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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第五章『ビフォア・ラグナロク』
137/430

..from Brights in twilight.

※今回を持ちまして当シリーズ第五章『ビフォア・ラグナロク』は完結となります。

 ここまでのお付き合い、ありがとうございました。




『拝啓、エイリィン・トーラスライト殿。



 まずは、一つエイルに頼みがある。同封した賭け札を確認してくれただろうか。

 そこには二万口分のベットが入ってる。それを、ユイの方に賭け直しておいて欲しい。

 エイルも知ってる通り、俺の持つスキルには大富豪というものがある。名前の通り、カネの巡りに恵まれるってスキルだ。

 なぜ今それを確認したかと言うと、それは、昨日の賭けがご破算になったってトコロに起因する。あの忌々しい鉄の塊によってそこにある賭け札は紙くずになりかけたわけだが、しかし仮に、俺の持つスキルが不発に終わったわけではないとすれば、どうだろう。

 実入りの良い賭けがご破算になって、だけれど俺の大富豪スキルは正常に動いていた。それなら多分、俺たちは、あのままやってれば賭けに負けた、つまり、ユイに負けたってことだと推察できないだろうか。

 ってことはだ。恐らくユイ勢力は、少なくともあのルールじゃ俺たちより強い。更に言えば昨日の雪合戦の出来を見る限り、俺たちはレオリアより強い。つまり、一言で言えば、ユイ最強ってことになる。


 と言うことで任せた。間違っても賭け直しを忘れて俺の二万口(六〇〇万ウィル!)を紙くずにしたりしないように。もし上手く行ったら、とりあえず配当金はお前の財布の中に入れておいてくれ。



 最後になるが、いつかと同じ書置きでの挨拶を許してほしい。

 お察しの通り、俺はまたしばらく身柄を消すつもりだ。


 敬具、鹿住ハル』






 それは、あの雪合戦での強襲戦を経て、ほんの一、二時間後のことであった。

 私ことエイリィン・トーラスライトは、

 レオリアから借りた領事館内の宿舎施設一室にて。


「……、……」

 ――その手紙を読んで、



「……………………。」

 ……その場の勢いでそれをくしゃっと握りつぶしそうになるのに耐えながら、まずは一つ、深呼吸をした。



 ――そして、

「あんにゃろう!」

 ベッドに手紙を放り投げて、そのままの勢いで部屋を飛び出した。





 それは、いつかと全く同じ手口であった。

 ……ちなみにそれが具体的にいつなのかと言えば、私とハルとリベットと、そして異邦冒険者レクス・ロー・コスモグラフが爆竜討伐の表彰を公国王閣下より賜ったその日である。その日にもハルは、私にこんな手紙を書き置いて消えた。

「……、……!」

 そのいつかの日には、結局はハルに追いつくことが出来なかった。

 だけど今度は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ゆえに私は――、


「レオリアさん! ユイさん! 知恵を貸してください!」


 そう叫びながら、レオリアの執務室の扉をまずは押しのけた。



 ……

 …………

 ………………。



 ――そして、



「みつっ、見つけましたっ! バカハル野郎!」

「――……、まさか、見つかるとは」



 ブレイン二名の()()()()()を経て私はひた走り……、

 その場所、ストラトス領西側関所出口へとたどり着く。


「……おかしいな、なんでわかった?」

「なんでも何も! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ見たかこの野郎!」

「あー、……なるほどねー」


 ――そう嘯く彼、カズミハルは、

 ただまっすぐにその門扉のド真ん中を抜けて、

 更にその向こうにて、ただすらこちらを振り返って応えた。


 ……軽装で、背負ったバッグは薄っぺらである。

 後姿などは、軽やかそのものだ。

 未だ高い日差しの奥に、彼のシルエットは旅人のそれに見えた。


「……、……」


 とても、ほんの一時間やそこら前に、あんな風に『パーソナリティ』と激戦を繰り広げた勇士の背には見えない。

 陽炎に煌めくシルエットは判然としなくて、私はふと、彼が剣を取ったその姿を忘れそうになる。

 憑き物の取れたような背中だ、と。私は妙に、そう思う。

 そんなはずはないのに。

 彼は、――これからその「憑き物」を、清算しに行く筈であるのに。



「それで、どうした? なんか俺、忘れ物でもしてた?」

「……、」



 彼は、門扉の向こう側、そこから私に、そう言う。

 あまりにも当然のように言うものだから、私は、彼に何を言うべきであるのかを取りそこなう。

 ……もしこれで、私が、理由もなく彼を追っていたのだとすれば、きっと私はそのまま彼を見送っていただろう。

 しかしそうではなく、私には、彼を引き留めるだけの「動機」があった。

 言うべき言葉がどうしようにも選べないのなら、

 おためごかしの安っぽい前菜じみた言葉など、全て取り払ってしまえばいい。そう気付いて、

 私は、彼に「言う」。

「『北の魔王』の、『悪神神殿』攻略のカギを、掴みました」

「……、……」

「ハル。『北の魔王』は……、



 ――()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()



「――――。」

 陽炎の向こうで、

 その表情が揺れる。私はそこに、「言葉」を投げつける。

「ハル。リベットはもしかしたら、私たちの助けを求めているのかもしれません! 私だけじゃ、あの子の力になるには不足かもしれない、ハル! お願いです! どうか戻ってきてください!」

「――。」

 足りぬのなら、もっと声を上げる。

 一度つっかえの外れた私の口は、喉は、心は、手当たり次第に言葉を取る。選べぬ言葉が、一瞬で皆無となる。

「そもそもっ、なんですかあの手紙は! 人を小間使いか何かのように思っているのか! ハル! あんな賭け札なんて私は知らない! 自分でやればいいでしょ!? あなたはいつも! 都合のいいように人を使って! ああそうだっ、雪合戦の時だって私一人置いて行って! その前だってそうだった! ここで捕まった時も、尻ぬぐいは私の役目だったでしょう!? あなたは! いっつも自分勝手に……っ!」




「    」

 ――風が吹く。




 城壁の向こう、開いた門扉の向こうで、草の根が揺れる。

 天上の雲が一つ千切れて、風に揺蕩って、地上に落とす影の形を変える。

 城壁の向こう、開いた門扉の、――その向こう。


「……、……」

 瑞々しい色の草群の最中にて。ハルのシルエットが、雲の影に陰る。その表情が、ようやく判然とする。


「――――。」


 駄目だ。と、私は思う。

 どうやら、押しても引いても駄目らしい。彼の表情に私はふと、

 ――そんな風に、溜息を一つ。

「……。」

 それから私は、遅れて、「……しまった」なんて風にも思う。

 ここでそう、アイツが言っていた『賭け札』でも丸めて投げつけてやれたなら、このモヤモヤは幾分かすっきりとしたはずだ。しかし私は、身体の逸るままに、先ほどそれを手紙と一緒に部屋のベットに放り投げてきてしまっていた。

 ゆえに、

 投げるべきものを、他に見繕わなくてはならないために、


 ――少し悩んでから、私は「それ」をハルの後頭部めがけて思いっきり投げつけてやった!

「……っ!」


 遅れて、風捲きに薄れたような音で、「っいて!?」という声が聞こえる。

 それが妙に痛快で、私は先ほどよりも更に少しだけ、強く、声を張り上げた。




「それ! 約束の時計です! ()()()()()()()()()()()()()()()()()!」




 そう。

 投げつけてやったのは、男モノの、ごつごつとしたデザインの腕時計だ。私の実家から贈られてきた父からのお下がりで、義理で持ち歩いているものではあるが、……正直なハナシ、私の趣味とは非常にかけ離れた感じのヤツである。

 曰く、「何がどーした」とかいう加護の付いた魔術の品だとか。

 そんなものを誰かにあげていい筈もなく、

 ――私は絶対に、ハルからそれを返してもらうつもりであった。


「分かりましたか! 絶対に返しに来なさい! 早く来ないと、あの賭け札の配当金だって全部使ってやりますからね!」


 向こう、ずいぶんと小さくなったハルのシルエットからは、返事の声は届かない。


「――――。」


 ただ、……ずっと向こうで、彼が片手を掲げ、


 その「手首」が、降りる日差しを照り返して、

 ――きらりと光るだけであった。





/break..






「……、……」


 手紙を読み返しながら私は、昨日の、草の揺れる風景を追懐する。察するに彼は、あの『パーソナリティ』なる魔物との決着を、付けに行ったらしい。

 まあ、……そのあたりについては、はっきりと手紙に「そうだ」と書いてあるわけではない。

 そうだと思ったから、そうだと断じただけである。

 確信はあっても、そこに根拠などは無い。

「……、」

 グラスに刺したストローが、ずずっと罅っぽい音を立てた。

 気付かぬうちに、いつの間にやら、……そして、大して味わいもせずに、私はぼーっと喉を鳴らし続けていたらしい。その音が私を、あの白昼の光景ゆめから引き戻す。

 日差しが肌を炙る感触を思い出し、熱気を帯びた人の声を思い出し、目の前に広がる景色に、私はようやく視線を上げた。

 昼は長く、人の列もまた、しばらく長い。

 それらが一様に、私の目前で東から西へと遅々と流れる、

 それは、――とある夏の休日の光景であった。



「……。」

 壁に預けっぱなしだった背を、ふわりと離す。

 風が、私の背筋と壁の間を通り抜けて、汗ばんだ感覚が一息で消える。

 まずは、……このグラスを片づけるのから始めよう。そう思って、



 私は、日陰を踏み出し、日向へと立ち戻った。





『第五章 完』







※次回『桜章_餓鬼道』につきまして、

 更新は八月末日、31日を予定しております。

 なおこちらは、番外編的な章となりますことを先にご報告させていただきます。詳細は近いうちに、シリーズ概要欄併記のツイッターに挙げる予定です。


 しばらく時間を空けてしまい申し訳ありません。もしご興味がありましたら是非、引き続き当シリーズをよろしくお願いいたします。

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