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#6 魔女差別と魔女の里

 翌日、私とマデリーンさん、それにモイラ少尉の3人は、第1格納庫にて出撃準備をしていた。


 珍しい組合わせだが、今回は「地図作り」のための任務である。


 パイロットは私で、道案内がマデリーンさん、そして地形レーダー担当のモイラ少尉だ。それぞれ、役割があってここに集っている。


 しかし、だ。昨日の今日の出来事もあって、マデリーンさんはモイラ少尉に不信感丸出しである。


「大丈夫ですよ~。哨戒機の中じゃ胸は触りませんってば。風呂場だけですよ、風呂場。」

「うーっ…なんだってこんなやつと一緒に乗らなきゃいけないのよ……」


 のっけからこの調子である。この2人、空中で喧嘩したりしないだろうか、心配だ。


 いつものように哨戒機に乗り込み、艦橋に発艦許可を得て発艦する。マデリーンさんは私の左隣に、そしてモイラ少尉は後席に乗っている。


 通常、4つの席がある哨戒機の後ろだが、今は席を一つ取り外して大きな機器を乗せている。精密な地形データを収拾するためのレーダー機器だ。


「間もなく、王都上空ですよ~。そこからスタートしますね~。」


 やる気があるのかないのか分からない、ふわっとしたしゃべり口調のモイラ少尉。今日は王都上空からそのまま南下して帝都を超えて、王国の南の端まで飛んで引き返すことにする。


 今日の任務は、ただ地面をなぞるだけの簡単な任務。レーダーを見ても、マデリーンさんの時のように魔女が飛んでいるわけでもなし。今思えば、あの時は随分と運が良かったようだ。


「タコヤキよりクレープ!定時連絡、現在、順調に工程を消化中!」


 王国の南端に差し掛かり、カピエトラという街の上空に差し掛かったところで定時連絡を入れた。そのまま大きく旋回して、今度は北上に転ずる。


「ねえ、前から気になってたんだけどさ。」

「はい、なんです?」

「そのタコヤキとかクレープっていう名前、なんなのよ!?」

「ああ、コールサインですよ。クレープは駆逐艦6707号艦のことで、タコヤキというのはこの哨戒機のことを示してます。」

「ふうん、変な呼び名ね。」

「元々は食べ物の名前ですよ。タコヤキというのは食べたことないですが、クレープというのは美味しいですよ。」

「えっ!?ほんと!?それ、食堂でも食べられるの!?」

「いやあ、食堂にはないですね。戦艦の街に行かないと。」

「なにそれ?戦艦の街?」

「しばらくすれば、マデリーンさんも行けますよ。それまで楽しみにしててください。」


 たわいもない会話が続く。マデリーンさんも、時々案内するだけで基本的には暇だ。それで私にいろいろと話しかけてくるのだが、マデリーンさんはこんなことを尋ねてきた。


「ねえ、あんたって兵隊さんなんでしょう?」

「まあ、そうですよ。」

「てことはさ、戦さにも行くの?」

「いや、戦闘は未経験ですよ。」

「そうなの?じゃあ、普段は何してるのよ?」

「そうですね、今は遠征先でいろいろな任務があって忙しいけど、遠征前は地球(アース)401周辺のパトロール任務についたり、軍事訓練に明け暮れたり。」

「訓練って、何をするのよ?」

「駆逐艦っていうのはあれ全部が大砲みたいなもので、全身を使って強力なビーム砲をぶっ放すんです。射程距離は30万キロ、その射程ギリギリで撃ち合うというのが、宇宙での標準的な戦闘らしいです。それで、少しでも命中率を上げるために、日々砲撃の練習をするんですよ。」

「へえ、ビーム砲って、弓みたいなものかしら?」

「まあ、そんなものですね。でも、ビーム砲の方がはるかに強力ですよ。もしここで地上に向けて撃ったら、あの王都は一瞬にして灰塵と化しますよ。」

「うげぇ!なにそれ、じゃああんたらは、私らを武力で支配しようとしてるの!?」

「へ?」

「帝国だって王国だって、強い武力を背景に支配圏を広げていったのよ!その王国の首都をたった一撃で焼き払うことができる武器持ってんなら、普通は攻めてくるじゃないの!」

「あ、いや、大丈夫ですよ。そういうのは我々、やらないんで。」

「なんでよ!弱い相手なら、武力で脅して言うこと聞かせるのは当たり前のことでしょう!?なんでやらないのよ!」


 どっちの味方なんだろうか、この魔女は。まるで攻めるのが当たり前なこと言いだしてるけど、そんなことをされたらマデリーンさんが困るでしょう。


「いや、昔はやってたらしいですよ。そういうの。地球(アース)001という最も進んだ星が、他の星を武力で脅し、次々に支配を拡大していった時代があるんです。でもある時、ある星が反旗を翻して、地球(アース)001に対抗し始めたんです。その対抗勢力がどんどんと大きくなるにつれて、武力支配ではかえって味方が少なくなってしまう。そこで、武力ではなく対等同盟を結ぶことで味方を増やすという戦略に切り替えたんですよ。」

「ふうん、そうなの。だからあんた、私らに優しいのね。」

「私は争い事は嫌いですからね。こうやって平和裡に仲間を増やすっていう今の時代に生まれて、本当に良かったですよ。」

「でもさ、じゃあなんだってあんた、兵隊なのよ?争いが嫌いなら、普通兵隊にはならないでしょう。」


 痛いところを突いてきた。なかなか鋭いな、この魔女は。


「……家が貧乏だったんです。」

「は?あんた、貧民だったの!?」

「いや、そこまで酷くはないけど、うちは万年平社員の父親で、普通の大学に行きたくてもお金がなかったんですよ。でも、軍大学ならタダで行けて、しかも就職まで保証されてたんで、入っちゃったんです。もっとも、その就職先とはこの通り、駆逐艦だったんですけどね。」

「要するに、学問を学べる代わりに兵隊になれって言われたのね。」

「そういうことです。少なくとも10年は軍にいないと、学費が免除されないんですよ。」

「そうなの。あんたも苦労してんのね。」

「そうですね。でもこの星の貧民の人々に比べたら、まだマシかもしれませんが。うちの星では多少貧乏でも、なんとか生きてはいけますからね。」


 昨日の夜、交渉官が作成したこの星の文化レポートというのを見た。それによれば、王都、帝都周辺だけでも貧民と呼ばれる低所得者層が数万人はいて、多くの人々が栄養不足で毎日亡くなっているという。それと比べれば、我々の星には生死の境をさまようほどの低所得者層は少ない。


 王都上空を超えて、王国の北端に達した辺りで、急にマデリーンさんが叫ぶ。


「ねえ!ちょっとここで降りることはできない?」

「えっ!?何かあるんですか?」

「『魔女の里』があるのよ、ここ。」

「魔女の里!?何ですか、それは?」

「名前の通りよ。魔女が人里離れて住んでる場所なのよ。」


 なんだって?魔女がいる集落?そんなものがあるんだ。私は駆逐艦に連絡し、早速その「魔女の里」へ行ってみることにした。


 マデリーンさんが指差す辺りには、鬱蒼と茂った草むらが見える。低空で飛ぶと、そこには確かに小屋のようなものが見えてきた。


 平らな場所を探して、私は哨戒機を着陸させた。ハッチを開き、まず私が降りた。


 続いて、マデリーンさんとモイラ少尉も降りる。マデリーンさんは降りるや否や、さっさと歩き出した。


「いやあ、魔女の里だなんて、さすがはマデリーンさんですね。そんなところを知ってるなんて。」

「まあね、ここには知り合いがいるのよ。」

「魔女の里っていうくらいだから、魔女が飛び回ってるんですか?」

「そんなことはないわ。全然いないでしょう、飛んでる魔女なんて。」

「じゃあ、魔女の里で魔女達は、一体何をしてるんです?」

「逃げてるだけよ、現実から。」


 いつになくマデリーンさんの口調が荒い。魔女の里と聞いて浮かれていたが、どうやらそういう雰囲気ではないらしい。ただならぬものを感じた。


 しばらく歩くと、看板のようなものが立っていた。そこを超えると、上空からも見えていた小屋が見えてきた。


 その向こうに、誰かがいる。背は小さく、幼そうな雰囲気の女性だ。彼女も魔女なのか!?


「ロサ!」


 マデリーンさんは叫んだ。その小さな女性は振り返る。


「あれ?マデリーンじゃないの。どうしたの、急に。」

「近くに寄ったから、来てみたのよ。他の魔女はどうしてるの!?」

「ああ、ええと、その……」


 急にどもり出した。ここには他にも魔女がいるのか?それにしては、まったく人気を感じない。


 奥からもう1人出て来た。今度はちょっとマデリーンさんよりも少し背が高い魔女のようだ。こっちを見るなり、いきなり叫んできた。


「マデリーンじゃないの!私らの村に、一体何しにきたのよ!」


 いきなりけんか腰だ。なんだあの人は!?


「サリアンナ、まだ生きてたのね!」

「ふん!そう簡単に死にゃしないよ!」

「いつまでも草ばっかり食べてると、すぐに死んじゃうわよ!」


 草ばっかり食べる…?どういう意味だ?確かにここは草だらけだが、まさかそこらへんの草を食べて暮らしてるわけではないだろう。


「ところで、シンディとカミラはどうしてるの?」


 マデリーンさんは、ロサという小さな魔女さんに尋ねた。


「ああ、ええと、その……」

「死んだわよ、2人とも。」


 サリアンナという魔女が応える。


「いつ!」

「去年の冬よ。病にかかってね……寒さが厳しかったからね、この間の冬は。」


 どうやらもう2人、魔女がいたらしい。だが、今はこの2人だけのようだ。魔女の里にしては、あまりにも魔女が少ない。


「だから言ってんのよ!いつまでもここにいられないって!どうすんのよ!あと2人で、次の冬を越せると思ってんの!?」

「だからって王都に行ったところで、私ら魔女を侮辱してる連中ばかりじゃないか!そんなところで暮らすなんて、真っ平ごめんよ!死んだほうがマシだわ!」

「じゃあ、あんただけ死になさいよ!ロサにまであんたのわがままに付き合わせて!」

「ちょ、ちょっと2人とも……」


 魔女の里の正体がわかった。要するに、魔女への差別、迫害を逃れるために隠遁するための場所のようだ。


 だが周りを見ても、自給自足するのにさほどいい場所というわけではなさそうだ。一体、何を食べて暮らしているのだろうか。でもマデリーンさんがさっき「草を食べて」と言っていたくらいだから、植物中心の食事で過ごしているのは間違いなさそうだ。それではとても、満足な暮らしはできないだろう。


 この星の魔女差別は、ここまで深刻な事態を引き起こしていたのか。改めて、魔女の実態を思い知らされる。


「あの、ロサさんでしたっけ?あの2人、いつもこうやって喧嘩してるんです?」

「あ、あわわ、あ……」

「ああ、ダメよ、ロサは人見知りが激しいから、初対面のあんたとは喋れないわ!」


 マデリーンさんが忠告する。えっ?そうなの?そんなにひどい人見知りは初めてみた。私を見て震えているロサさんを見て、私は少し離れることにした。


 散々喧嘩したあと、吐き捨てるようにマデリーンさんは言い放った。


「もういいわよ!勝手になさい!もう知らない!」


 怒って帰ろうとするマデリーンさん。だが、サリアンナさんはそのマデリーンさんに尋ねた。


「ちょっと!ひとつだけ教えて!アリアンナは元気にやってるの!?」

「は!?豚みたいな貴族っぽい男の正室になるんだって、勇んで出てったわよ!」

「はあ!?豚の貴族の妻!?ちょ、ちょっとマデリーン!何よそれは!」


 サリアンナさんを放っておいて、さっさと哨戒機に戻るマデリーンさん。我々もマデリーンさんについていくしかなかった。


「アリアンナの姉なのよ、サリアンナは。」


 突然、マデリーンさんが私に言った。


「はあ!?お姉さん!?アリアンナさんの?」

「そうよ、姉妹揃って魔女というのも珍しいわね。元々はアリアンナもこの魔女の里に暮らしてたんだけどね、この姉妹、性格がまるで合わなくて、飛び出してきたのよ。それで、巡り巡って私のところに来たというわけ。」


 まあ、アリアンナさんのあの性格に合う人というのは、確かに少ない気がする。シェリフ交渉官くらいのものだろう。


「ロサさんというのは、誰なんです?」

「さあ、どこからか流れてきた魔女だけど、小さい頃にひどい虐待でも受けたらしくて、あの通り人間不信に陥っててね。人里離れたところじゃないと暮らせないみたいなの。」


 うーん、そりゃ深刻だ。それじゃあ、隠遁して当然だろう。


 哨戒機に乗り、魔女の里をあとにした。あの2人の行く末は気になるが、彼女らは我々と共に暮らす気はないようだ。これ以上の手出しはできない。


 駆逐艦に戻り、再び風呂場でまたモイラ少尉にいじられつつも、ハンバーグを食べてしぶとく生きるマデリーンさん。


 翌日も、翌々日も、王国、帝国周辺地図を作っていた。


 そして、ついにマデリーンさんが駆逐艦6707号艦にきて、1週間が経ったある日。


「えっ!?宇宙に行く!?どこよそれ。」

「空よりもずっと高い場所だよ。」

「そんなところに行って、どうするのよ。」

「補給だよ、この駆逐艦の。ほら、食堂の注文パネル、いくつかの食べ物がタッチできなくなってたでしょう。一部の食材は底をついたってことだよ。」

「でも、ハンバーグはまだあったわよ。」

「それも時間の問題だよ。今夜あたり切れるかもしれない。」

「ええっ!?それは困るわぁ。」


 よくもまあ毎日ハンバーグ食べてて飽きないものだ。感心してしまう。それはともかく、私とマデリーンさんは随分とフランクに話せる仲になっていた。


 そんな矢先に、この艦も補給のために宇宙へ出る必要に迫られる。それで今夜、大気圏を離脱して、宇宙に向かうことになった。


 補給は通常、所属する小艦隊に属する戦艦で受ける。


 戦艦とは、全長3000~5000メートル級の大型艦のことである。駆逐艦を受け入れるためのドックをいくつも持ち、駆逐艦に食料や燃料を補給することができる。


 我々の所属する第22小艦隊は、戦艦ニューフォーレイカーという艦がその補給の任に就いている。ニューフォーレイカーは全長4000メートル、駆逐艦用ドックを30持つ、比較的大型の戦艦である。


 戦艦という名前の通り、一応戦闘艦であるから、もちろん武装も付いている。ニューフォーレイカーの場合、駆逐艦についているのと同じ直径10メートル級の通常砲が30門、30メートル級の大型砲が2門存在する。


 だが今どきの戦闘では、戦艦は滅多に使われない。こんな大きくて動きの鈍い艦が出てきても、的にされて足手まといになるだけだ。後方にて待機し、駆逐艦が前面に出て戦闘を行う。


 普段、戦艦は所属する約300隻の艦の補給を行うためのベース艦として使われている。駆逐艦は大体1、2週間で物資が底を尽き始めるため、交代で戦艦に入港して補給を受けることになっている。


 そしてこの駆逐艦6707号艦も、大気圏突入後初の補給を受けるべく、戦艦ニューフォーレイカーに向かうことになった。


 戦艦は大型艦ゆえに、滅多に大気圏内には入ってこない。この戦艦は今、この星の星系にある小惑星帯(アステロイドベルト)付近にいる。大気圏を離脱してから半日ほどかけて、その戦艦のいる小惑星帯(アステロイドベルト)に向かう。


 私は、マデリーンさんを艦橋へと連れて行った。この星の人間として初めての大気圏離脱を経験するマデリーンさん。通例として、初めて大気圏離脱を体験する人は、艦橋にてその離脱風景を見学してもらうことになっている。


 艦橋は、この艦の最上部についている。中には20人ほどが働く、この艦で最も人口密度の高い職場だ。艦長が一段高い場所に座り、残りの乗員は各種レーダー、センサー、および通信機器に張り付いている。


 私がマデリーンさんを連れて艦橋に入ると、この艦はすでに高度3万メートルに達していた。


「高度3万メートルを突破、さらに上昇。動力、各種機器に異常なし。」

「周囲300万キロ以内に障害物なし!進路クリア!」

「大気圏離脱開始まで、あと5分!工程通り進行中!」


 大気圏離脱は、高度4万メートルで行うことになっている。離脱時には全力運転となるため、低空で行うと騒音と後方排気が問題になる。これを回避するためと、空気抵抗の少ない場所で加速するために、高高度で離脱を実施している。


「規定高度、4万メートルに達しました!」

「各部を再確認せよ。」

「各種レーダー、センサー異常なし!」

「左右の核融合炉、および重力子エンジン、正常!」

「艦内気圧正常、エア漏れ無し!」

「艦長、全ての機器に異常なし!離脱準備、完了致しました!」

「了解、ではこれより、大気圏離脱を開始する。機関最大出力!両舷前進いっぱい!」


 艦長が号令を発する。それを航海士が復唱する。


「重力子エンジン、最大出力!両舷前進、いっぱーい!」


 次に瞬間、まるで地響きのように駆逐艦全体がうなりだす。ゴゴゴゴッという凄まじい音が、この艦橋にも鳴り響く。


「前進強速、ヨーソロー!駆逐艦6707号艦、順調に航行中!」


 周りの景色はものすごい勢いで後ろに流れていく。最大加速する駆逐艦内の人々は、本来であれば皆後ろに向かって押し付けられるところであるが、慣性制御によって加速度の発生を打ち消している。このため、我々は立っていても平気だ。


 だが、大気圏離脱での最大出力時は、その慣性制御でも打ち消せないほどの振動が発生する。マデリーンさんが座るシートは小刻みに揺れ、机の上に置かれた不安定なものは落っこちてしまうほどだ。


 だが、そんな振動には我々は慣れている。別段気にすることなく、このけたたましい音の中を平然とした顔で各々の役目を果たしている。


 だが、たった1人だけ、この状況に慣れていない人物がいた。


「な、なんなのよ!なにこの騒がしい音は!?何が起こったの!?」


 今回初めて大気圏離脱を経験される、マデリーンさんである。しまった、すっかり説明するのを忘れてた。


「マデリーンさん、大丈夫ですよ。すぐに終わりますから。」

「す、すぐっていつよ!なんだってこんなにやかましくなったの!?」


 我々からすれば、この魔女が一番やかましい。艦長席の右側にある来客用の椅子に座っているのだが、終始叫びっぱなしだ。


 離脱時には、正面の窓の外に地球(アース)の姿が見える。初めて宇宙に出たその星の人は、自身の住む大地が実は外から見ると青い大きな球体であることを知って感銘を受ける。「地球(アース)は青かった」という言葉が名言になるほどだ。


 だがこの魔女さんには、とてもそんな余裕はないようだ。全開出力の重力子エンジンの音に気を取られて、それどころではない。そういうわけで、この星で初めて宇宙に出た人類の言葉はこうなってしまった。「宇宙は騒がしかった」と。


 だが、その騒音も徐々に静まり、3分後にはおさまった。ようやくこの魔女も静かになった。


「大気圏および地球(アース)重力圏離脱完了!進路そのまま!前進微速、ヨーソロー!」


 安定軌道に乗ったことを示す、航海士の声が響く。艦長は不機嫌そうに帽子を直して、私に向かって言った。


「ダニエル中尉。大気圏離脱のことを、事前に彼女に話しておくべきだったな。」

「あ……はい、申し訳ありませんでした……」


 そこで敬礼して、マデリーンさんを連れて艦橋の外に出る。


「何よ!艦長のあの言いぐさ!あれじゃまるで、ダニエルが悪いみたいじゃない!」


 マデリーンさんはお怒りだが、確かにマデリーンさんに説明していなかったのも事実だ。


「いや、私もちゃんと話しておけばよかった。せっかく宇宙に出られたというのに、申し訳ない。」

「いいわよ、謝んなくったって!いくら事前に聞いてたところで、うるさいのは変わりないでしょう?どのみち私、騒いでたわよ、きっと。」


 事前に聞いてたら、そこは騒がないように努力して欲しいなあ。騒がしい上に、面倒くさい魔女だ。


 でも、私のために怒ってくれているマデリーンさんに少し愛おしく感じてしまう。


 しばらく大気圏離脱の話題でくすぶっていた。昼食を食べた後もまだぶつぶつ言っているマデリーンさん。


 そんな彼女をなだめている、その時だった。


 突然、サイレンの音が鳴り響く。食堂内に響き渡るけたたましい警告音に、マデリーンさんはまた怒り出す。


「何よ!また何かやるの!?」


 マデリーンさんは不機嫌になっていたが、私は呆然としていた。通常、大気圏離脱後に、こんな音は鳴らない。


 いや、この音が鳴るのは、たった1つの理由しかない。直後に、艦長より艦内放送が入る。


「達する!艦隊司令部より入電、『敵艦隊捕捉!全艦、直ちに戦場へ急行せよ!』だ。各員、戦闘準備にかかれ!」


 それは、敵艦隊襲来を知らせる警報音だった。

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