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#5 文明 対 魔女

 翌朝。私は第1格納庫にて、シェリフ交渉官を待っていた。


 今日はシェリフ交渉官殿を地上に送り、代わりにマデリーンさんをここに連れてくることになっている。


 まだ出会って3日目の魔女さんと、同じ艦内で過ごすことになる。もっとも、この艦内には100人もの乗員がいる。女性士官だって何人もいる。だから別にマデリーンさんは不自由なく暮らせる環境は整っているはずなのだが、昨日の交渉官の話を思い出し、少しマデリーンさんのことを意識してしまう。


「やあ、ダニエル少尉、じゃない、ダニエル中尉殿。どうしたの、ボーッとして。」

「ああ、ロレンソ先輩。なんでもないですよ。それより、私の機体の整備の方は大丈夫ですか?」

「バッチリだよ。だいたいこの哨戒機、整備なんてなくったってそうそう壊れない丈夫な機体だからさ、心配要らないよ。」


 私の2つ年上のロレンソ先輩が現れた。この方、階級は少尉。所属は整備科だ。能力は高いのだがいまいち不器用で、同期が次々に昇進する中、未だに少尉のまま。


 その脇には、アルベルト少尉がいる。私の1年後輩だが、無口で、おまけに見た目がオタクっぽくて近寄りがたいところがある。今も格納庫の端で黙々と作業をしている。


「いやあ、待たせたね。ごめんごめん。ちょっと荷物が多くてね。」


 大きなカバンを3つ持ち、格納庫に入ってきたシェリフ交渉官殿。そのほか、台車1台分の荷物も運ばれてきた。地上で住むため持ってきた荷物のようだが、こんなにたくさん、一体何を持ってきたんだ?


 コンラッド伯爵様より、小さな屋敷を借りて住むそうだが、ここにはもちろん、電気もなければ水道もない。そこで、後ほど小型核融合炉と水タンクが届けられることになっているが、それを除いてもこの量の荷物。身体も大きいが、荷物も多い。


 おかげで、6人乗りの哨戒機があっという間に狭くなってしまった。このため、シェリフ交渉官には前席に座ってもらうことになる。ようやく荷物も交渉官も詰め込み終えて、出発準備が整った。


「格納庫内の乗員は、速やかに退避してください!」


 格納庫内に退避命令が出る。いよいよ出発だ。


「タコヤキよりクレープ、準備完了、格納庫内の気圧調整後に、直ちに発艦する。発進許可を。」

「クレープよりタコヤキへ、発進許可了承!格納庫ハッチ開き次第、直ちに発艦せよ!」


 艦橋とのいつものやりとりの後に、私はエンジンを始動させる。ヒィーンというエンジン音が、機内に響き渡る。


 整備員の退避後、格納庫内の気圧が下げられ、格納庫ハッチが開いた。アームが機体を掴んで持ち上げ、哨戒機を艦外に出す。


 地上の方を見る。今日もいい天気のようだ。雲もなく、王都の広場や放射状に伸びる道がくっきりと見える。私は地上を見つめながら、レバーを引いて哨戒機をアームから切り離す。そして、私は機体を前進させた。


 そのまま機体を降下させる。横に座るシェリフ交渉官は妙にご機嫌だ。しかし昨日の帰り際にああいう話をしていたから、なんとなく変なことを勘ぐってしまう。


「交渉官殿、えらくご機嫌ですね。」

「そりゃそうだよ。見てよ、この王都。これほどまでに整然とした綺麗な街、我々の星の大都市、ロージニアですら敵わないよ。こんな街に住めるなんて、嬉しいなあ。」


 昨日とはうって変わって、普通に街並みの話をし始めた。ただの能天気な人物にも見えるし、昨日の帰りに見せた冷徹な人物にも見える。この人のことは、まだ底が知れない。


 ゆっくりと広場に向かって降下する。これで3度目の広場への着陸。ただ、昨日までと違うのは、着陸地点に兵が立っていることだ。


 コンラッド伯爵様が手配した見張り兵だ。哨戒機が降りると、その周りをぐるりと囲んだ。


 私は地上に降りる。すると今度は馬車がやってきた。


「シェリフ交渉官殿はお見えですか?」


 御者が私に話しかけてきた。私は応える。


「はい。今、呼んできます。お待ち下さい。」


 哨戒機の中に入り、交渉官を呼ぶ。


「シェリフ交渉官殿、お迎えの馬車が来ましたよ。」

「ああ、そうですか。すぐ行きます。」


 大きなカバンを抱え、馬車に移乗する交渉官。荷物を馬車に移し、最後に交渉官が乗り込む。あまりの荷物の量と、重い交渉官の体重により、心なしか馬車がしなったように見える。


 それにしてもあれだけの荷物、そしてあの交渉官を乗せた馬車。私は、それを引く馬に同情したくなる気持ちを抑えられなかった。


 さて、今度はあの店に向かう。続いてマデリーンさんを迎えに行く番だ。広場から細い路地に入ったところにある店に着き、扉を開ける。


「いらっしゃい。やっと来たわね。」


 マデリーンさんが出迎える。


「あれ、そういえばアリアンナさんは?」

「まだいるわよ。アリアンナ!」

「はいは~い。そんな負け犬みたいな馬鹿でかい声を出さなくったって、聞こえてますよ~!」


 アリアンナさん、機嫌がいいのか悪いのか、よく分からないセリフを吐いて登場。大きな荷物を抱えて、奥の部屋から出てきた。


「そろそろ行くわよ。」

「分かってるわよ。でも、ここも今日でおしまいか……マデリーンと一緒に暮らして2年。こんな脳筋野郎と暮らした日々も、今日で終わりかと思うと、なんだか寂しいわね。」

「つべこべ言わない。しょうがないでしょ、私もあんたも、伯爵様の命により住み込みで働くんだから。家賃ももったいないし、また郵便屋を再開するときに、どこか借りればいいわよ。」


 このお店、畳んじゃうんだ。って、ちょっと待てよ。マデリーンさんは駆逐艦に乗り込むから分かるが、アリアンナさんまで住み込みなのか?


「アリアンナさん、シェリフ交渉官の世話役って、ここから通うんじゃないの?」

「えっ!?いいえ、私も住み込みですよ。シェリフさんのお屋敷に。」

「いやいや、それ、いいんですか?なんだかちょっと、まずい気がするんですが。」

「まずいもなにも、どうせあの豚野郎、私にいやらしいことしようって考えてるんでしょうね。」

「そこまで分かってるんなら、わざわざ住み込みにしなくても……」

「えっ!?だから住み込みを希望したんですよ。決まってるじゃないですか。」

「……へ?」

「ああ見えてもあの豚野郎、貴族みたいな身分のお方なんでしょう?しかも、嫁もいないそうだし。だったら、あの豚野郎の正室になれるいい機会じゃないですか。あの豚野郎、絶対、私の虜にしてやるわ!見てらっしゃい!」


 グッと右手を握りしめて、高らかにシェリフ交渉官に嫁ぐ宣言をするアリアンナさん。これを聞く限り、この人はもうここに帰る気は無いようだ。


「じゃあね、マデリーン!私行くわ!あんたもどこかいい拾い主が見つかるといいわね!」


 と言いながら、アリアンナさんは大きな荷物を抱えて出て行った。あとには、私とマデリーンさんが残った。


「はあ、珍しく元気だったわね、アリアンナ。でもまあ、あの娘にあれだけ相性のいい相手が現れるなんて、滅多にあるもんじゃないし、あれでよかったのよね。」


 突然相棒を失ったマデリーンさんだが、内心ホッとしているようだ。だが確かに、あのアリアンナさんが普通の人と上手くやっていけるわけがないことは、この3日の付き合いでもよく分かる。


「じゃあ、行きましょうか。この私をその駆逐艦とやらにちゃんと送り届けてね!」

「はいはい、任せてください。」


 マデリーンさんも荷物を抱えて店を出る。扉を閉める際に、少し中を名残惜しそうに覗き、そしてバタンと閉めた。


 今までここで何があったのか、私は知らない。でもきっと波瀾万丈な日々を過ごしてきたのだろう。そんな日々に終止符を打ち、空高くに浮かぶ我々の艦にやってくる。


 周りの兵達にお礼を言って、私とマデリーンさんは哨戒機に乗り込む。そのままエンジンを始動、ヒィーンという音を立てて、離陸を開始する。


 マデリーンさんも、これに乗るのは3度目だ。だが、今回は今まで経験したことのない高高度まで上昇することになる。


 王都の真上に待機する駆逐艦に向かって、ぐんぐんと上昇する哨戒機。はじめはウキウキ顔だったマデリーンさん、高度5000を超えたあたりから、顔が険しくなってくる。ちょっと不安になったようだ。


「ねえ……ちょっとこれ、高過ぎない?」

「えっ!?いやいや、まだ上がりますよ。」

「だけどほら、王都どころか、帝都まで見えてるわよ!あんたの駆逐艦って、どんだけ高いところにあるのよ!」


 高度は1万を超えた。だがここでようやく道半ば。駆逐艦は高度2万メートルの彼方だ。


 そして、高度2万メートルに到達する。この高さでは、上空が少し黒っぽく見える。遠くを見ると、地表付近には青く薄い大気の層が見える。ここが宇宙と地上の境界線の上であることを思い知らされる高さだ。


 あまりの高さに、驚きを隠せないマデリーンさん。唖然とした顔で、下を見下ろしている。


 しかし、驚くのはまだ早い。哨戒機は徐々に駆逐艦に接近する。我が駆逐艦6707号艦は、全長350メートル、前方は30メートル四方、後方は末広がりで幅、高さとも70メートルほどの大きさである。先端には直径20メートル、奥が直径10メートルの大きな穴が空いている。これが、この艦唯一の武器である主砲だ。


「……何この巨大な灰色の岩山、これが、駆逐艦……?」


 王都にある王宮よりも大きなこの駆逐艦を見るや、マデリーンさんが述べたのはこのたった一言だけ。果てしなく高いところに浮かぶ、城塞ほどの巨大な船。中世レベルの世界から来た人にとっては、信じられない光景だろう。


「タコヤキよりクレープ、アプローチに入る、着艦許可を!」

「クレープよりタコヤキへ、着艦許可了承、第1格納庫に着艦せよ!」


 艦のやや後ろ、右側のハッチがゆっくりと開く。私は哨戒機をそのハッチのそばに寄せる。すると中からアームが出てきて、哨戒機を掴んだ。


「ちょ、ちょっと!なんだか化け物の腕がこの哨戒機を掴んじゃったわよ!どうすんのよ!?」

「大丈夫ですよ。このアームが、我々を駆逐艦内に入れてくれるんです。」


 と言ってるうちに、格納庫内に入る。アームは哨戒機を規定の場所に降ろしてくれる。やがてハッチが閉まり、格納庫内の照明が付く。


 奥に見えるランプが、赤から緑に変わった。気圧調整完了の合図だ。私はハッチを開けて、先に降りる。


「マデリーンさん、着きましたよ。」


 荷物を抱え、きょろきょろしながら周りを確認するマデリーンさん。彼女にとっては、全く見たことのないものばかり。先ほどこの哨戒機を掴んだアームに、工具や部品を置いた棚、そして奥に見える鉄製の扉。


 その扉が開き、中から何人かの将校が現れ、格納庫の出入り口前に整列をする。そして、艦長まで現れた。


「あなたがマデリーンさんですね。ようこそ、駆逐艦6707号艦へ!」


 艦長と将校一同、一斉に敬礼する。私も合わせて敬礼をした。そして、艦長がマデリーンさんに声をかける。


「では、艦内に案内致します。どうぞこちらへ。」


 私はマデリーンさんの荷物を持つ。私に続いて、敬礼したまま並ぶ将校達の間を歩くマデリーンさん。まるで貴族のお出迎えのような予想外の待遇を受けて、唖然としているようだ。


 通路を抜けて、奥にあるエレベーターに乗り込む。ここで艦長と別れた。私とマデリーンさんの2人はそのままエレベーターで、2つ下の階に降りる。そこは居住エリアで、マデリーンさんに部屋もすでに用意されている。


 エレベーターの扉が開くと、マデリーンさんは声を上げる。


「あれ!?さっきと違う場所、どうなってるの!?」


 そうか、エレベーターで下に移動したことを認識していないんだ。まるで魔法にでもかけられたような顔をしている。魔女なのに。


 同じ扉がいくつも並ぶ通路をキョロキョロと見回すマデリーンさん。ここがどういう場所なのか、不安なようだ。


「ええと、マデリーンさんの部屋はですね……」


 予め受け取っていたカギの番号を見ながら、部屋を探していた。そこに、女性士官が現れる。


 丸っこい顔のこの女性は、モイラ少尉という。私の2つ後輩、レーダー担当の技術武官だ。


「ダニエル中尉。マデリーン殿の案内を仰せつかりました、モイラ少尉です。」


 敬礼するモイラ少尉に、私も返礼で応える。ところがこのモイラ少尉。敬礼を終えるや、急ににやにやとしながら私とマデリーンさんを代わる代わるじろじろと見る。


「ふふ~ん、いい感じですねぇ、お2人さん!」

「……なんだ、モイラ少尉。」

「いえね、私の恋愛センサーが久々に反応してるんですよ。うふふ!」

「はあ?なんだそれは?」


 このモイラ少尉、実は「恋愛の達人」だと言われているらしい。かつて軍大学在籍中に、20組ものカップルを作ったと言う伝説があるそうだ。だが、女性の少ない遠征艦隊の駆逐艦勤務になり、ここ最近はなりを潜めていたようだ。


「そのセンサーとやらはいいから、まずマデリーンさんを部屋に案内したいんだが。」

「はい、私もおつきあいしますよ~。こっちです~。」


 なんだかふわふわとした話し口調の士官だ。風呂場など女性しか立ち寄れない場所の案内をモイラ少尉に任せたのだが、あまりに頼りない感じ。大丈夫だろうか?


 マデリーンさんの部屋に着いた。鍵を開けて中に入る。


「うわっ!なにここ!?柔らかそうなベッドに机!それに明るい灯りまで付いてる!」


 ここは標準的な1人部屋で、ベッドに壁付けのテレビ、それに小さな机が置かれている。この駆逐艦内ではなんてことない部屋だが、マデリーンさんは気に入ったらしい。


 この駆逐艦にはこういう部屋が全部で200ある。昔は駆逐艦一隻に200人ほどが勤務していたらしく、それで200人分の部屋があるのだが、徐々に自動化が進んで人員が減り、今や駆逐艦一隻には100人で十分になった。だが、駆逐艦の設計は200人時代のままなので、部屋がたくさん余っている。


 そのひとつを、マデリーンさんに貸し出すというわけだ。


「どこに行っても、こういう部屋ばかりですよ。こんな部屋が全部で200あるんです。」

「へえ、そうなんだ。外から見たらただの灰色の岩の塊のようだったから、私てっきり、洞穴にでも住まわせられるのかと思ったわ。」


 そんなわけないでしょう。そんなところに住んでたら、私ですらおかしくなってしまう。


「そういえばマデリーンさん、そろそろ昼食の時間では?」

「ああ、そうね。といってもここ、窓がないから今昼なのか夜なのか、さっぱり分からないわよ!」


 部屋を見たら、少し落ち着いたのだろうか?少し調子が戻ってきたようだ。


「じゃあ、皆さんでご飯食べに行きましょう~。」


 モイラ少尉のこの一言で、3人で食堂に向かうことになった。


 エレベーターでさらに2つ下がった階に、食堂がある。この階は主計科担当エリアで、食堂だけでなく、洗濯や軍服、タオル類の備蓄エリアでもある。


 エレベーターを出たすぐ前には洗濯エリアがある。数台の洗濯機が並び、この艦内全ての乗員の衣類を洗濯している。


 ここはまったく無人のエリアで、洗濯、乾燥が終わったものをロボットアームがせっせと畳んでいるのが見える。それを袋詰めして、洗濯を依頼した人の部屋に別のロボットが運び、部屋のポストに放り込んでくれる。


 この無骨な機械の腕を見たマデリーンさん、やはり驚きは隠せないようだ。


「ちょ、ちょっと!何この化け物は!?腕しかないわよ、腕しか!」

「ああ、あれはロボットと言って、機械の一種ですよ。気にしないで下さい。」

「機械?人が作ったものだっていうの!?」

「そうですよ。洗濯だけじゃなくて、風呂場にも、これから行く食堂にもいますよ。せっせと洗濯をしたり、料理を作ってくれるんです。」

「何よそれ。まるで貴族の使用人のようね。」

「ここでは使用人ではなく、機械を使ってるんです。」


 で、備品庫の横を通って、食堂に着いた。


 入り口には、縦長のモニターが立てかけてある。ここにはたくさんの料理が表示されており、その中から食べたいものを選んでその料理の画像をタッチする。そして、そのまま奥のカウンターに取りに行く。


 モニターには顔認証が付いていて、私がモニターの前に立つと、私が過去によく注文したメニューが出てくる。ちなみに、トップに出るのはハンバーグだ。


 マデリーンさん、そのハンバーグの画像を見るや、興味津々のご様子だ。


「何この茶色い食べ物は?」

「ああ、ハンバーグって言います。私の大好物でして。」

「何その料理、私も食べたい!」

「ちょっと待ってください。私のものを注文しながら、まずこのパネルの使い方を教えてあげます。」


 私はパネルに手を触れる。左にスライドして、別の料理を表示する。


 そこはメインディッシュ料理が映っていた。鶏肉や豚肉のソテー、カレーライス、ビーフシチューにグラタン。そして、ハンバーグもある。


 私はビーフシチューを選んだ。そのあとサラダとパンを選択する。


「こんな感じに、2、3品を選択してあのカウンターに行くんです。しばらく待つと、その料理が出てきます。」

「へえ~っ、面白そう。私も選ぶ。」


 マデリーンさんは早速パネルの前に立つ。最初のページは推奨料理(レコメンド)だが、初めて訪れるマデリーンさんの場合は真っ白だ。


 そのまま左にスライドする。そこに登場するお目当のハンバーグをタッチした。すると続いて、ハンバーグにあうサイドメニューが表示されるので、レタスたっぷりのサラダとバターロールパンを選んでいた。


 注文が終わると、入り口にあるトレイとフォーク、ナイフを取って、奥のカウンターに向かう。マデリーンさんはわくわくしながら料理が出てくるのを待っている。


「早く来ないかな。楽しみ~!」


 と言いながらカウンターの奥を覗き込んでしまう。だが、そこにいるのは調理用のロボットアーム。あまりに無骨な調理現場を見て、幻滅する魔女。


「げーっ……何よ今のあれ。あんな化け物みたいなのが、料理作ってるの!?」


 人間味がないのは認める。が、あのロボットのおかげで、この艦は100人で運用できている。我々にとっては、欠かせない存在である。


 しばらくすると私のビーフシチューに、マデリーンさんのハンバーグが出てきた。モイラ少尉はハンバーグでも、トウフハンバーグなるものを頼んでいた。


「いやあ私、今ダイエット中なんですよ~。」


 確かにモイラ少尉、ちょっとぽっちゃりしている。あまり女子力に気を使うタイプの女性ではないようだが、それでも少しは気にはしているようだ。


「さあ、いただくわよ!見せてもらおうじゃないの、このハンバーグの味とやらを!」


 いちいち叫んでいないと気が済まないのだろうか?ハンバーグ相手にいきり立つ魔女。一切れを口に運んだ。


「ふぉ!?にゃにこりぇ!うみゃいじゃにゃいにょ!」


 口に入れたまま感想を述べるはしたない魔女。初めて食べるこのハンバーグという食べ物を口にするや、顔がすっかり緩んでいる。


 パンもあまりの柔らかさに感動していた。マデリーンさんが普段食べるのはもっと黒いパンで、質の悪い小麦を使っていて硬いらしい。サラダにかけるドレッシングの味も気に入ったようだ。


「あの化け物が作ったわりには、なかなか美味いじゃないの!やるわね、あの化け物。」


 いや、ロボットだロボット。ここじゃ別段、化け物でもなんでもない、ごく普通の機械だ。申し訳ないが、生身の体で時速70キロで飛べるあなたの方が、よっぽどか「化け物」だ。


 あっという間に食べ終えたマデリーンさん。満足だったようで、ご感想を述べていた。


「いやあ美味しかったわ。美味しいだけじゃなくて、力もみなぎってくるわね。今なら王都から帝都まで、全力で飛べそうな感じよ。」


 なるほどハンバーグ1個で、あの距離を最大速のまま飛べるのか。本当ならたいしたものだ。


「そういえば、マデリーンさんは魔女なんですよね~。なんでも、王国一の魔女だとか。」

「そうよ!馬よりも矢よりも速く、山よりも高く飛ぶ伝説の魔女マデリーン!稲妻のように速く飛ぶから、『雷光の魔女』と言われているわ!」

「へえ~、どれくらいの速さなんですか?」

「えっ!?どれくらい?そ、そうね……ええと、なんていえばいいのかしら……」

「最大時速70キロ、最大高度は2000メートル。これが、最初に出会った時に哨戒機で追いかけっこして計測した、マデリーンさんの実力だよ。」

「速力70!生身の体で!?すごいじゃないですか!さすがは王国一の魔女!すごいわぁ!」

「そ、そうかな……いやそうよね、私、すごい魔女なのよね、うん。」


 モイラ少尉に絶賛されて照れる魔女。身体をくねくねさせて、顔は真っ赤になっていた。


「ぜひここでも飛んで見せて下さい!私も見てみたいです!」

「いいわよ……って言いたいところだけど、ここじゃ天井が低いし、狭いわね。」

「浮き上がるだけならできませんか?」

「それくらいならいいわ。でも、部屋に戻ってホウキを取って来ないとダメね。」

「ホウキじゃないとダメなんです?」

「浮くだけだったら、細長いものでもできるわよ。でもここにはなさそうね。」

「いいえ、ちょうどいいものがありますよ~。」


 そう言ってモイラ少尉は食堂の外に行った。そして、長いものを持って現れた。


 それは、プロジェクター用のスクリーンを下ろす時に使うフック棒だった。この食堂を会議場として使う際に、普段はしまってあるスクリーンを引き出す時に使うやつだ。


「これならどうです?」

「そうね、なんとかいけると思うわ。」


 そう言いながらマデリーンさんはその渡されたフック棒にまたがる。


 ゆっくりと感触を確かめながら、徐々に浮き上がるマデリーンさん。だが、ここは高さ3メートルほど。すぐに天井に到達してしまう。


 まるで室内に放たれた気球のように、艦内でもっとも広い場所ではあるが、それでも時速70キロで飛べる魔女にとってはあまりに狭い。だが、突然披露されたこの魔女の能力に、10人ほどいたこの食堂は騒然となった。皆マデリーンさんの元に集まってくる。


「うわぁ、本当に浮いてる!まるでアニメでやってる魔法少女のようだ。」

「ええっ!?どうやって浮いてるの??すごいじゃないですか!」


 あまりに周りがはやし立てるから、この魔女は天井近くで調子に乗り始める。


「ふふーん、どうよ!これが王国一の魔女の力よ!……って、痛っ!」


 調子に乗りすぎて、天井に頭をぶつけてしまった。ゆっくりと下降するマデリーンさん。


「だ、大丈夫!?」

「痛ったー……やっぱりここは低すぎね。ダメだわ、ここじゃ。」


 モイラ少尉はフック棒を受け取る。だが、乗員は浮き上がったこの魔女に興味津々なご様子。すぐに囲まれてしまった。


 我々も重力子エンジンというものを用いて、同様に浮き上がることは可能だ。ただし、重力子エンジンは大きい。大量のエネルギーを食うから、核融合炉も必要だ。おかげで、全長20メートルの哨戒機と複座機と呼ばれる航空機が、重力子エンジンを搭載する最も小さな機体である。これ以上小さくできない。


 だが、同様のことをこの身長が1.5メートル、体重50キロ弱の小さな魔女さんがやってのけてしまう。しかも、ハンバーグ1つで100キロほど離れた王都と帝都の間を飛べると言っている。恐ろしいほどのエネルギー効率だ。


 人格の備わった超小型の重力子エンジン。マデリーンさんとは、そういう存在だ。


 だが、そんな魔女をまったく別の目で見ている人物がいる。


 整備科にいる後輩、アルベルト少尉だ。


 今この食堂で、マデリーンさんの方を穴が空くほど見つめている。何となくだが、あれは絶対やばい視線だ。


 アルベルト少尉について知っていることが一つある。それは、彼が無類のアニメオタクだということだ。


 彼の部屋は、とんでもないことになっている。私も一度見かけたことがあるが、扉の裏に大きなポスターが貼られている。中を知るものによれば、壁一面ポスターが貼られており、ベッドの上にはアニメキャラの描かれた抱き枕がいくつも置かれているらしい。


 今は、地球(アース)401で人気の魔法少女もののアニメに夢中だということだ。それ用のグッズをいくつも手に入れているらしい。


 あの目は、まさにアニメに登場する魔法少女を見る目だ。間違いない。その目に私は、ちょっと戦慄を覚える。普段はただのアニメオタクな後輩としか見てなかったが、なぜかやばいものを感じ取る。


 ここは決してマデリーンさんにとって安全な場所とは言えないかもしれない。いざという時は私が守らねば。そう感じた、食堂での出来事であった。


 さて、艦内を案内しているうちに、あっという間に夜になった。で、3人で夕食を食べる。マデリーンさんは、またしてもハンバーグをチョイスする。よほどこの料理が気に入ったらしい。


 その後、風呂場への案内をモイラ少尉に頼んだ。私は、マデリーンさんの部屋の前で待つ。


 ……にしても遅い。何をしているんだ?女性同士の風呂は長風呂になりがちだというが、もう1時間になるぞ。一体、どこで何をしているんだ?


 いや、まさかと思うが、アルベルトのやつが何かしでかしたのか!?ここは閉鎖空間、そんな無秩序なことはしないと願いたいが、万が一にもそういう事態に巻き込まれていたら……急に心配になってきた。


 と思った矢先、マデリーンさんとモイラ少尉が帰ってきた。よかった、私の考えすぎだったようだ。


 だが、マデリーンさんの顔が暗い。何かあったのか!?私はマデリーンさんに尋ねた。


「マデリーンさん、あの、いかがでしたか?風呂は。」

「もー、最悪よ!腕を広げて立てっていうからその通りにしたら、急にいやらしい腕が出てきて身体や髪を擦り始めるのよ!で、そんな思いまでしてやっとお風呂から出たかと思ったら、今度はモイラに胸を掴まれて……」


 ぐすぐす泣きながら訴えるマデリーンさん。彼女のいう「いやらしい腕」とは、風呂場にある身体洗浄ロボットのことだろう。駆逐艦では水を節約するため、風呂場ではロボットを使って身体を洗うことになっている。


 だが、なぜモイラ少尉はマデリーンさんの胸を掴む必要があるのか?そんなうらやまし……いや、けしからんことをしたのか?


「も~驚いちゃいましたよ。マデリーンさん、下着を全然つけてないんですよ。ノーパン、ノーブラ。だから、すぐに胸のサイズを測って、主計科に行ってもらってきましたよ、ブラとパンツ。」


 ああ、そういうことだったのか。それで胸を……


「でもマデリーンさん、小さくて可愛らしい胸でいらっしゃいますね。きっと成長期なんですよ。また時々、測って差し上げますよ~!」

「結構よ!まったく、なんだってこの私があんたに胸触られないといけないのよ!」


 意外なところに、マデリーンさんの平和を脅かす存在がいた。異性よりも、同性の方が危険だったとは……この先、マデリーンさんは無事に駆逐艦ライフを送ることができるのであろうか。

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