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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
桜章『餓鬼道』
141/430

(04)

 


 エイトらの拠点は、この街の裏手一角にある。

 バスコ王国中東部。バスコ王国領とも近く王族直下のとある貴族がほぼ直接的に納めているその街は、傍目にも露骨なほどに身分差を区画分けした都市構造で成る。

 街の東、王領に対する「表側」は、華々しい水路と彫刻をあしらった街路装丁に彩られた貴族の区画。対する西は、華やかなステージの舞台裏のそれのように雑多煩雑で秩序に欠く。

 表舞台を彩るために、限られた「役者」に倍する量の裏方がいて、それらが()()()()()()()()()()()()ようなスラム街。それが、エイトらの拠点のある通りであった。



「ようエイト。こりゃ煙草で間違いないな」

「そゥかい? その割にゃァ顔が浮かばねえナ?」

「なんつーか、()()()()。こら売れねーわ」

 狭く粗悪な室内に、紫煙が一つ立ち上っている。

 ヤニ色にくすんだ窓から見える景色は地上二階のそれであった。朝食時を少し過ぎた目下街路の様子は、……今日も今日とて景気が悪い。

 煙色の溜息を吐きながら、

 ピラーはそんな様子を眺め飽きて、視線を切った。

「そっちはどうだ? その()()()はやっぱり、噂に名高い『テッポー』だって様子か?」

 ()()()、と煮え切らぬ言い回しでピラーが次に視線を送ったのは、床に胡坐をかくエイトの腕の中。『長い鉄の筒を木材で覆った』ような、「不可思議な見た目の棒」である。

「……どーかねェ」

『テッポー』とは。

 彼らの世界における武器の一つである。使い方は簡単、握って構えて()()()()を人差し指で引く。それだけで遠くの敵に風穴があく。……冒険者界隈でのウワサでは、そのような「魔法具」として理解されている。

 ただし、希少性に対してその「魔法」は()()()()()。遠くから敵を射抜く魔法など五万とあるし、それが使えないような人間は、そもそも荒事に身を置くべきではない。冒険者において『テッポー』とは、好事家の貴族に売るための貴金属のような扱いであった。

「あァネ。オラァ当然、その手の鑑定士じゃねェンではっきりしねェが」

「おう? 何かわかったかい?」

「『テッポー』だとしたら、こいつァ()()()()だネ」

()()()()? あー、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったか? っかー、なんだよ、下らねえ」

 言ってピラーが床を蹴る。……置き場の無い憤懣をひとまず床板にぶつけたというよりは、「もっと具体的な対象」に憤りを当てるようなニュアンスである。

 ……床を蹴っても下のあのガキに当たるわけじゃないだろうに。と、エイトは口内で呟きながら『テッポー』を膝から降ろした。

「『テッポー』に、煙草に、ツラの良いガキ。……カモがネギ背負って来たってつもりだったんだけどな、こりゃとんだアテ外れだった」

「使い道ァあンだろ? タマナシでも『テッポー』は『テッポー』だしヨ、それにソッチだって煙草は煙草だろ?」

 エイトがピラーの片手に視線を向ける。

 その手の中には、くたびれた紙製の小箱がある。その中に詰め込まれているのが、先ほどピラーが曖昧に苦言を呈した煙草であった。

「ガワァ綺麗なモンじゃねェかヨ。読めねェ字だが、上等な印刷らしい。中身だってそれなりじゃねェと釣り合わねえンじゃねーの?」

「言うなら吸ってみろよ。きっとテメエもしっくりこないぜ」

 ピラーが放り、エイトが受け取る。

 見分してみると、妙な「口」の開き方をしているらしい。上部の内半分だけがぽっかりと装丁を剥がれている。エイトは狭い「口」から指先で煙草を引っ張り出すのを早々に諦めて、缶入りの飴菓子を取り出す要領で紙の小箱を軽く振った。

 そうして果たして、

 中から出てきたのは、煙草の葉を紙で巻いたものであった。


「……紙巻きだネ、結構な品じゃねェの」

「いいから吸ってみろよ」

「うン? あァ」


 ぱっと見で言えば、本当にただ紙で煙草を巻いただけの代物である。まずは咥えてみると、……確かに吸い口から、乾いた煙草の香りがする。


「――ヒート」

 熱を灯す魔法を唱える。

 すると、エイトの人差し指の先からちろちろと煙が燻ぶり始めた。


「……、……」

 吸って、

 吐く。

 そして彼は胸中で、――なるほどと呟く。


「味がしねェ」

「だろ? ガワが上等なだけに、ウマいのかマズいのかもよく分からん」

「現金だネ……」

 文句は言いつつも、二人はそのまま吸い続ける。なにせこの国では葉巻やパイプはそれなりの嗜好品である。如何に不倫理と非節度を極めた二人でも、流石にもったいないと感じられたらしい。

 さて、

「……荷物は、こんなもんか?」

「あのガキァ持ってたのは、そうだネ」

「ふうむ。こりゃ()()()()をどれだけ高く売れるかだな。……ようエイト、アイツはどうするよ?」

「うン? どうするってェ、なにが?」

 床に座り込んだまま、エイトはそう言ってピラーを見上げる。

 ……とはいえ帽子のツバのせいで、殆ど視界は見切れているのだが。

「傷は治してから売る。それはいいんだけどよ、どこに置く?」

「……、」

 あの少女は今、この拠点の地下室に鎖で繋いである。問われたエイトはしかし、そのままにしておくものだと思い込んでいたのだが、果たして。

「正直な、ここに置いといたら、俺はまたアイツをぶちのめしそうだ。ポーション代には色付けて渡すからよ、任せていいか?」

「あァ、そゆことネ」

 合点がいって、エイトは視線を戻す。

「まァ、いいヨ。じゃァせっかくだ、荷物ァソッチに任せようかい?」

「うん? ……あー、なるほど。質モノ扱いね?」

 つまり、エイトは少女を、ピラーは物品をそれぞれ扱う。……彼らの生きる裏社会は仲間内での裏切りや出し抜きも縁遠いものではない。「一方が荷物を持ち逃げすれば、もう片方の持つ換金物ひとじちはそちらのモノに」という、これは彼らの業界では割とポピュラーな「品を介した契約」である。

「ソッチとコッチでモノの値段に格差があンのは、一つヨ。それも手間賃だと思ってヨ?」

「心配してねえって。悪いな」

 そう言って、一足先に煙草の火種が尽きたらしいピラーが、エイトの傍らに来て荷物を纏め始めた。

「じゃあ代わりに、俺はこいつらの換金を任された。……どうせしばらくこの街にいなきゃいけないわけで、売り先はのんびり選ぶつもりだぜ?」

「あァ。あとヨ、この先の稼ぎのアテ探しァ、いつも通り二手に分かれよゥかい」

「ついでに働いてこいって言ってるわけね、分かったよ。……じゃあ行くわ。また今度」

「おゥ、また今度ォ」



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