2‐2
夏の空の下。
どこまでも牧歌的な景色の片隅では、総計十一名、それぞれやんごとなき事情を抱えた俺たちが、ぺろぺろとアイスクリームを頂いている。
ただし、その内で言えば頭一つ分やんごとないこともないのが、俺こと鹿住ハルである。そんなわけなので俺が、比較的気を抜いてアイスを頂いていると、
「どうです? ウチのアイスはイケますか?」
「うん? あー、アンタはー……」
桜田會側の一人、俺が先日幻覚(魔法?)の中で口に自爆スクロールぶち込んで花火にして打ち上げた女の子が声をかけてきた。
……そういえば、桜田會幹部の紹介はなんだかんだでまだ受けていなかったはずだ。ユイ曰く、「自分が桜田ユイで、こっちはウチの幹部です」などと、非常に簡潔な紹介があったくらいである。
「ああ、自分はミオ・ラフトップって言います。気軽にミオで結構ですんで」
「そう? じゃあ俺も好きに呼んでいいですよ」
ミオと名乗った女子は、ぱっと見普通にしてたらこんな感じの組織に属してるとは思えない雰囲気の、普通の女の子であった。鮮やかな黒髪には、ややウェーブがかかっているだろうか。垢抜けててちょっとお洒落な感じである。
……幻覚とはいえ、こんな綺麗な顔で花火を上げてたんだなあ俺、とちょっと反省しなくもない。
「そう言えば、兄さん」
「……兄さん?」
「え? だって好きに呼べって……」
「……まあ、そうなんだけどねー?」
閑話休題。
「そう言えば兄さんね」
「……(慣れない)」
「うちらとの顔見せはいつか済ましましたけど、名乗るのが遅れてましたっすよね」
「あー、そうね」
俺が答えると、彼女が半歩引くようにして俺の視界を開けた。
「簡略で申し訳ないですけど、……まずあの女の子が、アリス・ソルベットです」
と、彼女が差したのは、俺がアイアンクローからの顔面爆撃で無力化させた女の子である。ふわふわの長い髪と猫っぽい瞳が印象的なちまっこい女の子だ。
「で、あっちがさっきのエノン・マイセンですね。あそこのソフトクリームでろでろしてる男です」
そのエノンと言うのは、先ほども思ったように一目でわかるチンピラである。赤のソフトモヒカンにはなにやら、幾何学的な剃り込みが入れてあるようだ。
「それで、あっちの女の子がハィニー・カンバークで」
そちらは、……どうやら先の一戦では死因が不詳なままの二名の片方らしい。一見しただけだと、キッチリしてそうな委員長タイプっぽい感じ。まあ彼女自身犯罪集団の幹部であるわけで委員長とは真逆に違いないが。
「……あ、ちなみに兄さんがいつか石壁ごと蹴り倒してぺちゃんこにしたのがあの子です」
「……、……」
……いや、わざとじゃないんだよ? 別に女の子ばっか狙って酷いことしたわけじゃないんだ。信じてほしい。俺は紳士だ。
「それから最後に、あっちの木偶の坊っぽいのがルクィリオ・ソルベット。さっきのちまっこいアリスちゃんの兄貴です」
「……唐突に口悪くない?」
でもまあ確かに、木偶の坊っぽい感じはする。長身に加えて、妙に表情に希薄なせいだろうか。あとちなみにその木偶の坊ことルクィリオであるが、よく見れば過日俺がレオリアとユイを引き合わせるのに使ったレストランでシェフをしていた男であった。あの時は一般人気取ってエイルに滅茶苦茶言ってた記憶があるのだが、あんな風にシレっとエイルの前に出てきて大丈夫なのだろうか……。
「(アイスうまし、ぺろぺろ)」
「(あ、あれ一生気付かねえな。ダイジョブだわ……)」
閑話休題。
「それと、この場には居ませんが。先の一件で兄さんをここにお連れした爺さんがコルタス・パイナップル。それと、ゴードン・ハーベストって男を合わせて七人が、ユイ姐さんの直近です」
「なるほどね。とりあえずまあ、あと三回ぐらい聞いたら覚えるよ」
「……まあ、でしょうね。おいおいで構いませんっす」
紹介を受けた向こうの幹部たちも、俺の視線を受けてぺこりとお辞儀をしている。
……露骨な視線などがあるわけではないが、彼らは一様に、妙にこちらの様子をうかがっている風であった。
「えっと? わざわざ紹介してくれたってのは、何か俺に用事でもあんのん?」
「ええ。まずは先日の件。敢えて謝らせてください」
「……先日って言ったら、俺がアンタらやユイとやり合ったあの事か? んなもん別にいいよ、俺だってやり返したんだからおあいこだろ?」
「そう言っていただけると助かります。……それで、ここからが本題で」
なんて風に、しれっと彼女ことミオは続けた。
「率直に申し上げますと、……兄さんには、私どもに稽古をつけていただけないかと思いまして」
「け、稽古?」
「ええ。先日の身のこなしや戦いの中での思考の回し方には、自分らも感銘を受けまして」
「えー?」
「どうか一つ、ご教示いただければと」
ぺこっと、ミオが頭を下げる。
しかし、
「それならほら、向こうにもっとエグイのがいるじゃん。エイルってば公国騎士だぜ? ぶっちゃけ戦術じゃあ俺より上なんじゃね?」
「いえあの、公国とはちょっとありまして、……正直稽古にかこつけてドコを切り飛ばされるか分かったもんじゃないといいますか」
「あー、まあそうか」
エイルだって腐っても騎士であるからして、少なくとも現状は犯罪者集団である桜田會に利するような真似は嫌がるに違いない。
……ので、
「でもなあ、……実は俺公国と契約してて、『自分の技術』の類はマネージャーことエイルさん通してもらわないと教えられないんだよね」
「あ、そうなんすか……?」
「まあ、アイツがいいって言ったらいいよ。全然教える。聞いてみて頂戴」
「…………うぅー。話しかけないとダメかぁ。南無三……」
俺の返事に彼女は重篤そうな呟きを残して、とぼとぼとミオがエイルの方へと向かっていった。俺は一応、その様子を遠目に眺めつつ、――まあ稽古つけるなんて面倒事はごめんだしなぁ、と胸中でエイルとミオとに両手を合わせた。
なにせ、「鹿住ハルの技術の教えを乞いたい」などと言えばエイルは確実に「異邦者技術の流出」を考えて、これを降すはずである。更に言えば、「アイツ実は異邦者だから技術流出NGなんだ」とも言えないため、頭ごなしに否を突きつける他にない。
「……、……」
やり取りの内容こそ聞こえないが、向こうの様子は眺めているだけでも中々にしょっぱい感じである。
ちょうどいい肴を得た俺は、更にちびちびとソフトクリームを食べ進めるのであった。
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「(あれ? エイルさん肌ツヤ悪くない?)」
「(誰のせいですか。誰の……)」
場所を変えて。
それぞれがソフトクリームを食べ終わったのを見計らった後、俺たちは改めてユイの「事業」を視察する進路を取り直していた。
先ほど見た牧歌的な風景よりも、一段しっかりした造りの街道である。まっすぐ伸びたその先へ行くと、しばらくして何やら、周囲のそれらよりも二回り以上大きな家屋が見えてきた。
……というか、
「ユイ? なんかこの村、住民が一人として確認できないんだけど」
「おん? そうだっけかい?」
そう、この村全然誰もいないのである。人一人とさえ行きかうこともなければ、家屋の群れの中にも人気を感じるものが一つもない。
流石に気になって、俺は数歩先に行くユイに、そう尋ねてみた。
と、
「……んまァ、どっかの誰かさんのおかげでヨ、大人は殆ど別の拠点の補修中だね」
「…………誰かなあ?」
「吹かしてやがるねコイツ。……まぁでも、この先にいきゃァ人はいるさ」
この先、――曰く、「サクラダ奴隷学校」へと。
まずはユイが、先んじて踏み入れた。
……まずは、その外観について。
先ほどの通り、周囲よりも一層大きな家屋である。学校と名が付くだけあって、その足元には野球場一つ分程度のグラウンドも確認できる。
木造りの建築で、その平面には大きなガラス窓が等間隔に並んでいる。それと、その等間隔のガラスの向こうには、確かに彼女の言う通り人気が感じられた。
概ね、「奴隷学校」なんて悪趣味な名前の割には普通の学校の校舎な感じである。強いて言えば、木造の見た目などは俺の世界の「今世代の校舎」と比較して、やや昔っぽく見えるかもしれないか。
「そンじゃみなさん。ガッコん中じゃ今は授業中なんで、静粛に願いますよ一つ」
――こっちで、靴履きかえてネ。と、
ユイが俺たちを「昇降口」へ誘った。
「あ、どうもユイさん」
「ようようやってるかい、まァやってるわな。ってことでお客さんだヨ。通してちょーだいネ」
昇降玄関横の窓口で、ユイは簡単なやり取りを挟む。
「ってことでまァ、こちらがアタシどもの『事業』に当たります、奴隷の教育施設です。のんびり見てってくださいネ」
「……、……」
中も殆ど学校である。しかもそのまんま日本の小学校とかの造りだ。
……いやまあ、ユイの名前的に察してはいたけど、まず間違いなく彼女も異邦者なのだろう。その辺の確認は、しかし、ひとまず後に回しておくとして。
「とりあえずはじゃァ、授業参観ってハナシでね。通路から眺めてもらうってぇ寸法で恐縮だが」
「結構ですよ。まずは雰囲気の方を確認させていただきたいですしな」
並びは再び、ユイとレオリアの先導をその他大勢が付いていく形になる。
ただ、先ほどのように広がって歩くにはやや手狭な通路で、大人十一人分の幅を取ると、人口密度がぐっと増す。
さらに……、
「あ! ユイさまだ! ユイさまが来てるよ!」
「ホントだっ、幹部の人もいる!」
「知らない人もいる! あの姉さん凄い美人! 女神様みたい!」
「おいお前パンツめくって来いよ!」
「あ! あのお兄さん何だろう! すっごい胡散臭いね!」
「……、……」
……女神様みたいことレオリアと、すっごい胡散臭いこと俺は共に鎮痛に閉口しつつ、
どの教室も、見慣れぬ客の登場に授業なんてほっぽり出してお祭り騒ぎである。いやはやこれが奴隷の調教場とはとても思えないが、とにかくそんなわけで、ただでさえ手狭な空間が更に熱気に満ちていく。
「はいはァい。ユイさまですねェ。君らちゃんと勉学せんと夕食からデザートが無くなるヨー?」
「ユイさまハイタッーチ!」
「はい、ハイタッチ」
「エノンさま! エノンさま稽古つけて!」
「座ってろクソガキ。ったく。すいやせんねみなさん。……ってオイ! 服引っ張んじゃねえ馬鹿!」
「いえいえお構いなくー。……あのエノンっての、滅茶苦茶子供に好かれてるねえ?」
「そんでアンタは滅茶苦茶警戒されてんなァハルさんよ。いやはや子供ってのはヒトの中身を見透かすねェ?」
全く遺憾な返しである。
また他方では、物珍しい客の中でも特に目立っているらしいレオリアとエイルが、何やら向こうで四苦八苦している。
「こ、コラやめなさい! ベルトを外そうとしないでください!」
「かんちょーっ!」
「(華麗にターンで避けながら)……君? 私が誰だか分ってるかな? 子供だからって手加減はしない人間だよ私はね――」
「あれー? このお姉さんおっぱいないよーへんなのー」
「なんっ! なんですってこのクソガキ! も、戻ってこいコラ顔覚えたからなコノヤローっ!(迫真)」
「今ならいける! かんちょーっ!」
「(舞うようなステップで避けながら)いけない。いけないなあ君たち。いいかい? ――これが本当のかんちょーだ……っ!」
「っぎゃーーーー!」
「(何やってんだアイツら……)」
奴隷の調教どころか、普通に学童としてのしつけさえ出来てないんじゃないのこれ?
……あ、エイルのズボンが脱げた。
「とまァ、アタシらの事業はこんな感じで御座いますよ。どーだいセンセー、為政者的にはどう見るかい?」
「ええまあ、このまま健やかに育ってほしいモノですな。子どもってのは元気でないといかん!(子どもの尻に指を突き刺しながら)」
「ぎゃーーーー!」
「……ほどほどにしてくれよ。商品に妙な性癖つけられたらたまんねェんで。――まァ、そんなところで一つ、こっちの教室に来てもらえますかいね」
「うん? なんでしょうかね?」
ユイが指したのは、……進行方向そのままの廊下の向こうである。
なにやら、このあたりの惨状と比べれば段階一つ分くらいには落ち着いた様子だが……、
「この先は年長モン組でね。――ウチが実際に出荷してんのも、こっから向こうの連中に限ってんですなァ」
「ほう、……それは」
「ってェことで、こっからは実際に品物の質を一つ、確認してもらんます。皆さンも一つ、そのつもりで頼んます」
※当シリーズ『..Additional content』項に近日、『人物紹介:二部 _Verse』を追加する予定をご報告させていただきます。
内容は、バスコ共和国編登場人物の紹介となります。項目『人物紹介 _introduction』と区別しました理由は、記載内容が過多になること、四章以下が未読である方へのネタバレの配慮、などとなります。
なおこちらの内容は、
・ストラトス領側近グラン、パブロの簡単な紹介
・桜田會幹部級構成員コルタス以下七名の簡単な紹介。
と、現段階では最低限のものとさせていただきます。
今後全内容を解禁した項目を追加する予定ですが、よろしければこちら『人物紹介:二部 _Verse』も、煩雑になってきたバスコ共和国編登場人物の確認にご利用ください。