#8 戦艦の街に舞う魔女
駆逐艦6707号艦に帰還してからが大変だった。
なにせ伝説級の派手な戦場告白をやらかしたために、私とマデリーンさんが事実上の「夫婦」であることは、もはや駆逐艦内で公認となってしまった。
無論、艦長にも知られてしまう。
「まったく……よりによって戦闘前にそんな派手なことをしていたとは……」
「すいません。」
「まあいい。我々は、こうして生き延びることができたんだ。生き残ったものは、幸せにならなければならない。これは大原則だよ。」
回りくどい言い回しだが、要するに艦長も私とマデリーンさんの結婚を認めてくれたということだ。
「さあ!勝利を祝って、乾杯~!」
食堂で派手に戦勝パーティーをぶち上げているのは、ご存知マデリーンさんだ。食堂にいる皆はグラスを持ち、マデリーンさんの乾杯の音頭で盛り上がる。
といっても、この艦内はお酒がない。ジュースで乾杯している。シラフだというのに、よくあれだけ盛り上がれるものだ。
「そうだ、ついでにこの2人の結婚祝いもしちゃいましょう!」
モイラ少尉の一言で、急に私まで表舞台に引きずり出されてしまった。
「おい!この際だ!みんなの前でキスしろ!」
「ええ~っ!?結婚式や披露宴じゃないんだから、なんだってそんな……」
「何いってんですか!さっき帰還中の哨戒機の中、駆逐艦の艦列の前で誓いのキスをしてたくせに!」
おい、モイラ少尉、それはバラしちゃダメだろう。しかし時すでに遅し、これを聞いた周りの連中からさらにはやし立てられる。結局、この雰囲気に抗えず、私とマデリーンさんは再びキスをする羽目になった。
丸顔で、ニコニコと無邪気な笑顔を見せるマデリーンさん。この顔を見たら、急に実感が湧いてきた。私はマデリーンさんと、一緒になってしまったんだと。
同時に、マデリーンさんのことを意識し始めていた。いや、それまでだって意識していなかったわけではないのだが、今のこの感じは、これまでの比ではない。心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
「いやあ、羨ましい。私もこんな綺麗なお嫁さん、欲しいなあ。」
戦勝祝いと結婚祝いを兼ねたこのパーティーで、ロレンソ先輩もジュースを片手に現れた。
「ロレンソ先輩ならきっといい人、見つかりますよ。」
半ば社交辞令的に返答する私。この人、世話好きないい人ではあるんだけどな……見合う相手が現れるかどうかは、神のみぞ知るといったところか。
パーティーが終わり、私は風呂に入ったのち部屋に戻る。マデリーンさんは例のごとく、モイラ少尉と一緒にお風呂へ行ったようだ。
ボーッと部屋の中で過ごしていたら、呼び鈴が鳴った。何事かと思い、ドアを開けると、そこにはモイラ少尉とマデリーンさんが立っていた。
「はい、中尉殿。風呂場にて奥様をしっかり綺麗にしておきましたよ~!」
と言ってモイラ少尉は、マデリーンさんを部屋の中に入れる。
「は?モイラ少尉!?突然何を……」
「艦長も公認のご夫婦なんですから、別にいいでしょう。何をいまさら焦ってるんですか~。」
「いや、駆逐艦の中での同棲はさすがに不味くないか?」
「艦内規則でも、夫婦同室は認められてますよ~。大丈夫ですって。では、ごゆっくり~!」
と言ってドアを閉めてしまった。
この殺風景な部屋の中に、私と魔女の2人きりになってしまった。
にこにことしながら、私の顔を見つめるこの可愛らしい魔女。私も笑顔で返す。
「ねえ、この部屋、なんか面白いものない?」
「うーん、面白いものと言っても……なんだろうか、テレビくらいかな?」
そう言って、私は壁付きのテレビをつけた。このテレビ、普段はいくつかの取り置きの番組を流している。暇つぶしに、私もそのテレビ番組を観ることが多い。
が、敵艦隊は撤退中とはいえまだこの星系内にいるため、警戒体制が続いていた。このため、普段は番組が流れているチャンネルはどれも敵艦隊の位置を知らせる長距離レーダー画面を表示している。
ただ、艦外カメラの映像を映すチャンネルだけは、いつもと同様に外の映像を映している。無数の駆逐艦が整然と並ぶその映像を、マデリーンさんと見ていた。
が、そんな映像は2分ほどで飽きる。今度はスマホを取り出し、動画を観る。
「ねえ、この黒っぽい悪魔みたいな絵のついたやつ、これは何?」
動画一覧を見ていると、ひとつだけ異様に黒いサムネイルのついた動画があった。マデリーンさん的には、これが気になるらしい。
「ああ、これは映画『魔王』シリーズの最新作の予告動画ですよ。」
「映画?魔王?なにそれ?」
私はその動画を再生してみせた。舞台は中世、剣と槍を持った兵達の大軍に、真っ黒な雲が近づいてくる。雲の中には、豚の顔をした不気味な兵達が無数に現れる。空には、ワイバーンと呼ばれる翼竜が無数に飛び交っている。
その背後には、魔王の姿があった。この暗黒の兵士達は、強大な力を持っている魔王が生み出したものだった。たちまち人間の軍勢は全滅する。
そこに、3人の男達が現れる。イケメンの勇者と、筋肉隆々の剣闘士、それに魔法を操る賢者。この3人が、魔王に挑む。果たして彼らは魔王を倒し、この世界に平和をもたらすのであろうか……
予告編なので、3分ほどで終わってしまった。が、この動画がこの魔女にはツボにはまったようで、目を輝かせていた。
「何これ、面白そう!続きが見たい!」
「この戦闘態勢が解ければ、戦艦に寄港できるようになるはずだよ。そこの街の映画館で観よう。」
「うん、行く行く!」
マデリーンさんと映画の約束をする。すっかりご機嫌な魔女。しかし、魔女が魔王の映画を観るのか……何だろうな、この妙な感じは。
さて、散々引っ張ったが、この暗い部屋で夫婦となった男女がすることと言ったら、もう一つしか残されていない。
あとは御察しの通りの展開となったわけだが、ここで分かったことは2つある。
一つは、魔女と言えども、身体は人間そのものであること。そしてもう一つは、マデリーンさんの胸は小さいということだ。
さて、その翌朝。
王都の時間で朝6時、艦隊標準時で10時に、艦内放送が入る。
「達する。敵艦隊はさきほど、星域外縁部にあるワームホール帯からワープアウト、星域内の敵は全て撤退したことを確認。これを受けて、警戒態勢が解除となった。」
ここで、2時間ほど続いた戦闘結果が報告される。敵艦の撃沈数は170隻、一方味方艦艇は167隻が撃沈され、25隻が大破であった。つまり、両軍合わせて4万人近くが亡くなったことになる。
撃沈数は互角だが、敵が撤退したため、こちらの戦闘目的は達成。ゆえに、艦隊司令部より戦闘勝利が宣言された。
「……よって、ここに我が軍の勝利と戦闘終結を宣言する。これをもって、当艦は当初の予定通り、戦艦ニューフォーレイカーへ寄港することとなった。今から3時間後の艦隊標準時 1300(ひとさんまるまる)に寄港、補給完了は9時間後の2200(ふたふたまるまる)、その1時間後、2300(ふたさんまるまる)に出港する。その10時間の間、戦艦ニューフォーレイカーへの乗艦を許可する。各員、乗艦準備せよ。以上。」
艦内放送が終わる。試しにテレビを付けてみると、いつもの録画番組が流れるようになっていた。戦闘態勢が解除されたことが分かる。
「ねえ、戦艦に行けるの?」
「そうだよ。あと3時間後には到着するらしい。」
「てことは、昨日言ってた街にも行けるんでしょう!?楽しみだわ!」
「マデリーンさんのリクエストは、映画に行って、ハンバーグ食べて……」
「そうだ、あとはクレープね!あんた、クレープ美味いって言ってたじゃないの!」
昨日とはうって変わって、マデリーンさんとは平和的な会話を交わしている。昨日は生きるか死ぬかの話をしていたというのに、今日は街でのデートの行き先の話。まさに天国と地獄、月とスッポンだ。
そこでふと思ったのだが、私はマデリーンさんとまだデートをしたことがない。共に行動したことは多々あるが、全て仕事がらみだ。フリーで街を巡って、美味しいものを食べたり、映画を観たりするのはこれが初めてとなる。
デートをする前に夫婦になるだなんて、そんなカップルは少なくとも、この艦隊にはいないのではないか?
などと考えていると、艦内放送が入る。
「ダニエル中尉へ!マデリーン殿を連れて、艦橋へ来られたし!」
マデリーンさんと私を指名して、艦橋に来いとわざわざ連絡してきた。何の用だろうか?
そこで私とマデリーンさんは艦橋に向かう。途中、すれ違う同僚や先輩、後輩には何かといじられる。
「ああ、ダニエル夫妻!艦橋までデートですか!?」
「こんなきれいな魔女さんを奥さんにするなんて、うらやましいですね~!幸せになってくださいよ!」
会う人会う人、この調子だ。唯一何も言わなかったのは、アルベルト少尉だけだった。相変わらず無口な彼のその目からは、底知れぬ恐怖を覚える。むしろ、こいつにだけは何かを言ってほしかった。
狭い出入り口から艦橋内に入る。戦艦ニューフォーレイカーへの入港準備のため、20人が自身の担当の計器類とにらめっこしているところだった。
「戦艦ニューフォーレイカーより入電!入港許可を了承、第12番ドックに入港されたし、です!」
「第12番ドックよりビーコン捕捉!進路修正右へ0.3度!両舷微速、ヨーソロー!」
「ドックまで、距離3000メートル!」
非常にあわただしいところに、この能天気な夫婦が入ってきた。艦長だけが我々を迎え入れてくれる。
「やあ、来たな。まあ座れ。それからマデリーン殿、この入港時には騒ぐべきものは何もないから、お静かに願いたい。」
せっかく客人として艦橋に入ってきたというのに、いきなり釘を刺されるマデリーンさん。艦長の言葉に、苦笑いで応える。
窓の外を見ると、灰色の武骨な岩肌が見えてきた。あれが戦艦ニューフォーレイカーだ。
駆逐艦は、4~500メートル程度の小惑星を宇宙空間で角材状に削りだし、そこにエンジンや居住区といった構造物を合体させて作られる。つまり、小惑星が船体の原材料となっている。
戦艦も同様で、3~4キロ程度の大きさの小惑星を使って作られる。ただし、駆逐艦のように形を整えず、ほとんど小惑星そのままの姿で宇宙船にされる。その武骨な小惑星のままの表面を、連合の艦艇用の識別色である明灰白色で塗られ、中をくりぬきエンジンや居住区、商業区を詰め込まれて完成する。
おかげで、駆逐艦にせよ戦艦にせよ、大きさのわりに安上がりに作られている。1万隻もの艦艇をそろえるには、安く作らないとコストが馬鹿にならない。
小惑星そのものの姿をした戦艦ニューフォーレイカー。灰色に塗られた岩肌の上に、ところどころに駆逐艦繋留用のドックと砲門、そして艦橋や観測所などの人工物が見られる。
その人工物の一つである第12番ドックに向かって、我が駆逐艦6707号艦は航行中。この艦の10倍以上の宇宙船の表面を、ゆっくりと進む。
マデリーンさんを見ると、窓一杯に見えるこの不気味で巨大な戦艦を見てなにか言いたげだ。だが、ついさっき艦長より釘を刺されたところ。何か叫びたいのを必死に我慢している。
「両舷前進、最微速!ドックまであと120!」
「繋留ロック用意!あと100…80…60…40…20…船体固定!」
ガシャンという音が鳴り響き、船体は固定される。戦艦ニューフォーレイカーに到着した。
「前後ロック、よし!連絡用エアロック、接続よし!船体固定完了しました!」
「機関停止!外部電源へ移行!」
フォーンという音と共に、駆逐艦内は徐々に静かになる。機関の音がすっかり静まり返ったところで、艦長は艦内放送をする。
「達する。艦長だ。予定通り、1300(ひとさんまるまる)に戦艦ニューフォーレイカーに到着した。これより10時間、2300(ふたさんまるまる)まで戦艦内への乗艦を許可する。出港予定時刻の30分前までには各自帰還されたし。以上。」
艦内放送が終わると、さっきまで計器類を見つめていた艦橋内の乗員も立ち上がり、狭い出入り口に殺到する。
「戦艦に着いたの!?」
「そうだよ。これからみんな、戦艦内に移動するんだ。」
「移動って、どうやって?」
「エレベーターで一番下まで降りて、その先につながった連絡通路を通って戦艦内に入るんだよ。そこに艦内鉄道があるから、それに乗って街へと向かうんだ。」
「鉄道?なにそれ?」
そういえば、中世な星からやってきたマデリーンさんは、鉄道というものを知らない。ここでは大きな箱状の、たくさんの人を運ぶ乗り物だとだけ答えておいた。
順番待ちしながらエレベーターを降り、連絡通路を抜ける。その先の広い空間に出る。この空間は、被弾時の緩衝撃用のスペースで、その奥に艦内の移動手段である鉄道の駅がある。
私とマデリーンさんが駅に着くと、ちょうど電車が入ってきた。ホームドアの向こう側を、銀色の車体が走り込んでくる。
「な、なにこれ?なんかすごく長いものが入ってきたわよ!?」
「これが鉄道だよ。この電車に乗って、街に向かうんだ。」
「ええっ!?乗るって、どうやって?」
マデリーンさんの質問の答えは、すぐ目の前に現れた。ホームドアが開き、電車のドアが一斉に開く。
『第12番ドック駅です。御乗りの方は、ホームと電車の隙間にご注意ください。』
ドアが開き、女性の声で注意喚起の放送が流れ、ぞろぞろと電車に乗り込む人々。その中で、この未知の交通システムに、戦々恐々としている魔女。
何とか乗り込んだが、今度は中の人混みに驚くマデリーンさん。
「ねえ、なんだってこんなにたくさん人が乗ってるの!?」
「他のドックに入港した乗員もいるんだよ。この戦艦、同時に30隻まで入港できるからね。」
「みんなどこに向かっているの?」
「我々と同じ街だよ。街は一つしかないからね。」
戦艦の表側と裏側に、それぞれ15個づつのドックが配置されている。この片側15個のドックと街とを結ぶ鉄道が、表と裏に1路線づつ存在している。
混雑する電車に乗ること3駅。街がある駅に到着した。ドアが開くと同時に、一斉に中に乗っている人々が降りた。
人の波にのまれそうになりながら、私とマデリーンさんは駅を出る。その駅の外に広がる光景に、中世からやってきた魔女は唖然とした表情で見入ってしまう。
戦艦内の街は、400メートル四方、高さ150メートルにくりぬかれた空間内に、5層構造で作られている。一番下の層には自動車用道路があり、無人タクシーが走り回っている。
各層には4、5階建ての建物が立ち並んでいる。ここには1万人以上の人が住み、多くの商店が並ぶ。
ここは宇宙空間におけるオアシスのようなものだ。宇宙勤務時には狭くて息が詰まりそうな駆逐艦乗員のガス抜きの場所として、この街は存在する。駆逐艦内にはない食べ物や娯楽施設、そして公園などが存在している。それがこの戦艦の街だ。
私はマデリーンさんと手を引いて、この人混みの中を歩き出す。そのマデリーンさんは、この異様な街の姿に圧倒されて、右に左にきょろきょろしている。
「そうだ、マデリーンさん。」
「ほえ?」
「マデリーンさんにもスマホがあった方がいいですよね。」
「えっ?あ、うん。欲しい。私も欲しい、あの黒い魔法の板!」
ということで、まずは家電屋に行ってマデリーンさんのスマホを買うことになった。
様々なサイズのスマホが並ぶ家電屋のディスプレイ棚。大きさに色、背面のデザインの異なるスマホから、お気に入りの一品を探そうと苦闘する魔女。
もっとも、大きさとデザイン以外には大きな差はない。ストレージサイズはほぼ使いきれないし、電池はどれも1週間以上は持つ。強いて言うなら、この星の統一語圏の人向けに、たくさんの動画や音楽、そして統一文字の習得用アプリが予めインストールされている機種があるくらいだ。
「私、これにする!これがいいわ!」
マデリーンさんが選んだのは、手のひらサイズの小型の機種。色はピンク。
「そんな画面が小さいのでいいの?」
「大きいと不便でしょう。空飛ぶ時に、邪魔じゃない。」
いかにも魔女らしい選択理由だ。これに音楽や動画、そして文字習得アプリのセットをつけて買った。マデリーンさんのリクエストで、魔王シリーズ全14作も購入し、店内でダウンロードしておいた。
「ふ~ん、ふふ~ん!買っちゃった!私のスマホ!楽しみだなあ、魔王の動画。」
魔王の動画を手に入れて喜ぶ魔女。もうちょっと可愛らしい動画を買えばいいのに、よりによってなぜ魔王シリーズなのか?妙なものを好むものだ、この魔女は。
続いて食事へと向かう。マデリーンさんのリクエストはもちろんハンバーグ。そこで、第3階層にあるステーキハウスに向かう。
駆逐艦内の食堂には、デミグラスソースのハンバーグしかない。が、ここはさすがお店だ。何種類かのハンバーグがある。いつものデミグラ以外に、チーズ、醤油風味から選べる。
で、マデリーンさんが選んだのは、ノーマルのハンバーグだった。ここでは冒険はしない魔女。堅実に美味そうに見えるものをチョイスしたようだ。
「んーっ!美味いわ!見た目が豪華だから癖があるかと思ったけど、全然大丈夫ね!これなら2つは食べれるわ!」
いや、2つは食い過ぎだ。どうせ別のものも食べたくなるから、もう一つ分は別腹にとっておいた方がいいと思う。
「この街はすごいわね。帝都でもこんな賑やかなところはないわよ。いろいろな店もあって、どこも綺麗だし。」
「そういえば、王都や帝都の街には、どんなお店があるの?」
「そうね……ここほどじゃないけど、食べ物屋と仕立て屋が多いわね。刃物や武器を売る鍛冶屋に、革製品を売る革職人の店、鍵屋にそれから……帝都だと、奴隷市場ってのがいるわね。」
「ええっ!?奴隷市場!?そんなものがあるの!?」
「王都にはないわよ。王国内は奴隷禁止だから。今の国王陛下が、人を売買するような忌まわしき風習は時代遅れだと言って禁止にしたの。だけど、それ以外の国ではまだ奴隷制度は続いているのよ。」
さらっと衝撃的なことをおっしゃるマデリーンさん。いまどき奴隷なんて時代遅れな、まるで中世じゃないか。って、よく考えたら、この星はまだ中世だった。ここはおぞましい制度が、まだ当たり前のように存在するんだ。
食事を終えて、街を巡る。映画を観たいということになり、映画館に向かう。同じ第3階層に大きな映画館があったので、中に入る。
マデリーンさんがお気に入りの魔王シリーズのチケットを購入する。今は15作目が公開中。こんなワンパターンな映画が15作も続いていることに驚く。が、どうやら理由があるらしい。
この映画、連合側の400もの星で上映されている人気シリーズ。その400の星の多くが、宇宙進出直前には文化レベル2の「中世」の星だったところが多い。それゆえ多くの星で、この魔王シリーズの剣で戦う主人公に親近感が湧きやすいのではないかと言われている。
圧倒的な悪を倒すという話が大好きなのは、どの星の住人でも同じ。特にこの魔王シリーズは、ラストに派手な武器を使う魔王が登場するので、それを倒す主人公の姿が余計に共感を呼んでるようだ。
で、映画といえば、ポップコーン。私が持ってきたこのスナックに、早速マデリーンさんは興味を示す。
「なんなの、これは?」
「ああ、ポップコーンというお菓子だよ。」
「ポップコーン?へえ、変わったお菓子ね。」
映画が始まる前の座席にて、マデリーンさんは一口このスナックを食べる。
「なにこれ!かりかりして美味しい!」
と言いながら、やめられなくなってしまったようだ。まだ映画がはじまっていないというのに、とめどなくポップコーンを食べ続ける魔女。
と、急に館内が真っ暗になる。映画がはじまった。スクリーンには、広大な平原が広がる。
裸眼3Dスクリーンのため、まるで目の前にその平原がずっと広がっているような錯覚を覚える。その平原には、たくさんの人間の兵士がいる。
地平線の向こう側から、真っ黒な雲が広がってくる。その雲は地表にまで広がっている。いや、これは雲ではない。魔王軍の手下どもが、まるで雲のように押し寄せているのだ。
空には無数のワイバーン、地上にはオークやゴブリンが押し寄せてくる。地上にいる人間の軍勢の数十倍以上。当然、人間側はあっけなく惨敗、全滅する。
それが目の前で起きている出来事のように見えている。3D画像に慣れていないマデリーンさんは、目の前で起こる人間軍対魔王軍の惨劇を目の当たりにして驚愕し、ポップコーンなど忘れて私にしがみついてくる。
場面変わって、ここは静かな草原の真ん中。筋肉隆々な剣闘士が現れた。その剣闘士を魔王の手下が襲い掛かる。
だがこの剣闘士、バッサバッサとその手下を切り捨てる。ところが、木の上からオークが剣闘士の頭部をめがけて剣で襲い掛かる。あわやというところで、助っ人が現れて一命をとりとめる。
その助っ人こそ、主人公である勇者だ。伝説の剣を求め旅をするうちにこの剣闘士の危機に遭遇する。で、命の恩人である勇者に感謝して、剣闘士もその旅に付き合うことになる。
同様に、魔法使いである賢者も助ける。結局、この3人で伝説の剣を見つけ出し、そして数々の強敵を倒し、ついに魔王との対決の場面になる。
しかしこの魔王、とんでもないことに青白い光の筋を出してくる。今度の魔王の武器はなんとビーム。剣と盾しか持たない相手に、強力なビームを発する。危うし、勇者。
が、この勇者は伝説の剣をかざして、なんとそのビームを跳ね返してしまった。自身の放ったビームによって斃れる魔王。世界は光を取り戻し、勇者は1人、どこかへと旅立っていく……
毎度同じパターンのこの映画、しかし、裸眼3Dの迫力ある映像で、しかも感動のクライマックス。旅立つ勇者の背中を見て涙する魔女。
「あの勇者、やっぱりすごいわぁ!こんな感動した話は初めてよぉ!魔王め!ざまあみろって感じね!」
映画館を出ながらいきり立つ魔女。初めて見る映画としては、ちょっと刺激が強すぎたのだろうか。せめて2D版の方を見ればよかったか?
外の売店では、魔王シリーズのグッズが売られている。勇者の剣や盾、クリアファイルなどが売られている。あれだけ勇者の活躍に感動したマデリーンさんのことだ、勇者グッズを買うだろう……と思っていたが、彼女がチョイスしたのはなんと魔王のぬいぐるみ。あれだけ勇者の姿に感動していながら、なぜ魔王!?
映画館を出てしばらく歩いていると、クレープ屋が見えてきた。
「マデリーンさん、あれがクレープだよ。」
まだ映画の余韻から冷めないマデリーンさんを、クレープ屋から放たれる匂いが一気に現実に引き戻す。
「なにこの匂い、すごくいい香り。」
「クレープの皮を焼く匂いだよ。ほら、ああやって薄く引き延ばして作るんだよ。」
丸いプレートの上で焼かれるクレープの皮をまじまじと眺めるマデリーンさん。この未知の食べ物に興味がわいたのは間違いなさそうだ。
で、マデリーンさんはクレープを選ぶのだが、あまりに種類が多すぎて迷う。どれも気になるようだが、ブルーベリーのような青い色にはさすがに抵抗があったようで、最終的には白と赤のストロベリークリームに落ち着く。
「うわっ!甘い!蜂蜜並みに甘いわね、これ。しかも、この赤い部分がちょっと酸っぱい!こんな食べ物がこの世にあったなんて……」
初めて食べるクレープの味に、マデリーンさんは衝撃を受ける。マデリーンさんによると、甘いお菓子というのは王都にはほとんどなく、帝都で蜂蜜を使ったお菓子が手に入るくらいだそうだ。ただし、蜂蜜というものはわりと高価で、滅多に食べられないそうだ。
クレープを堪能したマデリーンさんと共に、あてどなくふらふらと歩く。そこでふと私は、マデリーンさんに尋ねる。
「そうだ、マデリーンさん。この街中で飛ぶことはできる?」
「は?なによ急に。」
ひとつ思い出したことがある。この宇宙には、魔法使いのいる星というのがいくつか存在しているが、どの星の魔法使いも宇宙に出た途端、魔力を使えなくなるといわれている。このため魔法使いというのは、星の表面から何らかの力を得ていると考えられている。
ところがこの魔女はどうだろうか?他の星の魔法使いとの大きな違いは、空を飛ぶことができるということだ。つまり、地上から力を得ているというわけではなさそうだ。ならば、この宇宙の真っただ中に浮かぶ戦艦の中でも、空を飛ぶことができるのではないか?
そう考えて私は尋ねたのだが、残念ながら確認しようにもマデリーンさんはホウキを持っていない。
「あー……そういえば、ホウキがないな。これじゃ、確かめようがないよね。」
「そんなことないわよ、棒状のものがあれば飛べるわよ。」
などと話しているところに、スポーツ用品店が見えてきた。店頭にはテニスラケット、ゴルフのドライバー等が売られているのが見えた。あそこなら、棒状のものがたくさんありそうだ。
早速マデリーンさんと共にスポーツ用品店に向かう。店頭にあったゴルフドライバーを手に取り、それにまたがるマデリーンさん。
果たして、この魔女は浮遊することができるのか?などと思う間もなく、マデリーンさんはゆっくりと浮上し始めた。
「どうよっ!ちゃんと飛べたわよ!」
空中で自慢げに叫ぶマデリーンさん。この瞬間、宇宙の常識を一つ、あっさりとこの魔女は覆してしまった。恐るべし魔女、マデリーンさん。
「ちょ、ちょっと!あんた達!」
そこに、このスポーツ用品店の店の人が現れた。やばい、勝手に商品を使っていることがばれた。私はその店員さんに謝る。
「いや、すいません。すぐにお返ししますんで。」
「そんなことはどうでもいい!ちょっと、降りてきてくれないか!」
なんだかすごい剣幕だ。別に盗んだわけじゃないのに、そんなに怒ることか?
「なによ、この棒なら今すぐ返すわよ!」
「いや、あんた、空を飛べるのか!?」
「そうよ。私、魔女だからね。」
「いやあ、そりゃすごい!じゃあ、これ使って飛ぶこともできる!?」
今度は野球のバットを渡してきた。無論マデリーンさんはこのバットを使い、難なく浮かんでしまう。
この店の人の名札をちらっと見ると、ここの店長だということが分かった。この店長、次から次へとマデリーンさんに棒状の商品を渡しては飛んでもらっていた。テニスラケット、クリケットのバット、登山用の杖……宇宙にいる駆逐艦の乗員相手に、こんなもの売ってどうするんだという商品もいくつかあるが、それはともかく、この魔女は棒状のものであればなんでも浮かび上がってしまう。調子に乗ったこの魔女、今いる第3階層から最上段の第5階層をも超えて、天井近くまで行ってしまう。
当然現れたこの魔女に、スポーツ用品店の周りは騒然とする。何事かと次から次へとこの店に集まってくる。あまりに人が集まり始めたため、私はその店長に言った。
「あの、そろそろやめませんか?いくら何でも、人が集まりすぎですよ。」
「そうか?私としてはいい宣伝なのだが。」
いや、我々はこの店の宣伝をするために来たんじゃないのだが。降りてきたマデリーンさんの手を引いて、私はすぐにスポーツ店を離れる。
「あの魔王少女さんのまたがったバットにドライバーなど、一つ100ドルで売りますよ!どうです、限定8個限り!要りませんか!?」
この店長、なんとマデリーンさんのまたがった用品で商売を始めやがった……なんて店長だ。もう、あの店には行かないようにしよう。
「ねえ!なんであなた飛べるの!?」
「もしかして、あなたがこの星にいる魔女さん!?」
「報告には聞いていたけど、本当にいるんだ!すごーい!」
マデリーンさんの飛行を目の当たりにした人々が集まってきた。第3階層のフロアの端に追いやられる私とマデリーンさん。私はその人々に向かって叫ぶ。
「ちょ、ちょっと!彼女に迫らないでください!」
「何だお前!誰だよ!」
「邪魔だ、どけ!」
ヒートアップした人々怒りが、私に向けられる。軽い気持ちでマデリーンさんに飛んでみてと頼んだばかりに、私とマデリーンさんは危機的状況に陥ってしまう。
「つかまって!」
急にマデリーンさんが私の手を引いた。そして、そのまま第3階層のフロアから吹き抜けに向かって飛び降りた。
あっという間の出来事、ここは地上80メートル以上、下は第1階層まで支えるものは何もない場所。そんな場所に、私は突然連れ出されてしまった。落ちれば当然、無事ではすまない。ダメだと思ったその時、身体がふわっと浮かんだ。
後ろを振り返ると、マデリーンさんがすごい形相でコーンバーにまたがっていた。どうやらそばにあったこのバーにまたがり、私の手を引いて飛び降りたようだ。
今私は、マデリーンさんの魔力で飛んでいる。だがマデリーンさん、かなり苦しそうだ。だが、ゆっくりと第1階層の地面に向かって降りていく。
地面にたどり着くと、マデリーンさんはへたり込んでしまった。かなり力を使い果たしたようで、汗びっしょりだ。
周りを見ると、急に2人の人間がふわりと降りてきたため唖然としている人々がこっちを見ている。またここでも騒ぎになりかねない。私はマデリーンさんを背負って、急いでその場を離れる。
しばらく逃げるように街の中を早足で歩く。これでも私は軍人、重い荷物を抱えての行軍訓練を受けている。マデリーンさんを抱えたまましばらく歩くと、公園が見えてきた。その公園に入り、ベンチにマデリーンさんを座らせる。まだ回復していないようで、ゼイゼイと息を切らせていた。
あの暴徒と化した群衆から私を守ろうと、この魔女はとっさにそばにあった棒を握り締めて飛び降りたのだ。そのおかげで、私は助かった。
「ありがとう、マデリーンさん。おかげで助かったよ。」
「な、なんてことないわよ……これでも、私は王国一の魔女なのよ……」
相変わらず強がるマデリーンさん。そんなマデリーンさんの手を握った。マデリーンさんも握り返す。
ああ、私とマデリーンさんは夫婦なんだなぁ。思わぬ騒ぎに巻き込まれたこのデートでの事故によって、私はそう実感した。