#2 王国最速の魔女とスマホと航空機
「あの、魔女のマデリーンさん、でしたっけ?ちょっとお尋ねしますが、こんな夜になぜ飛んでいたんですか?」
「私は速達専門の郵便屋してるのよ。あの川を越えたところにある帝国に書簡を送り届けて、今その帰りなの。」
「帝国?ええと、さっきは王国といってましたよね?この辺りには2つの国があるんですか?」
「そうよ。」
「その2つの国の名前って、なに帝国となに王国って言うんですか?」
「ここらでは知れた強大な2大国家よ!名前なんて、帝国と王国としか呼ばれてないわ!!何言ってんのよ!」
「そ、そうなんです?じゃあ、他の国は?」
「小国にはヴェスミア王国だのオルドムド公国だのと名前がついてるわよ。でないと、どこの国だか分からないからね。」
いや、その王国や帝国だって、名前がなきゃ分からないでしょうが。わりと大雑把な文化のようだ。
「で、マデリーンさんはその『王国』の人ってわけですか。」
「そうよ。だから『王国最速魔女』ってわけ。」
「ところで、この星には魔女がたくさんいるんですか?」
「あんた、何も知らないのね!魔女なんてそんなにいないわよ。そうね、女100人がいたら、そのうち1人が魔女になるって言われてるわ。でも大抵は二等魔女という空を飛べない魔女で、魔女5人のうち1人が、私のように空を飛べる一等魔女なの。」
「魔女にも階級があるの?じゃあ二等魔女っていうのは、何ができる魔女なんです?」
「そうね、こういうことができるわ。」
そういうとマデリーンさんは、ホウキの柄の部分に手の甲を当てた。そしてそのまま腕を上げる。すると、まるで手の甲に両面テープで張り付いたように、ホウキも上に持ち上がった。
「うわっ、不思議だ、手に張り付いている。すごい……」
「魔女はね、こうやって触れた物を浮かせることができるの。でも二等魔女は自分の体重以上のものが持ち上げられないから、空に飛べないって言われてるわ。私は魔力が強いから、ホウキどころか自分自身をも持ち上げて、空を飛ぶことができるのよ。」
まるで手品を見せられてるようだが、こういう不思議な力がこの星には存在するようだ。ただの地形調査をするだけのつもりが、思わぬところでとんでもない能力を持つ人物に出会ってしまった。
「ところでさ。」
「はい。」
「その口ぶりからすると、あんたのその星の国には魔女はいないようね。」
「いませんよ。アニメやドラマには登場しますが、現実にはいませんね。」
「あにめ?どらま?なにそれ?」
「ああ、ええと、なんていうかな。こういうのですよ。」
私はポケットからスマホを取り出す。画面が点き、アイコンが現れる。
「ちょっと……なんなの、これ。」
「ああ、スマホっていう道具ですよ。ええと確かこのアプリに……」
私は映画アプリを起動し、動画を探す。目的の動画を見つけ、再生してみせた。
『お前のような悪党は、この私が許さないわ!出でよ!集え!我が力、我が星、マジカルイリュージョン!!』
ちょうど今、地球401で流行っている魔法少女のアニメを見せてみた。再生したのは戦闘シーンで、この長いセリフの後に主人公は変身し、街を荒らす悪と戦う。それを見たマデリーンさんは言葉を失った。
「……なにこれ、絵が動いてるわよ。一体、どういう魔力を使ったらこんなことができるのよ!?」
「うーん、魔力というほどのものじゃないですよ。電力は使ってるけど。」
「あんた一体、何者!?数多くの属国を抱える帝国にも、こんな奇妙な物を持ってる人はいないわよ!あなた、ただ者じゃないわね!」
この魔女さん、手に持っているホウキの柄を私に向けてる。
「いや、ただの人ですって。このスマホなんて、我々のところじゃ誰でも持っている道具の一つですよ。」
魔法少女のアニメを見て驚愕する魔女。なんだろうか、このなんとも言えないシュールな光景は。私もまさか魔法少女のアニメを、本物の魔女に見せる日が来るとは思わなかった。
他に、王国のことについて聞いてみた。マデリーンさんによれば、王国は帝国に臣従する国家であり、軍事国家だ。帝国の派遣拡大に貢献した国だそうだが、数十年前には大陸を平定し、今は時折起こる小国の反乱を鎮圧する程度らしい。
聞けば聞くほど、この星の国の体制が見えてきて面白い。王国というだけあって、王様がいる。いや、「国王陛下」とお呼びしなくてはならない。この文化レベルにはよくあることだが、この為政者の名前は公表されていない。単に「国王陛下」とだけ呼ばれ、死後にその名が明かされる。そういうものだそうだ。
こんな調子でマデリーンさんとすっかり話し込んでいたら、ホイマン少佐が私を呼ぶ声がする。
「おーい!操縦席で何か鳴ってるぞ!」
あ、しまった。帰還予定時刻を過ぎていた。多分、確認の無線だ。
「あの、マデリーンさん!ちょっと待ってて下さい!すぐに戻るので!」
私は慌てて操縦席に戻る。そして無線機を取った。
「はい!こちら哨戒機1番機!」
「クレープよりタコヤキへ!帰投時間はとうに過ぎている!一体どこで何をしている、報告せよ!!」
「タコヤキよりクレープ。現在、地上にて統一語を話す住人と接触、この星に関する情報を収集中。継続許可を頂きたい!」
我々遠征艦隊の最も優先すべき任務は、現地住人との接触、そして最終的には政治の中枢を担う人物との接触、交渉である。その現地住人との接触に、いきなり初日で成功したのである。この状況で帰投しろとは、さすがに艦長でも言えまい。
「クレープよりタコヤキ、了解した。艦長に打診する。しばらく待機せよ。」
駆逐艦6707号艦からの無線は一旦切れた。しかし、魔女のマデリーンさんと話し込んでしまい、すっかり時間を忘れていた事に気づく。危ない危ない。
と、焦る私の横に、そのマデリーンさんが立っていた。思わず焦る私。
「あ、あれ?マデリーンさん、いつのまに入ってきたんですか?」
「いや、そこが開きっぱなしだから入ってきたのよ。しかし、なんなのよここは。」
シートや窓ガラス、それに操縦席付近の計器類をまじまじと眺めるマデリーンさん。この操縦席付近にあるものは、この星の住人にはさっぱり分からないものばかりだろう。ホウキを持ったまま、いぶかしげな表情で眺めている。
ところで、明るい場所で見るとこの魔女さん、意外と可愛い顔をしている。外は暗い上に、やや上から目線な話っぷり。てっきりもっときつい顔をした女性かと思っていたが、なんだ、予想以上に可愛らしいじゃないか。
「クレープよりタコヤキへ、艦長の了解が出た。住人との接触を続けられたし。後程、詳細を報告せよ!」
突然、無線から通信が入った。慌てて私は応える。
「了解!接触を続行する!」
これを見たマデリーンさん、さらにいぶかしげな顔をして言った。
「何、今のは?誰と話していたの?」
「ああ、駆逐艦です。我々の乗る船の通信士と会話してたんですよ。」
「はあ?くちくかん?つうしんし?なにそれ?」
「ここからずっと空高くに、我々を乗せる船がいるんですよ。その船にいる人と会話してたんです。」
「へえ、すごいじゃない!遠く離れた人としゃべれるの?なにその魔法!?」
我々からすると、生身の身体のまま空を飛べる魔法の方がすごいが、彼女からすると我々の使う道具の方がすごいらしい。「発達した科学は魔法と見分けがつかない」と言われるが、なるほど、彼女の技術レベルから見れば、我々の道具は魔法そのものなのだろう。
「でも、なんだってその『くちうかん』というやつは連絡してきたの?」
「ああ、帰りが遅いから、どうしてるんだって聞かれたんですよ。」
「そうなの……って、あっ!」
魔女さんが叫ぶ。
「どうしました?」
「私もつい長居をしちゃったわ!どうしよう……アリアンナが待ってるのよ……」
そうだ、マデリーンさんも帰りの途中だと行っていたな。つい引き留めてしまった。
「では、哨戒機でお送りしましょうか?」
「えっ!?哨戒機って、これで?」
「はい、この哨戒機はマデリーンさんよりはずっと速く飛べるので、遅れを取り戻すことができますよ。」
「なんだか、嫌味な言い方ね……」
「すいません。」
「でもまあいいわ。せっかくだから、乗ってあげてもいいわよ。」
いちいち上から目線な話っぷりだな、面倒くさい魔女だ。まあいいか、我々にとって有用な情報を頂いたし、お礼に乗せてってあげよう。
「少佐!ホイマン少佐!」
「あ?な、なんだ?」
「……なんだ、寝てたんですか?これからマデリーンさんを送って、そのあと帰還しますよ!」
「あれ?魔女さんが乗ってる。お前、仲良くなれたのか、この魔女と。」
「はあ?誰が仲良くなったのよ!?私は王国一の魔女よ!そんなに安くはないわ!」
プライドが高過ぎるな、この魔女。いちいち噛み付かないと気が済まないのだろうか?
マデリーンさんには横の席に座ってもらい、飛ぶ方向を支持してもらう。発進準備は整った。
「タコヤキよりクレープ、これより離陸し、接触住人をこの先の王都と呼ばれる都市へ送迎する!」
「クレープよりタコヤキ、了解した、周囲100キロ以内にレーダー感なし、進路クリア!直ちに離陸せよ!」
通信を終えると、私は機内の照明を消して、スロットルレバーを引いた。
「エンジン始動、離陸します。」
ヒィーンという音が後方から響く。上下レバーを手前に引いて、私は哨戒機を離昇させた。
「うわぁ……3人も乗ってるのに、こいつ、簡単に浮いたわ。どんだけすごい魔力持ってるのよ!?」
魔女さんはこの哨戒機に興味津々なご様子。窓の外をきょろきょろと眺めている。
「ええと、マデリーンさん。これからどっちに向かえばいいです?」
「ああ、ええと……こっち!あの明るい2つの星の間に向かって飛べばいいわ。」
「了解!では、発進します。」
スロットルレバーを思い切り引いた一気に加速する哨戒機。速力はあっという間に300まで達する。
だがこの機体、慣性制御により、加速度を打ち消しているため、室内はまるで加速を感じない。外の風景が後ろに流れるような錯覚を覚える。
「あれ!?なにこれ!?なんで周りが後ろに流れていくの??」
時速70キロを出せる魔女さんには、加速を感じないこの機内に違和感を感じざるを得ないようだ。しかも体感したことのない速度。前面の窓の外を、右に左にきょろきょろと見回している。
「ところでマデリーンさん。」
「えっ、はい、なに?」
「マデリーンさんの国って、王国なんですよね。」
「そうよ。」
「てことは、王様とか貴族のような人がいて、国を統治してるんですよね?」
「そうね、さっきも言ったけど、国王陛下が一番偉い方よ。」
「出会ったばかりでこんなこと聞くのはなんですけど、どなたか知り合いはいませんか?王族か、貴族か。」
「いるわよ。コンラッド伯爵様なら私、顔がきくわよ。私のお得意様だし。」
「その伯爵様って、すごい方なんです?」
「そりゃすごいわよ。この王国では事実上、陛下に次いで2番目の実力者なのよ。」
「えっ!?2番目!?そりゃすごい!」
我々の交渉相手となる政治家や役人の知り合いがいないかと何気なく聞いてみたら、なんと国のナンバー2と知り合いだという。これは思わぬ収穫だ。
「どうにかしてその伯爵様とコンタクトを取りたいんだけど、どうすればいいです?」
「コンタクト?御目通り願いたいってことかしら?そうね、まずは書簡かしら。普通、貴族は挨拶の書簡もなしにいきなり会ったりしないから、文を送ってお伺いをたててから面会する約束を取り付けるのよ。」
なるほど、まずは手紙か。交渉官達に言って手配してもらえば、すぐにでも用意できそうだ。
人的接触任務なんて、面倒な上にリスクが高いのでごめんだと思っていたが、案外簡単に事が進んでしまった。この魔女さんに出会えたことに感謝した。
「その手紙、どうやって届けれるんですか?」
「私を誰だと思ってるの!貴族御用達の、速達専門の郵便屋よ!」
ああ、そういえば書簡を届けた帰りだと言っていたな。その手紙も、彼女にお願いすればいいのか。なんて都合がいい。
「でも、配達料は高いわよ。相手は貴族、しかもこの王国一の魔女が送るんだからね。」
「ああ、そりゃ郵便代は必要ですよね。いくらなんです?」
「そうね、銀貨15枚かしら。」
「へ?銀貨15枚!?」
……銀貨15枚って、いくらなんだ?そういえばここは、通貨が違うんだった。
「なによ!高過ぎるって言うの!?」
「いや、高いか安いかすら分からないんですって。それって、なにが買えるくらいの金額なんです?」
「ううん、そうねぇ……ええと、ホウキが一本銅貨3枚で、銅貨10枚で銀貨が1枚だから……ああ!もう!分かんないわよ、そんなの!」
魔女さん、キレちゃった。うーん、しかし困ったな。どうやってお金を手配すればいいんだろうか?
そうこうしているうちに、目の前に大きな都市が現れた。
「ええっ!?もう着いたの!?早!!」
「ここが目的地ですか?」
「そうよ、ここが王都よ。」
私はスロットルを押して減速する。速力を40まで落とし、静粛モードでゆっくりと王都上空を飛ぶ。
月明かりで薄っすら照らされたその場所は、住宅らしき建物がひしめくように建っている場所で、奥には放射状に広がる道路、その中心には中央になんらかの構造物が建てられた、円形の広場が見える。
その向こう側を見ると、明らかに大きな建物が見えた。あれは多分、上流階級の人々が住む屋敷が集まった場所なのだろう。マデリーンさんの話によれば、あれが貴族の住む場所か?
「あの広場に降ります。そこでいいですか?」
「いいわよ、あそこの近くなの、うちの店。」
マデリーンさんが指差す広場の西側に向かい、ホバリングして着陸場所を確認。
下は石畳みのようだ。機体が着陸しても支障はない。ギアダウンして、そのままゆっくりと着陸した。
「あんた、私の店に寄ってく?」
「えっ?ああ、そういえば手紙の配達をお願いするんだった。はい、寄って行きます。」
マデリーンさんに誘われて、店に行くことにした。哨戒機のハッチを開き、出口に行く。
そういえば、ホイマン少佐が乗っていることを忘れていた。私は少佐の方を見た。
……寝てるぞ、この人。どおりで静かなわけだ。私は少佐に声をかける。
「少佐!ホイマン少佐!」
「ん……んんーっ!?」
「今、王都についたんですが、これからマデリーンさんのお店に行くんですよ。少佐はどうします?」
「うーん……寝てるわ、ここで。」
呆れたことに、また寝てしまった。自身の任務と関係ないと分かると、まるでやる気が起きないようだ。
仕方がないので、少佐を哨戒機に残し、私とマデリーンさんの2人で店に向かう。月明かりを頼りに、道を歩いていく。
ある建物の前で止まった。マデリーンさんはその建物の扉を開ける。中はロウソクの火が灯っており、決して広いとは言いがたい店の中を薄暗く照らしている。
その暗い店内に誰かがいる。カウンターの上に布を重ねて、その上に顔を乗せてうつぶせに寝ているようだ。だがマデリーンさんは容赦なく起こす。
「アリアンナ!帰ったわよ!」
いきなり怒鳴られたその女性は、むくっと起き上がる。
「……なに!?って、マデリーンじゃないの。遅かったわね。」
「何言ってんの!これでも早く帰った方よ。帝都まで行ってたんだから、夜が明ける前に帰ってこれただけましでしょ!?」
「何言ってんのよ、待ってる方はたまったもんじゃないわ。全く、あいも変わらず無頓着でお馬鹿な脳筋野郎なんだから、蚊トンボのようにブンブン飛んでりゃいいってもんじゃないわよ。」
このアリアンナという人、今マデリーンさんに向かって随分酷いことを言わなかったか?ただでさえプライドの高そうなマデリーンさんに向かって、そんなことを言っていいのか?
ところがマデリーンさん、まるで意に介すことなく、ホウキを壁に立てかけて黒い上着を脱ぎ始める。一方、アリアンナさんの方はといえば、私がいるのに気づいたようだ。
「マデリーン、誰よ、この三流の仕立て屋みたいな人は!?」
なんだ?今度はこっちに向かって煽り立てるようなことを言いだしたぞ。だが、マデリーンさんは、特になにか言い返すわけでもなく、アリアンナさんに向かって言った。
「お客さんよ。コンラッド伯爵様に書簡を届けたいんだって。」
「ええっ!?コンラッド伯爵様以外の依頼人が来たの!?この店に?どうしましょう、呪われたんじゃない?この店。」
本来、お客が来たのは喜ばしいことだと思うのだが、随分と物騒なことを言い出すアリアンナさん。だが、マデリーンさんは相変わらず気にする様子はない。奥から何か紙を取り出して、持ってくる。
「あれでもね、私と同じ魔女なのよ。魔女2人でこの店をやっているのよ。でも彼女、ちょっと変なことを口走る癖があってね。だから、気にしないでね。」
そう言いながら、持ってきた紙とペンにインクを、私の横にあるテーブルに置いた。
「とりあえず、ここに名前を書いてちょうだい。書簡はいつ持ってくるの?」
「そうですね、明日の昼にでも持ってきます。」
「そう。じゃあ、ここに名前を書いて。」
そう言ってマデリーンさんはペンを渡してきた。陶器製の瓶に入ったインクに先端をつけて書くという、いかにも古風なペンだ。私はこの使い慣れないペンで、言われた場所に名前を書く。
「……なにこの字は。見たことない字ね、全然読めないわよ。なんて書いてあるの?」
「いや、ダニエルって書いてあるんですが。」
「まあいいわ、とにかく明日の昼までに届けたい手紙を持ってきたら、すぐに届けてあげる。料金は、銀貨15枚よ。」
「ええと、銀貨の代わりに別のものでもいいです?多分、金塊のようなものなら手配できると思うんですが。」
「金塊ね……それなら、近くの両替商のところに持っていけば、替えてくれると思うわよ。」
両替ができるのか。なら、お金の方はなんとかなりそうだ。あとは手紙か。すぐに戻って報告し、手配しなければ。
「ありがとうございます、マデリーンさん。また明日ここにきます。」
「いいわよ、手紙ならいくらでも運んであげるわ!持っていらっしゃい!」
「またいらしてくださいね、仕立て屋さん。私とこの蚊トンボを食べさせてくれるだけのお金を運んできてね。」
変わった2人の魔女がいる、この店をあとにした。私は哨戒機に戻った。
「少佐殿、これより帰投します。そろそろ起きてください。」
「なに言ってるんだ。夜だぞ、眠くなるのは当たり前だろ。」
自身の行動を正当化しようと試みるホイマン少佐。どうしようもないぐうたら少佐だ。
だが今回のこの接触は、ホイマン少佐のあの行動なくしては起こらなかった。こんな少佐だが、この人は今回かなり役には立っている。
そのまままっすぐ駆逐艦6707号艦に戻る。そしてすぐに艦長のところへ行き、あの魔女との接触の一部始終を報告する。
「……なるほど、了解した。空飛ぶ魔女というのが信じられないが、哨戒機のレコーダーの画像にも映ってるし、本当にこの星には魔女というのがいるのだな。まあいい、ともかくこの一件、我々にとっては朗報には違いない。現地政府との接触、交渉には2週間かかるというのが通例だから、それが一気に縮んだのはありがたい。だが、問題はその手紙だな。」
「はい、ですが、交渉官殿に頼めば、外交文書くらいすぐに作成してもらえるのでは?」
「いや、それ以前の問題がある。言葉は通じても、文字は異なる。現に少尉の書いた名前が読めなかったのだろう?相手は。」
あ……文字のことを考慮していなかった。そうかしまったな、どうしようか。
「まあ、こういう事態は未知惑星との接触ではよくあることだ。対処方法もあるかもしれない。とにかく、6710号艦にいる交渉官殿に手紙の件を打診することにする。ご苦労だったな、ダニエル少尉。下がっていいぞ。」
私は艦長室を出る。そのまま明日の昼の出撃に備え、すぐに寝ることになった。
急いで食事と風呂を済ませて自室に戻り、現地時間の10時ごろに起きるよう目覚ましをセットして、ベッドに入る。
寝転がりながら、私は少し考えていた。
この宇宙には、不思議なことが2つある。1つは、人類の住む700余の星々はなぜか、全て半径7000光年の円周上に存在していることだ。どうして人類が円状に分布しているのかは、よく分かっていない。
もう一つは「統一語」の存在だ。どの星に行っても、必ず話されている共通の言語がある。これを「統一語」と呼んでいるのだが、なぜこの言葉が存在するのかさえも分かっていない。
ただ、話し言葉が通じるというだけで、文字までは同じではない。統一語に合わせ統一文字というのもあるのだが、これは地球001という最初に宇宙に進出を果たした星の統一語圏で使われていた文字を使っているだけで、この文字は発見されたばかりの星の統一語を話す人々ではたいてい通じない。
マデリーンさんはその統一語を話していた。今回これだけ上手く運んだのは、相手が統一語圏の人だったからだ。空を飛んでいる人物に出会うのもすごい偶然だが、その相手が統一語圏の人だったことも、幸いだった。
しかし、文字が異なる人に向けて、一体どうやって手紙を送るのだろうか?そんなことを考えながら、私はすぐに寝てしまった。