#3 王国の配達人と伯爵様
現地時間の翌朝、私は目覚ましの音で目覚める。私は起き出し、着替えて会議室に向かう。
駆逐艦6710号艦にいる交渉官殿が、この艦に移乗することになっている。その交渉官殿を連れて、昨日の店に向かうのが今日の私の任務だ。
「おはようございます、艦長。」
「おはよう、中尉。」
「やあ、君がダニエル中尉だね。よろしく。」
妙に小太りな男性が、艦長の横に立っていた。こちらが交渉官か。
……いや、待てよ?さっきからこの人達、私のことを中尉と呼んでないか。
「ダニエル少尉です。今日はよろしくお願い致します、交渉官殿。」
「私はシェリフと言います。こちらの王国との接触、交渉を行うことになりました。今後も何かと中尉殿と関わることになると思うが、よろしく。」
シェリフ交渉官の言葉の後に、艦長が補足してきた。
「そうそう、辞令が届いている。ダニエル少尉改め中尉。現地住人との接触の功により、君は本日付を持って中尉に昇格する。加えて、資源探査任務から、この王国担当の接触、交渉に関わる任務に就くことが決まったのだ。これを先に言うべきだったな。」
「えっ!?昇進!?ほんとに!?あ、いや、謹んでお受けいたします。」
新しい階級章が渡された。早速私は、それを軍服につける。
「ところで、ホイマン少佐との任務はどうなるんですか?」
「ああ、駆逐艦6705号艦に引き継ぐことになっている。彼はもうすぐ移乗するから、出撃前に挨拶を済ませておいたほうがいいぞ。」
えっ?いきなりお別れ?まだたった一度しか飛んでいないと言うのに、もうお別れだなんて……軍組織というところは、目的遂行のためには容赦ない。
私はホイマン少佐の部屋に向かう。ちょうど荷物をまとめて、部屋から出るところだった。私は敬礼する。
「ホイマン少佐、先程話を聞きました。移乗されるということですが……」
「ああ、この艦は交渉担当になったということだから、資源探査の担当艦に移るんだ。そういえば昇進、おめでとう。」
私の階級章を見ながら、ホイマン少佐はお祝いしてくれた。
「いや、ホイマン少佐のおかげです。私はただあの魔女さんと喋っていただけですから。」
「だが、そのおしゃべりで王国のそれなりの地位の人物との接触のきっかけを得たんだろ?その方がすごいじゃないか。まあ、これからも頑張ってくれよ。」
そして少佐は、私の肩をポンと叩いてこう言った。
「ところでな、私はふと思ったんだが、昨日の魔女とお前、多分、相性はいいぞ。」
「はあ?何を言われるんです。あの魔女、妙に上から目線なしゃべり口調で、とても私と相性がいいとは思えないんですが。」
「いや、私にはわかるんだよ。側から見てると仲がいいぞ、お前ら。だからこそあれだけの情報を引き出せたんじゃないか。ま、この先も上手くやれよ。」
そう言ってホイマン少佐は私に向かって敬礼し、迎えのくる第3格納庫に向かって歩いて行った。その後ろ姿に向かって、私は返礼した。
「さて、我々も行きますかね。」
シェリフ交渉官が現れた。我々も出発の時間だ。
太っちょなシェリフ交渉官を乗せて、私の哨戒機は発艦する。地上に向かって降下を続ける哨戒機を操りながら、私は下を見た。
すでに駆逐艦6707号艦は、昨夜のうちに王都近くの上空に移動していた。それゆえほぼ真下に目的地がある。昨日降り立った広場に向かって飛んでいたが、ふと私はシェリフ交渉官に尋ねる。
「交渉官殿。よく考えたらこの哨戒機、どこに着陸させましょうか?昨日降り立った広場では目立ち過ぎて、街の人々が大騒ぎになると思うんですが。」
するとこの交渉官は応えた。
「いいじゃない、別に。どうせ最初は誰もが驚くことだろうし、そんなこといちいち気にすることじゃないよ。」
ええーっ!?いいんですか?本当に。若干の不安を抱えながら、私はそのまま昨日降り立った場所に向かって降下した。
広場には当然、人々がいる。まだらにいるので着陸の支障になるほどではないが、皆こっちを見上げている。そりゃあそうだろう。なにせ見たこともない大きさの飛行物体が、地上に向かって降下しているんだ。
ヒィーンという音を立ててホバリングする哨戒機を見る人々。一定の距離を置いて、こちらを不安そうな表情で見ている。その人々を横目で見ながら、私は機を広場に着陸させた。
エンジンを停止し、ハッチを開ける。まず軍人である私が先に降りて、周囲の安全を確認する。唖然とする人々が周りを囲む中、出入り口の横に立って敬礼をした。その前をシェリフ交渉官が降りてくる。
ハッチを閉じて、私とシェリフ交渉官はあの店に向かった。人々は我々を警戒しながらも、なぜかすんなりと道を開けてくれた。
考えてみれば、この星の住人は空飛ぶ魔女の存在を知っている。それの大きいのがきたという程度の認識なのかもしれない。しかも、この交渉官は威厳ある服装と体格をしているから、どこかの貴族でも降りてきたのだと思ってくれたようだ。
店に着き、扉を開く。中には1人の人物がいた。アリアンナさんだ。
「いらっしゃい、仕立て屋野郎さん。」
この人、どうしてこうところどころ妙なことを口走るのだろうか?まあいいや、気にせず私は尋ねる。
「あの、マデリーンさんはどちらに?」
「ああ、あの空飛ぶことしか能のない脳筋魔女は、奥で待ってるわ。呼んでくるわね。」
などと言いながらアリアンナさんは奥に入っていく。
「来たわね!待ってたわよ!」
どこから自信満々な態度が出てくるのか分からない、妙な魔女も登場した。
「ねえ、今日はまたこんな豚野郎まで連れて来て、どうしたの?」
アリアンナさん、今度は交渉官を「豚野郎」呼ばわりしてきた。しまったな、交渉官に彼女のことを予め忠告しておけばよかった。非常に気まずい。
ところがこの交渉官、この暴言を意に介することなく応えた。
「いやあ、これでも以前よりは痩せたんですよ?」
「ええーっ!?今だって十分デブですよ。」
「ほんとほんと、私の以前の姿、見ます?」
そう言いながらシェリフ交渉官はスマホを取り出して、アリアンナさんに見せた。
「あ、これが昨日、マデリーンが言ってた魔法の板ね。へえー、面白いわね。……って、何この姿!すっごいデブじゃない!」
どうやら交渉官の以前の姿がツボにはまったようで、アリアンナさんは腹を抱えて笑い始めた。それを見たシェリフ交渉官、さらに調子に乗って別の写真を見せた。
「あははは!何これ!まるで肉団子じゃないの!」
「でしょ?今の方がほら、人間らしい形してるでしょう。」
「確かにそうだわ!あははは!ひーっ!面白過ぎだわー!」
何がそんなに面白いのか?まあ、アリアンナさんと交渉官は放っておいて、我々はやるべきことをやらねばならない。
「あの、マデリーンさん。昨日言ってた両替商のところに案内して欲しいのですが。」
「ああ、そうだったわね。いいわよ、連れて行ってあげる。ちょっと!アリアンナ!今から出かけるから、その人と一緒に留守番しててちょうだい!」
「あははは!はい、い、いってらっしゃい……あははは!」
「ではダニエル中尉、頼んだよ。でね、さらに昔の写真はね……」
アリアンナさんは、すっかり交渉官の見せる写真にはまってしまったようだ。仲良くスマホを見るこの2人を店に残し、私とマデリーンさんは両替商のところに行く。
2人で石畳の道の上を歩く。多くの人々が往来するこの場所は、私の星でもかつて見られた風景だ。といっても、何百年も前のことだが。
木綿や麻でできたベージュ色っぽい衣服をまとい、布を巻いただけのような靴。そういう人々が通りを行き交う。
そこに突然、馬車が現れた。人々は道を開ける。私とマデリーンさんも、その馬車を避けるように道の端に行く。その横を走り抜ける馬車。
「なんだか、馬車まで偉そうな態度よね、ここの貴族って奴は!」
「あれ、貴族の馬車なんですか?」
「そうよ、私らなんて虫けらくらいにしか思ってないんだわ、まったく!」
どうやら貴族が嫌いらしい。私は尋ねた。
「ねえ、貴族っていうのは、この王都に大勢いるんです?」
「そうね、200家くらいはあるんじゃないかしら。大半は威張りくさった鼻持ちならない奴ばっかだけどね。平民の命なんてなんとも思っちゃいないから、私らが馬車に轢かれたって止まりゃしないわよ、あいつら。」
まあ、これくらいの文化レベルの星なら、特権階級というのはこういうものだろう。軍組織にも階級は存在するが、ここまでの落差はない。ここは身分差がものをいう場所なのだ。
「でもね、コンラッド伯爵様は違うわよ。あのお方は、本当にいい方なんだから。私のような魔女にだって、分け隔てなく関わってくださるし。」
「そうなんですか。ってことは、ここでは魔女というのは、あまり地位が高くないってことなんですか?」
「そうよ、魔女なんて差別の対象よ。この王都だって一等魔女は何人もいるはずだけど、空を飛んでる姿を見ないでしょ?」
言われてみれば、魔女の飛んでいる姿は見かけない。二等魔女というのはもっと多いとの話だが、こちらもそれらしい人物をまったく見かけない。
「要するに、ここでは魔女っていうのは嫌われているってことですか?」
「きつい言い方ね。でもまあ、その通りよ。」
「なんで?素晴らしい能力じゃないですか。なんで嫌ったりするんです!?」
「知らないわよ!でもさ、気味が悪いんじゃないの。あまり人間らしい力じゃないからね。」
「そ、そうなんだ。魔女って大変なんですね……」
「それでも、この王都はまだ魔女にとって天国のようなところよ。隣の帝国なんて、ちょっと前まで魔女だというだけで死刑になってたんだから、たまったものじゃないわよ。」
「えっ!?し、死刑!?」
言われてみれば、我々の星でも「魔女狩り」という忌まわしい歴史があった。我々の星には魔女などおらず、行き過ぎた迷信が生んだ悲劇なのだが、こちらの魔女は本物だ。ただ空を飛んだり、触れたものを浮かせたりする程度の能力とはいえ、我々の歩んだ歴史同様の蛮行が繰り広げられるには、充分なきっかけではある。
「着いたわ。ここよ、両替商の店は。」
そう言ってマデリーンさんは中に入る。薄暗い店の中に入ると、店主らしき人物が現れた。
「いらっしゃい……なんだ、魔女か。何の用だ。」
「お客さんよ。何てこと言うのよ。」
「あんたからまともなものを受け取ったことがないからな。まあいい、こちらも商売だ。相手してやる。今日は何の用だ?」
うーん、嫌な店主だな。魔女が忌嫌われているというのは本当のようだ。
「あのですね、これをお金と交換してもらいたいんですが……」
「なんだね、あんたは。見慣れない格好だな。」
「まあ、ちょっと遠くから来たものでして……」
「どれ、見せてみな。」
私は20グラムの24金の金塊を渡す。それを見た店主は、顔色が変わった。
「なんだ……あんた。これ、金じゃないのか?」
「そうですよ。20グラムの金塊です。」
「い、いや、ちょっと待て。偽物って可能性もある。ちゃんと調べるから、待ってな。」
偽物ってことはないだろう。我が地球401政府公認の金塊、純度99.99パーセント以上の純金だ。未開拓の星で、我々の貨幣が通用しないところで使うために拠出される金の塊だ。
その金塊の重さを丁寧に計っている。さらにそれを、水槽に入れてこぼれた水で体積を測っているようだ。なにやら一生懸命計算したのちに、店主は戻ってきた。
「うーん、紛れもなく純金だ。すごく純度が高い金のようだ。魔女がつれてきた客にしちゃあ、上出来じゃねえか。」
「で、いくらなんですか?できれば銀貨に替えてほしいんですけど。」
「そうだな、ちょっと待ってくれ。ええと、この重さの金なら……」
店主はまた汗だくになって計算している。そういえばこの星には、まだ電卓がない。なにやらチェック柄の布を広げて、その模様の上に石のようなものを置き動かして計算しているようだ。あれは多分、計算機の一種なのだろう。
「うーん、銀貨なら100枚じゃな。」
「100枚!?」
「なんだ、少ないと申すか。」
「い、いや、そんなことないですよ。思ったより多かったもので。」
この金塊、我々の貨幣ではおよそ1100ユニバーサルドルの価値がある。手数料分を1割程度とっていると仮定すると、銀貨1枚はおよそ10ドル程度ということになる。これは後で報告しておこう。
麻袋に入れた大量の銀貨を持って、再びマデリーンさんの店に戻る。思いの外たくさんの銀貨を受け取った私は、まじまじとその麻袋を見ていた。
「あんまりその袋を大っぴらに見せて歩かない方がいいわ。油断してたら、強盗やスリに会うわよ。」
「ああ、そうですね。いや、すいません。」
それにしても、石造りの建物が多い。ここは王都の最も繁華な場所のようだが、3、4階建ての白っぽい壁に赤い屋根の建物がいくつも立ち並んでいる。
店に戻ると、アリアンナさんと交渉官殿はまだ盛り上がっていた。店の端にある椅子に座って、仲良く座ってスマホを見て笑いあっている。
「ほら、帰ったわよ!いつまで遊んでるの!」
「あら、おかえり、マデリーン。面白いのよ、このシェリフって人。こんな豚みたいな奴なのに、この魔法の板で次から次へと面白いものを見せてくれるのよ。まいっちゃうわ、ほんとに。」
「分かったけど、これから仕事よ。コンラッド伯爵様のところへ行くから、私のホウキとカバンをちょうだい。」
「はいはい、分かったわよ。ちょっと待ってて。」
楽しいひと時を中断されて、ちょっと不満そうに立ち上がるアリアンナさん。奥の扉に向かって歩いて行った。
「シェリフ交渉官殿、この方にこれからコンラッド伯爵様へ手紙を届けてもらいます。その手紙を出してもらえますか?」
「ああ、分かった。よいしょっと。届けて欲しいものは、これだよ。」
そういって交渉官がカバンから取り出したものは、タブレット端末だった。私は尋ねる。
「あの、これ……」
「ああ、見ての通りタブレット端末だよ。文字が異なる相手だから、文字ではなくて音と映像の『手紙』を使うんだよ。」
「あー、なるほど。」
「何この大きな黒い板は?これが手紙??」
「そうですよ。伯爵様本人にお渡しいただき、この赤いボタンを押して下さいね。」
「押すとどうなるの?」
「こうなるんですよ。まあ、見ててください。」
交渉官は赤いボタンを押して見せる。すると、タブレットの電源が入り、映像が流れ始めた。
そこに映っているのは、我々の政府高官の姿だった。地球401のことや宇宙や艦隊のこと、そして連合、連盟の2つの陣営のことが映像を交えて説明されていた。
そして我々と同盟を結べば、どのような技術や道具がもたらされるかについても紹介されていた。空飛ぶ大きな船に美味しそうな食べ物、それに家電機器を使った豊かな生活。すべての住人がこの恩恵を受けるだろうとその映像では紹介されていた。
交渉に関する一切を交渉官に委ねると宣言をして、最後には我々との同盟をぜひとも検討くださいと述べて、その映像は切れた。約10分ほどの映像で、それを見たマデリーンさんとアリアンナさんは私に尋ねる。
「なにこれ?なんだか食べ物やら便利そうなものやらが出てきたけど、あんたらはあんな生活を毎日してるの?」
「すごいわね……そりゃあこんな豚野郎ができるわけだわ。あんな美味しそうな食べ物、いくらでも食べちゃうわよね……」
交渉官はマデリーンさんにこのタブレット端末を渡す。
「伯爵様にはこの映像を最後まで見てもらって、その場で返事をもらいたい。私とダニエル中尉はここで待っている。よろしいかな?」
「分かったわ。返事をもらえばいいのね。じゃあ、急いで届けてくるわね。」
「そうだ、その前に料金を払わないと。」
「そうだったわね、まだお金もらっていなかったわ。銀貨15枚よ。」
私は麻袋から銀貨を取り出す。全部で30枚渡した。
「……あれ?ずいぶん多いわよ。」
「今日の郵便代が15枚、昨日と今日の情報提供料が15枚。全部で30枚ですよ。この手紙の返事ももらわなきゃいけないですし、ちょっと多めにお渡しします。」
「ほんと!?助かるわぁ!今月ちょっと苦しかったのよね。じゃあ、ひとっ走り行ってくるわね。」
そういってマデリーンさんはタブレットをカバンに入れた。そしてそのまま扉に向かう。
「あれ?今日は黒い服着ないんですか?」
そういえばマデリーンさん、街の住人と同じ服装のまま出ていこうとしている。私は思わず尋ねた。
「ああ、あれは夜専用の服なの。帝都の辺りだと、夜目立つ格好で飛んでる魔女を矢で落とそうとするやつが出てくるのよ。だから目立たないようにああやって黒い服を着てるの。」
「昼間はいいんですか?そのままの格好で。」
「ここは王都だからね、そんなことする奴はいないわ。それに、昼間だとむしろ普段の格好の方が目立たないわよ。黒服じゃあ、逆に目立っちゃうじゃない。」
そういうものなのか。あれは魔女専用の格好と言うわけではなかったようだ。魔女と言えども、ここでは街の人と同じ姿をしているのが普通のようだ。
マデリーンさんは王都の空に飛んでいった。私はそれを見届ける。店の中では再び、交渉官とアリアンナさんがスマホを見て笑いあっている。あの2人、本当に相性がよさそうだ。
私は外で待つことにした。なんだかあの魔女さんがちょっと心配になってきた。さっきの両替商の店主の態度といい、途中で出会った貴族の馬車といい、少なくとも魔女にとってはあまり住みやすい場所だとは言い難い街のようだ。
外でぼーっと待っていても、なかなか戻ってくる様子はない。暇つぶしに、私はすぐ横にある露店を覗いた。
「いらっしゃい。」
その店の老人が私に声をかける。そこには果物が売られていた。りんごのような果物があったので、値段を聞いてみた。
「あの、これいくらですか?」
「ああ、リンゴット。3つで銅貨1枚だよ。」
りんごはリンゴットというのか……それはともかく、銀貨はあるが、銅貨がない。
「あの、銀貨ならあるんですが。おつりっていくらになります?」
「うーん、じゃあおつりは銅貨9枚だね。でも困ったねぇ……今、銅貨が3枚しかないんだよ。」
この会話で判明したことは、銅貨が10枚で銀貨1枚ということだ。そういえば哨戒機の中でマデリーンさんもそんなようなこと言っていたな。かといって銅貨7枚分のりんごを買ったら、21個になる。ちょっとそれは多すぎだ。
「いいですよ。じゃあ、りんご3個で、おつりにその銅貨3枚ください。」
「えっ?でもそれじゃああんた、大損じゃ……」
「いいですよ。いい情報もらいましたし。」
「えっ?情報?なんじゃそら?」
貨幣に関する情報に、銅貨の実物も3枚得られた。この星に関する情報に投資したと思えば、銀貨1枚なんて安いものだ。
それにしても、銅貨1枚でりんご3個って、ちょっと安すぎやしないか?換算すると、1ユニバーサルドルでりんごが3個ということになる。我々の感覚では、りんごは1個で大体1、2ドル程度だ。
ついでにこの老人に、銅貨の下にも貨幣があるのかと尋ねた。すると、どうやら銅貨が最小貨幣らしい。それ以下の金額のやり取りは、例えば井戸から水を汲んできてもらうなどの労働を対価としてもらうか、あるいは物々交換で行うんだそうだ。
貧民と呼ばれる低所得者層ともなると、一日に銅貨1枚程度の収入というのも珍しくないらしい。この貧民達は、このりんご3個で1日を暮らさにゃならないことになる。そんな層の住人もここにはいる事が分かった。
りんごが3個も手に入ったので、私はそれを店に持ち帰りアリアンナさんに渡した。
「なんですか?これ。毒リンゴットです?」
「いや、そんな物騒なものじゃないですよ。そこの露店で買ったものです。」
「そうなの?もらっちゃっていいの?」
なんだか妙にうれしそうだ。どうやらアリアンナさん、りんごが好きらしい。
銀貨69枚と銅貨3枚を持ったまま、私はマデリーンさんの帰りを待つ。なかなか帰ってこないが、無事たどり着いたのだろうか?
しばらくすると、空にマデリーンさんの姿が現れた。店の上空からふわっと降りてきて……あれ?スカートが舞い上がって中がちらっと見えちゃったけど、もしかしてマデリーンさん、下に何も履いてないんじゃないの?
などと焦る私の前に降り立ったマデリーンさん。私に向かって叫ぶ。
「伯爵様の伝言よ!すぐにあんたらを伯爵のお屋敷に連れて来いって!」
突然の申し出に、マデリーンさんの下着の件は吹き飛んだ。
「ええっ!?今すぐにですか!?」
「そう。あのでっかい哨戒機とかいうベッドの化け物みたいのに乗って、屋敷の中庭に来いってさ。」
「ええっ!?哨戒機で行っちゃっていいんですか!?」
「つべこべ言わない!急いで向かうわよ!」
私はあわてて店に入って、シェリフ交渉官を呼び出した。そして、哨戒機のもとに向かう。
広場に置きっぱなしの哨戒機はというと……どこからか子供らがたくさん集まってきて遊んでいる。上によじ登っていたり、周りで追いかけっこをしていたり、窓ガラスに顔を押し付けていたり、やりたい放題だ。
私が近づきハッチを思いきり開けると、その音に驚いて子供はみんな逃げ出した。子供の遊び場を奪ったようで心苦しいが、これはおもちゃじゃない。マデリーンさんとシェリフ交渉官を乗せて、すぐに発進準備に入った。
エンジンを始動する。哨戒機はヒィーンという甲高い音を立てる。私は無線で連絡を取った。
「タコヤキよりクレープへ、現地の交渉のため、交渉官と共に伯爵邸に向かう!」
「クレープよりタコヤキへ!了解した!艦長へ伝えておく!」
通信を終えて、私は哨戒機を発進させる。
なんと、この星に着いてわずか2日で、この星の為政者と接触を果たすことになった。