4-2
「ストラトス領立営競技館」、メインステージ。
普段は第一競技場などと呼ばれているその施設は、しかし今日だけは、別の名で呼ばれることとなる。
『フローズン・メイズ』。
それが、今日たった一日だけの、この競技場の「名前」である。
そしてその名の通りに、彼の広い会場内には、
――永久凍土の迷宮が、鎮座しているのだった。
『さあやってまいりました! 燦々と照り付ける太陽とは裏腹にしんしんと降ります雪が地上の温度を下げておりますストラトス領立営競技館第一競技場改めまして「フローズン・メイズ」。現在の気温は二十二度、平年と比べますとおよそ十三度程度は低い所でしょうか本日の条件で御座います、この気象条件が果たして参加者たちにどのような影響を及ぼすのでしょうか、それは神のみぞ知るところであります。実況は私、ゴブリンブレイカーのメイン甲冑こと私がお送りいたします』
『解説のゴブリンブレイカーメインブレイン、フィードです。よろしくお願いします』
『はい、よろしくお願いいたします』
「……何やってんだアイツら」
「ちょっと! よそ見してる暇があったら雪玉こさえてください!」
「……、……」
……あの甲冑喋る役任せるとあんなに饒舌なんだなあ、ってのはひとまず置いておいて。
実のところ、開始の合図はさっき鳴ったところである。今ばかりは周囲歓声も遠慮なしの怒号であり、天から降る雪を押し返さんばかりの威勢が、俺たちのうなじに降り注ぐ。今この瞬間より、雪玉は他陣地にとっての凶器へと変わったわけだ。
……と、そんなわけでしゃがみ込んでいそいそと雪玉を作るエイルの傍らで、俺は改めて周囲の様子を見聞する。
「(ふむ)」
まずは、空高く連なる白氷の壁がある。具体的に言えばおよそ五メートルなのだが、どちらにしても上に登るには少し面倒な高さである。
また、白氷の壁同士の距離もまた十分以上に余裕がある。俺が両腕を伸ばして五、六人分のスペースだろうか。混戦になっても上手い事すり抜けられそうだ。
それと、足元の条件については、きめ細かな雪のおかげでそこまでの悪路にも感じない。既に三~四センチ程度は積もっているようで、雪玉を作るのにも「資源」の心配は必要なさそうである。
はてさて、
「(……位置の相関で言えば、俺らが南、レオリアが西でユイたちが東だったよな?)」
エイルの名を呼ぶ。
「なんですか!?」
「とにかくこの戦いじゃ、フラッグ持ちはフラッグの残数が勝利のカギだ。少なくとも、それがゼロになるまでは負けることはないからな」
「ええ、作戦会議ですか!?」
「いいや、事後承諾だよ。んじゃ、俺が攻めるからお前はそこの旗を全力で守ってくれ!」
「えっ! ちょ、ちょっと!? 私だって雪合戦したいんですけど!?」
「よっろしくー!」
ずだだだ! っと全力で逃げる俺。……しかしそれでもエイルの抗議の雪玉スローに追いつかれて後頭部を雪塗れにしつつ、
だけれど俺は、――勝利のためにそのまま全力で走り去る!
「もー! バカぁーーーーー!」
フローズン・メイズ東、桜田會拠点にて。
『まずは一斉に雪玉作りがスタートいたしました。おっと? ここでなんだ? 公国勢力が何やら同士討ちのようなものを始めましたねフィードさん?』
『ええ、そうですね。僕自身、今まさに雪玉を滅茶苦茶投げられている彼、カズミハル氏とはやや面識がありますが、彼はああいう男です』
『えー、ああいう男、といいますのは?』
『雪玉を投げられて然るべき男、ということです』
『……な、なるほど?』
「何やってンだいアイツァ……」
彼女、桜田會首領桜田ユイは、解説の声を聴きながらそう嘆息した。
「まァいいや。ウチはウチ、ヨソはヨソだわな。……んで、オウ? そっちァどうだい、雪玉の数は?」
ユイの問いに、アリス少女が声を上げる。
「手がちべたくって死にそうです大将!」
「なんでヨ? 手袋してるんじゃないのかい?」
「いえあの! 辺りが妙にあったかいもんだからちょっと溶けちゃって! 手袋ぐっしょりです大将!」
「おん? そうなのかい?」
「大将も雪玉作ってくださいよ大将ぅ!!」
と言うのには無視を決め込んで、ユイは腹中で思考に埋没する。
今でさえ、息の凍りそうな寒さを彼女自身感じていた。恐らくは両の雪壁によってある程度の熱遮断が起きているということだろう。しかしさてと、直上からの日光だけは如何ともしがたいらしい。
「ンじゃいいや。オマエらよ、作った雪玉はとりあえず、持てる分ァ持ってヨ、残りは日陰に隠しといてくれ」
「動くんですかい?」
エノンの問いに、ユイは、
「何せアタシらァ、旗持ちのヨソさんとは違って雪玉当てられるわけにゃいかねーんでヨ。日の当たらない場所をこそこそ歩く他にゃねーわな」
「そりゃそうでしょうが、どうします? 何手かに分かれときますか?」
「そうだねェ。それで行こうかい。んじゃ割り番は……」
「……、……」
――アタシ一人と、残りのお前らで。
と彼女は告げた。
『おっと、桜田會も何やら動きがありましたねフィードさん』
『ええ、彼女らのセオリー通り二手に分かれて移動し始めたようです。何せ彼らは他のフラッグ持ちと違って、雪玉を当てられたら即座にダウンですからね。積極的に他勢力のフラッグを狙っていくのが王道の戦法だと思います。それに、複数に分かれるというのは、ある意味ではリスク管理の一環でしょう。一網打尽にされるのが、彼らからすれば一番怖い筈ですので』
「……っていう作戦で来るみたいです。レオリア」
「うーん。やっぱり解説がこっちにも聞こえるようにしたのは失敗だったかなあ。各勢力の動きが競技者サイドでも逐一聞こえるようにすれば、この寒い中で観客待たせて長々とやり合うって展開を避けられると思ったんだけど」
――早く勝負がつき過ぎるかも、と、
彼女、レオリアは足元の雪を纏めつつパブロに返した。
「言っていても仕方がないでしょうな! 我々は、ベストを尽くすのみであります!」
「そーだねえ。……まあいいや、確かに今は、こっちに集中していこう。見ごたえのある試合にしないとダメだしね。それじゃ、まずは作戦だけど」
彼女の言葉に、他の三人が雪玉を作りつつ耳を向ける。
「とりあえず、桜田會はさっきの通り水面下からこっちの裏をかく作戦で来るらしい。それからハルさんたちは、……まあこれも王道の出方だろうね。フラッグ管理役と攻撃役に分かれて攻略するって作戦だ。向こうは頭数に対してフラッグが多すぎるわけで」
……どう考えたって一人二人で旗を守るには、四つという数は多すぎる。と彼女は続け。
「……さっきの仲間割れってのはよく分かんないけど、でもたぶん、ハルさんが攻撃役、エイルちゃんが『旗を守りつつ攻撃もする』っていう中衛役だろうね。手数の少ない向こうは、どうやら、だからこそ積極的に迎え撃つ手に出たらしい。私なら奥に引きこもって内政するって手を選ぶけど、そこは個人の好みの違いだ」
「じゃあ、俺たちの選ぶ手は?」
「王サマらしく、こっちでふんぞり返ってようじゃないか」
「……って言うと?」
「あー、まあはっきり言っちゃうと、このルールは結局ウチが一番有利に出来ちゃったんだよね。たぶん下の連中が、『ウチに一番ベットが集まる』と思って、配当管理の手間を減らすためにでもこんなルールにしたんだろうけど」
それで言えば、この拠点配置もそう。と彼女は更に続けた。
「桜田會は東振りだろ? 今の日差しじゃ、向こうは今頃足元もつるつるてんになってると思うんだよ、直射日光で雪が解けちゃってさ」
「あ、なるほど」
「それで、さっきはああやって急いで打って出たんだろう。地理も旗の数も、ユイさん的には受けに出るんじゃ一生不利だってことでさ。……まあでも、桜田會は特にルールに文句も言ってなかったし、なにか考えでもあるのかもしれないけど」
――とにかく。
「桜田會もハルさん達も、どっちも攻めてくるってのを選んだ。だったらこっちは受けて立つ。フラッグが二つで、こっちは四人。前衛後衛を分けるにも、ちょうどいい頭数だ」
「だから、俺らが有利だって話に?」
「そうとも。――まずは桜田會を見敵必殺。二、三人くらい潰した辺りで、そしたら前衛はそのまま公国陣地に前進。中衛エイルちゃんをどっちかが足止めしながら、ハルさんに追い付かれる前にもう片方が旗を回収する。……ほらね? これ以上にないってくらいに手堅くて王道の一手だ」
「……、……」
「さあ、それじゃあ前衛は、当然だけどいつも通りグランとパブロだ。地理はある程度頭に入ってる?」
「ああ、もちろん」
「問題ないよ」
「――佳し。それじゃあ行ってくれ。まずの役目は門番だ。主要な通路二つで待機、ノコノコとやって来た連中を『無敵』に任せて削り飛ばしてきて?」
「「了解」」
そう短く言い残し、グランとパブロがそれぞれ別の通路へと進む。
そして、
……残った二人、レオリアとバスケットは、
「ふむ。……では、我々はどういたしますかな?」
「そりゃ、決まってるだろ? あいつら二人にも『いつも通り』やってもらうし、だったらウチらも、『いつも通り』やんないとね」
「なるほど、では……、」
「ああ、――チェスでもしてようか」
『あ、あの、解説のフィードさん。レオリア氏はアレ、一体何をしているんでしょう……?』
『チェスですね。チェスをしています』
『まあそれは、見たらわかる感じなんですけど、……なぜ今ここで?』
『……さあ?』
『いや、さあって……』
「……、……」
ややカオスな実況解説にはひとまず見切りをつけて、俺こと鹿住ハルはそのまま迷宮通路をひた走る。都度都度角を曲がり蛇行をしつつ、主な進路はユイたちのいるという東側へ。
そして、――まずは、
「 」
通路曲がり角から音もなく飛び出した二振りの刀に、俺は周囲の壁ごと叩き斬られた。
「 ……っとォ!?? おいおい死ぬぞ馬鹿野郎!」
俺の奔る勢いも併せて、完全なる致命傷である。斬られたのが俺なので死なないが、俺じゃなければ完全なる事件だ。
が、……しかし、
「おっとォ? 残念、今度こそって、思ったんだがなァ?」
「……、テメエこの野郎」
どうやら、「俺であれば致命傷の一つ二つどうでもない」と、向こうも理解していた手合いらしい。なにせ、
――その巫山戯けた長さの刀には、俺の方にも見覚えがあった。
「しつけの成ってねえチ〇ポ奴隷だな? ユイ?」
「……公衆の面前で根も葉もねェことやめろオラ」
『おっとこれは! フィードさん、遂に試合が動き出しましたね! 公国陣営は冒険者カズミハル氏と、相手は桜田會が首領サクラダユイ氏です! 彼らが今、通路の曲がり角一つを隔てて緊張状態となっております』
『……今、ハル選手の首が飛びませんでしたか?』
『イリュージョンでしょう! きっとイリュージョン! さあさ皆さまお待ちかね、良い意味でとは言い難いですがしかしこの雪合戦きっての注目株でありましょうサクラダユイ選手が今、他選手との衝突の間際でございます! 緊張の一瞬! 彼の裏ギルドの首魁たる彼女の実力が、今! 白日の下に晒されるのでありましょうか!』
湧き上がる観客に、
――俺は一つ、視線を放り投げてから、
「よう? 結構な注目度じゃねえか羨ましいね。俺なんて、殆ど手前の当て馬じゃねえの」
「光栄なこってヨ、テメエも大人しく、空気の一つでも読んでアタシに降されちゃくれねーのかネ」
「はっ、どうだかな」
「――――。」
「――。」
ユイが、
こちらに両刀を向ける。
対する俺は、腰を落として雪玉を両手に。
……ぱっと見武器の戦力差たるや筆舌に尽くしがたく、しかし、
――両者の視線の交錯地点には、可視化できそうなほどの殺気と緊張感の力場がある。
「 」
そして、
――そして、今!
「……とまあ冗談はこれくらいにして具体的な話に入ろうか」
「オウともヨ。おたくも流石、観客のおちょくり方ってのを分かってんじゃねーの。しかしまァ、この先ァシビアにいくぜい?」
『……え?』
「それで、どうする?」
「オウ、何がだよ。さっぱり分かんねーや」
『え? え?』
「めんどくせえ奴だ。まあいい、はっきり言うぞ。三本だ」
「三本ねー?」
「……三本じゃ馬鹿野郎。それ以上渡せるか」
「はっはは分かったヨ、ジョーダンさ。こっちだってそれが妥当だって思ってたヨ」
『……えっとなに? なにこれ解説のフィードさん』
『ちょっとよく分かんない』
『手前……っ!』
「あー、……まあ、どうせバレるし説明すんだけどね、実況解説さん」
『え? 僕ら?』
「ようよう、久しぶりなフィード」
『あ、うん。久しぶりっすー』
『やめろテメエ! そっちもだハルさんよ! 俺ら仕事中なんだよ話しかけてくんじゃねえ!』
『……、それでえっと、そっちのさ』
「あん?」
『三本って何?』
「そりゃ当然、
――ウチのフラッグ三本折るんで、同盟組もうぜってハナシ」