Story_01.
『ストラトス領内街道にて行方不明
ストラトス領内ジルハ街道にて、行方不明事件が発生したことが確認された。消息を絶ったのは近郊集落の男性28歳。この事件について、集落はストラトス領事館支部に既に調査依頼を出しており、現在確認が進められている。』
「……さて」
この館がこんなにも静かなのは、僕にとっては、本当に珍しい感覚であった。柔らかい材質の階段絨毯がこんなにも足音を吸い込むことを、僕は、今日の今日まで知らなかったと言っていい。
「…………、行こうか」
まっすぐに、僕は、館の玄関へと向かう。
いつもなら幾つか掛かる「行ってらっしゃい」が聞こえてこないのは、前世でしっかり思春期から一人暮らしから故郷の地への追懐までを経た僕としては「束縛からの解放感」など皆無でストレートに寂しいだけである。……ので、どうしようもなく足は逸っていく。
静かなせいで、妙に日陰の印象が強い館内から、
――階段を下り、エントランスを通り抜け、そして僕は、屋敷の扉を肩で押し開く。
「――――。」
快晴。
そこに風が一つ通る。
服の隙間に熱がたまるような強い日差しだ。
そこに僕は、まずは、
――日陰を踏み越え、一歩踏み出した。
/break..
記事にあった「ジルハ街道」は、ここから馬車で北に一時間ほど行った辺りにある。
「どうもおじさん、子ども一人ね!」
「子ども一人? ……レ、レオリア様!?」
場所は、僕の屋敷から近い場所にある馬車の乗合所にて。
そこで僕は、上手い事人の目を掻い潜りつつよさげな馬車を一つ見繕っていた。
「騒ぎになる前に乗せてもらっていいですか? ほら、僕ってばみんなのアイドルだから……」
「そりゃ分かりますけど、えっと、ひ、一人ですかー……?」
天使の如く可愛らしい僕へのうっとり顔とは別に、なにやら苦々し気な表情を浮かべる彼。察するに、護衛もなく「領主の娘」を馬車で運ぶリスクを脳内で計算しているのだろう。道中の事故や、「積み荷」のことを聞きつけた手合いからの強襲などが無いとも限らないし、そんなヘマをした場合に身に降りかかるペナルティなど考えたくもない。がしかし、ここで断った場合にもそれはそれでマズいカモ、……なんてところか。
ただし、無論ながら、
――そんな葛藤は織り込み済みであったッ!
「ふっふっふ。おじさん、不安かねおじさん?」
「え? あ、そりゃあまあ。……おウチの人を連れてきません? 悪いこと言わないんで」
「だってよ二人! 出てきなさい助さん角さん!」
「助さん?」
「角さん誰かな……」
「はい。ってことでシルクハット家のグランと、リザベル家のパブロです!」
じゃじゃーん、と口頭SEも付け加えておく。
なお、これに対する馬車の人の反応はと言えば、
「え、えー……」
萎縮が四割。「更に話が厄介になった!」が六割の顔であった。
……まあ当然、こうなるだろうとは思っていた。僕はあくまでこの二人の戦力を理解しているが、しかし普通に見ればこの二人は、ぱっと見通りのただの子どもに違いない。そして、
――こうなるだろうとは思っていたからこそ、次の展開にだって無論不足はない。
「まあ、お気持ちは分かりますとも。おじさん的には我々三人どう見たってただの餓鬼んちょですよね?」
「が、餓鬼んちょとまでは……」
「ですから交渉です。……いいですか? ウチのグランが護衛に最適だってトコロを御覧に入れましょう。お眼鏡にかなったなら、僕たちを目的地まで連れて行ってください」
「え、っと。……どうやって? ここで坊ちゃんに剣を振られたって、私にゃその良し悪しなんかわかりませんよ?」
かかったな下郎め。と、私はそう内心でほくそ笑む。
……下郎は違うか。
「…………こほん。いえね、私が提案するのは、見たまんまで至極分かりやすい筈です」
「?」
「率直に言いましょう。――馬車代は、二人分でいい」
/break..
――ぁぁあぁああああああアアアアアアアアアアアアアアアっ!!(泣)」
「あっはっは。アイツやっぱり足早いなぁ」
「――――。(ドン引き)」
ということで馬車内にて。
乗車前の交渉通りに買い受けた二人分の馬車席に収まって、私とパブロは、後方から全力でこちらを追ってくるグランを眺めていた。
「レオリア様!? ちゃんとグラン坊ちゃん付いてきてますか!?」
「ダイジョブでーす」
「本当に!? 言っちゃァなんだが本当に!? って言うかこれ、わたしがお上に怒られませんかね『よくもうちの子を馬車馬の速度で走らせたな!?』っつって!!」
「ダイジョブでーす」
「本当でしょうねえっ!?」
「レオリアぁああああ! 乗せてぇええええ! レオリアぁァアアアア!!(号泣)」
「……地獄じゃないか」
パブロが何やら物騒なワードを呟いた気がするが察するに勘違いである。ということで僕は、忘れぬうちに馬車内での用事を済ませておくことにした。
「しかしごめんねパブロ、失恋傷心引きこもり中に無理やり連れだしたりして。着いてきてくれてありがとね」
「……先に謝らなくちゃいけない案件がこの馬車の後方五メートル辺りにあるよね。あとさ『失恋傷心引きこもり中』とかマジでよく言えたよね……」
ちなみに、こいつら引きこもりどもは僕が手づから窓を投石で割って部屋に侵入して引っ張り出してきた。心配なかれ。両家両親からの許可は「窓を割る」ってトコロから確認済みである。
「レオリアぁああああ! レオリアぁあぁぁああああ! うわぁああああああああああ!」
「だ、ダメだ! やっぱりこんなのダメだ! 負けたよレオリア様ッ、俺の負けだァ! どこにだって連れてくからよっ、馬車止めてグランの坊ちゃん乗せたげよう!」
「やったね」
………………。
…………。
……。
――ということで答え合わせ。
僕が「自衛の手段はある」と証明するために馬車の人に見せたのは、グランの運動性能。……つまり、「グランって馬車と同じくらい足早いよ! つまりそのくらい動けるし強いよ!」って言うのを、実際に彼に馬車に追走させてシンプルに証明したわけである。
「いやあ、信用していただいてよかった。信じあえるってのは実に素晴らしいですな!」
「……、……」
「……、……」
「……、(唇を噛み締めて嗚咽を堪える)」
……いやマジでホントにそろそろ僕みんなから悪魔を見る目で見られ始めたけど、でもこれ実はマジで勝算のあった作戦なのである。
そもそも、僕はグランが五分や十分なら馬車と並走できることを知っていた。これは彼の「とある身体的特徴」による運動性能であるが、重ねて言うが、彼が馬車と並走できる時間は「五分や十分が限界」である。
あとは想像力の問題だ。五分も十分も全力で泣き喚きながら走って、それでもどうしようもなく少しずつ速度を失していく子どもを見て、大人はどう思うか。
可哀そうだと思うだろう。救ってやりたいと、そう思う。――そして実際に、そうなった。
……ゆえに、褒められてこそすれ謗られる謂れなどないと思う僕であった。
「…………、いや、うそ。ごめん。ホントごめんかもしれないグラン。大丈夫?」
「だ、だいじょうぶなワケがあるかぁ! どうしてこんなことするんだ! どうしてこんなことをするんだ! この意地悪!」
「(い、意地悪……)」
唐突な小学生の罵倒ボキャブラリにちょっと本気で反省しかける僕。……そういえば、コイツ十歳とかなんだよなあ。いやマジで、複数回浪人した人とかならたぶん分かってくれると思うんだけど自分の自覚年齢って「周りにいる人間の世代」に寄るのである。それは、「自分が十歳に思えてくる」のと同じくらいに、「同世代に見える年下相手に年長者としての配慮が出来ない」という効果を促す。つーか無理だよ。四六時中一緒にいる相手に年上ムーブは出来ないよ。至極フラットに付き合ってしまうよ。
……と、まあ。
それはひとまず閑話休題で。
「えっと、それで、……この馬車はジルハ街道を通って北に向かう予定ですけど、レオリア様方はどちらへお送りすればいいので?」
馬車の人が振り向いて、僕に問う。
「あ、ええと。……ちなみにおじさん、最近ジルハ街道で起きた行方不明事件って知ってます?」
「ええはい。知ってますよ。人がいなくなった辺りは近くに洞窟があるなんて話を聞きましてね、野党か魔物でも出たんじゃないかってウワサは聞きましたね」
「なるほど。ちなみにこの馬車って、その辺の備えは出来てるんですか?」
「……馬車に追いつくグラン坊ちゃんほどの用意はないですよ。更に言えば、貴族のお子さんを乗せるような用意でもないと言っときます。なんで、良ければそのキナ臭い辺りに行く前にはお三方降ろしたいってのが本音ですケド……」
「ふむ。……私たちはその洞窟の調査に向かうところなんです。なんで、その洞窟近くの人のコミュニティにでも降ろしてもらえれば助かります」
「はあ、了解しました。……危ないことしないでくださいよ? 幾ら坊ちゃんが強いって言っても、本気の大人や魔物が相手なら怖いですからね?」
「善処しときます。では、道中よろしく」