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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
湖章『Flower.(after_the_〝Lain〟)』
163/430

04.

 


 グランの実家であるシルクハット家とパブロのリザベル家は、共にストラトス領家の近侍として爵位を受けた貴族家系である。シルクハット家は武力で、リザベル家は技術の発展開拓で以ってストラトス領の発展を長く支えてきた。

 そんな両家は、かような事情からストラトス家宅のごく近くに居を据えている。

 具体的に言えば、――子どもの足で、およそ十数分ほど。



「……いー天気だぁ」



 そんな道すがらを、レオリアは敢えてゆっくりと歩いていた。

 先ほどはアズサの叱咤に尻を叩かれて焦り家を出た彼女であったが、……しかし冷静になってくるとこの用事は、ぶっちゃけやたらと気が重い。



「おぉ、おはようございますレオリア様!」

「あ、どもー!」

「今日もお美しい! おはようございます!」

「褒めても何にも出ないっすー」

「今度ウチに! ウチに来ませんかっ! なんでもしますから!」

「しねー」



 げんなりとした表情を作りながらも、内心、レオリアにとってそのコミュニケーションは割に心地いいものであった。ストラトス領自体はバスコ王国においても下から数えた方が早い程度の弱小領であるが、しかしそれでも領内の空気は健全そのもの。ストラトス家を信頼してくれている領民とのやり取りも、そんなわけで非常に砕けたものだ。

 ということで、果たして……。


「(いっぱい貰った。……重い)」


 ストラトス家からシルクハット家までの短い往路の間だけでも、レオリアの腕の中は領民からのおすそ分け(・・・・・)でいっぱいになっていた。

 齢十そこらの小さな体躯では、抱えるので精いっぱい。前も見えないものだから足元もおぼつかない。更に言えば、そんなレオリアを面白がって更におすそ分けが載せられる始末。

 果物に、チーズに、お肉に野菜にお酒まで。

 どれもありがたいのは間違いないが、しかしいい加減に腕が限界である。そろそろぶちまけてやろうかとレオリアが本気で思い始めた頃――、



「レオリア? ……きみ、パシられてるのか?」

「言ってないで助けてくださいっ。あとこれはあくまで善良な皆さんからの純粋な善意ですんで!」



 背後から、男性の声。

 小さなレオリアからすれば、その声は天高くの上から降って下りたようにさえ聞こえた。


「……持ってやるから、そーっと降ろしてくれー?」

「あ、っとと。……ふう、助かったぁ」


 その男は、名をジェフ・ウィルウォードという。

 恵まれた体格で、その隅々までには収斂された筋肉が詰め込まれている。凡そのシルエットはスリムなものであるが、内包された重量と、何よりその、妙に疲れた様子の表情が、見る者に不可思議な「重量感」のようなものを思わせる。

 彼はレオリアにとっての父方の叔父にあたる人で、……更に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()

 なので、


「……あれ? ジェフ叔父さんだ。なんでいんの?」

「いま気付く? まぁ、久しぶり。大きくなったな」


 一気に開いた視界に、レオリアはまっすぐ天を仰ぐようにしてジェフを見る。

 積み上がったおすそ分けは大人でも多少程度苦労しそうな重量だったはずだが、しかしジェフは、それを片腕で難なく抱きかかえていた。

「……こりゃ、全部おすそ分けかい? ウチに持ってけばいい?」

「あー。まあそうですね、おかげでグランとこに預けてかないで済んだデス」

「うん? 今朝はシルクハットさんに顔を出すんだ?」

「用事でね。叔父さんは?」

「……、あー」


 そこでジェフは、何やら言葉を選び損ねたような態度を取る。

 強いてそこを追求するつもりもなかったレオリアは、急かすこともなく言葉の先を待つが……、


「まー。……そんなとこだ」

 ジェフは結局、取り繕うつもりがあるのかも微妙な返事を、レオリアにした。


「? そう?」

「ああ。今日しばらくはいると思うから、用事があったら声をかけて」

「はいー」

 ゆったりとした足取りで行くジェフに、レオリアは片手を挙げて挨拶を返す。

 そうして改めて目前を確認すれば、なにせ、目をつぶっても辿り着けるくらいに通って来た道であるからして、

 ――目測通り、シルクハット家は目と鼻の先であった。



 〈/break..〉



 ストラトス領主街の南。

 その民家通りの中腹にあるシルクハット宅は、周囲の家屋よりも頭一つ分背が高い。また、柵に囲まれた広い庭の中では、今日もストラトス領兵たちが切磋琢磨と剣を振っていた。

 そこに、

 ――いつもならひと際大きな声で威勢を挙げているはずのグランは、今日はいないようである。



「……、……」



 ……もし遠目にグランを見つけられて、それで彼が割と平気そうだったら直帰しようかな、などと考えていたレオリアは、

 柵の裏の活け木に身を隠しながら、そこで溜息を一つ吐いた。


「(気が重い。……急に滅茶苦茶気が重い。なぜだろう)」


 その類まれなる容姿で数多の異性(と時々同性)を魅了してきた彼女は、それゆえ誰かを振ることには縁が多い。しかし、今日のようなアフターフォローに関しては門外漢もド真ん中。彼女は今更ながら、自分がグランと会って何を話せばいいのかてんでアテが思いつかないことに気付いた。

 のだが、

 ……果たして他人とは、無情の生き物であるらしい。



「ああ、レオリア殿! よくぞいらっしゃいました!」

「……………………。」



 一回帰って作戦会議しようかな、と本気で尻込みをし始めていた彼女は、

「(……、……)」

 その快活たる声に割と本気の苦虫顔をしてしまう。

「(おっと危ない。可愛く可愛く……)」


 ひとまずは、それを取り繕って……、


「……はいどうも。訓練中申し訳ないんですけど、グランに取り次いでもらえますか?」

「(……一瞬ゴミムシを見る目で見られた気がする。とてもいい)は、はい。少々お待ちを!」


 庭先から声をかけてきたのは、訓練中の兵士の一人であった。その人物が何やら館の方へ走り、

 少し待つと、

 ……先ほどの兵士と入れ替わり、シルクハット家の執事が現れた。


「おはようございます、レオリア様。今日は如何なさいました?」

「どうもデイモンさん、グランに会いたいと思いまして。よければデスケド」

「かしこまりました、こちらへ」


 デイモンと呼ばれた執事は、恭しい挨拶と、透き通った笑顔でレオリアを迎える。コスナーとも同世代のおじいちゃん執事ではあるが、彼には妙に、瑞々しい品性が香る。

 歳よりも若く見える、とでもいうべきか。兵役職に就くシルクハット家の執事と言う割には、不思議に腕力を感じない雰囲気を持った老人である。


「(……畜生アイツ、ヘタれて面会謝絶ひきこもりとかしてたらよかったのに)」


 なお、シルクハット家の父母はどちらも仕事で外に出ているらしい。

 そんなわけで外が騒がしい分やたらと静かに感じられる館内を、レオリアはデイモンに連れられ粛々と行く。


「レオリア様。……申し訳ありませんが、今日はグランさまのお部屋までご足労頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい? あ、ええはい」

「……ご苦労をおかけいたします」

「(あ、これ、ヘタれて引きこもってはいるのか……)」



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