03.
※全く気付かなかったのですが当シリーズ、実は前々回を以って一周年だったようです。
ここまで続けられたのは、ひとえに皆さんという読者がいてくれたおかげです。謹んで感謝を。
今後ともに当シリーズをよろしくお願いいたします。
僕の作った明かりに照らされる洞窟は、やはりと言うべきか、非常に「意思の介入」を感じる一本道であった。
「……、……」
灯火の魔法が、その回廊を満たす様に照らす。壁や天井はささくれた石の様相だが、しかしそれでも妙に、或いは露骨に、「歩くのに苦の無い空間」が確保されている。しかし、足元の方には踏み鳴らされた兆し一つないのはどういった事情か……。
「(ここまでに、分かれ道や隠匿された小路なんかは無かった。分かる限りじゃ罠もなし。これじゃまるで、人を一人通らせるための道って感じだ)」
食虫植物の蜜のように、ストレスフリーにこちらを最奥へと誘導する。そんなイメージを想起する。……しかしまあ、ここの外敵が引きこもって餌を待つだけの手合いなら、先ほどのようにツノうさぎたちがこちらに頭を下げる展開にもなるまいが。
「(或いは、それこそ食虫植物の蜜みたいに、捕食対象を奥に引きずり込むような生態だったり? 分かんないな。現状じゃ外敵の正体が全くイメージできない)」
人工的な印象のある通路に、しかし人の気配がない、というのもそうだが、こうも侵入者に対するアクションが無いのも不穏である。単にその「外敵」が不在であるという筋もあり得はするが、先ほどのツノうさぎたちが主不在の住処にわざわざ案内したのだというのはしっくりこない。
と、――そこで、
「おー、っと」
僕は、明かりの照らす回廊のその最前に「不可解な水たまりのようなもの」を見つけて明かりを絞る。……水たまりと言うのは、或いは先ほどのような錯覚であったけれど。
さて、ではそこにあったのは……、
「穴。またか」
いや、
――正確に言えばそれは、落とし穴であるように見える。
「(……。周囲の地面がやけに薄い。僕は知らないけど、岩を作る魔法なんかがあればこんな風に、局所的に足元を薄くして落とし穴を作るってのも出来るのか?)」
見分すればするほど、その穴には割れて出来たようなニュアンスが見て取れる。明かりは絞り、最低限の視界のみを確保したままで僕は、その穴の下へと身体を乗り出した。
「……、……」
その下は、雰囲気が全く一変していた。
例えるなら荒廃した地底湖跡の印象である。天井は低いが、空間としてはあまりに広大で、そこいらには削り出したような岩くれが規則性もなく散乱している。その光景に私は、「屋根のない迷路」と言う言葉をふとイメージする。
「(底までの距離はそれほどないけど、空間規模が掴めないな。……降りる分には怪我もしなさそうだけど、これ、降りたら戻ってこれるのか?)」
ある意味で言えば、これもまた一種の分かれ道である。降りるべきか、続く道の先へと進むべきか。
……ただし、まあ、悩む余地は皆無であるが。
「よし、放置」
階下への見分は諦めて、僕は落とし穴の向こうの進路に視線を取る。細い明りで照らすその先は、未だ灯の向こうに闇がわだかまって見える。
幸い、落とし穴の亀裂は壁の際までは至っていないらしい。落ちないように気を付ければ、問題なく向こうに渡れそうだ。
さて、
「(……ふむ、と。さっきの穴は行方不明者が踏み抜いたもので間違いないだろうけれど、通路はこの先も、これまでと同じように続いているわけだ)」
或いは、これまでと全く同じと言うのは多少の語弊があるかもしれない。目前の通路は、
――少しだけ、下の方へと歪曲して見えた。
「……、……」
行方不明者何某が先ほどの罠に嵌ったのだとすれば、彼は先ほどの穴の直下か、或いはもう既にここの主の手元にいるに違いない。まあ、どちらにしたって大差はない。どちらにせよ、あの罠を踏み抜いた人物は確実にここの主の支配領域内にいる。
この下にただ降りるのは、鯨の口に飛び降りる真似とも変わるまい。それよりも今は、目前の通路が「この下の広大な空間に向かって伸びているらしい」ことの方が重要だ。
「……。ふぅー、っと」
先に進むことに決める。
不可解なことは、まだ幾らだって数えることが出来た。それらをまず消化するべきなのは間違いない。この先に広がるのは、現段階では全く素性不明の敵であるからして。
ゆえに、この感情、先を見たいという情動は、
――実に不謹慎なことに、どこまでも率直な好奇心であった。
〈/break..
「(――あの落とし穴は、まあ確実に作為的なものだろうな)」
僕は、考察をする。
「(しかし分からないのは修繕をしなかったことだ。あれじゃまるで、僕みたいな後続が落とし穴に、罠に気付いても問題ないみたいだ)」
或いは、「気付かれる可能性に気付いていない」可能性。それを僕は思う。
「(さらに言えば、足跡が無かったこと。考えられる可能性は二つだ。足跡を逐一消していたのか、或いは足跡が発生することが無かったのか)」
これに関しては、僕が痕跡に気付けなかった可能性も大いにある。実際足元には「未だ」そこまで砂礫が堆積しているわけではない。
やはり、どう見ても、――この洞は出来たばかりのように見える。
考えられるのは、
「(岩を掘削できるような何かしらの能力を持った相手がこの先にいる。それも、人一人が当たり前に通れる道をだ。……問題は、どうしてこんな道を作ったかなんだけど)」
なにせこの道には、先ほどの落とし穴を除けば罠の一つとして存在しなかった。外敵を排除する意思に欠如したこの道は、ならばつまり文字通り何者かのための「通り穴」である。問題は、それが「誰のためのものであるのか」。
「(――どうしても僕には、これが、大きな意図のある通路には思えない)」
根拠は、あくまでも希薄である。強いて言えば、この通路に唯一あった罠がお粗末だったから、僕は仮想敵に理性をイメージできなかった。それだけだ。
先ほどの落とし穴の修繕が間に合わなかっただけである可能性は十分に考えられるし、翻って僕はここまでに、敵に理性がないと言い切れるような要素は一つとして見つけられなかった。
或いは、もしかしたら、
「――――。」
僕は、洞窟の入り口であの「孔」に捲く闇を見た瞬間に、ここの主を「ヒトの外にある」と、そう感じていたのかもしれない。
「 」
続く通路に、終わりが見えた。
それは昏く先の見通せない岩の路の最中にて、臭いでもなく、音でもなく、何よりもまず「視界」に兆しを見せた。
通路が、ほの暗い色で発光している。否。正確に言えば発光しているのは、通路の先ではなくその間際の曲がり角の奥だ。
溢れんばかりの白に、青と緑を一滴ずつ垂らしたような冷たい色であった。不明瞭な光よりも、それに濃度を増す岩の影の方がずっと眩しい。僕は、そこに、
「 。あぁ 」
人の世の外にある光景を見た。
――あったのは、人の絶望を切り出した彫像であった。それが、不明瞭な光に照らされ表情を露わにしている。
相貌の皺が、服のよれた部分が、内包する感情が、あまりにも明白である。それは「芸術」であった。「彼」を見たならその誰もが、その石の肌の内側に渦巻く焼け焦げたような感情に共感できる。
怖い。苦しい。痛い。眩い。息が出来ない。動くことが出来ない。食われる。食われる。食われる! 死ぬ! それを僕は共感する!
「――――ッ!?」
ゆえに理解する。ヒトは、石に共感などしない。ヒトの共感を催すのは同じ人だけだ。ならばアレは人だ。石で出来ているだけの同族だ。
――鳥肌が立つ。共感をする。アレは、人が死ぬその瞬間を美しく象っていた。ゆえに僕は共感をする。彼が死んだその瞬間を。その感情を。その悼みを! 苦痛を! 無念を! 絶望を! 怨念を! 怨念を! 怨念を!
「――ッ!! ァあっ、はぁ、はァ!」
まだ、
正気を手放すには、まだ早い。僕は今謎の発光体のすぐ近くにある。光を放つ不肖たる根源は、そこの、曲がり角を行ったすぐ近くにきっといる。
……目視など、絶対に出来ない。すぐそこにいるソレと目を合わせたその先など、僕は、絶対に想像したくない。ましてや「ソレ」に、ここにいると認識をされるなど!
「 ……、 ――。はぁ」
息を整え、壁に身体を預ける。
それから僕は出来る限りゆっくりと、懐の短剣を貫いて、鏡のように景色を照り返す刀身を、曲がり角の向こうに差し出した。
「――――。」
それは、世界を終わらせるバグに見えた。
二次元の画面上に不明瞭なぐちゃぐちゃが現れたような、そんな光景だ。それが、半透明色の発光する卵殻に覆われている。
滅茶苦茶に、それは、絡まっているように見えた。
その「蛇」は、
――ひび割れて穴の開いた卵殻の内側から、こちらを覗いているように見えた。