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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
湖章『Flower.(after_the_〝Lain〟)』
177/430

Past_01.

 


 レオリアが集落の二人に連絡を取るよりも少し前。

 彼女は、牧歌的な森の日差しに晒されながら、しかしどうにも選び取るべき表情と感情が掴めずにいた。なにせ、それほどまでに……、

「……、……」

 ……それは全く、謎の光景であった。




「……………………。」

 ――さて、


 僕ことレオリア・ストラトスが往くは夏の木立。日差しを遮るほどではない木々が、僕の進む道に適度な木陰を用意する。

 また、目前には、一匹のツノうさぎ。

 彼(?)は至極理性的な歩調で、どこか恭しく僕を先導している。

 そして……、


『きゅうきゅう!(威風)』

『みぃみぃ(堂々)』

『ぴーぴぃ!(勇猛)』

『みゅみゅぅん!(果敢)』

『『『『ぴぃーーーーーーッ!!(戦士の咆哮)』』』』

「…………………………………………。」


 僕の後ろには、数え切れぬモフモフの群れがあった。一応、シルエットはキュートであっても、その目に湛えた光はどことなく歴戦っぽい。英雄の凱旋と言うよりはヤンキー映画のカチコミシーンな感じだが、どちらにせよ闘気だけは多分ホンモノだ。


 ……ちなみに、どうしてこうなったのかは不明であった。僕的には、この森最初のエネミーエンカウントを無事に終わらせたのがつい先ほどのこと。それからここまでは、全くの地続きである。

 いやはや、僕が先頭のツノうさぎに連れ立つ最中に森中のモフモフが僕の後ろに着くという光景は、可愛いだの怖いだのぶち抜いて率直にシュールの一言だった。もし想像しづらければロッ〇ーの映画のランニングシーンを主人公以外全員ぬいぐるみでやってくれればイメージ像としては過不足ないだろう。ただしちゃんとぬいぐるみの表情はキリっとさせないとダメだけど。


「(っていうか、今気づいたケドこれ僕って彼(?)についていっていいのか? いやそもそもなんで僕は当然のように彼についてってるんだ? アレ? え?)」


 戦慄すべきはこの身に染み付いた集団心理への迎合である。長いものには巻かれろ。みんなで渡れば青信号。味噌汁と納豆と卵かけご飯の国で社会性を学んだ人間からすれば、祭り上げられたらそれはそれで受け入れるって言うのが自然な反応なのかもしれなかった。

 ……いやおかしいだろ。絶対おかしい。


「あ、あのー? きみぃー……?」

『きゅんきゅん!(忠誠心)』


 人語を解すわけもない先頭ツノうさぎに、それでも僕は声をかける。ただし、向こうが仮にこっちの言葉を理解していたとしてもこっちが彼の言葉を理解できないので、これはただすら無意味な行為でしかない。……一応、どことなく彼の瞳には理性や論理的思考力のようなものを感じなくもないが、それならヒト並みの忠誠心を用意する前にヒト仕様の声帯を用意してほしいものである。


「(いや、無茶言ってんのは分かるけど。それでも説明は欲しいよなぁ……)」


 後方の連中を、僕は振り返る。


『きゅうきゅう!』

『みぅみぅ!』

「………………。」


 可愛いは可愛い。それは認めよう。

 だけれどそれでも連中は獣だ。この、森中の戦力が集まったみたいな一群と仮にやり合うとしたら、たぶん僕が十人いても足りない。


「(言うことを、聞くしかないぃ……っ!)」


 幸い現状彼らから敵意は感じない。今はとにかく、彼らの言うことを聞いておく他ないだろう。

 ……マジで癒しに目を曇らせてノコノコ着いていった十分前の自分を殴りたい。モフモフに包囲されてんのに針の筵とか皮肉のセンスありすぎなんじゃないの?


『きゅぅうん!(森の奥をツノで指しながら)』

「へ?」


 そこで、先導していたつのうさぎがこちらに向き直った。不明瞭な鳴き声に何やら意思を感じて、僕は彼の視線とツノが差した先に目を向ける。


「……、ふぅん?」


 そこは、森の切れ目であった。

 木々の連なりが一線を引いたように消えていて、そのすぐ奥には「上り坂の野原」がある。

 傾斜は、いいとこ30度やそこら。薄い芝に葺かれた牧歌的なシルエットは、山と言うよりは丘である。恐らくは、街道で見た地形の隆起、集落の衛兵が言っていた「丘」、それが「これ」で間違いない。

 そして、


洞窟(・・)、……と呼ぶには、これまたスケール不足だけれど」


 目前の30度傾斜には「亀裂」があった。縦幅も横幅もやけにしっかりしていて、僕のウチのそれなりに立派な扉でも一枚余裕で嵌め込めそうなスペース感である。


「(……ここの話は聞いたな。この辺りの猟師が休憩に使う洞窟。大した規模じゃないって言ってたけど)」


 ツノうさぎがなおもそちらを指すので、僕は急かされるように洞窟に近付く。

 あの傾斜の丘に横たわる(・・・・)ような亀裂のため、見たところ天井はそこまで高くない。一応、ある程度奥まで行けば大人一人が立ち上がれる程度の高さになりそうだが、


「(……奥が見通せない? 妙に暗い気がするな、結構深い洞窟なのかも――)」


 否。

 ――奥が見通せない、というのは錯覚であった(・・・・・・)


「……」

『錯覚』。


 僕は、()()()()()()()()その地面に、距離感を失っていたということらしい。

 衛兵の言っていた通り、その洞窟はあくまでちっぽけな奥行きであった。大人の歩幅なら3つ分で行き止まり。ゆえに、「闇の溜まるスペースなどあるはずがなかった」。


「――――。」


 狭い洞穴に、その地面に、それでも闇が溜まって見える。僕はそこに、ふと、()()()()()()()()()()()()()()()()を思い出した。


 ――雨上がりの水たまりは、濁り切って水底を隠す。ゆえに、人なら誰しも一度は考える。「あの水たまりは、本当はどこまでも底がないのではないか」と。

 それに似た「禁忌感」を催す孔が、


「……、」


 ――そこに、空いていた。



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