4-3
※次回、「旅のはじまり」完結編。
深夜いつもの頃に二つ、その次の朝に一つ投稿する予定です。
今しばらくのお付き合いを、どうぞよろしくお願いいたします。
03
――二度目の爆音。
それは、今まさに英雄が一人、未だ戦いを諦めていないことを証明するものであって……、
ゆえに、戦士たちにはその破壊的な音が、しかし至高の福音にさえ思えた。
「……、ああ」
彼はまだ、戦っている。
カズミ・ハルはまだ、あそこで戦っている!
「――ああっ!」
ならば、自分たちが戦わずにどうする。
異邦者でさえ人民のために死力を、二度も賭してくれたのに。この世界に根差す自分たちが尻込みしてどうするというのだ。
彼女、――エイリィン・トーラスライトは、
「ハルっ!」
爆炎の最中にその姿を見て、そして感嘆の声を漏らす。
異邦の英雄は、間違いなく健在であった。今なおあの怪物の一撃をいなし、避けて、そしてこちらへ……、
「……、……」
こちらへ、走ってくる?
――あのデカ蜘蛛引き連れたままで?
「(え? なんで? そっちで足止めしてくれたらいいのに?)」
「おーい! エイルーッ!」
「ハ、ハルさーん? どうしましたー?(汗)」
「エイルー! エーイルーっ!」
「どうしましたーッ! どうしましたかハルさぁーんッ!(焦燥)」
「エイルってばー!」
「わ、わーーーっ! こっちくんなあああああああああああ!(恐慌)」
思わず退避命令を出す。それで、待ってましたとばかりに全軍が退いた。ハルを追ってきた『赤林檎』の巨体に、騎兵の馬がなんとなく涙目っぽい。
「わあちょっと! なんでこっち来るんですか!? こっちくんな!」
「つれないこと言うなってエイルぅ!」
「釣れてんだよ! デカいの釣れてる! マジちょっと洒落なってませんからぁ!」
馬に乗り損ねたエイルは仕方なくその足で全力疾走。脇目を振らずに逃げの一手である。しかしながら騎兵の列にどんどん離されているのが非常に心細い。――待ってよ私を置いていかないでよっ! とエイルは年相応に心の中で喚き散らす。
そして、
……結局はすぐにハルに捕まるのであった。
「なっ、なによお! 私をおとりにするつもりなの!? やめてよぉいいじゃないあなたどうせ死なないんでしょ!? 大人しく食べられておしりから出てきたらどうなのよっ!」
「なんてこと言うんだこの野郎! いや待て、なんで怒ってんだよっ? それよりちょっと聞きたいことが……」
「いやーっ! 殺してぇ! 蜘蛛に食べられてう〇ちになるくらいなら殺してぇ! 綺麗な身体のままで死なせてよぉ!」
「おっ、落ち着け!」
頭突きを食らう。
痛みよりも前にエイリィンは、「うら若き乙女に頭突きってマジなの?」という衝撃で眩暈を禁じ得ない。
「っていったぁーーーーーーいッ!?」
「落ち着いたか馬鹿野郎! いいか、よく聞け! そして答えろ!」
なんなのよ! とエイリィンは叫ぶ。
――すると。
「この世界に、滅茶苦茶冷たい鉱石ってあるのか!?」
などと、カズミ・ハルは妙なことを聞いて来た。
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「この世界に、滅茶苦茶冷たい鉱石ってあるのか!?」
俺は勢いのままにそう叫ぶ。
この答えによって、この戦場が決まる。その高揚が、俺の感情をまくしたてる。
「こ、鉱石? 冷たい?」
「そう! そうだ!」
「あ、ありますけど?」
「――――。」
なるほど、と俺は一人ごちる。そして、
「ちょっと冷たいくらいのものから、観測上の最低温度を内包するものまで多彩にあります。それが、なんだというのですか?」
――そして、
上手く行ったら、この戦いは、多分俺たちの勝ちだ、とも。
「……、……」
「ハ、ハルさん?」
「聞きたい。その鉱石は、例えばマジカル日用家具なんかの素材として街に一定量集まってたりするのか?」
「あ、いえ? なにせ貴重品ですから。多少はあるかもしれませんが……(マジカル冷蔵庫ってなんだ?)」
「じゃあ、エゲツないやつが一個だけあったりなんかは?」
「……、それも難しいでしょうね。その類の鉱石は、貴重品であると同時に危険品扱いですから、搬入があれば騎士堂の耳にも入ってくるはずです」
「――じゃあ、プランその1は諦めよう」
「は、はい?」
「プラン2だ。アイツを暴発させるぞ、エイル!」
「な、なに言ってるんですか! さっき試してもそれはダメで……」
「いいから任せろ! お前は、街の人の避難を頼む!」
「えっ、えっとどういう……??」
「いいからっつってんだろ頭突きするぞ!」
「わっ、分かったからそれはよしてください!」
おでこを抑えて、彼女はそう応える。
俺はその様子で以って、彼女に「後ろ」を任せることに決めた。
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さて、
俺が彼女、エイリィン・トーラスライトに街の人々の退避を求めたのには理由がある。つまりは、俺は今から俺が打つ一手に、実はあんまり確信がないのである。
「……、……」
『赤林檎』は、
幸運にも、俺を敵として認めてくれたようだ。こうでなくては、この作戦は成立しない。
――ずしん、という重い音に、俺の身体が慣れたような感覚がある。
それに、あの規格外の巨体から向けられる殺気にも、慣れつつある。
だからだろう、
「……、……。」
――風の匂いを感じる余裕が、俺にはあった。
潮の匂いがして、
春特有の強く、細く、遠くまで抜けていくような風を感じる。
景色は今しがた、黄昏のオレンジに濃い夜の色が混ざり始めている。
それらは、俺と蜘蛛の直上にて、規則性などないマーブルを描く。
蜘蛛の身体が、時には緋色に、時に藍色に染まり輝く。それは俺にしたってそうだ。天上の雲が平原に影を落とすたび、俺は夜の影色に身を浸し、そして次にはまた緋色を得る。
そんな景色だ。風も日和も、この世のものとは思えない美しさである。
故に、なのであろう。俺にはここが、天国に見える。
戦場も、あの街も、あの街の酒場も、
……エイルと初めて会ったあの静謐な一室も、
シアンに初めてあったあの街道の朝も、
今は亡き英雄たちに迎えられた木造りの拠点も、
――俺が初めて目覚めた、あの静かな木立も、
全てが天国のように思える。無論、ここもだ。
だからこそ、俺には、
――失敗のビジョンというものが、まるで見えないのであった。
「行くぞ蜘蛛こらあああぁあああああああああああああああッ!」
応とばかりに、巨岩が前腕を持ち上げる。俺はその懐へと奔る。
遠く、遠く、遠い。しかしながら俺は疲労を得ない。全力で走る春の黄昏は、なぜだかやけに心地がいい。ゆえに足は、さらに逸る。
蜘蛛の一撃が来る。俺はそれを翻り避ける。あの蜘蛛の前腕は全く巨木の幹のような太さであったが、しかしその程度ならば回避は難しくない。
避けて、避けて、避ける。遠く遠い彼我の距離が近づいていく。ソレが落とす影の領域に入る。ソレの呼気が聞こえそうな距離に近付く。ソレの腹の下に潜り込む。そこで俺は、――無暗と知りながらも自爆魔法を使う。
『――――ッ!』
なにせ、あの巨体だ。装甲はどう考えたって腹の方が分厚いはずなのだ。外敵からの攻撃があるとすれば、それは間違いなく懐に潜り込んでの下からの攻撃であるはずだからして。
ゆえに、ダメージは望まない。この爆発で、貴様の身体が揺れればそれでいい。
いや何、どうせ貴様は、自分が揺らされること自体が想像だにしないイレギュラーなのだろう?
『ァァアアアアアアアアアアッ!』
遂に蜘蛛が、威嚇じみた声を上げる。頭に血が上ったように、自分の腹の下へ乱打を落とす。俺はそれを気にも留めない。超重量の一撃は大地を割り岩を舞い上げ、石礫の一撃でさえ人を絶命に至らしめる。かような面制圧の攻撃であれば、避けられない俺は避けないに決まっている。
――攻撃をするがいい。激昂をするがいい。
敵意を害意を、こちらに全て集約したまえとも。
蟻が虎を殺すように、俺は、そうやって貴様を殺そうじゃあないか。
――アイテム
レードライト
無窮の冷気を放つ鉱石。非常に希少であり非常に危険。
付属効果:なし(所持方法によって冷属性の損害)
使用条件:なし
備考:寒冷環境下における魔力の自然凝固で成形される鉱石。冬のサファイアとも呼ばれる。貴金属としての価値は計り知れないが、「絶対零度を内包する」という性質から装飾品には用いられず、主に調度品に使用される。また、その場合には一級の魔宝石技工士による記述詠唱での温度隔離施工が義務に付され、保障証のないものは違法に当たる。
エイル「ウチにもありましたよ。これ使ったヤツ」
ハル「そうなん?」
エイル「ええ、厳つい胸像のネックレスに使われてました。いたずらで温度隔離の魔法陣に落書きしたら公国兵が来ましたね」
ハル「……、いや、なに馬鹿な事やってんだよ」
エイル「クソ暑い夏の日でして、クソ暑いから涼しくしようと思ってやってみたんですけど。結局涼しくはならなかったんですよね」
ハル「ありゃ? 別に問題なかったんだ?」
エイル「寒冷魔力の揮発は起きたらしいですね。実害の方は『隔離』されてましたんですが、その『匂い』でお上にバレたんですよ。クソ暑い真夏の密室で、私は父に数時間説教されました」
ハル「若気の至りだなぁ」
エイル「いやあ、私も当時は、先に父さんが熱中症で気絶するとは思わなかったですね」
ハル「……馬鹿の家系なの? なんで快適な空間で説教しようって発想にならなかったの?」
エイル「…………。私が言うのもなんですけど、説教にならないからじゃないですか?」




