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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
湖章『Flower.(after_the_〝Lain〟)』
161/430

02.



 ストラトス家の食事は、一日に二食が通例である。


 領主職業務に忙しい母のために、一食は朝と昼の中間の時分に行われるのが常であった。時分は、その頃のこと。

 彼女、――レオリア・ストラトスは、



「おはようございます、レオリア様。お母様はもう席についておられます」

「あ、どうもコスナー。なんだ、もうそんな時間か」



 執事、コスナーの声に応え、素振り用の木剣を置いた。

 ……少女の齢は、凡そ十かそこら。

 遊びたい盛りもド真ん中であるはずのその少女の所作は、しかし不自然なほどに大人びたものである。

 金雲の色の髪も、湖畔の色の瞳も、一切の穢れから漂白されたような艶やかな肌も、火照った身体に伝う汗の一片でさえ、その所作、立ち姿には不浄と言う物がない。

 女神の美貌、と。

 言葉遊びを職にする手合いは、彼女を見てだたすらそう呻いた。

 そんな彼女はその日もまた美しく、呼びかけた執事でさえ、振り返る姿に感銘じみた感情を覚える。



「あー、母さんを待たせてしまった……。グランにパブロも、時間のかかる用事はアポイントを取って欲しいもんだね」

「……、……」



 ちなみに先ほどの告白は、始まりからバッサリまでしっかりこの執事の目にも触れていた。いたいけな少年二人ががっつり足腰立たなくなったのも確認してしまった彼的には、レオリアのジョークめいた物言いに気を利かせて笑ってやることも出来ない。ただ鎮痛に、胸中で十字を切るのみである。



 ……ということで、閑話休題。



 レオリア的には謎に執事の返しが振るわない会話を更に少し続けた後。

 彼女らは食事室へ到着した。


「お待たせしました。お母さん」


 ノックを三つ。

 返事は無く、執事が静かに扉を開ける。



「遅れてごめん。今朝はちょっと来客があって」

「グラン君とパブロ君でしょう? ……なんだか幽鬼のような後姿で帰って行くのが見えたけど、なにかあったの?」



 戸を開いた先には、重厚な設えのテーブルと、清潔な白のテーブルクロス。そしてその上には清貧な印象のスープやパンなどが用意されている。

 そして、その奥。

 窓から差す朝日のふもとにて。


「……まあその話は、食事の席で」

「あなたがそういう時は大抵碌なことじゃないわね……」


 そこで一足先にコーヒーに手を付けていた女性が、レオリアの母にしてこの領の現領主、アズサ・ストラトスである。

 ――柔らかな印象の見た目に、しかしどこか堅牢な意思力を介在させたような不思議な魅力を持つ女性。血統領主である夫を早くに亡くして以来、平民の出ながら堅実にストラトス領を運営する明主。それが彼女だ。

 が、そんな勇猛たる来歴の気配は、ここにはない。

 あるのは、……デスクワークに少し疲れた様子ではあるが、それでも母親なりの、慈愛に一抹の苦笑をまぶしたような、そんな笑顔であった。



 〈/break..〉



 朝食は、ライ麦のパンとコンソメスープ。それにチーズオムレツと添え物のサラダが用意されていた。

 レオリアは席について、まずはコンソメスープを口に運び、口内と腹の底を暖めながら……、


「結論から言うと、二人に告白されました」

「っぶー!」


 霧状になって舞うアメリカンコーヒー。一歩引いて見ていた執事が、それに慌ててナプキンを取り出した。

「あ、主様! お気持ちは分かりますが……っ」

「いい、大丈夫。……心配しないでコスナー。どうせグランのとこの、あのクソッタレのターニャ辺りの差し金でしょ。大方あの女が『子どもにはやっぱり好きなようにさせたげないと!』とか言ってアホ面で二人を焚きつけたんだ。貴族同士がくっつくって言うのがどういう意味かも深く考えずにね……ッ!」


 不可視の怒気に後ずさるコスナー。

 他方のアズサは、彼から受け取ったナプキンで口元を拭いながら、


「それで、レオリア……?」

「うん?」

 姿勢を正し、レオリアに向き直る。


「あなたなら当然、断ったんでしょう? 断ったのよね? ……こ、断ったわよね?」

「あ、それは当然」

「……(よかったぁ)」

 ほんの少し、だけれど確実に脱力をするアズサ。

 彼女にしたってグランとパブロの気持ちは分かるのだ。なにせ我が娘レオリアは、あまりの美しさにユニークスキルをさえ確立させたほどの桁外れの容姿である。


 曰く、――「女神の造形《EX》」。


 字面から分かる通り、彼女の美しさは女神のそれであるらしい。そんな少女の近侍兼幼馴染として幼少から近くにいた二人がレオリアに憧憬を抱くというのは、まあ当然の帰結と言っていい。

 ゆえに、問題はターニャ。戦犯もターニャである。ならばそれは、おいおい罪の清算をさせれば済む。

 ……そう考えてみると、


「――――。」


 アズサ・ストラトスだって女の子(?)。女性として性を受けた者ならば、誰だって恋バナ一つで青春に立ち返る。

 久しく縁の無かったその「甘酸っぱい成分」が、途端に彼女の食指を逆なでした。


「で、あの、……ど、どんなふうな話になったのっ?」

「どんな? え? いや、断ったって……」

「違うでしょっ? アンタも一応女の子なんだからさっ。分かるでしょ!?」

「……わ、…………わかー? らなー、い、ケドー……?」

「ダ、ダメねアンタは本当にその辺の分野(・・・・・・)については! 見てくればっかり女の子で中身は全然可愛くないんだから! いいからどんな話になったのか聞かせてよ!」

「ど、どんなっていってもさー……?」

「ほら! 二人にはなんて告白されたの!?」


 言われて、レオリアは少し考える。

 ……一字一句の再現は難しいが、ニュアンス程度であれば説明出来そうではある。


「……、……」

 ならば仕方ない、観念しよう。と、


「えぇと……」

「はいはいっ?」


 彼女は胸中で、まずは説明すべき事柄を、文脈で以って整理することにした。



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