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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
湖章『Flower.(after_the_〝Lain〟)』
171/430

03.



 ――さて、


 先ほどは、この遠征ぼうけんに出た理由の二割の方(・・・・)を「グランとパブロ向けの事情」などと嘯いたが、しかし僕も、この「ジルハ街道の行方不明事件」と「ジェフ(とたぶんストラトス家の他の人間)が忙しい理由」の二つにはそれなりの関連があると考えている。

 僕が先ほどグランらに言って聞かせたのは「ジェフが忙しいらしい。それはどうやら、ジルハ街道の行方不明者事件がかかわっているらしい」という筋であった。しかしさてと、僕が本命に考えているのはその逆(・・・)である。つまりは、「ジェフらが忙しいために、この行方不明案件に手が出せずにいる」のではないか。と、僕はそう推測している。


「……、……」


 まずそも、ここの領地はこの国ではありえないほど(・・・・・・・)に領民を重要視している。税の付加には毎年最大限の配慮と計算を行っているし、そうして得た税は徹底的に領民に還元しているし、更に言えばそんなわけなので、「外部に支払う余金」が希薄であるためにウチの領主かあさんの仕事はもっぱら他領地との折衝である。そんなウチが、行方不明者を放置するなどということは絶対にありえないことであった。

 ――だけど、そのありえない(・・・・・)が、今まさに実際に起きている。

 そんな不可視の感情が胸中で沸くたびに、僕は先ほどの、「人のいない館の中」を思い出す。


「……。」


 でも、悩んだって、僕に出来ることはない。

 ……流石に戦争だなんだって人死にが出るようなハナシなら僕も本気で当たるけど、今は出来る限り、母さんの前では「子ども」でありたい。僕はそう、切に誓っていた。

 早くに亡くした父の代わりに他領地の魑魅魍魎と腹芸をする母の背中が、僕には、不用意にさすってやっていいものかも不明であったためである。






「まあ、なにはともあれまずは食事だね」

「「やたーっ!」」


 集落の様子を遠目にした位置に、腰を下ろして。

 さっそく僕がバスケットを取り出すと、二人が、即座にその目を輝かせた。

 ……ちなみにこのバスケット、別に虚空から取り出したなんてわけではない。この世界には「アイテムボックス」とかいうスキルでドラ〇もんごっこが出来る連中もいるらしいが、これはその真似事を『結界:図書館』で行ったものである。やり方は簡単、司書さんの目を盗んで図書館に置いときたい荷物を置いとくだけ。あとはその荷物を、周囲の目を盗んで取り出してくる寸法である。


「今日は、街に降りたときに色々善意のお土産を頂いたからね。結構豪勢だよ」

「へえ? 今日はレオリアが作ったのかっ? 早く見せてくれよ!」


 グランが焦れて言うのに、僕は思わず笑みを作る。この辺は、いやはや全く二人とも子供らしいものであった。


「じゃあ、お披露目しよう」

「「ぅおーっ!」」


 今日の昼食は、ローストビーフマリネの二種類のサンドイッチだ。ローストビーフの方は辛みを足したマヨネーズ風ソースで味をつけて、マリネの方は胡椒とケイパーと柑橘で爽やかに風味を出した(つもりの)ものである。

 これとセミハードタイプのチーズ(いわゆる穴の開いたヤツ(・・・・・・・))を一口大にカットしたものと、オレンジの風味を追加したお紅茶。以上の献立だ。ちなみに、さっきグランが気付いてくれたように、これは僕の手作りである。

「いただきます」

「「いただきまーす!」」

 この辺りのパンは、しっかりとした歯ごたえのモノが多い。

 それを輪切りにして、サラダだの肉だの魚だのを豪勢に詰め込んだものだから、僕らは、実に豪快に大口をあけてこれにかぶりつく。

 まずは、ローストビーフのサンドイッチから――。



「――――。」



 がりッとした表皮から、一気に最中央までを噛み締める。

 すると、堅いパンの皮と、その中のしっとりもちもちとした生地と、瑞々しいサラダの歯ごたえと肉のシルキーな舌触りが一緒くたとなって口内に詰め込まれる。ソースの濃い味が、それら全てを旨味と酸味で絡めとる。

 ああ、そうか。

 いつの間にやら僕は、こんなにもお腹が空いていたとは……っ!


「(がふがふ! もぐもぐ!)」


 一気に頂いて、指に付いたソースまで舐め取る。それから僕は指先をナプキンで拭って、紅茶で口内に残った胡椒とソースを喉の奥に流し込む。

 ――そして、最後に残るのは、紅茶の苦みと柑橘風味だ。あんなにもおいしかったサンドイッチの味が、まるで、一夏の夢幻であったかのように消えてなくなる。

 ただし、……気に病む必要はない。

 肉のサンドイッチも、魚のサンドイッチも、何せこんなにもまだ残ってるのだから!


「魚の方もらい!」

「ぅおうレオリアもう食べたのか! 俺ももらい!」

「チーズおいしい。……ああおいしい」


 魚のサンドイッチもなかなかどうして旨く作れたようだ。肉の方よりもより一層シャキシャキとした歯ごたえや切れのいい後味は、マリネの香りや、潤沢に詰め込んだスライスたまねぎの一役だろう。口の中がきりっとしてきて、僕はなんだか、向こうのチーズがやたらとおいしそうに見えてきてしまった。

 ゆえに、そちらに手を伸ばす。

 ……チーズおいしい。ホント「ああおいしい」だねコレは!


「(ち、ちくしょう……。酒とたばこが欲しい……っ!)」

「おいしいねレオリア。それに、こんなに晴れててよかったねぇ」

「そうだねぇ。ホントに(お酒日和)だねぇ」


 しかし残念。僕らには貴族として法を守る義務があるのであった。

 ちなみにこの国で飲酒が許されるのは、食料や身の上によっても変わるが、少なくとも一般的には十四歳からである。二十歳まで待たなくていいのは素敵なことだが、……僕で言うところだと大体あと四年。

 長い。マジで長すぎる。僕は一体あと何度のお酒日和を棒に振ればいいというのか。こんなことしてたら酒の神様に嫌われちゃうよ。「せっかく晴れてるのに酒飲まないの?」ってむくれちゃうよ神様……っ!

「レ、レオリアどしたー?」

「………………まあ、しゃーないけどさ」

「……何むくれてんの?」

「いや? 別に? それよりもほら、今日の打ち合わせをしよう。どんな情報を、誰から、どうやって集めるべきか。これは決めとかないとね」

 いかに悩もうとどうしようもないことだってある。……この「どうしようもないこと」にイノベーションを起こす類の仕事をしていた僕的には実に歯がゆい話だが、生まれ変わった今の身分ではこの状況かんきょうに身をやつすほかにない。というか飲酒年齢にイノベーション起こしたらだめだと思うし。


 ……ゆえに、出来ることとすべきことに目を向けよう。

 僕は口内のパンを紅茶で流し込んで、二人に話題を提示した。


「『何』を、『誰』に、『どうやって』。……これだけ洗い出せば大抵の問題には片が付く。『いつ』だの『どこで』だのはもっと煮詰まってから考えるべきことだね。ひとまずは、この三つを考えよう」


 と、そこでグランが疑問符を一つ。


「何を、は当然、行方不明者の事件の話だろ? どうやってってのはアレだ、聞き込み調査だよな?」

「うんうん?」

「誰にって、……なんだ? 聞く人を選ぶ必要があるのか?」


 彼の良き生徒のような質問に、僕は一つ切り口を提示する。


「AさんとBさんにそれぞれ聞き込みをしたら、当然、あらゆる理由によって聞き出せる答えは変わってくる。Aさんは事件当時家にいて実際に事件を見てはいないかもしれないし、Bさんはこの事件について、そもそもウワサしか聞いてないような状況かもしれない。――なんてわかりやすい事情の話じゃ、もちろんないよ。二人とも、僕らが情報を聞くべき相手を、どうやって選ぶべきか想像が付くかな?」

「……、……」

「……、あ、そっか」


 パブロが視線を上げる。その目には「理解と、それを一通り説明できるだけの納得りくつのせいり」が出来たらしい様子が見えたため、僕は彼を指す。


「わかった?」

「うん。……もしかしてだけど、レオリアが言いたいのは『この行方不明事件』の発生原因のことなんじゃないの?」

「おっ」

「……ごめん二人とも、よく分からないんだけど」


 申し訳なさげに両手を上げたグランに、パブロが、彼らしい遠慮がちな物言いで推理を開示した。


「グランはこの事件、どんな原因が考えられると思う?」

「?」


 パブロの言葉を受け取ったグランが、それを反芻するように暫し黙り込み、

 ……それから、指折り数えるようにゆっくりと話し始めた。


「行方不明。……例えば、このいなくなった人が何らかの外敵要因がいいによっていなくなってしまった可能性。野盗とか、魔物とかだよな。他には、害意じゃなければ事故も考えられる。どこかで怪我をして動けなくなったとか、急な崖で転んで落ちちゃったとか」

「じゃあ、グラン。後は何かない?」

「後は、……あー、家出?」

「そう。そうだよグラン。家出。……このケースを考えれば、レオリアの言いたいことはすぐに分かる。イメージしてみればいいんだよ、仮に君が『家出した誰かの事情』を探るなら、まず初めに誰から話を聞いてみる?」

「うん? ……あ、分かったかも」


 パブロの解説で以って、グランもどうやら大枠を理解できたらしい。

 そこで僕は、パブロに結論を求めることにする。


「良い読みだパブロ。それじゃ、オチまで解説、お願い」

「うん。……さっきも言ったように、家出した行方不明者のことは、その人の家族にまず話を聞く。なら、野党か魔物かに襲われたかもしれない人の話は、村の衛士に聞き込みをすればいい。『最近この辺で野党とか魔物を見ませんでしたか?』ってね。それに、崖から滑落して行方不明になったかもしれない人の話は、この辺りの地理に詳しい人に話を聞く。レオリアが言ってるのはそれだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。違う?」

「正解。素晴らしい」

 百点満点の回答に、僕は遠慮なく拍手を送る。


「一応で解説を付け足せば、……そんな事情だから僕らはまず、この行方不明事件のアウトラインを自分たちなりにイメージしておいてもいいかもしれないね。ここはまあ、宗派(・・)によっては先入観を嫌って敢えてなにも考察せずに始めるってやり方もあるけど、何せ僕らには時間制限があるからね。

 ――そんなわけで、時間制限は夕ご飯までに家に帰れる時間だ。それまでに、僕らなりの最適効率でこの事件を解明しよう。じゃ、本格的な話に移ろうか」



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