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04
『とある用事』をすませた俺は、既定の時間頃に再び例の場所、騎士堂支部なる施設の入り口に戻ってきた。
「ふぅ……(一仕事感)」
さて、
……早速の蛇足だが、言語理解の能力は時計表示の解釈にまで及ぶらしい。俺の世界でも数学のことを数字言語などと呼ぶことはあったし、数字もある意味では言語ということか。
というか、もし仮にこの世界が、実は十進法でさえないような言語文化であったとすれば裏恐ろしい。俺は言語理解のスキルがあるからいいものの、持っていない転移者は相当な労力を強いられはしまいか。
ということで、閑話休題。
時刻は、約束のちょうど五分前。
俺の世界で言うなら昼時手前である。……そこで俺がしばし待っていると、
エイルが、約束ちょうどの時間に、施設から出てきた。
「では、出立いたします。食事は摂れましたか?」
「うん? いや、俺空腹感じないんだって」
「……そうでした。覚えていれば、朝食を奢ったりしなかったのに」
それからすぐに、馬車が来る。
「さ、行きましょう」
それは、ヒト用というよりは荷馬車のような面構えだった。馬車を引く馬の方は、俺のイメージする「馬」と相違なく見える。
また、乗り込んでみると、内装には取って付けたようなベンチがあるだけであった。
「……、……」
「快適な旅を、ご期待でしたか?」
「ケツが痛くなったらさすってくれ……」
「馬鹿な話を」
「痛くなったらさすってやるから」
「また人を呼ばれたいのですか!? もう出していいですよ馬車の人!」
その一声で、がらごろと音を立てて馬車が走り出した。
……ここに五時間座りっぱなしというのは、流石に堪えそうである。
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ちなみに、あのあと改めて確かめたところ、スクロールの使用は問題なく可能であった。
その際に使ったのは、あのテーブルの上の巻物ではなく彼女が使っていた遠話の護符である。何やら、試用ついでに互いの思念周波数も確認しておこう、とのこと。これはある意味女の子の連絡先をゲットする的な甘酸っぱいイベントであったのかもしれないと、振り返って思う。
まあそんなわけでだ。ひとまず、俺の自爆にて『赤林檎』なる魔物を倒す算段は整ったわけである。
一応この馬車では、更にそのあたりの打ち合わせを更に詰めていく予定であるらしい。
「ああ、そういえば」
ふと俺は思い、彼女に問う。
「なんでわざわざ馬車なんだ? どう考えたって、重さの分だけ時間のロスだろ?」
「…………魔物がこの辺りにいないとも限りません。あなたはこの作戦の要、身柄を失うわけにはいかない」
何やらもっともの言い分だが、妙に喋りだしまでのラグを感じた。
さてと考えてみるとしかし、その理由は割かし簡単に推測できる。なにせ、馬車で移動しないということは、つまり馬で移動するということになる。
――その場合、(たぶん)馬に乗れない俺は誰と相席することになるのかと考えれば、その答えは簡単だ。なにせ少なくとも、決戦において俺は彼女の運転する馬に乗る手筈だし。
「……………………(あれ?)」
え? なに、待って? 俺そんな嫌われてんの?
「……。」
「……、……」
馬車に降りる沈黙は、果たして何の意味を指すのか。
――ただまあ、ほら、しかし? これはただの俺の推測であるし? 彼女の言うのがまっとうなのも納得がいくし。そもそも公人がそんな「特定個人と一緒に馬に乗りたくない」なんて私的な理由で行軍を遅らせるような選択しちゃだめだと思うし。
ということで俺は、素直に彼女の言い分を信じることにした。
それで、さしあたって一つ、彼女のホントの気持ちを探るために、心理テスト(っていうかコールドリーディング?)の一つでもしてみようか。
「なあエイル」
「……。」
「俺に仮にあだ名をつけるとすれば、何にする?」
「汚物」
「……、……」
これもきっと勘違い。この世界には『オブツ』っていうキュートなモンスターがいる可能性も無きにしも非ずである。
「そうだ! そう! 仕事の話をしようぜ!」
「ああ、はい。それはしておくべきですね。何か疑問がございますか?」
「そうだよ疑問な! これさ、ベルトには十二本ぶんのスクロールのホルダーが合っただろ? それでスクロールもちょうど十二本だ。こいつらに込められた魔法を、それぞれ確認したい」
「ああそれは、全部自爆魔法ですね。一撃では足りなかった場合を考えて用意しています」
「……。」
殺意の濃度がヤバい。
「あとは、応急キット。出血を止めるための張り薬や、痛み止めや魔物の毒を解消するものなどですね」
と、戦慄する俺をよそにエイルは説明を続けだした。
「飲み薬の用途については、言語理解をお持ちであればラベルを見て分かると思われます。ただし、魔法を使うような即効性はありません」
「ほぅ?」
彼女の言うのは、例えばRPGゲームなどで回復魔法を使うと、理屈抜きに即座に設定分のHP回復が発生する。みたいなイメージであっているだろうか。
流石にスクロールのように試すわけにはいかないし、それにそもそも、俺のスキルであれば無用の長物に違いないものではあるが。
「あーそうだ、思い出したんだけどもう一つ。今回の魔物の群れの構成についても、確認しておきたい」
「ええ、了解しました」
これについては、向こうも説明しておく必要があるとは思っていたのかもしれない。
用意してきたような言葉が、彼女の口からすらすらと流れた。
「今回の標的はロックスパイダーの群れです。元来は群れを作らない種なのですが、どうやらあの『赤林檎』の周囲に分布する個体は、『赤林檎』の庇護下に隠れて外敵をしのいでいるようですね」
「なるほど?」
「蜘蛛という生き物には元来、獲物を捕縛する粘糸と、蜘蛛の巣の足場にするような堅糸の二つの糸を吐き出す能力があります。しかしロックスパイダー種は粘糸の使用は稀ですね。概ねの個体は堅糸の切れ味で以って外敵を排除します。……ただ、鉱石を主に食べる種ですので、そもそも外敵との衝突自体が稀ではありますがね」
「身体が岩でできてるんだっけ? だから相手にしても、倒すのが面倒な割に食いでが少ないってハナシ?」
「正確には、腹部と背面部の表面を岩が覆っているのです。ひとまずは、ロックスパイダー種の内の三等級脅威個体についての説明は以上です」
「うん? 三等級個体?」
「群れを構成するうちの、現状で聞いている限りでも十五体程度は二級個体です。それらも、種別で言えばロックスパイダーの項に入ります。ただし、この十五体の腹部を覆うのは、人が精錬したのにも劣らない強度の合金です。長く生き続け、様々な鉱石を摂取した個体は合金の装甲を得て、総称してアイアンスパイダーと呼ばれるようになります」
「それは、……なんというか」
シンプルなネーミングセンスだ、と口内にて一人ごちる。
「? ……ええと、こほん。アイアンスパイダーの脅威度ですが、これについては、二等級、つまり非戦闘要員百人分のものと認定されています。ただしこの脅威度は、正面衝突という状況設定で以って用意されたものではありません。そもそも魔物は、自分にとって都合の良い地の利のある場所から出てくることは殆どない」
「……、……」
「平地での衝突で個体の脅威度を再認定するのであれば、三等級に下げてしまっても構わないかもしれませんね。ただし、個体であれば、です。そもそも三級個体にしろ二級個体にしろ、まともに攻撃を通すのは非常に難しい。地の利はこちらにありますが、それでもなおこの一群は公国にとっての重大な脅威です」
ひとしきりの説明を終えたようで、彼女は風と息を吐いた。
それを見て、俺は口を挟む。
「なるほど、わかった。……じゃあ、取り巻きについてはそれでいいとして、例の『赤林檎』ってのはどうなんだ?」
「……。そうですね、ええと」
俺の問いに彼女は、改めて脳内にて説明の順序を整理し直した様子を取る。
そして、ゆっくりと話し始めた。
「――そもそも、ロックスパイダー種は、大抵は長い年月をかけて鉱石を摂取することで、窒素中毒を起こして絶命します。これがロックスパイダーにおける寿命と考えられています。二等級個体であるアイアンスパイダーについては、長命なロックスパイダー種と考えてくださっても構いません。……しかしながら、『赤林檎』については次元が違う」
「次元?」
「『赤林檎』は窒素中毒を起こすことのなかった個体です。……窒素中毒を起こさなかった場合のロックスパイダー種の本来の寿命は、『赤林檎』によって今も更新され続けています」
「あー、それで言ってたのがアイアンスパイダーってのの、食べた鉱石で合金を作って強くなるって話か。死なずに食べ続けるから青天井に強くなり続けてるわけだ。――それで、その寿命ってのは?」
「――千二百年です」
「………………。……それは、殺すのは惜しいな」
予想以上の桁の数字である。しかしそういえば、消化に時間のかかるモノを主食にする生物は長命だというような話を聞いた覚えがある。それで言えば鉱石など、消化に手間の最たるものだ。
さて、彼女は。
「ええ、元来なら『赤林檎』は人の脅威になることなどない存在で、我が国にとっても大切な存在です」
そう答えて、そして言い放つ。
「――ですが、やらねばなりません」
「……。」
「『赤林檎』の脅威度としては、背中の爆弾というはっきりとした弱点があって初めて一等級に格下げされたものです。あなたは、……あなたの世界にそれがいたかはわかりませんが、――ドラゴンと戦うおつもりで、どうぞご覚悟を決めてください」
「…………。」
その言葉で、俺は鼻を鳴らす。
馬車はいよいよ速度が乗ってきて、荷台の中にもよく風が通る。
外の景色はいよいよ昼間の様相に代わっていて、草叢に降りる日差しが、落ち着いた黄白色で辺りを照らしている。雲の落とす影が、向こうからこちらへと近づき、そして走り抜けていった。
「なあ、エイル」
「――はい?」
「あと五時間だよな?」
「……、はい」
「しりとりとかしようか?」
「…………、トランプがあります」
……あるんだトランプ、この世界に。
――アイテム
スクロール《爆発魔法》
スキル・爆発魔法(爆発指向性を付与した魔術。性能はスクロール記述の魔法陣準拠)を行う。
付属効果:なし
使用条件:魔力負荷による術式起動。なお、使用時には直接の魔力通過を行う必要がある。
備考:純正のスクロールを使って作られた、「携帯できる爆発魔法陣」。アルネ・リコッティオ氏による製造。これは、氏の挙げた制作コンセプトである「純正スクロールのリソースを全て爆発属性に裂いた場合はどうなるのか」という実験の試作品であり、時限発動機構さえ用意しなかったために「直接触って起動を促すほかにない」という致命的欠陥を持つ。
また、そのような背景から記述詠唱陣についてもごくシンプルなものとなっていて、「詠唱陣を相乗させ二次元、三次元的に威力の上昇を狙う」ような技術も使われておらず、爆発魔法としての威力に格段な向上があったとも言い難い。
エイル「とんでもないモノを発注してしまったのかもしれない」
アルネ「でもほらー? スクロールのシンプルなリソース絶対値を割り出すには結構いい手だったんだよ? 『このスクロールにはこれだけの魔力蓄積がある』って言うのを、単純な爆発の半径で推し量れるっていうね?」
エイル「じゃあ、つまりあれだ。いつの間にか財布いっぱいに入ってた外国通貨の金銭単位価値が分からないから、『大将! この財布の中身で握れるお寿司のコースをお願い!』ってしてメニューの格で逆説的にいくらだったのか確認する、みたいな?」
アルネ「えぇ、何言ってんの? 全然わかんないよ……?」
エイル「先に難しい話をしたのはあなたです。私のこれは専守防衛というのです」
アルネ「……ホント何言ってんの?」