A-5
「(……いやな予感がする)」
と、俺こと鹿住ハルの割と高性能な直感がそう告げる。
具体的にはこう、コンプライアンス的にやめろって止めた俺の気遣いが、もっと別の何かしらのコンプライアンスに接触したような、そんな感覚である。
……いやでも、そんなまさか。これは例え話だけどマジでほんの一例として、例えばあのガキが「俺がそのゴブリンをぶっ殺す」みたいなこと言うはずはないだろう。だって「幻想とかをぶっ殺す」って言うんならそりゃ通るけど「ゴブリンをぶっ殺す」って叫んじゃったらそれはもうただの暴言である。TPOによっては「殺す」を伏せ文字にしなきゃいけなくなるもん。
「……、いや。まあいいや」
閑話休題。
それよりも、である。
「……、……」
俺は今、――この飛空艇の天辺に立ち、
そして、頬を雨に晒しながら彼方を眺めていた。
「……、」
これもまた、直感の類だ。つまりは、こっちの仕事も、そろそろだろう、と。
――今まさに、闇煙る曇天は切り払われた。
ただ一条の白星が地上より舞い上がり、そしてそのまま天を上る。それが、俺にはあまりに克明に見えていた。
たった一矢の、更にその余波だけで、
雨天が今、夏の夜の晴天へと変遷した。
「……。」
察するにアレは、視界を確保するための言わば試し打ちだったのだろう。俺は、その白い流星が夜空に上がり虚空に消えたのを見て、そう直感する。
ならば次の、本命の一射まで、その間限は幾ばくか。
その内に俺は、改めて手元の「手札」を思い出す。
まずはおなじみの、自爆スクロールと爆発石。それから楠木の短剣がある。これに加えて、今回の旅ではさらに四種類のスクロールを新たに得ている。
――『魔力放射で精密な推進力を生みだす魔法』、『身体性能の選択強化』、『大量の小型魔力鉱石を生み出す魔法』、『物理的現象の指向性を操作する魔法』、以上の四つは、いつかロリに用途を聞かれた際には濁して答えたのであったか。ここで、これらの使い道を改めて確認しておこう。
まず、『魔力放射で精密な推進力を生みだす魔法』。これは先ほど、フィードに貸し与えたスクロールである。
このスクロールの主な用途は「純粋な推力の確保」であるが、他にも、例えばフィードに提案した「ジャック犯討伐作戦」に組み込んだような敵対者の強制的な離脱という運用なども視野に入る。
それから、後の二つである『大量の小型魔力鉱石を生み出す魔法』と『物理的現象の指向性を操作する魔法』は、ともにこちらの既存の手札が持つ攻撃的性能へのシナジーを求めて用意したものだ。
と、
「(……インターバルは、お終いか)」
曇天の晴れた今、地上の風景はどこまでも克明に見える。
この船の足元には広く深い海が広がり、それが進路の行く手に途切れ、向こうには長い海岸線が見えた。それからさらに視線を遠くに投げれば、丸みを帯びた地平の際には文明の光が確認できる。その内で俺が注視するのは、海岸線の一点である。
「――起動」
その言葉と共に俺は「身体性能の選択強化」のスクロールに魔力を透過する。更に思考で以って、体力と防御力を視界演算能力に変換、と唱える。
身体性能の選択強化、とは。その名の通り「身体性能の内どれかを選択して強化するもの」である。その場合のリソースは、こちらが提示したステータスの低減によって賄われる。スクロール製作者のアルネ氏曰くここの計算は至極システムライクであり、例えば体力ステータスを一段階下げれば、攻撃力ステータスがそのまま一段階上がる、という計算であるらしい。
しかしさてと、
――俺の場合で言う「体力」とは、そもそも外部値的に無限である。実質的なステータス値こそ「CだかDだか」ではあるが、これが仮に最低値に下がったとしても『散歩』スキルによって俺は外傷を受けることも、息切れを起こすこともない。
ゆえに、俺にとってこのスクロールはデメリット無しで当該ステータスをカンストさせるものと考えて言い。
ここまでを踏まえて、
「……おお、よく見える」
俺は手持ちの体力及び防御力を、全て視界演算能力に充てた。
視力ではなく、視界の演算だ。ここで俺が求めるのは、視力と、その内容情報の演算能力と、それに何より動体視力である。それらを俺は限界まで高める。
するとどうだ、足元三千メートル下に広がる世界が、こんなにも克明である。
向こうの海岸線に波打つ飛沫の一つさえ見える気がする。草いきれの輪郭が明確で、その上に残る雨粒さえ確認できて、何よりも今まさにこの飛空艇に迫る一矢と、その射手の居場所がはっきりと「見える」。
その矢は、どこまでも流麗で、奔く、そして「不可視の質量」を持っていた。
その矢のシルエットの細さではとても収まり切れないほどの、「星一つを内包したような質量」が分かる。それがこの船に接近し、そして二十秒後に接触する。それを俺の「カンストした視界演算能力」が示している。
着地地点は、
……しかし、視界演算の範疇ではないらしい。俺は生来の「直感」で以って、過日爆竜の背中に飛び乗った時のように、その射角と到達放物線をイメージする。
――実績を開放。
――スキル、『直感〈EX〉』を獲得しました。スキル項に反映します。
「……、……。」
それは、
俺にとっては違和感のある文言であった。何せこれは、「俺の生来の技術」である。俺は大抵の数式演算の必要な物理的現象を、しかし数式演算を用いずに直感で描くことが出来る。
例えば、物を投げれば射角的に「ここ」に落ちる。ミサイルを打てば射角的に「ここ」に落ちる。或いは誰かの意図を探る場合に、「数字的にもっとも利益率が高い」からこそ、その人物の意図の帰結は「ここ」に落ちる、などである。しかしながら、そんなものはピンキリこそあっても誰だって持ち得る技能であろう。
そんなことを俺は思い、しかし、「こんなこと」も俺は同時に思ってしまう。
なにせ、今このタイミングで俺は「実績を開放」したのである。
ならばこそ、これはつまり、――俺の「直感」が大正解を得たという福音に違いない、などと。
「……。」
三歩前に行き、
それから、五歩右に行く。
そしてその場で一つ息を吸って、一矢の到達を見る。
――白条が、俺の目線の中央を通る。そしてそのまま天を目指し、放物線を描き、そして船へと堕ちてくる。その矢の弾道型の軌跡は、ちょうど俺のいる位置に落ちてきてくれるつもりらしかった。
さて、
では、――答え合わせといこうではないか。
俺の直感が正しければ、俺はただすらに、この場で楠木の短刀を振ればいい。なにせこの短刀は、「そこに魔術的な結合があれば魔王も竜種も俺さえも切れる業物」であって、ならばこそこのような「自然な飛び方をしていない矢」などは格好の獲物である。ゆえにこその答え合わせだ。
「……。」
この場所に落ちるという直感は、本当に正しいのか。
俺は目を閉じ、胸中で三つ数えて、
――そして短刀を水平に薙いだ。
「 」
ぱきん、と。
振った短刀に手ごたえが返る。
「……、」
見れば、
俺の足元には、二つに折れた木製の矢があった。
「……、……」
そうか、と。
俺は独り言ちる。
なるほど、そうか、とも。
「――――。」
俺の直感は正しい。
ならばつまり、俺が今までに思ってきた直感もすべて正しく、それは翻って、この先の直感も正しいということの証左である。
ゆえに、ここで、
――例えば俺が直感で以って、射手へ向けて飛び降りたとすれば、それもまた正しく、寸分たがわず射手の元へと俺は落下が出来るということであった。
「……じゃあ、行くか」
俺は、
かような直感で以って、飛空艇を飛び降りて、
……それから、「直感的に」速度が足りないような気がしたので、その場で「推進力スクロール」を起動した。
</break..>
「 は?」
射手、「理性のフォッサ」は、自らの絶対たるスキル『星堕し〈EX〉』の加護で以って、自らの狙撃の失敗を「告げられた」。
「……、どうして?」
しかし彼女には、その絶対のスキルによる察知を、受け入れられずに思考を凍結させる。
なにせこのスキルは絶対だ。このスキルはその名の通り、「星を一つ堕とすだけの性能」を持つスキルである。この虫の知らせは、つまり、――あの飛空艇が、惑星一つよりもなお強固であることの証左に他ならない。
「……、……」
彼女は、
……もう一度、静かに弓を構える。矢をつがえて、これを引く。
その視線の先に、
「 」
それこそ恒星の爆発じみた閃光が、
四つ、閃いて……、
</break..>
俺は飛空艇から身を投げる。
その後に行った「推進力スクロール」による加速は滞りなく軌道に乗り、そしてその先、
――強化された俺の視野は、克明に「その影」を捉えた。
「――――。」
圧倒的な空気抵抗に身体を巻き上げられながら、しかし俺はふと思う。
ただの着地では味気がない、などと。
そこで一つアイディアを閃いて、スクロールを取りだす。
手に取ったのは自爆用のスクロールだ。俺はこれを虚空に四つばらまいて、――そして更に、アルネ氏から贈られた四つの内の『大量の小型魔力鉱石を生み出す魔法』を手に取る。
「――。」
イメージするのは、質量を持った雨である。
それらがさらに加速して、地表を一手に更地に変える。そんな光景だ。
「――起動」
二種類のスクロールが、思念一つで眩く輝く。
発生するのは後方四つの大爆発と、そして幾千もの「黒曜の欠片」である。それらと、そして俺自身が、
「――――。」
――爆風の加速で以って地面へと殺到する!
「ッ!!??」
その「影」の表情が見える。
弾け飛んだ雲の間から差す月灯が、白く青く鋭利な色で海岸線の草原を暴く。それが、――今、ハチの巣に変わる。
轟音。
――そして大地が「反転」する。
均等に耕されるようにして草の群れとその下の土が綯い交ぜになる。その最中で「影」は、何やら薄っぺらの「不可視の盾」を展開し、石礫の雨をしのいでいる。
そこに、
遂に俺が、到達する。
「……、……」
「……、……」
「――――。」
「――――。」
会話は無く、
ただすらに、そしてただ一瞬の視線の接触があった。
それのみで以って、
「 」
俺と「彼女」は、名乗りも上げずに衝突する――!