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楽園の王に告ぐ.  作者: sajho
第五章『ビフォア・ラグナロク』
112/430

1-4

 


 駅舎の吐き出す人並みの中から見つけた彼女ことエイル、エイリィン・トーラスライトは、

「こちらから迎えに行くつもりでしたが、よくここが分かりましたね?」

 などと言って、人並みを逸れてこちらへ向かってくる。

 ちなみに他方の俺はといえば、

「………はい?」

 と、全く心当たりのない感じの彼女の言動に、まずはそう率直に返事をした。

「? 午後からは()()言った通り、ストラトス氏の所に行きます。それで、そちらから駅に来てくれたのではないのですか?」

「………………はい」

 やはり全く記憶にないながらに一応首肯を返す俺。

 これがジャパニーズ忖度だ見たかコラ(涙)

 ……あとちなみに、そんな彼女ことエイルだが、昨日見たのと比べればその装いが一変していた。

 上は濃紺のシャツに、下は太ももが露わな白のショートパンツ。そこに、チラ見せしたブラウンのベルトと溌溂としたスニーカー(風の異世界シューズ)がシンプルな服装に変化を出している。全体的には、見るも軽やかなカジュアル服といった風である。が、はてさて?

「なんだ、どうしたんだその服」

「あ、別にかわいいとか求めてないですよ」

「じゃなくて!(ちょっと悔しい)……それでお偉いさんに会いに行くの?」

 ひとまず、「どうやら俺は今日ストラトス氏に会わなきゃいけないらしい」ってところは飲み込んでおいてそう聞く。

 対し、彼女は、

「ええ、『暑苦しいのは見てて辛いからやめてくれ』ってことらしいです。こちらは向こうに用意していただいたものなので、間違いない筈ですよ」

「はー、クールビズなんだ」

「……というか、服装に関してはそっちのが問題ですよ」

 暑くないんですか? と彼女、

 ……まあ、散歩スキルで不快感をシャットダウンしてるので暑くは無いのだが、

「ちょっと野暮ったいかね」

「ストラトス氏の『見てて辛い』ってのがよくわかるって程度には」

 ちなみに俺の服装と言うのは、上下しっかり春のコーデである。過剰に生地がぶ厚いとかじゃなくても、この日差しの下では半袖半ズボンでないというだけでちょっとした視覚攻撃かもしれない。

「……、でも、夏服の用意なんてしてないよ俺」

「その辺で買えばいいじゃありませんか」

「……、……」

 あっけらかんと言う彼女に、俺はちょっとだけ閉口する。

「どうせ時間にもしばらく余裕はありますし。ストラトス氏の所に顔を出すのは、昼食の後になりますから」

「……じゃあそういうことで、この場解散の現地集合とかにしとく?」

「今察しました。逃げる気ですね。絶対に逃がしませんので一緒に行きましょうか」

 なんて経緯であって、……なんかちょっとデートっぽい体裁になってしまいつつ、

 俺はエイルに引かれて、手近な店に連れ込まれたのであった。



 </break..>




「どんな感じになりました? 出てきてみてください」

「はいはい……」

 エイルのススメで入った服屋さんは、テナントビルっぽい感じで一つの建物に色々お店が入ってる体裁の建物の、その一角。カジュアルな印象の商品が平積みに陳列された、割かし敷居の低そうな店であった。

 そこにて、……諸々の主導権を完全に向こうに握られつつのコーディネートタイムを経て、果たして俺は、試着室のカーテンを開けた。


「…………ふーん。ま、あれですね。馬子にも衣装なんじゃないですか?」

「……、……」


 ちなみにその「衣装とやら」であるが、上が白のシャツで、下が七分丈で濃いグレーでよく見れば千鳥格子柄な緩めのパンツである。靴とベルトは自前の流用だが、……何となく自分のレパートリーにない格好でちょっと居心地が悪い。

「……まーでも、馬子にも衣装ってんならこれでいいや」

 誉め言葉のレートとしては最低水準だが、それでも誉め言葉は誉め言葉である。これで実はあんまり似合ってないとかであっても丸っとエイルのせいに出来る辺りもポイント高いし。

 ってことで会計を済ませて店を出る。それから、脱いだ方の服はレジで貰った袋に詰め込んでそのままコインロッカー(異世界にも普通にあった!)にポイして、そして改めて俺は「思う」。

 というのも、

 ――先ほどの店の名前についてだ。

「(()()()()って名前だった……)」

 完全に異邦者の悪ふざけである。俺はふと、営業著作権とか商標登録とかが如何に舞台裏で世界の平和を守っていたのかを痛感する。

 ……まあ、それは冗談としても、「エレベータ」とか「コインロッカー」とか普通にある辺り、異邦者の持ち帰ったアイディアは割かしがっつりこの世界を侵略しているようである。やめてほしい、情緒ってもんが全然ない。

 ってのもまあ、ひとまず置いておいて、

 さてと、

「服は買ったけど、……それでもしばらく時間あるな」

「確かに、食事をするには早いですか……」

 と、そんな風に「時間」の話題が出てきてくれたためだろう。

 俺は一つ、目的を持っていたのを思い出した。

「そうだ。そう言えばこの世界って、腕時計はあるよな?」

「? ええ、ありますケド」

「欲しいんだよな。時間を確認するには何かと不便で……」

「なるほど」

 一つ、彼女はそれで考え込むようなポーズを取る。

「……?」

「あ、いえね。そちらでは事情が違うとお見受けしましたケド、この世界における時計はいわゆる贅沢品の感が強くて、……ぶっちゃけ、要所以外で付けるって人はあまりいないんですよね」

「あー、そりゃアレか。用心でってこと?」

 はっきり言えば。と彼女は小さく首肯する。

 ……いやでも、こんだけ設えの良い服が普通に買えんのに時計は高いの? よくわからん話である。

「はい? いやいやそんな、その服だって高いですよ?」

「え? でもあそこ、ユニシロじゃん」

「ええ、ですからお高いんです」

「……、……」

 詐欺だろそれ……。

 つうかあれか、異邦者向けのトラップか。半笑いで店入ったヤツが半泣きで出てくるって寸法のトラップなのか。俺たちが何をしたって言うんだちくしょうめ!

「ああ、カードで払っちまった。……せめて明細は貰っておくべきだったぜぇ」

「……まあ、貴族わたしに土下座させるような成金でしたら端したカネでしょ?」

 ……いつまで根に持ってんだよ、返済終わるまでネチネチ言われんの? 貧乏なそっちが悪いのに!(暴言)

「……まあとりあえず、やっぱり時計は見繕っておきたいところだ。贅沢品だって割には、結構こっちの生活じゃ時間に追われる機会が多い気がするし」

「懐中時計と言う手もありますが、そうですね。広く見てみましょうか」

 という方向に収まり、俺たちはそういった品がありそうな方へと流れ込む。

「しかし、明るいな。ここは」

「一応この街は観光に力を入れた場所ですからね、見栄えするように作ってあるんでしょう」

 観光向け、というのも納得である。この街で目覚めた今朝からここまで、俺の見る景色はどこを切り取ってもそれなりに生えるものがあった。

 それで言えばこの店。ここの、お洒落なテナントの群れはどれも外向けに広い窓を取っていて、それ故に店内の方も、旺盛な日差しによって採光を得ている。

 外の日はまさに白日と言った様子で、俺はうなじに凝り固まるような熱を想起する。想起、と言うだけあって、屋内こちら側は快適の一言だ。光景としての見栄えもそうだが、体感の快適具合においてもまさしく、実入りの良い観光街らしい配慮である。

 ……待てよ? まさかこの世界エアコンまで完備なの? じゃあもう異世界である必要なくない?


「いえ。この空調は魔力透過で冷気を発する鉱石を用いた物でしょう」

「……じゃあギリ許す」

「どの立場からの物言いなんですか……」


 なんて話をしていると、

 ……遅々とした足取りでも、目当ての店はすぐに見えてきた。

「あそこですね。装飾屋さん」

「テナントチックにショーウィンドウが並んでるぅ。……ちくしょうなんだここは伊〇丹なのか?」

「ええと、こちらの中央入り口には()()()()という名前が確認できましたね」

「……なっ、なんだと!? ちっくしょう気付かねえうちに俺たちはすっかり悪ふざけの腹ん中だったってことかよ!」

 誰だそのクソつまんねえおやじギャグで俺のロマンを踏みにじった馬鹿野郎は! ぜってえ許さねえ謝っても許さねえ!


「……ほら、行きましょう」

「はい」


 エイルに可哀そうな眼をされたので、とりあえずこれっきりにしておこう。

 ということで、そのゴージャスな感じのテナント内部へと、俺たちは足を踏み入れた。




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