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「んじゃァ、こちらがウチの商品で御座います。どーぞいじくったってください」
「……初めまして」
わたくしのことは、ご自由にお呼びください。と、
その少女は、静かにそう言った――。
場所は変わって、この校舎(?)のとある一室である。
今までの学校然とした雰囲気とは一変して、清潔感のある客間、――「顧客」を招く間と言った雰囲気の部屋だ。白と黒を基軸としていて、いい意味で主張のない空間である。
なお、桜田會幹部連中は五人ともすぐ外で待機している。「流石にこの部屋に十一人と言うのは少し狭いから」ということで、これは向こう側からの申し出であった。
さて、
「……、……」
レオリアがその、奴隷を名乗る少女を見分する。
歳は、十になった程度に見える。肌や髪の様子は健康的で、体格にもおよそやせ細ったような印象は無い。
妙に落ち着いた様子以外は、ぱっと見普通の女の子である。
「あーそうだったい。……奴隷の名付け親は買い取り主ってことになってんで、名前を付けるのは遠慮しといてくださればって思います。ひとまずァ、ンじゃ、『奴隷ちゃん』ってことで一つ」
「……そうですか。まあ、分かりました」
レオリアが答える。それから、彼女は少女、奴隷ちゃんの方へ向き直った。
「それじゃ、この場では奴隷ちゃんと呼ばせていただきますね。……じゃあさっそく、奴隷ちゃん。君は奴隷として、何が出来ますか?」
「……それは、契約内容に依ります」
「じゃあ、夜伽の相手なんかは?」
「……性奴隷の流通は、当紹介所では行っておりません」
ふむ。とレオリアが呟き、何やらユイの方を確認するようなそぶりを取った。対するユイは、その視線に対してもニヤつくだけだ。
「ふう。……バトンタッチだシンクタンク諸君。上手い事ボロを引っ張ってみてくれ」
「了解しました」
と、グランとパブロの両名が歩み出る。
その内で、先に出たのはパブロであった。
「お嬢さん? ここでの生活は楽しいですか?」
「ええ。ユイさまには良くしていただいております」
「そのユイさまっていうのは、どうしてそのような敬称で?」
「……強いて言えば、みんなが使っているから、でしょうか。無論ながらこの敬称にはユイさまへの尊敬が大前提で御座いますが」
「じゃあ、お嬢さんは、この施設では大人に何度殴られましたか?」
「一度もありません」
「一度も? 本当に?」
「ええ、本当で御座います」
「…………本当みたいだな」
グランが何やら、パブロの背中にそう答えた。
「……ということらしいです、レオリア様」
「ほお! 一度も殴られたことがないというのは驚いた! 私だって家庭教師にはボッコボコにされたんだけどなぁ」
ボッコボコにされたんだ……、とちょっとリアクション出来ない俺。
しかし、これは桜田會の奴隷調教についてをここで攻めていくのは難しいということだろう。
グランがどうして奴隷ちゃんの言うことに「嘘がない」と断じたのかは不明だが、少なくとも言えることは、彼女こと奴隷ちゃんが「桜田會側の用意したサンプル」であるということだ。
なんなら「こういった局面」で出すために、彼女だけは殴られもせず健康的に育てられたということも、……まあさっきの生徒たちのバカ騒ぎを聞いたら可能性は薄いだろうが、全くあり得ない話ではない。
ゆえに、――ウラでマズいことを隠しているとすれば、この場でそれを洗い出そうというのは少しばかり遠回りだ。
「ふぅむ、さてさて。……ちなみにエイルさん側には、何か聞いてみたいこととかあります?」
レオリアが振り向き、
しかしエイルは、なにやら思案気にしていたので、――代わり俺が彼女に答えた。
「……奴隷が粗悪な環境に放り込まれているかは、別に直接的な現場視察だけでしか分からないわけでもないだろ? 例えばほら、知識や運動能力を確認すれば、適切な教育が施されているかや、知識や思考や身体の調子に問題や異常な偏りがあるかなんてところは測れるだろ?」
「……、……」
エイル、と俺は彼女を呼ぶ。
「さ、試してみなさい」
「えっ、ためっ!? い、いや、試すって言ったって……」
なんて呟きつつ、それでも彼女は前に進み出る。
「えーっと。えーっとじゃあー……」
「契約の範疇で、何でも致します」
「じゃ、じゃあ、――何か頭のいいことを言ってください」
「(えー……?)」
「世界で最も美しい数式はe^iπ+1=0です」
「(えー!)」
「こりゃ間違いない! この子は頭がいいですハル!」
「(えー……っ!)」
ちなみにさっきのは、確かオイラーの等式とかいうやつである。俺はあんまり詳しくないのでこれ以上聞かないで欲しい。
「あー、えー。……なるほど」
「(ほら馬鹿エイルめ、レオリアさん困らせちゃってんじゃん)」
「(うぅ、ぐぬぬ)」
これは一旦、ブレイクでも挟んでおくべきかもしれない。
ってことで――、
「……まあ、じゃあ俺からも一つ聞いていいかな?」
「おっ、ハル君も何かあると。是非是非」
さてと、それでは、今度は俺が奴隷ちゃんの前へ。
「じゃあ、奴隷ちゃん」
「はい。……契約の範疇で、何なりと」
「……うぅむ。じゃ、そしたらさ、208÷63は?」
「3.3015873です」
「「「「「!!!??」」」」」
「おー。こりゃ確かに頭がいい。具体的に言うとそこのユイよりも頭いいよ」
戦慄するその他大勢の内から、俺はユイの方に視線を振る。
彼女は……、
「ア、アタシは文系なモンで……」
「ふーん? じゃあほら、奴隷ちゃん文系スキルでさ、作者じゃねえケド俺の気持ちを四十文字以内で答えてくれよ」
「で、では不承ながら、……『これもうあのハリボテポンコツロリじゃなくて奴隷ちゃんが会長やった方がいいじゃんね』でしょうか」
「正解だ!」
「クソッタレェ!」
閑話休題。
その後も色々聞いた感じ、――やはり彼女こと奴隷ちゃんは、どこからどう見ても健康優良なインテリ女児であった。
「えェえェ。気にィって頂けたらしく重畳ですなァ。まァ途中、節々あったアクシデントなんぞには一つ、目をつむっていただきまして、……アタシの頭の出来がどーかは置いといて、彼女の方は一点ものでしょウ?」
「ええはい。よく分かりました。……確かに彼女は、奴隷と呼ぶべき教育水準以上のものを潤沢に与えられているようですな。寧ろこれは、特に商売人からすれば奴隷と言うよりも即戦力の一級戦力って表現の方が妥当だ。……率直な疑問ですが、ユイさん?」
「えェ、はい?」
「どうしてこんな、……過剰なほど高水準の教育を?」
対し、ユイは、
「そりゃァ、こいつが特別出来た子だってだけですなァ。おたくらは一番の利益をウチにくれるのかもしれねーんで、そら、一番奥からとっておきに良いのを出してきますさね」
「ええ、それは、……当然、他の奴隷だって確認させていただきます。そちらが選んだサンプルではなく、こちらが無作為に選んだものを」
……しかし、とレオリアは言った。
しかし、――その返答は、答えにはなっていない。と、
その言葉をユイは、敢えて遮った。
「さてね、ウチの教育がいいのかは、そちらに見極めてもらう話ですわな。……この後は改めて、腰を据えて授業参観としますんで。えァー……ぼちぼち授業が終わるころなンでね、少し待って、廊下が落ち着いてからと洒落込みましょうかい」
※以前アナウンスいたしました人物紹介の追加項目につきまして、先日更新をさせていただきました。
こちら、重ねてになりますが、現段階ではあくまでネタバレのない最低限の記載内容とさせていただいております。いずれ完全版を更新する予定ではありますが、こちらも必要に応じて是非ご活用いただければ幸いです。引き続き当シリーズをよろしくお願いいたします。
※当シリーズのPV、実は30,000を突破いたしました。
これも全て読んでくださっている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
この感謝は、作品の出来の方でお返ししたいと思っております。どうぞ引き続き当シリーズの第五章、厄介な案件続きだった鹿住ハルのささやかな休日パートに、今しばらくお付き合いください。
「そろそろまた厄介なの欲しいな」って読者の方々も、ぜひともそのままお待ちください。章タイトルに偽りなしのつもりでございます。