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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
桜章『餓鬼道』
152/430

(15_Prologue End)


 ――あの日、ずぅっと昔に。


 エイトに拾われた私は、そのまま、裏ギルドの暗殺請なる部署に紹介された。

 今でも、あの時のことは鮮明に思い出せる。

 据えた臭い。煙草の匂い。蓄積した埃の匂い。年季物の木の匂い。

 いろいろな匂いが綯い交ぜになったその最奥にいたのが、若き日のコルタスとゴードン。どちらも、あの日には私の上司であり、そして今では私の心強い仲間である二人だ。それに、それ以外にも仲間と呼べる人間がたくさん増えた。

 今日までに私は、本当にいろいろなことを経験した。時間だってたくさん経った。私の見てくれは変わらないし、ゴードンの方は()()()()()()()()けれど、少なくともコルタスは、……率直に言えばすっかりと老けてしまった。


「……、……」


 私は、私の「親」のことを思い出す。

 魔人エイト。性はない。ただのエイトだ。不器用で素直じゃなかったあの男は、私を拾ったあの日から、数えきれない「常識」を私に教えてくれた。

 人と敵対するときに効率のいい身の振り方。都合のいい上司の探し方。都合の悪い上司の切り方に、激痛の中でも理性を手放さない気の持ち方。

 どれにしたって「親」が「子」に教えるものではないけれど。

 でも、私にとっては必要なことだったし、今じゃ使わなくなった未熟なアドバイスだって、今も、私は大事にしまっている。

 そんな親と、私は、


 ――明日、敵対をする。


「…………。」

 ここ、暗殺請に入る仕事は主に二つである。

 一つは裏ギルドにとって都合の悪くなった身内の始末と、もう一つは裏ギルドにとって都合の悪い、外部の始末。

 そういう意味で言えば、この依頼は特別だった。なにせ私に求められたのは、「始末」ではなく「討伐」である。そんな英雄の真似事みたいなマネを、裏ギルドの腐りきった「上」が命令してくるとは片腹痛い話だ。いや、まあ。いつかこうなるってことは分かってはいたけれど。


「…………。夜は、冷えるネ」


 季節は晩夏。

 開けた窓から飛び込む虫の音には、蝉の声とは違う、もっと涼し気なものが混じっている。

 時刻は夜。夜気には、草の寝息が時折香る。

 そして、私がいるのは、


「――――。」


 明かりの無い、広大な、油絵の香りのする一室だった。

 快晴の夜空は明かりに潤沢で、火を灯さずとも絵画を眺めるのには不足がない。むしろ、怜悧な青い光が、それら絵画の根底を一層浮かび上がらせてさえいる。

 これらはどれも、私が集めた、……ゴードンの言葉を借りれば「悪趣味な絵」である。

 こんな絵を見ていたら呪われる。鬱になる。三回も見たら死にそうだ、なんて彼は言っていただろうか。集めた私自身をしてさえ、全く以ってその通りだと思う。


 ――人の死体が笑う肖像画。

 ――黒と青で描かれた、満月の絵。

 ――言いようもなく抽象的な、何かしらの景色。


 私が集めた絵はどれも、そんな絵ばかりだ。それに囲まれている間だけ、私は、風に吹かれたような心地になれる。

 思考が空虚となり、肌の下に内包した熱が排気されて消える。

 身体の輪郭が明確になり、音が、その「根っこ」まで聞こえた気になれる。

 こんなにも心地よく、退廃的で、私はいっそ身体を手放し魂だけで揺蕩うような感覚になる。


 ……だけれど私には、こんな絵は描けない。

「……、……」


 これはどれも、絶望をした人の掻いた絵であった。

 諦観をして、鬱に墜ち、その安寧の奥の心象風景を切り取った光景だ。私には、それは無理だった。

 私には、絶望は不可能だ。幸せでありたい。ゆえにこそ、希望は常に手元にある。遠くどこかにあって、ふとした時にはどうしようもなく陰るものではなく、私にとっての希望は隣人だ。そして絶望と死は拒絶すればそれだけでナリを潜めるような、取るに足らないモノであった。

 だけれど、それでも、私にとって絶望と諦観はあまりにも心地が良い。

 この絵画の葬列は、言うなれば、

 ――永遠に見ることのできない、私の墓標に刻まれるRIPやすらかにねむれの文字である。




※次回更新より『桜章_餓鬼道』は最終節に突入いたします。

 つきましては勝手ながら、明日10月1日以降は、桜章最終話までを毎日更新とさせていただきます。

 どうか、今しばらくのお付き合いをよろしくお願いいたします。

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