3-2
暫しの後に到着した、その「とある競技場」というのも、
「…………。」
「……うへー」
――やはり、てんてこ舞いであった。
「とある競技場」もとい、「ストラトス領立営競技館」。
外観としては、一般的な野球場のような印象に見える感じの建物である。小奇麗な石畳の敷地の奥にあるのは、楕円形に左右へ延びる硬質且つ空高い壁面だ。或いは、この世界の文明性を鑑みれば、「近代的な建築のコロッセオ」とでも表現した方が妥当だろうか。
正門入り口は比較的「見栄え」を意識した造りらしい。そこから向こうの施設へと延びる、奥行きも左右にも広い石畳は、小ざっぱりと清潔な印象がある。感覚としては、「特別な日には通路両側に屋台を出す」なんて運用も意図されていそうな空間だ。
そして、その広大な石畳の上には、
――先ほど言った通り、汗ばんだ人々の「不本意そう」な活気があった。
「あ。お二人は公国から来られた方ですね?」
「ええ、はい。公国騎士エイリィン・トーラスライトと、こちらは冒険者カズミハルです」
「ハルですどうも」
守衛に声を掛けられ、主にエイルがそのやり取りを行う。
どうやら話が事前に通っていたらしく、これ以降は彼、守衛さんが俺たちの案内をしてくれるらしい。
「お二人にはこれより、当競技場の管轄者と会っていただきます。詳しいお話はそちらでお聞きください」
「はあ。……なんかこっちも、大変そうすねぇ」
「……まあ、たまにはこんな日があってもいいでしょう。それに、当領の公務員の殆どは、本日の午後からは有休を頂いております」
「有給? そりゃまた太っ腹な。……しかし、役所がそんな急に運営止めちゃって大丈夫なんですか?」
「ああ、いえ。国外から来られた方であればご存じないでしょうが、当領地の役所仕事と言うのは非常に簡略化されたものなんです」
曰く、単純な事務仕事は全て「その手のゴーレム」によって行われていて、他方「住民と直接やり取りを行う必要のある作業」については、彼の言うところの「簡略化」、つまり「投資するから自分で何とかしろ」という形式で落ち着いているらしい。
「(まあ、この世界自体貴族政治がメインな文明水準らしいし、そんなモンでも受け入れられるのかもなあ)」
それこそ、俺の世界で言うお役所が各種煩雑な仕事を行っていたのも、カネを回すためにあとからプチプチとルールに肉付けを行ったためである。レオリアの目指す世界が「カネの影が薄れた世界」である以上、そもそも役所や貴族からして大した存在感にはならないのかもしれない。
察するに、俺の世界の「役所」とこの世界の「役所」は、言葉は同じでも中身の定義が少し違う、ということだろう。どう違うのかまではよー分からんが。
「では、……こちらになります」
道中の会話は、何やらこの領の施政の具体的なところの話であったため俺は聞き流しておいて、
そんなわけで案内されて来たのは、向こうに見える競技場とは別の、ややこじんまりとした三階建ての建物である。ここまでの街並みに見てきた建築様式とはやや違って、こちらはビルっぽさの残るいわゆる(?)豆腐建築な感じであった。
しかし、いくらビルっぽいと言っても流石に自動ドアは無いらしい。
守衛の彼がまあまあ立派な両開きのドアを手ずから押しのけ、その奥を俺たちに差した。
「バスケット殿! ハル様及びトーラスライト様両名をお連れいたしました!」
「うむ! ご苦労!」
その内装は、「人を呼べる事務室」と言った印象だろうか。外の明かりを潤沢に採るその部屋には、染みついたような紙の香りがある。
そして、その最奥には――。
「……、……」
「よくぞご足労頂きました! 私は当競技場を監督しております、バスケット・ベータ―と申します! どうぞよろしく!」
……筋肉ダルマがいた。
「……………………。」
身長は、俺の知る英雄たち、ウォルガン・アキンソン部隊の面々にさえ届くほどに見える。ガタイなんか下手すりゃもっとエグいし、「笑顔でも割と怖い」っていうその表情筋の作りにも、どこか近しいものを感じる。
しかし、……そんな彼、バスケット氏の差し出した握手を、
――エイルは臆することもなく取って、
「どうも! 私が公国騎士エイリィン・トーラスライト。こちらは冒険者のカズミハルです。ところでバスケット殿! 素晴らしくキレた大胸筋をしていらっしゃいますね!」
「お! 分かりますかな!? コレです! コレ! コレ! コレぇッ!」
ぴくっ、ぴくっ、ぴくぅっ! と右乳を痙攣させつつバスケットがポージングをする。それにエイルが目を輝かせ、他方の俺は、絶対に上がった室内気温にちょっとだけげんなりとする。
そういや外雪降ってんだよね。ちょうどいいし外で待ってようかな俺……。
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……なんて訳には当然行かず。
「わあ凄い! 座っていても分かるハムスプリングのごりごりっぷり! こんなのまるでワイン樽じゃないですか!」
「ふはは照れますな! 照れますなあ!」
「……、……」
俺たち三人はそれぞれ対面のソファーに座り、彼に用意されたお紅茶を頂いているところであった。
「(……うわあ向こう、重さでソファーがくの字になってるぅ)」
ちなみにその話している内容と言うのは、無論ながら今日の工程の打ち合わせについてである。
曰く、この催し自体は午後から始まって、俺たちの出番はそこから更に後、レオリアによる領主挨拶が終わってからとなるらしい。
その辺はひとまず向こうのスタッフの指示に従っておけばいいということで、話は主に「雪合戦」の、具体的なルールなどの方に移っていく。
「ではハル殿!」
「はぁい。(なんでコイツ絶対語尾に『!』って付けるんだろう……)」
声デケえんだよなあ。と思いつつも表情筋は上向きに固定しておく俺。
「早速の内事情で恐縮ですが! 今回の『雪合戦』は、観客様方にとっては一種賭け事の体裁を取ることになります!」
「……うん? 賭け事すか?」
「ええ! 此度の三つ巴! 当ストラトス領と桜田會! そしてあなた方公国ゲスト様による雪合戦! これを賭け事として白熱させることで! 桜田會との和解をより円滑に進めることが本件の意図になりますな!」
「あー、なるほど」
確かに良い手だろう。賭け事だと思えばある程度の層は「桜田會へのベット」を自分の利益のために選んでくれるかもしれない。その場合、ある意味その人物にとって桜田會は、応援すべき身内となる。
……まあしかし、その辺はこの国における桜田會(或いは裏ギルドそのもの)への嫌悪感度合いにもよって変わるものだ。多少であれば利率操作で「桜田會へのベッド」を促すことも可能だろうが、しかし果たして、「桜田會への民衆嫌悪からベッドが集まらず、しかし桜田會がゲームを有利に進めて、その結果民衆からの悪感情が加速する」なんて展開は、確実に避けられるものだろうか。
はてさて、
「……あの、はっきり聞きますけど、今回八百長とか考えてます?」
「いえいえそんなまさか! ここだけの話今回の雪合戦には私も出る予定ですがね! 申し訳ありませんが手加減のつもりはございませんぞ!」
「望むところですシックスパッド! そのふざけた上腕三頭筋に挑む誉れに私は感謝しますようっ!」
「……、……」
まあいい。エイルが役に立たないのは割といつものことである。話を先に進めよう。
「それじゃ、ええと。……今回の雪合戦にはあなたも出るってことでしたけど、そう言えばそもそも、誰が出るんですか?」
「ええ! そちらに付きましては!」
彼はまず、一つ指を立てて、
「ストラトス領から首領サクラダユイどの! そしてその幹部から五名ですな!」
エノン(アイスでろでろチンピラ)、ハィニー(やや影薄めの委員長)、ルクィリオ (兄)、アリス (妹)、そしてミオ(最初に絡んできた女子)の五名である。
「……しかしバスケットさんは、桜田會との和解に全然嫌悪感とかなさそうですね?」
「それはもちろん! 私に限らず当領の騎士は、全てに優先してレオリア様への信頼が行動原理で御座います!」
「…………はあ、そうなんすか」
なんでだろう、筋肉ダルマが暑苦しく言うと、謎に「絶対これ一般的な価値観じゃない」ってなる。
でもまあたぶん、バスケット氏自身は心の底から彼女を信頼しているのだろうけれど。
「続けますね! ストラトス領からの参加者は、レオリア殿、パブロ殿、グラン殿、そして私の四名で御座います!」
「はあ、……まあバスケットさんは良いとして、レオリアとか学者サンとかってのは、あの、ぶっちゃけ戦えるんですか?」
「……あれ? ハルには言ってませんでしたっけ?」
「?」
エイルが唐突にマトモそうな声で復帰したので、俺は思わずクエスチョンマークを挙げる。
しかしさてはて、どういう意味だろうか?
「今挙げた四名の名は、まさしくこの領の最大戦力ですよ?」
「え、はっ?」
エイルの言うのに、俺は思わず率直に言葉を失ってしまう。
なにせ、
「だ、だってさ? レオリアは当然この領の看板娘だし、デスクワーク職二人にしたってこの国のメインのブレインなんじゃねえの!? 誰にしても前に出て戦う係にしちゃ一番ダメだろ!」
「え、や……。わ、私にそんなこと言われても……」
「(えー?)」
いや、急にしゅんとすんなよ……。「おっとっと俺か弱い女の子に強く言っちゃったかな?」って一瞬錯覚するだろうが。全然そんなことないのに。君可愛い皮被ったゴリラなのに。
「と、とにかく! 四人とも公国にさえ名を轟かせる名雄ですよ。――『大魔法使いにして女神のレオリア』、『太陽のグラン』、『歩く凍土パブロ』、そして……、そう――」
――『ナイスバルク! バスケット』。と、
エイルはそう言ってバスケットを見て、他方のバスケットは、
「(ぴくっ、ぴくっ!)」
左乳を痙攣させてそれに答えた。
なんなのアレはゴリラ界の言語なの? エイルさんもいずれ乳を痙攣させるの? 何それ俺それちょっと見たいんだけど。
「とにもかくにもですな! 以上二両勢力に加えて、今回は国外協力としてお二方にも参加していただきます! 以上が、今回の参戦者で御座います!」
……あとちなみに、桜田會とストラトス領に加えて俺たち公国サイドが出るのは、レオリア曰く「派手になるからが八割、公国の協力も取り付けてあるって言うパフォーマンスが二割」との理由である。
まあ言い回し自体はジョークの類と見て、察するにアレは後者が本命の理由だろう。外部第三者からの協力をアピールできるというのは、「裏ギルドとの和解」なんてキナ臭い案件に対する民衆の危機感を、ある程度緩和するような効果を見込める訳で。
「……分かりました。じゃあ次に、今回の雪合戦のルール説明についてお願いできますか?」
「ええ! 分かりました!」
口頭で以って流暢に、
バスケットは俺たちに、その大筋を説明する――。
「――まずは、雪合戦との名目通り、雪を投げて敵を倒すことが勝利条件となります! 当てればダウン、その人物は退場ですな! そうして全滅した勢力から順に脱落するバトルロワイヤル戦が今回のルールとなります! ……しかしながらこの場合、参加者の比率がそのまま優位性に変わりますので、今回は特別ルールを用意させていただいております!」
「……、……」
「具体的な人数差としましては、桜田會が六名、当領が四名、そちらが二名となります! つまり、桜田會を基準としますと、当領は二人足りず、そちらは四人足りないことになります! ……ですので今回は、その数だけの『フラッグ』を用意しております!」
「……『フラッグ』?」
「ええ! 全滅の定義は『プレイヤーの全滅及び全てのフラッグの喪失』とさせていただきます! 皆様には、自陣のフラッグを守りながら敵陣のフラッグを奪っていただくことになります!」
「なるほど、……つまり、フラッグの全喪失があるまでは、フラッグ持ちの勢力は当てられても退場にはならないって話だ?」
「ええその通り! なにせプレイヤー全滅でフラッグだけ残っていてもどうしようもありませんからな! お察しの通りですとも! 更に言えば、……何せ頭数と言うのは機数の多さである以上に手数と思考リソースの多さで御座いますゆえ、此度は人数の少ない勢力に有利なルールを用意させていただいております!」
「はあ……?」
「ずばり! ――フラッグ持ち勢力は、フラッグの全喪失まで無敵とさせていただきます!」
「無敵? 当たっても知らないふりしていいってこと? 自陣に戻って復活までのクールタイムを待つとかでもなく?」
「そうですな! 敵に雪玉を当てられても、問題なくそのままゲームを続行してくださって構いません!」
「ほう! そりゃ確かに有利っぽいな」
「ええ! なおこちら、制限時間は一時間半としまして、タイムアップの場合はフラッグを合わせた『機数の多さ』で勝敗を決定します! 雪合戦スペース内のオブジェクト等はご自由に破壊してくださって構いませんし、魔法やスキル、持ち込んだ道具などの使用も自由です! それから……」
「……おい待て。な、なんだと?」
「はい、なんですかな?」
「魔法とスキルと道具の使用可ってのはなんだオイ? 雪合戦会場に火の玉だ落雷だ槍の雨だが降り注ぐって話をしてるのか……?」
「ええ、そうなりますな?」
「…………。」
――いや、えー? 待ってよソレ俺の知ってる雪合戦じゃないんだけど。
つーかただでさえ雪玉に石とか詰めて投げてきそうな連中なのに火器解禁とか「人死に出ろ!」って言ってるようなもんなんじゃねえの?
「ちょっと、何焦ってんですか死なないくせに……」
「いやむしろね、君は死ぬのに何で焦ってないの? 分かってる? 君は死ぬんだよ……っ?」
声を逸らせる俺に、
……そりゃそうですがね。と彼女が答えて、
「しかし、――だからこそ血が滾るッ!」
「(ちくしょうコイツ頭悪いんじゃねえのか!?)」
比較的俺コイツのこと心配して焦ってるみたいなところあるんだけどなぁ!
――しかしとにかく、そんな感じで、
つつがなく多数決に負けた俺は、結局大人しく受け入れる他にない感じである。他方では「向こうのクダリは終わったらしい」と見たバスケットが、改めて喋り出す。
「ええと、ともかくですな……。ええ! まあ、そんなわけで説明は以上ですな! 此度の戦場は、当競技場のメインスペースにて行う手筈となっております! 今しばらくのお時間がございますゆえ、下見をなさるというのも一考ですな! がっはっは!」
「(なんの『がっはっは』だよ。何が笑いのツボに触れたんだよ畜生……)」
ということで、それでお話はお終いである。
……最後にエイルとバスケットが「がしっ」と腕を組んだのはスルーしつつ、俺は先に部屋を出る。
すると、
……体感温度が明確に下がる。
「……、……」
雪の降る光景が、夏の日差しの最中にある。感じる熱は未だ夏のそれだが、しかし香りは、どことなく冬のそれだ。
――雪が、
先ほどよりも街を冷やしているのが、肌で感じられた。
「(いやどーなんだ? さっきの部屋が規格外に暑かったのかもしれない。どっちだ?)」
……ぶっちゃけ、まだちょっと耳がキーンとしてる俺であった。
※今後の第四章『ビフォアラグナロク』の更新スケジュールにつきまして、勝手ながら、次回更新以降から四章完結までを毎日更新とさせていただきます。
唐突な告知になってしまいましたが、せっかくの夏に、当シリーズが少しでも日々の彩の足しになればと思う次第です。或いは作中もやんわりと涼しげな雰囲気になってきましたし、ホラーが苦手な方でも活字で冷を取る一助にしていただけるかもしれません。
ということで次回更新は明日の今頃です。よろしければどうぞ、引き続き当シリーズをよろしくお願いいたします。