幕間
時刻は少し遡る。
「……それで、用事は?」
「あっ、これだけ。忙しい時にごめんね」
「ホント、内緒で頼むよ。今度何かおいしいものでも買ってくるから」
「そら楽しみにしてます」
煙草と年季が染みついたジェフの仕事部屋にて。
彼と話す少女、レオリア・ストラトスは、砕けたにこやかさを湛えながら彼の前を後にした。
――残るのは、花の香りの名残りのような静寂だ。一つ密室の陰鬱が濃くなったような幻覚に、彼は机の上の煙草を取り上げ、唇で引き抜いた。
「(ホント、いい子に育って……)」
見てくれのことではない。中身のことを、彼は思う。
歳不相応に老成した精神や、成熟した知識やその使い方のことではなく、もっとわかりやすい部分のことを。
彼女は、周りを明るくする天才であった。
「……はあ」
溜息を込めて、紫煙を吐き出す。
それが、天井に溜まる。
煙はそのまま、ふわりと希薄になって、そして、天井にしとりと染み込んだ。
……彼女は、周りを明るくする天才だ。
その聡明さ、冷静さ、類稀なる容姿で以って、周囲は彼女にカリスマを見出す。或いは、その才能とはかけ離れた「俗っぽい人柄」に惚れ込む。だけれど、彼女の持つ最も美しい才能は、きっと彼女が「彼女自身の人生を楽しむ術に長けている事」であった。
自身のために、彼女は周囲に奉仕をする。周りが幸せであることの自身へのメリットを、彼女は真の意味で理解している。だからこそ彼女は、善性なんて不確実なものに頼らずとも周囲を明るく、幸せに出来る。損利で測るからこそ幸福を蒔ける。
そんな少女に、
「……、……」
――このような仕打ちを与える神様は、きっと端から、この世界を幸せで満たすつもりなどなかったのだろう。
「……。」
彼が郷愁に誘われるのは、きっと、レオリアがジルハ街道と言う忌み名を呼んだためであった。彼女には決して知り得ぬ「大人の話」だが、彼の街道は、ストラトス家における一種の鬼籍、或いは「英雄の墓標」である。
「……、……」
思い返すのは、今朝のことだ。
彼、ジェフは、レオリアの母である彼女、アズサ・ストラトスに、正面切って「あることを言った」。
彼女は、それに対し、
……結局は、首を縦にも横にも振りはしなかった。
「……、はぁ」
だからこそ彼は、彼女の沈黙を肯定と捉えることに決めた。
悪いことなど誰もしていないこの「時間」の、そのために。彼は、
一つだけ不義理を働こう、と。そう決めた。