#4 交渉と思惑
「あそこよ、あの白くて大きな噴水が見える場所、あれがコンラッド伯爵様のお屋敷の中庭よ。」
マデリーンさんが指図する方向に、私は哨戒機を向けた。
突然、私とシェリフ交渉官は伯爵様に呼び出された。しかも、哨戒機で来るようにと言われた。私としては初めて出会うこの星の特権階級。しかも話によれば、この王国のナンバー2だという。この星に来てわずか2日目、私自身がそんな重要人物と接触する事になろうとは考えてもいなかった。
「本当にいいんですか?こんなものあの中庭に着陸させても。」
「つべこべ言わない!伯爵様がいいって言ってるんだから、大丈夫よ!」
マデリーンさんがそうおっしゃるならと、私はその伯爵様のお屋敷の上空でホバリング、着陸態勢に入る。ゆっくりと哨戒機を下降させる。
庭は芝生が敷き詰められており、中央には噴水がある。その噴水の前には白い石を使った石畳みが敷かれていた。私は、その石畳みのあるあたりに哨戒機を着陸させる。ハッチを開き、周囲の確認のためまず私が降りる。
庭の端の方に誰かが立っている。黒っぽい燕尾服、いかにも執事という服装を着ている。彼は唖然とした顔でこちらを見ていて、近づくのを躊躇っている様子だ。私は、その執事と思われる人物に声をかけた。
「私は地球401遠征艦隊所属のダニエルしょう……じゃない、中尉と言います。こちらは、コンラッド伯爵様のお屋敷でよろしいでしょうか?」
「は、はい、そうでございます。私はこのお屋敷で執事をしております、ハリソンでございます。親方様より伺い、お待ちしておりました。」
やはり執事だった。私は哨戒機の出入り口から声をかける。
「シェリフ交渉官殿、確認終了いたしました。もう出られますよ。」
私が声をかけると、ずんぐりとした身体をしたシェリフ交渉官殿が入り口に出てきた。私は要人出迎えの礼として、出入り口の右側に直立し、敬礼をする。
その後に続いて、マデリーンさんも出てくる。私が要人出迎えの礼をしてると分かったのだろう、シェリフ交渉官に続いて胸を張って偉そうに出てくる。まあ、一度こういうのをやってみたかったのだろう。私はそのまま敬礼を続行し、マデリーンさんが出るのを見届ける。
3人は執事のところに向かう。あまりに体格の良い人物の登場に、執事殿は驚きを隠せない様子だ。
屋敷の奥からはもう1人、別の人物が現れた。その後ろから2人ほど、メイドらしき人が付き添う。この人物、どう見ても使用人ではない。派手な装飾が施された豪華な服。明らかに格上の人物と分かる。
「おお!やっと来たか!これだな?空飛ぶベッドというのは。」
いきなり哨戒機をベッド呼ばわりするこのお方。おそらく、この人がコンラッド伯爵様なのだろう。そう直感した。
初老の男性で、やや背は低めのこのお方。この哨戒機を見て、驚くどころか興味津々の様子。私は近づいて来たこの男性に向かって敬礼し、挨拶をする。
「伯爵様、お初にお目にかかります。私は地球401遠征艦隊所属、駆逐艦6707号艦のパイロット、ダニエル中尉と申します。」
「うむ、ダニエルと申すか。ところで、お主がこの空飛ぶベッドを操る者か。」
「はい、そうであります。」
「ということは、お主に頼めば、わしを空に連れて行ってくれるのか?」
「えっ!?あ、はい。もちろん可能です。」
「よし!じゃあ早速行こうか!大空に!」
なんだ?いきなり空に飛んで欲しいだって?しかし伯爵様の頼みだ。聞かないわけにはいかない。
「申し遅れた。わしがコンラッド伯爵である。あの音と絵の出る書簡、それにマデリーンから聞いたこの空飛ぶベッドの話。それを聞いたら、是非わしを空に連れて行ってくれると考えたのだ。空を自由に飛べる人は、一等魔女だけだからな。どうにかしてわしもあの魔女のように飛べないものかと、ずーっと思っとったんじゃよ!」
「はあ、そうでございますか。はい、大丈夫ですよ。すぐにでも飛びます。」
「そうかそうか!では、すぐに乗せてくれ!」
私は哨戒機のハッチを開ける。コンラッド伯爵様、それにシェリフ交渉官、マデリーンさんも乗り込む。
「そうじゃ、ハリソンも乗るか!?」
「ええっ!?私もでございますか!?」
「そうじゃ、いい機会じゃぞ!?さ、こっちに来い!」
執事さんまで巻き込んでしまった。私を入れて、全部で5人。6人乗りの哨戒機はもはや満席寸前だ。
「では、離陸いたします。」
「おう!早速やってくれ!」
私の横に座るコンラッド伯爵様。窓の外をわくわくしながら眺めている。どうやら、好奇心旺盛な方らしい。
エンジンを始動する。ヒィーンという音と共に、哨戒機はゆっくりと浮き始める。徐々に浮かぶ外を眺めて、ますますこの伯爵様は騒がしくなる。
「おお!浮かんだぞ!いやあ、本当に飛べるのだな!すごいすごい!」
貴族、それもこの国のナンバー2の貴族だから、もうちょっと威厳のあるお方だと思っていたのに、まるで子供の様にはしゃいでいる。そのまま垂直に上昇し、高度200まで上がった。
「では、このまま王都を一周いたします。」
「おお、頼む。それから、帝都も空から見たい。」
私は前進用スロットルレバーを引いた。ゴォーっという音と共に前進する哨戒機。速力は100、ゆっくりと王都の端まで行き、そこから王都の周辺をなぞるように飛び始めた。
「あれが王宮じゃな!?いやあ、陛下のおわす場所を空から眺めるなど不敬の極みではあるが、たまらんのぉ!おっと、あれは大聖堂か!?」
空からの眺めがよほど面白いらしい。ずっと子供のようにはしゃいでおられる。
しかしまあ、気持ちはよくわかる。私も軍学校に進み、パイロットを志願したばかりの頃に、初めて自身の操縦にて練習機で飛んだ時のあのわくわく感、ちょうど今の伯爵様のそれと同じだろう。
「では、そろそろ帝都に向かって飛びます。」
「そうじゃな、早速飛んでくれ。」
「それでは……あれ、帝都ってどっちでしたっけ?」
「はあ?帝都の場所もわかんないの?ええとほら、あそこに大きな川が見えるでしょう?あの川の曲がっているところをめがけて飛べば、すぐに街が見えてくるわよ。」
マデリーンさんに言われた方角に機体を向ける。高度は2000、機体を増速し、一気に時速1000キロまで上げる。
「ほほう!あれだけ離れた地面が流れるように動いておるぞ!本当に便利な乗り物じゃな、これは!」
「はい、軍用だけでなく、民間機としても使われてますよ、この機体は。」
「そうかそうか。ではお主らと同盟を結べば、いつでもこの空の旅が楽しめるというわけだな。」
「そうですね。空に飛ぶことは、当たり前になりますね。」
コンラッド伯爵様は大はしゃぎだ。大河を超えると、すぐに大きな街が見えてきた。あれが帝都らしい。
……だがこの都市、ちょっと大きすぎないか?小屋のように小さな建物が、地面を埋め尽くすように延々と続いている。
「ええと、マデリーンさん。ここが帝都でいいんですか?」
「そうよ。でもここはまだ外縁部ね。中心部はあの山のある辺りよ。」
少し小高い山が見える。その脇に、ひときわ大きな建物群が見えてきた。その方向をめがけて飛ぶ。
「あれは帝国の皇宮、その横は貴族院じゃな。ところどころ城壁も見える。紛れもなくここは、帝都の中心だな。」
実は帝国という国は、本国自体は王国よりもずっと小さい。南北に長い大きな王国のど真ん中あたりに割り込むように、帝国は存在する。
その帝国の国土の大半が、この帝都だという。聞けば、ここには800万人もの人々が住んでいるらしい。どおりで大きな都市のわけだ。
この小さな帝国が、強大な軍事力と経済力で周辺国を支配している。この帝国のある大陸のほぼすべての国家を支配下におさめており、事実上この大陸が帝国だと言う。
王国も、帝国の支配下に入っている国の一つだ。ただ王国だけは周辺国と違って、支配されているというよりは対等な同盟関係に近いらしい。
かつては王国と帝国の間には戦闘が絶えなかったらしい。が、ある時から王国は帝国の支配下にはいると共に、帝国拡大に助勢するようになった。一方で、帝国は王国に様々な利益をもたらした。交易や技術、周辺国よりも高い自治権を保証した。それゆえ、今は王国あっての帝国、帝国あっての王国という関係、持ちつ持たれつなようだ。
ところで、帝国内には各国から多くの物資が集まる。それを頼って周辺から多くの人々が帝都に集まる。気が付けば、国土のほとんどが街という状態になってしまった。
この変わった2大国家の上空を飛ぶ哨戒機。延々と続く街並みをぐるりと旋回し、再び大河の方向に向かって飛ぶ。
「この大河のおかげで、王国は帝国からの軍事的侵攻を食い止められたんじゃよ。だが、帝国がどんどんと周辺国を併合し、力をつけるにつれて、さすがの王国も対抗しきれんようになってきた。そこで今から150年ほど前に、ちょうど王国がこの大河を挟んで行われた戦いに勝利したことがあってな。当時の陛下はこの勝利をもって帝国と交渉し、有利な形で帝国の支配下にはいることができたんじゃ。もしあの時、当時の国王陛下が英断なされなければ、続く帝国との戰いで王国は敗北して、消滅していたかもしれないんじゃよ。」
空からこの王国と帝国、そしてその国境沿いの大河を指差し、そんな歴史があることを話してくださる伯爵様。
一方で我々は160年もの間、宇宙で連合と連盟という2大勢力で争い続けている。ほぼ同じころにこの2大国家は同盟し、一方で宇宙は争いに突入した。なんと皮肉なものか。
王都と帝都をぐるりと回ったのち、再び伯爵様のお屋敷の中庭に着陸する。
「いやあ、いい眺めであった。また乗せてもらえるかな。」
「はい、いつでもよろしいですよ。」
「さて、ではお主らの要求にも応えねばならぬな。それでは交渉官殿、こちらへ参られよ。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
ずんぐりとしたシェリフ交渉官と、細身のコンラッド伯爵様がそろって屋敷の中に入っていく。私とマデリーンさんは交渉官が戻るのを、この中庭で待つこととなった。
静かな伯爵家の中庭。なぜかこの魔女さんと2人きりになってしまった。思わず私は、彼女の方を見る。
すらりとした身体、長い髪、ちょっと丸顔で、大きめに開いた胸元からは白い肌がのぞき込む。頑張れば胸の谷間も……いや、この人、あまり胸は大きくなさそうだ。
などと考えていたら、突然マデリーンさんが私に向かって突っかかってくる。
「ちょっと!」
「は、はい!なんでしょう!」
胸の辺りをじろじろ見ていることに気付かれたか。こちらを睨みつけてくるマデリーンさんの顔を見て、私は少し焦る。
「さっき、この哨戒機の中で言ってたでしょう。いずれ誰でも自由に飛べるようになるって!」
「あ、はい、言いました。」
「てことはよ、私の商売あがったりじゃない!どうしてくれるのよ!」
「あ……」
そうだ。この星では今のところ、魔女が最速の情報伝達人なのだ。だがこの哨戒機は彼女よりも速く飛び、しかも何人もの人を乗せて運ぶことができる。運び屋を稼業とする魔女にとっては、脅威でしかない。
「あーっ!もう!ただでさえ最近は稼ぎが少ないっていうのに、こんなのが飛び交うようになったら私、どうやって生活していくのよ……どうしようかしら……」
頭を抱えてしゃがみこむマデリーンさん。私はマデリーンさんに話しかける。
「そんなに悲観しなくてもいいんじゃないですか?」
「なによ!これが悲観せずにいられるっていうの!?じゃあこの先、どうやって生きて行けっていうのよ!」
「いや、その、なんというか……魔女さんって、空飛べるんでしょう?」
「そうよ。一等魔女はね。」
「そんなすごい能力がある人なら、人気者になると思うんだけどな。」
「何言ってんのよ。そんなわけないじゃない。」
「いや、この星の人々じゃなくて、我々の間での話ですよ。」
「そうなの?あんたらは魔女見ても、なんとも思わないの?」
「思わないことはないですよ。どちらかというと、あこがれる人は多いと思うなぁ。私もそうだし。」
「えっ!?ほんと!?ほんとにあこがれてるの!?」
「だって、機械も使わずに空飛べるんでしょう?そんな能力を持った人間は、この広い宇宙でもほとんどいないですよ。絶対、人気出ますって。」
「そ、そうなのかな。私、人気者になれるのかな……」
急に顔がにやけるマデリーンさん。この性格からして、人気者というキーワードにめっぽう弱いようだ。
「で、でもさ。人気があるからって、どんな商売ができるっていうの?」
「へ?ああ、そうですね。こうやって我々のスマホに向けて映像を配信されたり、写真で紹介されたりしてですね……」
「なによそれ、そんなものでお金が稼げるの?」
「いや、たくさんいますよ、そうやって稼いでる人。マデリーンさんも可愛い方だから、絶対ウケますって。」
「へ?可愛い?私が?」
マデリーンさん、急にきょとんとした顔をしてこちらを見る。何かおかしなことを言ったか、私。するとマデリーンさん、今度は急ににやにやとして、身体をくねくねさせ始めた。
「んん~ん!そんなこと言われたの、生まれて初めてよ!」
……どうやら「可愛い」という言葉に、過剰に反応したようだ。おかげで言った本人が照れくさく感じてしまう。
「ねえ!どの辺が可愛い!?ねえねえ!」
急に迫ってくるマデリーンさん。あの一言が、そんなにうれしかったのだろうか。私は応える。
「そ、そうですね。顔が丸っこくて愛嬌があるというか、お、男の私が見るととても惹かれます。あ、あとですね、そのスタイル、いや、体つきがですね、とってもいいですよ。はい。」
「なによそれ?ただの男の目線じゃない。なんだか、あまり褒められている感じがしないわね。」
いちいちつっかかる面倒な魔女だな。これがなければ本当に可愛らしいのだが。
「まあいいわ、それでも私の良さを分かってくれるなんて、たいしたものね!それだけでも私は満足よ!」
「は、はあ、そうですか。」
だんだんとこの魔女の性格が分かってきた気がする。要するにこの魔女、自己顕示欲が強いようだ。
でも実際に、それなりの力を持った魔女であることは事実だ。生身の身体で時速70キロ、高度2000メートルまで上昇できる能力なんて、我々の常識では考えられない。地球401に行けば、間違いなく人気者だ。
そんな会話をしていたら、シェリフ交渉官が戻ってきた。伯爵様も一緒だ。
「では交渉官殿、明日もまたよろしく頼む。」
「はい、いろいろとご配慮いただき、ありがとうございます。」
「うむ。いや、それにしても今日は愉快な日であった。空は飛べたし、この先に向けて良い話を聞かせてもらえた。」
どういう話し合いが行われたのかは分からないが、あのタブレットで流されたメッセージに沿った内容なのだろう。この伯爵様なら、この王国との同盟構築を一気に進めてくれそうだ。
「陛下には、私から話をしておこう。このタブレットというものを使えば、陛下を納得させることなどたやすかろう。それと、いずれは帝国にもお伺いを立てねばならぬ。やることは多いな。」
するとコンラッド伯爵様、マデリーンさんに向かって話しかける。
「マデリーンよ、お前にひとつ頼みがある。」
「えっ!?私!?何でしょうか、伯爵様。」
「いやなに、たいしたことではない。彼らの水先案内人をやって欲しいのじゃ。」
「えっ!?案内人?」
「そうじゃ。彼らはこの王国、帝国の地理に疎い。この辺りを飛びまわっているお主であれば、あの哨戒機とやらで一緒に飛んで案内することができるであろう。どうじゃ?」
「し、しかし、私は郵便配達人という仕事が……」
「どうせ最近は戦さもなく、以前のように戦場への配達依頼もないから、わししか依頼人がおらぬ状態であろう?ならば、わしが頼む仕事であれば、引き受けても問題はないのではないか?」
「う……その通りです。ですが、アリアンナが……」
「大丈夫じゃよ、お前の相棒にも、仕事はある。」
「そうなんですか?でもアリアンナに他の仕事なんてできるんですか?」
「いや、この交渉官殿が明日にも地上にこられるのでな、身の回りの世話をしてもらおうと思っておるのじゃよ。」
「ええっ!?アリアンナが身の回りの世話!?いや、あの娘には無理ですよ。」
「いいんじゃよ、交渉官殿が大変気に入ったらしいから、話し相手ができるだけでもいいんじゃて。そういうわけで、お主ら2人をそれぞれ一日銀貨5枚で雇おう。それでどうじゃ?」
「えっ!?銀貨5枚!?やります!私、やります!」
「よし、そうと決まれば明日から早速、彼らの駆逐艦というところで暮らしてくれ。部屋は用意してくれるそうだ。」
「……えっ!?」
私も驚いた。なんとこの魔女さん、我々の駆逐艦6707号艦に来ることになってしまった。
「わしとしても、信頼できる者に彼らの暮らしを見ておいて欲しいのだよ。不便をかけるが、よろしく頼む。」
「は、はい、分かりました、伯爵様。仰せの通りにいたします。」
こう言ってはなんだが、どこか別の意図を感じる。うまいこと理由をつけて、アリアンナさんをそばに置こうというこの太っちょな交渉官の意図も見え隠れしたような気がした。どちらかといえば、マデリーンさんの水先案内人の方がおまけの話のように勘ぐってしまう。
交渉にあたって交渉官が地上に常駐するのは、同盟交渉における定石だと言われている。その方が交渉も捗るし、その星の文化も理解できるため、この先の同盟関係構築に向けて重要な要求らしい。それが初日でいきなり認められたというのは、かつてない速さで交渉が進むことを示している。艦隊を維持する我々にとっては、早めに交渉が締結されて、一日も早くこの星から物資が供給される体制が整うことは費用的にも有り難いことだ。
だが、いきなり文化も異なる見ず知らずの人々のど真ん中に、たった一人で送り込まれるシェリフ交渉官。気があう相手をそばに置きたいという気持ちも、分からないでもない。
しかし、アリアンナさんをシェリフ交渉官に預けることになれば、マデリーンさんは1人になってしまう。そこで伯爵様は、程よく彼女を「案内人」としての役目を与えた……これは、私の推測だ。真実はどうか分からない。
再び、哨戒機をあの広場に向けて飛ばす。日は西に傾き、夕暮れ時で人通りも少ない。おかげで、先ほどよりは哨戒機を着陸させるのに抵抗はない。
マデリーンさんを下ろし、私も外に出る。
「ではマデリーンさん。明日の昼ごろ、ここに参ります。」
「分かったわ、アリアンナと一緒に待ってるわよ。じゃあ、また明日!」
そう言ってマデリーンさんは店の方に向かって歩く。しばらく後ろ姿を見送って、私は哨戒機に戻る。
操縦席に戻ろうとすると、後席に乗っていたシェリフ交渉官がいつのまにか前席に移っている。
「ちょっと話をしようか、ダニエル中尉。」
交渉官が私に話?一体、なんだろうか。私は操縦席に座り、エンジンを始動させる。
ゆっくりと上昇する哨戒機の中で、シェリフ交渉官は私に尋ねる。
「なあ、ダニエル中尉。あなた、あのマデリーンとかいう魔女さんのこと、どう思ってるの?」
「はい、素晴らしい人だと思いますよ。あの飛行能力は、我々の星の人間にはない素質です。パイロットとして、とても興味ありますね。」
「いや、そういうのじゃなくて、男としてはどう感じてるの?」
唐突に妙な切り口の話をする交渉官。なんだ?何が言いたいんだ?
「交渉官殿、自分には何を聞かれているのか、分かりませんが。」
「分かんないかなあ。ぶっちゃけて言えば、あの魔女を奥さんにしたくないのかってことさ。」
「は!?奥さん!?」
ぶっちゃけ過ぎたことを聞く交渉官だ。何を言いだすんだ?この人は。
「あの……そういう発言は少し控えた方がよろしいのではないですか?いろいろと問題になりやすい発言かと、私などは思いますが。」
「それは、我々の世界での話だろう?この星の文化レベルでは、この程度のことは問題にもならないさ。女性の地位も低いし、我々の地位と文化の違いを見せつければ、気になる相手を自分のものにすることくらい、わけはないさ。」
「あの、交渉官殿、自分は……」
「それに、彼女らを不幸しようって言ってるんじゃない。むしろ我々といた方が、この星の環境で暮らすよりもずっといい暮らしを送れるようになる。彼女らにとっても、幸せなことなんだよ?そう思えば、少しくらい強引な手段にうったえてもいいと思うよ、私は。」
この交渉官、かなりやばいことを言ってる気がする。文化と技術の差を見せつけて、この星の女性を虜にしようって言っているようだ。
「私はずいぶんなことを言っていると思ってるだろう。だがね、ダニエル中尉。この星が我々と強い同盟関係を構築できるかどうかの鍵は、交易や技術供与ではないんだよ。最終的には人の絆、特に夫婦関係のような強固な絆がたくさん結ばれていることが絶対に必要だ。この星を短期間の内に連合側に引き入れなきゃいけないんだ。強引さも、時には必要だよ。」
私は、その言葉に対して、特にコメントしなかった。マキャベリズムというか、そういうものをこの交渉官から感じる。目的遂行のために手段を選ばず。アリアンナさんとマデリーンさんは、その最初の犠牲者となるのか?
いや、考えてみれば、この先彼女らはジリ貧だろう。我々の出現によって、あの郵便屋は間違いなく落ちぶれる。そうなれば彼女らは路頭に迷うことになるのは必然だ。しかもあの2人、性格的にも周りとやっていくのはどう考えても難しそうだ。しかも、魔女という身分もこの星ではマイナスポイントだという。それならいっそ、多少強引にでも……
そう割り切って考えられるほど、私は器用ではない。私が今まで守ってきたモラルというものがある。それを否定することは、できればしたくない。もちろんマデリーンさんが望めば構わないけれど、そうでもないのに彼女の将来を強引に決めてしまうことはしたくない。私はそう考えた。