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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
湖章『Flower.(after_the_〝Lain〟)』
167/430

Gregorianus_01.



「お疲れ様です司書さん」

「レオリア様、お疲れ様でございます」


 ――ドアの向こうに広がるのは、


 まずは本と、それが収まる天高い本棚と、それら全てを明るく照らす、窓からの日差しである。

 どこかで、窓が開いているらしい。

 僕は紙とコーヒーの匂いが、くゆるように流動したのに気付く。


「何番のカギをお渡ししましょう? それとも、私が用事に合う本の索引をいたしますか?」

「いや、今日は表層を散歩するだけでいいや。目についた本を借りますんで」


 彼女、司書さんは、瞑目し静かに首肯を返した。

 ……それは、見るからに聡明な立ち居振る舞いの女性である。突き抜ける透明感の肌や、黒絹の如き長い髪や、女性的なそのシルエット。僕だってそれなりに綺麗な方ではあるはずだが、彼女と比べられればきっとあちらに分があるだろう。なにせ向こうは、ちゃんと結婚適齢期辺りの「女性」であるからして。


「かしこまりました。では、館内ではどうか静粛に」

「ええ、はい」


 彼女は、僕のスキル『結界:図書館〈EX〉』の効果範囲内に存在するアバターではあるが、曰く、ちゃんと独立した一個の人間であるらしい。

 彼女に限らずここにいるのは、本棚のメンテナンスをする他のスタッフや、向こうで新聞に視線を落としている老人や、その奥で広いテーブルに資料を広げている青年も全て、自我の確立された「ヒト」である。

 なので、……いくらこの図書館が僕のスキルでしかアクセスできないモノであったとしても、あくまでここでは静粛に。

 僕は司書さんとの会話を早々に切り上げて、足運びは可能な限り丁寧に、光の降りる館内を行く。


「……、……」


 広い窓の奥には、この時期らしい新緑が広がっていて、足下の絨毯が時折、葉が擦れるのに合わせて影の形を変える。

 ……紙という素材はたしか直射日光に弱かったはずだけれど。まあなにせここのスタッフは一介客の僕をして誇らしくなるほどに一流の図書館事務員である。こんな素人が心配するなどまさしく釈迦に説法に違いなく、ならば僕は、ここで自然の明かりを背景に読書をする贅沢を楽しむだけである。


「(晴れたなぁ、よかった)」


 当然、ここは日によって曇るし、雨だって降る。雪も降れば遠雷を聞くことだってある。それに、……どうやら「向こうの世界」と連動しているわけではないらしいけれど、それでも時間だって当然のように変遷をする。それで言えば今日は実に素晴らしい、僕の住む方の世界と空が繋がっているような、清々しい晴れの午前である。

 ――息を吸い込めば、紙の匂いと外の匂いが肺を満たす。

 耳には既に、静寂が満ちている。新聞をめくる軽やかな音が、静寂にささやかな変化をもたらす。


 さて、……僕は今日、何を読むべきだろうか?



 /break..〉



 本の背表紙が整然と並ぶ通りを抜けて、僕は、雑誌の表紙がカラフルに並ぶ一角に出た。

 周囲の印象も、それで、一気に変遷した。広い窓によって視線が一気に通るようになって、壁や床の材質も、歴史を感じる木製から軽やかで小洒落たイメージのモノに変わる。また、この辺りでは、小さな会話の声もちらほらと上がるようになる。……その声の主な出どころはしかし、この辺りではなくもっと向こうにあった。


 ――そこは、図書館に併設された喫茶店である。印象としては、僕の世界の人間には「なんとなくニューヨーカーとかいそうな感じ」と言えば概ね伝わるだろう。ひとまずは、死ぬほどお洒落だと思ってもらえれば過不足ない。


「おお、どうもいらっしゃいレオリアちゃん」

「どもですマスター、アメリカンコーヒーを一つで」


 マスターことその人物は、先ほどの司書さんの清貧な印象とは打って変わってな感じの、……なんというか、「ジョークが好きそう」な印象の金髪の青年である。そんな彼なので一度図書館の方で姿を見たときには尋常じゃないほど景観から浮いていたが、こんな垢抜けたカフェで見る分にはどこまでも似合って見える。


「すぐに用意できるっすよ。……そういえば、この時間帯に見るのは珍しいすね。サボり?」

「いや、唐突にお暇を頂いたんだよ。もしかしたら地方に飛ばされる予兆かもしれない」

「……レオリアちゃん、舌の好みもそうだけどジョークもやっぱ子どもの言う奴じゃないよねえ」


 それで、謎に説得感があるんだから笑うに笑えない。などと言いつつ彼は結局普通に笑った。

 ちなみに、このやり取りでも分かるように、彼は僕の転生事情を知らないようである。この辺も「僕のスキルでしかアクセスできないこの場所にいる人間が、あくまで一個の人間である」という事情によるものだろう。……まあ、司書さんは普通に知っていたので彼が他スタッフに信用されてないだけかもだけど。

 と、そんなことを考えているうちに、


「はい、コーヒー」

 彼が、僕に真っ白のカップを差し出してきた。


「そういえば、そろそろ昼食時かな?」

「いやいやレオリアちゃん。ウチが如何に閑古鳥の巣か知ってるでしょ? 遠慮せず一番良い席に居座ってくださいよ」

「そりゃどうも、じゃあいつもの席頂きますね」


 彼のいるカウンターの対岸の壁には、先ほどの通路で見たように雑誌の表紙が陳列されている。僕はそこから好みのデザインの表紙を一つを手に取って、窓際一等席のテーブルに着いた。


 ……ちなみに、この図書館にある本は基本的に二種類に分けられる。つまりは、三全世界すべてのいせかいのどれかに存在する本か、或いはこの図書館にしか存在しない本かだ。


 前者は、先の説明通り「どこかの世界に原本が存在する本」のことである。その本があるのは、この世界かもしれないし、或いは僕の前世の世界かもしれないし、そうでもなければ僕の知らない世界のどこかということになる。ただし、……残念なことに僕がアクセスできる図書は、「僕が今住む世界の本か、僕の読んだことのある本」だけらしい。目の前にぶら下がったロマンにどうしても手が届かないというのは、いや全く、歯がゆいこと甚だしい。


 それと、先に挙げた二種類の後者だがこちらも非常に分かりやすい。この図書館にしか存在しない本というのは、そのまま「この図書館で書かれた本」のことである。ここに努めるスタッフや、客としてここにいる人物からの寄贈。そう言った蔵書も、この図書館には少なからずある。

 特に、司書さんが定期的に用意する「おすすめの本についてのエッセイ(タイトルは原文ママ)」はそれだけで一つの読み物である。あとそこのマスターさんが書いたポエムをいつか読んだことがあったが、……そういえば翌日にはあの本、見当たらなくなってたっけ。燃やされたのかな。それなら納得だな燃やすべきだったしな内容的には。

 ……ってのは完全に脇道であるとして、


 そんなこの図書館の蔵書のうち、僕が手に取ったその雑誌は後者、「この図書館にしか存在しない方」。ここのスタッフが何人か集まって「サークル活動的」に作る、情報誌の体裁を取ったコラム集である。

 これは、いつか聞いた話だと(どういう原理か)僕の住む世界けっかいのそとを観測できるらしい彼らが、取材部ごっこの一環で作っているものだとか。……なんて言えば素人クオリティがイメージに上がるだろうけれど、これがどうして、結構な出来だったり。

 隔週で出る「新聞」は僕の前世のそれとも変わらぬクオリティだし、僕が手に取ったこの「雑誌」にしたって、コラムの写真一つとっても結構な見栄えである。


「……、……」


 新緑と葉影とコーヒーカップを上から写したこの表紙も、シンプルなようでなかなかの見ごたえだ。僕は、お洒落な表紙になお一層内容への期待を膨らませて、ひとまずは雑誌の、目次のページの一行目から目を通す。


『激録、幼馴染を振るレ〇リア! 「え、やだよ」とばっさり!?

 ――6頁』


「――。」

 すっぱーんと雑誌のページを閉じる。


「……………………。」

 ……耳が早くない? つうかここのスタッフ優秀過ぎる。なんでワープロ技術があった僕の前世よりスキャンダルのリポートが早く出せるの? サークル活動本気が過ぎない?

「(……まあ、いいや)」

 この図書館へのクレームは後で司書さんに入れとくとして、今はとにかくこの素敵な日和を楽しまなければ損だろう。僕は雑誌を(非常に癪だが)ちゃんと元の場所に、表紙を表にして戻し、それから、ひとまず一番手元に近かった「この図書館由来の新聞」を手に取った。

 中身を見れば――、


「(キナ臭い記事(・・・・・・)は無し、と)」


 さすが隔週発行。人のプライバシーを半笑いで踏みにじるような悪意のゴシップは、少なくとも今回の内容には見当たらなかった。


「……、……はあ」


 ……次回の新聞は読めないな、これは。



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