4-3
『ど、同盟ですかハルさん』
「同盟です」
『そうですか』
「そうですね」
『こ、……こすいっすね』
「な!? 何だとテメエ! 立派な戦略じゃねえか降りてこいこの童貞ヅラァ!」
『どどどどど童貞ちゃうわ!』
『フィードテメエマジで一旦頭冷やしやがれ馬鹿野郎! えっと、そんなわけでね! 実況は私と、解説はフィードでお送りしました。一旦現場にお返しいたしまーす!』
「げ、現場に返す、とは?」
「戦場を見ててくれって意味だと解釈できるかもしれませんな! ……っとっとレオリア殿、このような一手はどうですかな!」
「っかー! 来た! そう来るよなー分かってた! でもあれですなあ、こっちがどうしても打てば響くような返し手を打てないと思うと、こういう分かり切ってた相手の一手ってどうしても『来ないようにお祈りする』って悪手を選びがちですよねー……」
「がっはっは! 分かり切った毒手なら、それを打たれないように先に出る! 兵法の基本ですぞ?」
「身に染みるお言葉です。……まあ、コイツをこうするしかないよなあ」
「ふむ、なるほど。ではこのように!」
フローズン・メイズ西陣地ストラトス領拠点にて、
チェスを指しあう二人、レオリア・ストラトスとバスケット・ビーターは、変わりゆく雪合戦戦線にも動じることなく、談笑を交えながら駒を動かし続けていた。
「まあ、そう来ますよね。こんな毒手を打たれている現状じゃ、こっちは守りを固める他にない。……ってことで前提条件通り、ウチは更に守りを盤石にします。こいつを、ここに動かします」
「がはは! それでは敵に好配置を選ばれるだけですぞ? 例えば、こんな一手で」
「あー、そうですよね。……あー、ダメだ、この主要二つの通路を外れる勇気がないなあ。敵がどういう風に攻めて来るか、もう少し掴めれば先んじて一手打てるんですけどねぇ……」
「では、ヒントを」
「お! やった!」
「わたくしの駒は八個ですが、その内一つは陣地深くで温存中です。残りの七つに付いても、実質的には2対5の比率で纏まって動くわけですな。あなたが読むべきは七人分の意図ではなく、二つのグループの俯瞰的な動き方です」
「なるほど、では、こんな一手は?」
「ほう! これは困りましたな……」
――さて、
俺こと鹿住ハルは、先ほどまでの経緯で以ってつつがなく桜田會との同盟を締結した。ちなみに、旗三つの提供と言う話だが、それについては……、
「ほら。これが地図な。そっちのと交換だ」
「……なンだ、間違って旗ァ四つ貼ってあってもこっちは構わねェってのにヨ」
と言う感じで、こちらからはシールを一つ外した地図をそのまま提供する形で行う。それにあたってはこちらサイドが地図を失うというのも面倒なので、地図はあくまで交換という体裁である。
と、そこで……、
『ハル! おいハルこの野郎!』
「おっと?」
イヤーピースに、そんな「交信」が届いた。
「……おーエイル。息災かね」
『そりゃ息災だよ分かれて十分も経ってないですしっ? っつーか何ですかそのふざけた交渉は! 私に一言も言わないで勝手に! もう地図渡しちゃったんですか!?』
「……うん」
『しゅんとしたところで許さねえ! 一旦こっちに戻って来いお説教だ馬鹿野郎!』
「ねえこれさ、ユイ? 音切ったりとか出来ないの?」
『あ! 何言ってんですかハルちょっと待ちなさい!』
「うン? アタシァこういうのに詳しいわけでもないケドね、でもそいつに付いちゃァたぶん……」
『ちょ、ちょっと待ってくださいユイさん教えちゃダメっ……!』
「ここじゃね?」
「ここ? あ、なんかボタンあるね」
『ちょっと! ちょっとってば!?』
「ぽちっとな。……おー、聞こえんくなった」
ということで、
――改めて、
「よろしくな、元奴隷!」
「あンだとコラ? この地図だけ持ち逃げしてやりましょうかねェこのクソ元ご主人サマよ?」
俺たちはガシリと手を組む。
と言うのも、この同盟自体実のところ、今日の「雪合戦大会」が決まった今朝段階で話していたことであった。
……まずそも、この雪合戦自体は、どう考えたって確実にレオリアに最も掛け金が集まる。そのうえで参加者たる俺たちには、事前のレオリアのお達し曰く「参加費としてはそれなりの礼金を用意する」とのことらしい。そこで、はてさて、
――俺たちは思った。
それではつまらん、と。
「とりあえず、レオリアは倒す。そのうえで、勝負は俺とお前だ」
「オウとも。ちゃんとやっといたヨォ? おたくの分はおたくの財布で、アタシの分はアタシの財布から、それぞれに賭け札を二千枚用意した。――日本円にすると、出費は六〇〇万ってトコロかね?」
まずは、――今朝の光景について。
エイルは全く違和感を覚えなかったらしいが、あの時俺たち三つ巴勢力は、共に同じ目的地に向かっているにもかかわらず、全くの別行動で移動をしていた。
その内レオリアたちは、無論ながら事務作業の真っ最中である。一緒に行こうぜってわけにはいかない。ただし、ならば桜田會はどうか。
……という大前提を紹介したうえで、俺らと彼女らが行動を共にしなかった理由と言うのがここにある。先ほども言ったように、レオリアが提示したような「それなりの礼金」なんて片腹痛い。
俺とユイは、――今朝の段階で、「お互いで自分に賭けようぜ」と、そう言う話をしていたのだ。
「安心しなヨ、死んでも足がつかねェってナ伝手を頼ったんで、お互い恨みっこなしに勝った方が総取りだヨ?」
「そりゃー良い。ようやく燃えるってもんだな」
この雪合戦のルールは、そもそもレオリア側にとって最も「残機と手数のバランスが良い」ものである。それは俺やユイやレオリアなんかには一目瞭然だし、……であれば観客にとってもそうであったはずなのだ。
ちゃんと「賭け事」をしていた連中は、ルールを精査し「最もルール上有利な勢力」を見極めた果てにレオリアに投資する。そうでなくても、この賭け事じゃレオリアが一番の有望株に違いない。公国と桜田會は、確実に下馬評で以って下火となる。
ゆえに、ここで俺たちが勝てば、実入りはそれなりに良い筈であった。
「……それじゃ、行こうか」
「オウ」
なにせ、……どうせ乗り掛かった舟である。
であればその利益率は高い方がいい。更に言えば、そこにリスクが付きまとうというのも面白い。
――では、
「――よう」
「来ましたか、二人とも。……ったく、とんだ毒手を選んでくれたもんです。手を組むだなんて」
顕れた敵、グラン・シルクハット、
――『太陽のグラン』に、俺たちは向き直る。
「毒手とは人聞きが悪い。こりゃ普通にそっちも予測できた一手だろ? このゲームはお前らが一番強い。ならやっぱり、零細勢力は仲良くしていかないとな?」
「あァそーともサ。そンでもってヨ、誰もテメエらとは手を組まねェ。何せそっちが支払える前金は旗一本が限界だわな? 三つ巴がタイマンになっちゃァ、アタシらは誰もそっちに勝てないってワケ。その点ウチは均衡だヨ? 手数は二対六で、そんでハルのほうにゃ旗一本のオマケつき。こりゃァ熱い勝負がお見せできるに違いないねぇ」
「……、……」
「だからな、これでイーブンなんだよ。この状況で、そっちとこっちはようやく五分。ほら、武器を……」
「――五分? おかしなことを言うじゃねえか」
グランが、
……ふわり、両手を水平に持ち上げた。
そこにはなにか、「不可視のモノが胎動している」。陽炎や霞のような何かが、グランの両腕の挙動に従って透明色の軌跡を描く。
「……、」
「ルールは守るんで、ルールは守ってくれよ? 人死には厳禁、雪玉が当たったらユイさんはダウンだ。――それ以外にゃ、何もねえ」
グランの腕が、正円を描く。
太極拳の演武のように、ゆらりと、――描いた正円を、引き絞る。
「――――。」
両掌を前に。身体を半身に。
膂力一杯で、綱を引くように掌を引く。
「(お、おいまさかアレって……っ!?)」
「ルール無用。戦闘開始だ」
「テ、テメエやめろォ!!!」
――問答無用ッ! 俺の「悲鳴」は、そんな威勢にかき消された。
その一喝と共に、半身で引き絞った彼の掌が「圧力」を帯びる。
否……。熱力、火力、暴力、気力。それは全ての「力」の権化――、
というか、
「(うわあやっぱりか〇はめ波じゃねかァーーーーーーーーーッ!!!)」
押し出すような挙動と共に、圧倒的なナニカが、フローズン・メイズを縦に穿った!