03.
「えっと、まずはー……」
文脈の整理のため遅々とした喋り出しになるレオリアに、アズサはそれでも目を輝かせている。
――話すにあたってレオリアは、
「……、」
まず、手元のパンを一口分にちぎって頬張った。
「まずは、……今朝も剣を振ってたんだよね。コスナーに見てもらいながら」
「あら、それはご苦労さま。しっかり毎日続いてるのねえ」
「継続は力だって話らしいからさ。ええと、それで。……ふっと外の方を見たら、向こうに汗で脂ぎった顔で走ってくる二人がー」
「やめろ馬鹿っ、…………馬鹿のレオリア、やめなさい」
「え?」
ふと声のトーンを低くするアズサに、レオリアは思わず素で声を上げる。
他方、アズサは、
「汗で脂ぎった顔じゃない。恋をした人の顔と言い直しなさい。さあアゲイン」
「え? でもぼくホントにアイツらとは脈がなくて」
「やめっ、やめろぉ! どっちも可愛らしい男の子じゃない! どうしてそんな酷いこというんだ! お母さん聞いていられない!」
「えー……」
不承不承ではあるが、しかし、今日も大人の義務でお仕事に励むアズサのオーダーである。レオリア的にも出来る限り無碍にはしたくない。
ということで、
「えっとー、向こうからね。恋する人のカオー……をした二人がさ、花束抱えて走ってきたの」
「花束! まあ花束! 二人ともいつの間にかロマンチストになっちゃってまあ! それはえっと、何のお花だったのっ?」
「あーっと、……ピンクのコスモスと白いコスモス?」
「こす、もす? ありゃ? だって春だよ?」
「……グラン様がガーベラ、パブロ様がマーガレットでございます」
「へー」
「……へ、へーじゃないっ。ちょっとっ、へーじゃないわよ! アンタまさか女の子のクセに花びらが細くてたくさん付いてるやつは全部コスモスだって思ってるの!? 女の子なのに!」
「だ、駄目だよ母さん、ほら、子どもに対してそんな価値観を決め付けるような言い回しは教育上良くないから……」
「あーもーアンタ絶対お嫁行くとき苦労するんだわ! お母さんあなたの往く末を見てられない!」
「微笑ましく見ててよ……」
とにかく、とレオリアがチーズオムレツを頬張る。
「その、ナントカとナントカっていう花束を二人して持ってきてね」
「ガーベラとマーガレットね、はい復唱!」
「……ガーベラとマーガレットを持ってきて。えぇと、それで走って来るや否やぼくに言ったんだ」
「まあ! いきなりクライマックス! 告白の文言ね? どんなふうに告白をっ?」
「えー、……グランがまずは、『俺と結婚してください』って感じでー」
「まあ! まぁまぁまぁまあ!」
「割と恥ずかしいなあコレ……。まーいいけどさ。それでパブロがー、『いや、僕と結婚してください。必ず幸せにします』みたいな?」
「ふわぁ可愛い! あぁ可愛い! お母さん溶けちゃいそうだわ!」
「それでぼくが、『え? やだよ』って」
「え、お……?」
「『え? やだよ』って」
「な、……なんで?」
「え? だってやだもん」
「……、……」
――朝日朗らかな春の食卓に降りる、沈黙の帳。
気を抜いた表情でいたレオリアの脳裏に、突如として流れ出した不穏なアラーム。
「……、……」
「……、……」
その空気感の中間最前線にて、右に左に視線を振るコスナーの様相たるや、それはまさに、テニスの観戦客のそれであって……、
「――お馬鹿ッ!」
「お、おばかっ!?」
スープの水面を揺らすような雷が、食卓をぴしゃりと打ち据えた!
「あんたはねぇ! あんたっ、常日頃からあの二人とはやたらと三人合わせて悪ガキセットだと思ってたけど! だけどそれでも、踏みにじっちゃいけない気持ちってのはあるでしょう!」
「悪ガキ……、そんな風に見えてたのか……」
「想像してみなさい、ほらっ! 想像をしてみなさい! 例えばの話をするからね!?」
「え、えー?」
「いいですかレオリア! 今日は母の日です! あなたは私に、カーネーションの花束を用意してくれるの! それを想像なさい!」
「はーい……」
「あなたは言いました! 『お母さん! いつもありがとう! 大好き!』そう言って花束を渡すのよ! 想像できる!?」
「でき、出来るケド……」
「ええ、……それはきっと素敵な晴れの日のことよ。ちょうど今朝みたいな、朝日が肌を暖めて、風がすっと抜けて行くような素敵な日。そんな日に私は、全然気づかないふりしてるんだけど実はずっとそわそわしててそしたらあなたが向こうから花束持って走ってきてデュフフフフ……」
「か、母さん?」
「…………。今のはナシ。ナシよ。いいこと? ……あなたは私に日ごろの感謝を伝えるべく、一生懸命貯めたお小遣いでカーネーションを用意した。『お母さん! いつもありがとう! 大好き!』そう言って私に花束を渡すの。小さな身体で一生懸命、大きな花束を抱きしめるようにして持ってきてね。それを渡すのよデュフフ……」
「主様。よだれをお拭きください」
「ありがとうコスナー。……どうレオリア? 想像が出来た?」
「あ、うん。はい」
「いいでしょう。じゃあそこで、――お母さんがあなたにこう答えたら、あなたはどんな気持ちになるかしら?」
「え?」
「『え? いらないよ』って」
「……、……」
「……、……」
「……、」
「どう?」
「さっ、最低だぼかぁ!」
「そう! 最低だあんたは! 自分がしでかしたことがようやく理解できたらしいな! いいことレオリアっ? ご飯食べて汗を流して歯磨きをしたらすぐに出立なさい! 分かってるわねアフターフォローよ! あなたの今日の一挙手一投足が、親友二人のナニを一生使い物にならなくする可能性もあるってことを忘れないように!」
「そ、それはどうかなっ?」
「どうもこうもない! パパとママのその手の苦労話が聞きたいの!?」
「いやっ、それはいやだ! 身内のそんな話聞きたくない! コスナーごちそうさま! 行ってきます母さん!」
「行ってらっしゃいレオリア! 今日のお勉強は、お母さんちょっと先生とレオリアの教育方針についてお話ししたいと思ってるからお休みよ! だから後ろは振り返らずに行きなさい!」
「は、はい!」
……どたどた、と忙しない足音が響き、
そして室内に、再び清貧な静けさが訪れた。
「……コスナー」
「はっ」
「レオリアの教師を全員もう一度ここに呼びなさい」
「は、はい。……して、ご用件は?」
「さっきもしたけど、教育方針の打ち合わせよ。――どうしたらレオリアを最低限ラインまででも女の子に出来るのか。……いいことコスナー? これは、我が領きっての重大案件よ!」
「は、はぁ。……レオリア様あれ、一人で生きて行った方が幸せになりそうですけどね」
「やめろ聞きたくないそんな分かり切ったこと! 女の子にはねっ、振り返っても決して届かない時間ってものがあるんだからあとで後悔しても遅いのよ……っ!」