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02
拝啓、お父様、お母様。
私ことエイリィン・トーラスライトは今日、兼ねてからの夢であった異世界転生者補助観察官としての任務に、正式に就くこととなりました。
それについては本当に誇らしく、また私は、この身分があなた方から受け取った教育や愛情の賜物であると理解するとともに、そこに多大なる感謝の念を感じております。
しかしながら、
お父様、お母様。私の担当する転移者カズミ・ハルはどうやら情緒に問題があるようだと判断せずにはいられません。
お父様、お母様。
あいつマジでヤバいかもしれないんです。助けてください。
</break..>
「あの、じゃあ。……正式にあなたの補助観察担当官として着任いたしましたエイリィン・トーラスライトです。よろしくお願いします(遠慮)」
「や、やっぱ敬語はいいからさっ? 仲良くしましょうぜっ(汗)」
私ことエイリィン・トーラスライトは、彼のその様子に対する反応に多大に困る。
なにせ、今朝の彼は明確にネジがトんでいた。今更ながら私は、彼に「エイルと呼んでくれ」などと言ってしまったことを後悔する。
分からないけれど、彼に愛称で呼ばれたらそれがそのままガンドになるような気さえする。
さてと、
日差しは朝と昼食時の半ばころだろうか。街はすっかりと活発になり、それを春間の旺盛な日差しが照り出している。暑さを感じる瀬戸際の日差しだが、この街特有の潮風が、頬に熱が溜まる前に、それを流していく。
そんな風景の最中を、私は、彼に半ばつれられるような形で歩いていた。
曰く、キカイなるあの強襲者についての情報収集を目的としたものであるそうだ。
「……というか、ハルさん?」
「いやっ、ハルでいいよホント。ハルでいいからねっ?」
「…………。ハル」
この男に抵抗するのは危険に違いない。なにせどこでまたトぶのか分かったものではない。
不承不承、私は彼をそう呼んだ。
「ハル、そもそもこの街では大した情報は確認できないと思います。なにせここは、あの拠点とは相当離れていますし、英雄たちが失われたという情報も、まだ噂程度の認知度であるようですし」
私のそのようなアドバイスに、この男は、
「まあ、ギルドってのの情報網は確認してないけど、それでもこの件に関して言えば街の風聞より頭一つ飛びぬけてるって程じゃないだろうな。そっちは、例えば関所を設けていたりして、そこに不審な生物が確認されたみたいな話はなかった?」
「……ないです」
「…………、敬語もやめていいんだぜー?」
そこだけは譲れない。なにせ敬語というのは、相手に対する距離感の表明である。
身体は近付かざるを得ない。だけど心は許さない。そういう感情を積極的に込めて私は、
「遠慮をいたします」
と、答えた。
「……、……」
「まあ、情報収集は難しくても、私たち公国の記録を辿れば『魔法生物の生態から推測できる行き先』程度は掴めるかもしれません。ここは、その線を辿るのが筋では?」
これは、一応私からのアドバイスである。
相手は推定不審者ではあるが、それ以前に明確に異世界転移者でもある。苦肉ではあるが、彼を頼るのが私、ひいては公国にとって、もっとも早道の外敵排除手段に違いない。
しかし、
「いいや、ギルドに行く」
「……、なんでですか?」
「……。」
それに彼は、やや答えあぐねてから。
「昨日も確認したけど、あれは『魔法生物』じゃなくて『機械』で、そもそも機械には生態なんてものはないんだ」
「生態が、ない? いえ、私が言っているのは生物代謝とか適応しやすい環境とかそう言った次元ではなくて……」
「なら、どんな?」
「人造の魔法生物には必ず機構があります。それは人が編む魔方陣ですから、必ずそこには制作者個人の主観やクセ、意思が反映されます。例えば一つの『風景画』を描写するのに、十人十色で使う表現が違うように、魔法生物には制作元単位での行動の指向性があるんです」
「じゃあ、それがないんだよ」
そう、彼は言ってのける。それが私には不明瞭な言葉であった。
彼が言うのは、まるで、魔法生物が魔法生物を発案し図面を組み立て作っているようなものである。製作者に自我がないなどということは、絶対に在り得ない。
のだが、
「あの鉄の塊は、そもそも生態も指向性も何もなく、ただひたすらにどんな環境下であっても命令をこなすように出来てるはずだ」
「……それは、術式機構が希薄化することがないということですか?」
「術式機構の稀薄化? 与えた命令が、稀薄化する? ……いや、術式の方が希薄化するのか? 経年劣化してペンのインクが色あせるように? ……聞きたいんだけど、エイル?」
「あ、はい?」
エイリィンと呼んで欲しい。
ほんとに。
「魔法生物っていうのは、どうやって作る?」
「? ……ええと、魔石電池に命令を書き込んで、それをコアに身体を作るというのが基礎的な方法です」
「魔石電池……」
と、彼はなおも一人ごちて、
「エイル。この世界に電池っていうモノはあるのか?」
「デンチ? なんですか?」
その私の返答で以って、彼は何やら納得したらしい。
「ちなみに、じゃあ、パンで具材を挟んだ料理のことは?」
「サンドイッチですか?」
「マドレーヌってお菓子は知ってる?」
「知ってますよ、外がカリッと、中がふわっとです」
「じゃあ、サンドイッチっていう人名か、マドレーヌっていう人名はこの世界にある?」
「? そちらの世界の方の発音でしょうか、少なくとも私は知りません」
「……言語理解、便利なのか不便なのか分からないな」
「…………どうしたんですか? また頭がおかしくなりましたか?」
「……。」
私のその言葉で、何やら彼は思考を取りやめたようであった。
「それよりも、魔法生物の作り方なんて聞いてどうするんですか。本当に、今日はギルドに行くおつもりで?」
「ああ、それね。――そもそも俺は、今すぐにあの鉄の塊を探しに行くつもりなんてないよ」
「!? ちょっと!」
「機械っていうのは、生態も指向性もなく目的だけで動いている。さっき、術式が希薄化することがないのかって聞いてたけど、機械ってのはそれよりももっとはっきりとしていて、目的が無くなれば活動が止まるんだ」
「……、えっと、いや! 待ってください? どうしてそんな非効率的な構成になっているんですか!?」
「非効率的? ……ああいや、簡単な話だな。こっちのゴーレムだって、俺の世界に来たら似たようなことになるんじゃないの?」
「……。」
つまり、――命令の更新が出来なくなる。
非効率的などではなく、それは、当たり前の帰結であった。
そして、この世界のゴーレムで言えば、命令の更新が止まればその後は魔力電池が尽きるまで抽象的な行動を繰り返す。しかしそれは、機構術式に出る製作者の意識の反映だ。
それが、もし仮に、機構にそのようなモノが介在しなかったとすれば。
――そもそも、抽象的な行動自体が起きない?
ただ魔力を消費し続けるだけの動かぬ存在に成り下がる?
「あの、そんなの。……そんな製作者の筆跡やクセによるバラつきのない完璧な魔方陣を、キカイという『魔法生物』は獲得しているのですか?」
「……、……」
「ゴーレムが起こす抽象行動は製作者個人の筆跡の差で起きるようなものです。あなたの世界では、それを排した完璧な『魔方陣』が存在しているのですか!?」
「……。いや、覚えてないんだって」
――ただ。と彼は言う。
「多分だけどね、別にこの世界が劣っているからそうなっているわけじゃない」
「どういう、意味ですか?」
「個人の力で、これだけ文化を発展させるほどの労働力を用意できるなら、そもそもエイルの言う、『画一的な魔方陣』なんてものは必要ない。画一的な魔方陣が必要な世界があるとすれば、それは画一的なマニュアルがなければ魔法生物一つ作れないほど個人の力が脆弱な世界だよ」
……少し、難しい。
と、私は思う。
これは、転移者だからこその視点での言葉なのだろうか。
――技術の発展に、巧拙なんてあるはずはないのに。
「あっ! 違うっ、違った! そうじゃなくてあなたさっきとんでもないことを口走りました! 今すぐ探すつもりがないって! どういうつもりですか!」
「……ああ、だから、機械にはそっちが言うような生態と呼べるものはないんだよ。だからこっちには発見情報が無ければそもそも追いかけようがない。アレの行く先を予測する『軸』が、そもそもないからね」
「――あ」
「せめてあの機械に命令された『目的』が分かれば、それで行き先も絞り込めるんだけど、現状じゃそれも難しい」
「…………、なるほど」
これは、そのキカイなる画一的存在が周知された世界の出身たる彼だからこそできた発想だ。
ゆえに私には、自分を恥じる義務などは無い。
ないのだが、
「……、……」
考えても見れば確かに、目的以外に何もない「存在」に生態などは在り得なく、ゆえに彼の言う通り、現状での調査は待ちの一手の他にない。
私は、自分がまるで理解の悪い生徒のように彼の講釈を聞いて、あまつさえ答えまではっきりと口に出させてしまったことに、少しばかりの赤面をせざるを得なかった。
</break..>
さてと、である。
俺こと鹿住ハルは、昨日より改めて、これからの旅の道連れとなるらしい少女との関係性に頭を悩ませていた。
というのも今朝、俺は全く勢い一つで彼女に向けるスタンスを一変してしまった。彼女からしたらそれは気がふれたように見えても仕方のないことであり、
「……。」
実際さっきは、――また頭がおかしくなったんですか。とか言われた。
「……………………。」
ただ、ここまでの道中でも何やら彼女の意思は軟化の兆しを見せている。相変わらずチョロい、のは置いておいて。このまま上手い事会話を軌道に乗せつつ、ひとまずは彼女との距離感を図っていくことにしよう。
「そういえば」
「はい?」
「いやほら、キカイだの鉄の塊だのと、『アレ』の呼び名が妙に抽象的で呼びにくいんだよな。そっちの、公国の会議では何か、固有名詞か仮称かなんかは作んないの?」
「え? いやアレの名前はキカイでしょ? ちがうの?」
「……、……」
……待ってくれ。俺とアイツって今後それなりに宿命の関係だと思うんだけど、俺アレずっとキカイって呼ばなきゃいけないの? ちょっとダサくて嫌なんだけど(率直)。
「ああでも、確かにそうですね。これまでの話でもキカイというのは、個体名や種族名ではなく、『魔法生物』のような技術名寄りで使っていましたか」
「そう! そうなんだよな! だからなんか他にさっ!」
「それなら、キカイを発見した際には、ステータスを読み取る魔法でアレの個体名を確認できるはずです。私たちには不明の言語で書かれているはずですから読むことはできませんが、言語理解を持つあなたならそれも可能でしょう」
「ああ、うん。……それは良いんだけどさ?」
「では、それまでは『キカイ』で行きます。なにせその名前でギルドに依頼も出してしまいましたし」
「……、……」
万事休す。これは、早めに確認をしておかなかった俺のミスだ。
……いや俺のミスじゃない。絶対違う。だって俺凄い早い段階で「機械ってのは技術概念の呼び名だよ」って言ってたし。
「…………まあ、いいけどな?」
結局のところ、俺がもうしばらく「飼い犬に『イヌ』と名付けたような状況」を強いられるのは確定であって、気持ちを切り替える他にはあるまい。
ってかたぶん全部こいつのせいなんだけども。
「さてそれでは、その『キカイ』の目撃情報が各所に現れてくるまでは、あなたは冒険者らしくギルドの依頼をこなすということで、この先の方針は間違いありませんか?」
「まあ、その予定だな」
「なるほど、では一つここでお伝えする必要がありますね。ハル、ギルドで受けた依頼では、国境を越えての遠征となる場合もゼロではありません」
それで、俺は思わず彼女に振り返る。
こうして敢えて前提条件を確認するような言い回しに、少しばかり重要そうなニュアンスを感じたからである。
「ハル、――この世界において言えば、基本的に転移者という存在は秘匿されたものです。貴方にもそれを、守っていただきたい」
「……、……」
「公国においてもそれは概ね変わりません。この国においても、この街から離れれば離れるほど、転移者というのはおとぎ話の存在になる」
「それは」
情報の伝達力が弱い? 強い個人の権利が強い世界だからこそ、情報の公開周知がなされるような、例えばインターネットのような技術が発展していない?
いや、それは違和感がある。なにせこの世界の文明レベルは一国君主による独裁的な発展では見込めないほどに成熟している。出る杭が叩かれ或いは抱き込まれる類の意味での「中世」において、この文明水準は在り得ない。確実に、資本主義的な企業競争があったはずだ。
ならばつまり、これは、
「箝口令、ですか?」
「その通り。この街は我が国の国策によって、旅人の興味を引きがたいものになっています。外部流入金を見込めないこの街における経済は、半ばまで政府の保証に依存しているといってもいい。それだけカネをかけるほどに、これが切実な問題であると理解していただきたい」
「なるほど? でも、どうしてそこまでして?」
まあ、察するには、
「――転移者は個人で以って破格の能力を持つ存在です。それがこの世界には、確認されているだけでも一万人はいる。……この世界の情勢を、一万回ほどひっくり返すのに足る量です」
たった一人の破格の英雄がいるなら、それを唯一強者として立てるだけでいい。
仮にそんな英雄が二人いたなら、更に別の対応が必要だ。
なら十人なら? 百人なら? 千人なら?
どうやらこの世界の戦力図は、既に、異世界転移者の独占状態と言って過言ではないようである。少なくとも「この世界の原住民」は、異邦者戦力に絶対に勝てないと悟っているわけだ。
だからこその秘匿。もし仮に、「この世界に居ついた異分子の総戦力は、実は世界戦力の総数を軽く上回っている」などと知れれば、原住の人民の混乱たるや計り知れない。ここでこの世界が転移者の排斥などに舵を切ったならば、そこに起こるのは世界規模の、想像を絶する地獄の蹂躙劇だろう。
「……、……」
ゆえに、俺は、
「……分かった。そこは厳守しよう」
と、そう明確に答えた。
――スキル
言語理解《‐‐》
異文化言語を自動的に理解する。
付属効果:なし
使用条件:自動発動
備考:練度により理解範囲に差異がある。例として、低級のものは口語のみの理解に限られるが、高度のものであれば所持者種族の文明水準を超える高次元種族文明の言語も理解可能。動植物及び無機物の感情理解は総じて管轄外となる。
エイル「このスキルについては、最低位のものであっても非常に稀有なものですね。というか、このスキル持ちの内では殆どが異邦者であるはずです」
ハル「そりゃそうだな。これ持ってるだけで通訳で一生生きていけるようなもんだし」
エイル「私の友人にも一人、このスキル持ちがいるんですがね、外国書を読み漁るのが捗ってしょうがないって言ってましたよ」
ハル「ふーん? でもこれ、割と融通効かなくてさ。類語表現とか固有名詞にはちょくちょく『ちょっと違うんじゃない?』みたいな言い回しもあったりするけどな?」
エイル「ええ。それのせいで彼女は一時期、カ〇リーメイトという補給食を蛇蝎のごとく毛嫌いしていましたね」
ハル「あ、言われてみればなぁ。……待ってカ〇リーメイトって言ったの? あんの?」
エイル「最近は、博多明太子味が出ましたね」
ハル「博多! 日本の先行ってんなぁ!」