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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
湖章『Flower.(after_the_〝Lain〟)』
165/430

06.

 


 シルクハット邸宅を出て。

「……、……」


 彼女、レオリア・ストラトスの気分は実に晴れやかであった。

 時刻は、先ほど彼女が街道を歩いていた時分より少しだけ進み、日差しがいよいよ天頂の際へと移う頃のこと。

 午前の街道は、雰囲気の変遷が驚くほど目まぐるしい。レオリアが街の様子から目を離してほんの一瞬で、街道の往来は「働く時間ド真ん中の様相」を呈している。

 これが行商の活発な街ならば、主要街道に上がるのは人の喧騒に違いない。……しかしながら、この街は行商との縁が少しばかり遠くある。

 そんなわけで、


「……やー、平和だなぁ」


 この街における「働く時間ド真ん中」とは、つまり「主要街の閑散」である。

 住民は、その殆どが仕事に「出て」いる。行商に縁遠く、それゆえビジネスtoカスタマーの文化が希薄な「物々交換社会」たるストラトス領は、……はっきり言えば、稼ぎ時と言うべき時間帯がほとんど存在しない。

 有力領であれば、この昼食時直前と言う時分はいわゆるゴールデンタイムの一つに違いないが、ストラトス領においてこの時間帯とは、もっとも人口密度が薄くなるタイミングでしかない。



「(ホントマジ平和。善意おすそわけで前が見えなくなることもないし、気の重いタスクも一つ終わったし、……それに何より、さっきの要領(・・・・・・)でいいならパブロの方もすぐに終わりそうだし)」



 先ほどのシルクハット邸では結局あんな感じ(・・・・・)でお茶を濁したレオリアだが、……なにやら、それが功を奏したらしい。ドアを蹴破って威勢を放つグランの様相は、傷心中とは思えないほどのものであった。

 察するに、第一次成長期中の子どもなど三十分前の黒歴史であれば忘却の彼方なのだろう。ああいう「勢いだけで生きてる」っていう素敵なパッションを失くすことが大人になるってことなんだなあ、と、レオリアは胸中で感心を催す。


 ……のは蛇足であって、閑話休題。


 彼女が次に向かうリザベル家は、シルクハット家からすぐ近くの南方向にある。歩けば、子どもの足でも五分とかかるまい。空いた真昼の街道を滞りなく往き、レオリアは目的の邸宅の前で、……先ほどのようにして木陰に隠れ、庭の様子をまずは伺った。


「……、……」


 リザベル家は、主に知識の面で以ってストラトス家の補佐をしている。外観もまさしくシルクハット家とは対極であって、向こうが武力ならこちらは知力。リザベル家の庭には、何よりもまず「静謐」があった。


「……、……」


 シルクハット家の庭に響く威勢とは対極の「人気が空っぽの空間」。

 花壇に鬱蒼とした植物は視線を遮らんというほどで、その奥の邸宅建物は、半ば以上の外観が隠れて見えている。緑に満ち満ちた庭は人の領域外の様相であり、耳をすませばすますほど、虫の気配や動物の生活音が目立つ。

 ……ただし、外側から見れば無秩序極まりないこの庭は、実のところ高名な庭師によって緻密に計算され成り立っているものであるらしい。ただすら伸びただけのように見える植物の一つ一つは、それでも、人一人分が歩くスペースは確実に確保されたうえで育っているのだとか。

 今日も、……平素通りであれば、

 この緑のカーテン幾重の奥に、声をかけるべき「人物」が紛れている筈であった。レオリアは柵の向こうを注視するようにして、広大な緑の奥の人影を洗い出す。

 そうして、


「……、あぁ、あれかな?」

 ――トマト畑の辺りに確認できた人の気配に向けて、彼女は声をかけた。


「シルヴィさーん。ごめんくださいーい」

「あら? はぁい?」


 返事に応えたその人物、……細身で、手折れそうな儚さのある女性が茂みの向こうからこちらへ顔を出す。


「どうもー」

「あ、レオリアちゃん。今日も綺麗ねぇ」


 彼女、

 ――パブロのママことシルヴィ・リザベルは、ジョーロ片手にそんな風にほほ笑んだ。


「聞いてるわ。今朝は、ウチの子がごめんなさいね」

「え? いえいえそんな、こっちもなんか上手い事出来なくて……」

「いいのよ。女の子はこういう時、気なんか使わない方が素敵だわ。それにパブロったら、帰ってくるなり書斎に入っちゃってね」

「書斎、ですか?」

「ええ。何でも、『レオリアに振られたのは勉強が足りないからだ』ですって。そんなわけだからおばさん的にも助かっちゃったわ」

「あー、はぁ……」


 その言葉を聞く限り、どうやら傷心で潰れたりしているわけではないようである。それはひとまずの吉報だが、……まだ諦めていないというのはぶっちゃけちょっとめんどくさいレオリア。

 しかしとにかく、顔を見ずに帰ってしまっては、アズサに何を言われるか分からない、と彼女はシルヴィに言葉を返す。


「それでもちょっと心配で、よければ挨拶に昇らせてもらっても?」

「それはもちろん。じゃあ待っててね、そこでハーブを摘んで、お茶を出してあげるから」


 シルヴィが嬉しそうにそう言って、屋敷の方に声をかける。

 ……そうして、そのあとすぐに現れたこの家の執事が、シルヴィに変わって屋敷の案内を引き継いだ。



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