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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
桜章『餓鬼道』
138/430

(01)

 


「あたしの出身は、たぶんきっと、こことは少し違う世界なんだと思う」

「……、……」



「服装が違うし、言葉が違うし、街の様子が違うし、自然の見た目も、何もかも違う。あたしはそんな世界で生まれた。あたしの前身は、キモノって服を着たオンナと、軍服を着たオトコしかいないような世界だった。その世界のあたしの生まれた時代じゃぁ、人と人がお互いに鉄砲だの乗り物だのを使って殺し合ってた。世界中でね。そこに、あたしは生まれた。


 あたしは、この見た目通り餓鬼で、あの世界じゃ取るに足らない存在だったよ。自分よりも年上の人間が路を歩いていれば、通りの脇のひさしに避けて、目線を絶対に合わせちゃいけない。それはあたしにとってのルールだった。あたし以外にとっても大抵はそうだと思うけどね。そこのけそこのけ大人が通るって具合だ。とかくそんなしょーもない世界だった。世界中がそんな風にキナ臭い時代に、あたしは生まれた。


 ある日も、そんな時代の一日だった。あたしに人権なんてのはないんで、ヒトが来れば避ける。サイレンが鳴れば逃げる。それ以外には、生きるための仕事をする。そう言う一日だった。その日も、あたしの住むトコにはサイレンが鳴り響いた。


 慣れたもんであたしは、いつも通りのルーティンワークのつもりで防空壕に逃げ込んだ。あー、防空壕ってのはまあ、敵さんの攻撃は上から来るんでね、地下に逃げりゃ安心なのよ。


 ……あん? 空から来るのが珍しいって? 敵の攻撃が? はん、その辺はまあ、脇道ってやつだ。後で改めて聞いてくれよ。


 とにかくだ、その日も私は壕に逃げ込んだ。周りの大人の邪魔にならないように、隅っこに隠れてね。だが、どうかな。その日は少しばかり様子が違ったらしい。何が間違ったか、敵さんの爆弾が一つ、壕ん中に転がり込んできやがった。……待てよ、爆弾くらいは分かるだろ? そう、そうとも、火薬を詰め込んで火をつけたらドカン、空から雨みたいに降ってくるあれのことだ。……ああ、雨のようにだよ。敵さんは金持ちなんで、そう言うのには節約ってのがなかったよ。しかしあんた、いいから聞いて欲しいね。こうも脇道にそれた挙句じゃ話が済むころには朝だぜ? いいかい?


 ああ、そうだ。爆弾が壕に一つ転がり込んできた。きっと、それがちゃんと見えていたのは、他人さまに迷惑かけないように端っこで膝抱えて座り込んでたあたしだけだろうな。他所の連中は、怖がって兎角外とは視線を外してたんで気付けなかった。見張りの大人数人もね、みんな他所を見てた。私だけがソレの転がり込んできたのを見たんだ。後は分かるね? 地獄の出来上がり。しかしどうしてか、あたしは多少の火傷だけで済んだ。あんたもさっき無理やり見たように、あたしの身体なんて綺麗なもんだろ? 軽傷だったよ。


 ああ。それで、あたしはそんな死屍累々の不衛生な場所には居られないんだって言って外に出た。当然、火の手の落ち着くのを待ってからだね。居た場所がよかったってことらしいが、今考えればよくもまあ酸欠だの肺が燻製になっただのってハメにならなかったもんだ。たぶんあたしは、その手の悪運にはいい星が付いてくれてんだね。……ああ、失敬。こりゃ蛇足だ。


 とにかくだよ、そんなわけであたしは外に出た。外に出てみると、さっそく壕の周りは敵だらけだった。鉄砲を構えて、木の裏石の裏まで逐一確認して歩き回ってる。見つけた生き残りは、敵サン、とりあえずで殺してたね。なにせ鉛玉で一発二発、それで終いだ。捕虜なんぞ取るよかずっと楽だろ? あたしは洞穴の中から、それを伏せて眺めてる。一人死んで、二人死んで、それでもまだ伏せたままだ。怯えるのもチビるのも後で、まずはここから逃げなくちゃ。しかし困った。連中はどうにもこの洞穴から離れてくれない。これじゃ、いつ連中がこの洞穴に潜ってきて、そんであたしが見つかったものだかもわかりゃしない。


 さて。見ればちょうどその時、洞穴の前には人手が手薄だった。……当然それにしたってね、金髪でガタイのいいような、あたしが五人いても勝てるかどうかってやつが、しかも武器を持って二人いるわけだが。だけどほら? 待ってる間に野郎が三人四人に増えるってよりはマシだろ? だから私は、そこを契機と決めて飛び出した。


 ……ヤり合いの内訳は覚えてないがね、銃に撃たれなかったのは間違いないはずだ。酷い泥仕合で、勝ったのはあたし。それくらいしか覚えてないわな。とにかくあたしは生き残った。


 じゃあ、ほら? 考えなきゃいけないのは次のことだろ? そこであたしはふいと思いついた。この、敵さんの死体二つを抱えてウチの軍に挨拶でもしに行けば、味方の方の大人の、手厚い歓迎が待っているんじゃねえかと。……まあ当然? んなもん有り得ねえんだけど、でも当時の思慮の足りねえあたしはそれに一縷の望みをかけたわけだ。野郎の死体二つを引きずって、あたしらの身内がいそうな方へ。敵さんのどんな携行道具が大人の目に留まるかもわからねえんで、重っ苦しい武器だなんだも全部つけっぱなしでな、かさ張るばっかりの死体二つを連れてしばらく歩いた。


 歩いて、歩いて、歩いててよ。

 そしたら、……なんつうか、ほら。ふっとあたしは、自分がいつの間にやら呆けてたらしいってのに気付いた。目指すもんもねえんでとりあえずに彷徨ってたのがイケなかったのか、気付けば、今いる場所がどこかも分らなくなってたわけだ。目の前には、地平線がお天道様のお膝元まで続くようにやたらに長いコンクリの路があって、左右を見回せばどっちも水面だ。陸は見えない。どうやらあたしは、どっかの橋にでも乗り上げちまったらしい。とりあえずは、さてね。来た道に戻るんじゃ生産性がねえだろ? だからあたしは、向こうに行くことに決めた。そんで、


 ――気付いたらこの世界だ。そっからの話も、ここで一気にしちまうかい?」



 私の話を聞く男は、中折れ帽の奥に隠れた視線をこちらに向けた。

 帽子の影に紛れた視線は、それでも鋭く、緋色の明かりを照り返す。


「……、……」


 それは、とある走行中の馬車での一幕である。

 夜深く。積載物わたしたちへの気遣いなどまるでない速度で馬車は奔り、車輪が石を噛むたびに、私と彼は身体を揺らす。

 私の手首には、手錠がある。

 そして、彼の手首にはそれがない。

 二人っきりの馬車内にて。それが克明に、私たちの「身分の差」を示していた。

 彼は、



「結構だ、よく分かった」



 そう、まずは私に応えた。



※本日より『桜章_餓鬼道』の更新を開始いたします。


 なお更新にあたりまして、最初の三話までの『投稿スケジュールの変更』を、ツイッターにて告知しております。

 この内容につきましては『桜章1話を30日の22時に、第2、3話を31日の0~1時の更新とさせていただく』というものとなります。ですのでこのあと0時より、加えて二話の更新を予定しております。ご不便をおかけいたしまして、申し訳ありません。

 

 次の更新は上記通り、このあと31日の午前0~1時の間に。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。



※実は当シリーズ、第五章最終話更新日に40,000PVを頂きました。こちらのご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。


 これも全て応援して下さる皆様のおかげです。特別なお礼は何もできませんが、せめて作品の質で少しでも皆様に楽しんでもらおうと一層励むつもりでございます。これからも是非、当シリーズをよろしくお願いいたします。



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