返答は、『この質問』において重要なことじゃない」
「……。」
「……正直に言おう。君らと敵対することになるってのも考えてはいた。理なんてない戦争を、なぜか続けることになるって可能性も、受け入れる準備はあったんだ。さあそれじゃ、そのうえで質問だ、フォッサ、仮に――
――君を今ここで開放するって言ったら、君はどうする?」
「 」
/break..
その「部屋」の問答は、レオリアのたった一つの質問で以って音を亡くした。
……それを外で聞いていた「彼女」は、その場で、胸を逸らすような挙動の欠伸をして、
「オウ」
「…………あー。……まあ、お待たせしました。申し訳ない」
すぐに部屋から出てきたレオリア・ストラトスから、微妙な表情をまずは向けられた。
「リットは、ちゃんと帰ったみたいですね。……しかしあなた、まさかこんな所で待ってるとは思わなかった」
「ハン。見つかってねェよ。リットってのンの呑気な背中ァ眺めて待ってたさ。アタシが仮に見つかってたら、一軒奢ってやってもいい」
内緒のハナシだろ? と「彼女」、
それにレオリアは、
「とりあえず、……歩きながら話しましょうか」
「あン?」
「彼女」に先行するように、闇色の石回廊を先んじて歩き始めた。
「……、よォ、こんな酒日和に仕事の呼び出しってンだ、さっさと終わらせてくれたらうれしいって分かってんだろ?」
「ゴメンナサイってば、約束通りこの後奢りますよ。……ったく、『酔いどれロリ』ってあだ名も納得ですね、あんた実はもう酒飲んでるでしょ」
「実はも何も隠す気ァねえさ。それよりも手前、二度とそんなふうにアタシを呼ぶなヨ。あの小癪野郎に呼ばれた名前ァどれもこれも絶妙に気に食わねェんだ」
「すみませんでしたね。ああ、そうだ、仕事のハナシでしたか。………………待てよあんた、酒入れててちゃんと聞けるんでしょうね?」
「逆に聞くがヨ、酒もなくてマシな仕事が出来るかい? アタシァそうァ思わないね」
「…………。生きてる時代が違いすぎる。SNSがあったらあんたみたいなのから順番に炎上するんでしょうねー……」
「えすえぬえす? ハン、横文字ってのは何から何まで地に足着いてねェと相場が決まってるネェ。固有名詞のカッコよさァ画数がモノを言うってことを知らねェと見える」
「あんたみたいなのが挨拶を『四六死苦』とか書き始めるんですね、納得です」
「そらァ冴えてるナ。今度借りるぜ。センスがある」
「借りなくていいです差し上げます。……とにかく、あんたの酔いが回る前に本題に行かせてもらいますよ」
そこで、……ふと、回廊の闇が切れる。
どこからか月明かりが漏れていたらしい。少女二人の姿が通路に浮かび上がる。
「……、……」
……レオリア・ストラトスの美貌を澄んだ湖畔に例えるとすれば、「彼女」の姿は、冷たい湖の最奥のようであった。
冷威を織った色の髪。獰猛にして退廃的な口端の笑み。童女とも見まがう、ちっぽけなシルエット。
「彼女」、――桜田ユイは、
「いいから話せヨ。本題ってのサ」
「……ええ。非常に不本意なことに、一つ、頼まなければいけないことがあります」
レオリアの言い様に、
……小さく、喉の奥を鳴らして哂った。
※次章、『宿命の清算』の更新について。
更新は明日の今頃の時間の予定です。
またこちらは、年末年始のなろうサーバーに問題がなければ、第一節『序_/01』の完了までを毎日更新とさせていただく予定です。
ただサーバーがどうなるかは自信がないので、あくまで予定ということでご了承ください。
更新スケジュール詳細は、概要欄記載のツイッターにて。
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