epilogue_03
「……ってな感じで、今に至る」
「ヤったなあ! 遂にやりましたねアンタ両手を出せ! 手錠をかけてやる!」
さてと、時間は再び今である。
俺たちは各々手元の食事にフォークを突きたてつつ、そんな感じで一悶着を起こしていた。
なお、外の様子は凡そ夜と言っても差支えがないっぽいだろうか。俺的にはそろそろシレっと手元の飲み物をアルコールに変えたい感じなのだが、……今ここでそんなクダリ挟んだらマジで殴られかねないのでやめておく。
「何が酔った勢いだっ、何が冤罪だふざけんな! まっすぐそのままド黒星じゃないですか! なんでアンタシャバの空気吸ってんだ!」
「そりゃお前、この国のお上がシロだって認めたからだろ。お前も公官ならね、真実が二つあるくらい慣れっこだろ?」
「真実はいつも一つでしょ!?」
「(おおう異世界人からこのフレーズを引き出しちゃったぜ……)」
「あーもーどうしたらいいの……っ? いっそこのまま何一つ聞かなかったことにして知らんぷり決め込んだ方がいいのかなあ! 私の担当異邦者が他国の犯罪シンジケートトップと肩組んで酒盛りとか業務上過失ポカってレベルじゃないよなあ……っ!!」
「まあ、俺は別にスルーしてくれる分には助かるけどね?」
「私は公国に信仰と忠誠を捧げた騎士なんだよぉ……! うぅうう、これ全部夢だったりしないかなぁ……っ」
なんて感じのエイルを眺めて楽しみつつ、……しかし実のところ、俺にはあともう一つやるべきことがあったりする。
なので、いつまでもエイルの煩悶に付き合ってやるわけにはいかないのだ。
「いつまで悩んでんだよ女々しい奴め。起きたことは受け止めて、先に進もうぜ」
「マジで殺すぞ」
「……。いや失敬。それよりな、ちょっと話を変えようぜ、気分変えがてら。な?」
と、そこで俺はエイルの肩越しに、「とある人物」に声をかける。
その人物、――先ほどから一人カウンターでグラスをくゆらせていた「少女のシルエット」が、
「……、はン。やっとかヨ」
俺の声に振り向いて、
そう独り言ちつつカウンターを下りた。
「ってことで人を紹介したくてな。この人は桜田ユイ。桜田會のボスの人だ」
「どうぞヨロシク」
「えっ」
その展開に、最高な表情で言葉を失うエイル。他方俺は、「絶対に笑ったらいけない……っ!」と奥歯をかみしめて押し寄せる波をやり過ごす。
「え、え」
「ユイですゥ。よろしくねェお嬢さん?」
「あ、え」
「いやあこいつが、どうしてもエイルに会いたいって言うからさ。紹介したげようと思って。事前に話も通せずに悪かったね?」
「あ、……。えっと、私帰ります」
「「待て待て待て!」」
マジで目を点にしてそう言い放ったエイルを、俺とユイは全力で止める。
「……あ、あのね。すみません私。一旦状況を整理したくて」
「あァ、そりゃねェ。どうぞごゆっくりやってヨ? 待ってるからサ」
「そうですか、えっと、では失礼して。……まず、あなたがハルで」
「俺? ……まあハルだけど、そっからなの?」
「そしてあなたが、桜田ユイさん」
「そうなるネ」
「サクラダカイのトップで……?」
「桜田會って呼んでくれると嬉しいがネ、まァその通りだわな」
「裏ギルドの重鎮」
「そうさネ。お恥ずかしながら」
「け、――剣を抜けぇ! 決闘だ馬鹿野郎!」
という一言と共にエイルは椅子を蹴って立ち上がる。それから、……武器生成スキルでガチめな長大剣を二つ作り出し、それぞれを俺とユイに突き付けた!
「おいおい待て待てやるならこいつ一人だろ? なんで俺まで」
「変わんねえ! 大してどっちも変わんねえ! そこ二人纏めて相手だかかってこぉい!(錯乱)」
ちなみにそんな中、混乱の中心部であるユイは、なにやらにやにやと両手を挙げて降参のポーズをしていた。
「危ないねェ。ここは飯を食う場所なんだヨ? 血なまぐさいンは仕舞いなヨ?」
「手前は一旦マジで喋んな続きは署で聞くからよぉ!」
「でもほらサ、ここだって一応真っ当にやってる飯屋なンじゃァねえのかい? 店長サンが飛んできちゃうヨ?」
「あ、ぐ。……なんつー正論ですか犯罪者のクセに。でも私は、公国騎士として、……犯罪者を見過ごすとこなどぅ……!」
今さっき自分の業務上過失ポカを隠蔽しようとした人間のいうことじゃ絶対ない。なんでコイツ外向けに言うことだけはいっちょ前なの? 公国騎士ってのは内部から腐ってんの?
……と、
「――お客さん(ズイっ)」
「あ、ぅ。……お、お店の人ですか(たじろぎ)」
先ほどの厳つい店員が、騒ぎを聞いて駆け付けたらしい。彼は何やらお玉とフライパンで武装しつつ、俺たちとエイルとの間に割って入った。
「あんまり、他のお客様のご迷惑になることは控えていただかないと」
「い、いやでも! 私実は公国騎士のものでして……っ!」
「ここには旅人も街の商人もパン屋だって来ますさ。騎士サマだろうが何だろうが、特別扱いはできないねぇ……?」
「え? いや、でもあの。いまここ、現行犯の現場で……」
「ここに来るお客様はみんな自分の仕事をしてますさ。他人には迷惑をかけねぇでな。アンタばっかり騒いでいいってことにはならねえでしょうや」
「あぅ、……うぅ」
みたいな馬鹿なやり取りが応酬する後方で……、
「(ねえねえユイさん?)」
「(オウ。なんだってン?)」
「(あの厳ついコックさん。こないだ俺に襲ってきた五人の中にいた人だよね?)」
「(あー、まァ。内緒だけどナ?)」
「(あいつが料理作ってるってことはさ、……もしかしてこの店丸ごとオタクらの組織にどっぷりだったりする?)」
「(…………。まァ、内緒だけどナ? しかしそうでもなけりゃァ待ち合わせ場所には選べねーって)」
という感じで国家権力がチンピラに良いようにされている舞台裏が垣間見えたりしたのだった。
さてさて、
――それでは改めて。
「……あれ? 待てよ? どうして私は丸め込まれて座っているんだ?」
「(コイツ日を追うごとに馬鹿になってねえか……?)」
エイルが卓上についてくれたのを見て、俺とユイもそのようにする。
なにせ、……実のところを言えば、これから話すことこそが今日のメインディッシュであったゆえに。
「……、……」
これまでの長ったらしい回想も、ロリ改めユイとの出会いや『北の魔王』の暗躍を語って聞かせたのも、何もかも全ては「このため」だ。
ゆえに俺は、
――一つ、勿体付けるようなつもりで、
カップに唇を浸し、呼吸を一つ置いた。
「それでだ、今日ここで三人集まったのは他でもない」
「……、なんですか」
エイルが問い、それに俺が答える。
「俺とユイは一つの『予感』を共に支持する仲間だ。酒の席でそれを共有できたからこそ、俺はエイルにユイを引き合わせたと言ってもいいな」
「はあ。……予感?」
「この世界が変わるって予感だ。前にも言ったろ? まあ俺の考えるのとユイの考えるのは、方向性以外の殆どが別だがな、しかしユイの言ってんのは、俺のなんかよりもずっと具体的で、……しかも現実的だ」
黙考を返すエイルに、俺は更に言葉を付け加える。
「バスコ共和国は今、三つの力点が冷戦状態にある」
「……、……」
「北の魔王、桜田會、そしてストラトス領の三つだ。こいつらが冷戦状態にあるのは、――ぎりぎりの緊張状態のままで拮抗を維持できてるのは、どうしてだか分かるか?」
「それは、……『悪神神殿』が、その三つのちょうど中間地点にあるからですよね?」
「そう。その通り。……じゃあ当然な、『悪神神殿』がなくなったら、緊張状態は決壊するよな?」
「それは、その通りでしょうケド……」
「そんで、こっからが本題だ。――三つの力点の内で『北の魔王』だけは、『悪神神殿』を能動的に取っ払えるとしたらどうだ?」
「――――は?」
「マズいよな?」
「……。」
「でだ。――実はここに、もう一人呼んでたんだ。そろそろ来る頃だと、……と、噂をすれば」
そこで、……からり、と来客を告げるベルが鳴る。
それで以って、この場の三人は殆ど反射的に音の方向に顔を向けた。
果たして、
――その先には、
「全く。よくもまあ領主の私に、当日のアポを入れてきたもんですよね。これでも忙しいんですけどね。……あー店員さん。待ち合わせなんですけどー」
朝を浴びた白雲のような髪。
晴れの日の湖畔の色の瞳。
神の造り給うた、子細なき造形美。
――レオリア・ストラトスその人の姿があった。
「あ、あそこですあそこです。どうも店員さん。あと注文はとりあえず生で」
「お疲れさん。急で悪かったね。あとこっちにも人数分生でおねがいっす店員さん」
「ありゃ、まだ飲んでなかったんですか? これは乾杯をお待たせしてしまって申し訳ない」
「(白目)」
さて、
エイルは何やら、早々に思考を放棄したらしい。ひとまずそれは置いておいて、俺は席を立ちレオリア氏を迎える。それから、ユイも同様に。
そして果たして、
……夜の降りる、シックな印象のバルにて。
「ややっ。これはこれは桜田會の! その節はいろいろご迷惑をかけてくださって!」
「そーゆーそっちァレオリアセンセーでしたねェ? いやはや噂に違わぬ俗物臭でいらっしゃるゥ!」
「……おいテメエら、さっそく仲介の俺の顔を潰すつもりかコラ?」
ひとまずは、
――乾杯の声が、三つ響いた。
※今回でエピローグは完結となります。次回更新は3日後、19日のいつも頃を予定しております。
今しばらくのお付き合いを、どうぞよろしくお願いいたします。