(03)
「あ、そう言えばこの部屋も喫煙可なんでね、よかったら遠慮なく」
「おゥそうかい、気前がいいねェ。ンじゃ失礼して……」
レオリアが灰皿を差し出したのを見て、ユイが煙草を口に咥える。
しゅぼ……、と、温かみのある音が響いて。
――それからすぐに立ち戻る宵闇に、紫煙の香りがふわりと燻ぶった。
「私も、じゃあ。……ハルさんは良いんですか?」
「うん? あー……」
「オウ、こちらさんは公国から来たってんでネ、買えるモンも買えないってらしいヨ?」
「成程。では、私の銘柄でよければ、どうです?」
――周りに吸われてばかりでは煙たくて仕方ないでしょ? と彼女、
「……、……」
差し出された箱は、鮮やかな青の装丁である。……というか、
「メ、メビウスだと……?」
「カッコ仮のパチモンですケドね」
とにかく、手刀を立てて礼をしつつ、俺はそちらから一本頂く。すると……、
「オウ」
「……悪いね、さっきから」
ユイがにやにやとジッポの火を差し出してくれたので、俺は先ほどのようにそれを借りる。
次に、レオリアにもユイはそのように。
「……おー、メビウスだ」
「恐縮です」
メビウス。
日本の煙草であるセブンスターを、やや丸めたような風味を持つ逸品である。この銘柄はいわゆる、本家に対する分家のような立ち位置だが、俺は割と、こっちのほうが好きだったりする。
……と言うか、マイルドセブンではなくメビウスを吸っている辺り、彼女の前世の時代と言うのも少し窺い知れる感じだ。
こちらに来て二十年などと言っていたが、果たして彼女の前世というは渡り何年の生涯であったのだろうか。
「良ければこちら、私の余りでよければ差し上げましょうか?」
「おっ、マジ?」
「ええ、将来の当領製品顧客様に先行投資ってことでね」
……誰かさんと違って気前がいいね? と俺。
……文句を言うなら酒を返せ。と彼女。
そんなやり取りを眺めつつ、……ついでに煙草を咥えつつギターも弾きつつ、他方のレオリアが、
「……はあ」
と、溜め息を一つ。
「なんだよ? 残念がったって煙草は返さないぞ?」
「んな狭量なことで溜め息ついて堪りますか。……いやね? こんな風に打ち解けていければ、桜田會との同盟もやりやすいんでしょうけどねーって」
「ァんだい、酒の席で仕事の話かい?」
「したくてするんですから、趣味の話ですよ」
それか、愚痴かな? と更に呟く。
それを見て、俺はふと、
「……なんだ、その辺はプランの一つでもあるもんだと思ってたけどな」
なんて、返答の分かり切ったことを敢えて口に出した。
「……まあ、何とかアイディアを捻出しなくちゃなんで、無理やりにでも捻りだしますけど。しかしハードルは高い。この出来事は、ぶっちゃけヤ〇ザと警察が表立って手を組むみたいなものですからねぇ」
「……字面からしてヤベエな」
日本だったら確かにスキャンダルってレベルじゃない。なんなら国外の表裏組織に対する余波の方がエゲつなさそうだ。表裏双方が手を取り合ったなんて「先例」に対して、周囲の同質組織が反発するにしても模倣してくるにしても。
「例えばだけど、じゃあ。下部組織に吸収するってのはどうだよ? 裏ギルドってのは伏せたままで」
「難しいでしょうね。うちらじゃ桜田會の幹部の顔はどれも指名手配って形で周知されてますから」
「ンじゃアタシからも一つ。いっそのことアタシらを、最初からアンタらの手のモンだったってハナシに持ってくのはどうだ?」
「……お互いヤマじゃガチで殴り合っておいて、今更『茶番でした』で済むとお思いで?」
「……そりゃァそうだわな」
「じゃあもうさ、裏だろうがギルドだってんだし、素直にそっちに依頼でも出した体にすれば?」
「…………。」
「…………。」
そこで二人が、こっちを見る。
……それはどうにも、奇妙な表情であった。ゆえに俺は自分が滑ったのかも判然とせずに、
「な、なんだよ。悪かったよ冗談だったってことにするよ分かったから黙んないでよ……」
そう、困ったようにうそぶくほかになかった。のだが、
「いいえ、……いいえ」
「?」
――いいえ、違うんです。と、
うわごとのように、レオリアが呟いた。
「なんだ、どうしたんだよ?」
「ハルさん。私たちは今、どうしてそれが最初に出てこなかったのか。と、そう絶句してるんです」
「は? 何?」
「…………あー、そォか。……そもそもなァ? 裏ギルドってのは定義が曖昧なンでヨ、基本的にァ『国から認可を受けられないままで活動するギルド事業』ってんで裏ギルドっつー名義なんだが、……アタシァね、今ようやく思い出したヨ。自分らが裏ギルドだったっんだてネ」
「……おいおいまさか」
「そう。そうでした。彼女ら桜田會はそもそも反社会勢力だとか裏稼業だとかヤ〇ザだとかじゃない。そうじゃなくて、彼女らはだたの『非認可民間組織』だったんでした!」
そこで俺は、なるほど。と、
――胸中で思わず舌を出す。
なにせ、彼女らが言っているのは……、
「お互い殴り合い過ぎて頭が馬鹿になってたのかもしれない。私はあなたたちのことを、すっかりヤ〇ザだと思っていた!」
「そうだったっけなァ。そう言えばアタシんトコは、ヤ〇ザじゃなくてギルド稼業だったワ!」
「(白目)」
と、言うことである。
つまりは「裏ギルド」という非認可組織を公的にするにはどうするか。そこについて、
普通に単純に認可すれば良い。それだけの話だ。察するに彼女らの対立はあまりにも根深く、それ故に「人民のヘイトをどこに持っていくか」や、どうやって「高名な犯罪者集団と一国領地を結びつけるか」という「スケールの拡大した考え方」が念頭に来ていたのだろう。
――普通にやるのでは不可能だ、と。
彼女らの議論は、まずそもそこから始まっていたわけだ。
俺は、かような光景に対し、
「(しょーもな……)」
……ぶっちゃけこんなん俺じゃなくても誰かがどっかで気付いたでしょ。と、
明後日の方向を見ながら、「……そういや俺トイレに起きてきたんだった」と、このどーしよーもないオチの付いてしまった空間を一人後にするのであった。
――さて。
そんなわけでここに、彼の高名な「ただの民間何でも屋さん(奴隷特化)」である桜田會と、バスコ共和国は最有力領地であるストラトス領との同盟が、月を映す酒と共に酌み交わされた。
ならばこの国は、明日、何もかもが変わる。
その往く末が「額面通り」にヒトの楽園の成立であるのかだけが不透明のまま、
……しかし確実に、
「世界が明日、変遷をする」ことだけは、ここに確定した。