表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

#12 地球760での新たな生活

 内乱鎮圧から、3ヶ月が過ぎた。


 私の読み通り、あの内乱の戦後処理は難航した。約2週間かけて、どうにか和解に持ち込めた。


 で、私の読み通り、公爵殿は今、ヴェリムバッハ王国と我々との同盟締結に向けて精力的に活動している。あれほどの人物、この激動の時代にあって必要とされないわけがない。和解後すぐに、ヴェリムバッハ王国の王室は彼を交渉役の中心に据えるという決断を下す。


 さて、私とマデリーンさんは今、王都のすぐ東隣にできた地球(アース)401出身者の街にいる。


 ここには住居や店など、我々の星である地球(アース)401の街並みそのものが作られた街で、北側には大きな宇宙港が作られている。


 すでに交易が始まっていて、王都上空を全長1000メートル級の大型民間船が頻繁に宇宙港を出入りしていた。


 私も2週間ほど前に、この街に2階建の家を頂いた。10年限定、それまでに地球(アース)401に帰るか、この星のどこかに住居を構えるかを決める必要となる。


 私はすでに、この星に残ると決めている。だから、いつかはこの王都のどこかに住処を構えるつもりだ。まだ10年の猶予があるから、ゆっくりと探すことにしよう。


 で、今日は近所に建てられた大型のショッピングモールが開店する。


 地上4階建、240店舗が収まるほどの大型の店舗。この街では、もっとも大きな店舗である。


 この街の人口はまだ2万人ほど。その人口に不釣り合いなほどの大型店舗だが、これは王都を含む周辺の人々の来訪も加味して作られているという。


 これまでは、宇宙港横の空き地に作られたプレハブ造りの臨時市場で食材などを買っていた。が、ここではあまりにも物品の種類が少なくて王都に出かけることもあったが、これでようやく安定した供給場所を得ることができる。


 ところで、この宇宙港に隣接してできたこの街は、地球(アース)401出身者だけが住める街である。数年間は治外法権を認められた街で、この中だけは「地球(アース)401」として機能している。


 このため、地球(アース)760の人はこの街に住むことができない。立ち入りも、街の南側にある門の事務所で臨時の立入証を発行してもらわねばならない。


 ところが、例外がある。


 地球(アース)760出身者であっても、ある同居条件を満たした者であれば住むことができる。その条件とは、婚姻、または住み込みの使用人のいずれかである。


 もちろん、マデリーンさんは私の妻として、この街の住人に登録されている。サリアンナさんとロサさんも同様だ。


 艦隊の一部が、地上に拠点を得て地上勤務となった。この地上にて、私はパイロット養成を行うことになっている。他の地球(アース)401出身の武官も、多くは士官養成などに駆り出されている。


 近々、この宇宙港の横に教練所ができることになっている。私の今の仕事は、その教練所立ち上げ準備だ。


「パイロットなんざ要らねえよ!戦闘の主力は当然、砲撃よ!」

「何を言ってるんですか!その砲撃支援のためのレーダー展開に、哨戒機パイロットは必要ですよ。」


 準備中の教練所の食堂で、私と砲撃長はこの調子でよくやりあっている。


「まあまあ、どちらも必要なんですから、何もやり合わなくったって……」

「はあ!?整備科なんぞに言われたかねえよ!お前こそ不必要だ!航空機でもちんたらいじってな!」

「あのぉ、整備科はですね、主砲の整備もやるんですけど……」


 やれやれロレンソ先輩にまで突っかかる砲撃長。この通りのパワハラ管理職だから、部下となるとたまったものではない。


 それにしても、この砲撃長も教練所の教官をやるそうだが、砲撃科養成は大丈夫なのだろうか?パワハラのし過ぎで、教練生がいなくならないだろうか、心配だ。


 そんな忙しい日々の合間に訪れた休息の日。しかも、大型店舗の開店の日。私はマデリーンさんと一緒に、そのショッピングモールに行く。


「ダニエル!もう、何グズグズしてんのよ!早く行くわよ!」


 せっかちな魔女だ。そんなに急いだって、まだ開店時間前だ。


 今日開店するショッピングモールは、我が家から歩いて5分ほどのところにある。今のところまだこの星では車を購入することができないため、徒歩かバスで移動するしかない。歩いてすぐのところに店舗ができて幸いだった。


「ねえ、あの大きなお店、ハンバーグの美味しい店、あるかな?」

「そりゃ、あるでしょう。あれだけの店、フードコートにでも行けば一つや二つは見つかるんじゃないの?」

「フードコート?なにそれ?」


 マデリーンさんにはこのショッピングモールのことを戦艦の街のようなものができたと説明していただけなので、「フードコート」なる場所をマデリーンさんはまだ知らない。


「へえ、食べ物屋がたくさん集まる場所のことなんだ。それは期待できそうね。」


 マデリーンさん、早速スマホでその「フードコート」のことを調べていた。随分とスマホを使いこなせるようになってきたな、マデリーンさんも。


 ショッピングモールの前に着くと、出入り口には大勢の人だかりが出来ている。開店まであと3分。この街の人々のほとんどが集まったのではないかと思うほどの人混みだ。


 服装から見て、ほとんどは地球(アース)401の人々だろう。だが、ところどころ王都出身だとわかる服装の人もちらほらいる。大抵は女性で、横には地球(アース)401出身と思われる男性が付き添っている。


 遠征艦隊勤務者は、圧倒的に男性が多い。肉体労働とまでは言わないが、ガサツな業務が多い軍ならではの事情による。


 このため、この街の人口比率も男性が圧倒的に多い。一部、家族連れもいるが、大半は独身だ。


 ゆえに、出会いを求めて王都に進出する男性諸君が多い。ここにいるカップルの多くは、その独身男性が勇気を振り絞って王都に出かけた結果、生まれたものだろう。


 そうこう考えているうちに、ショッピングモールが開店する。高らかなファンファーレの音が流れ、出入り口が一斉に開く。その出入り口めがけて、人々は一斉に流れ込んでいく。


「うわぁ!なにここ!」


 入るとすぐに、円形の吹き抜けが見えた。中央には大きな垂れ幕が吊り下げられている。ようこそショッピングモールへ。そんな感じのことが書かれている垂れ幕だ。


 衣服に雑貨、家電に食品、戦艦の街にも様々な店があったが、ここは生活用品がとにかく多い。戦艦の街はどちらかといえば駆逐艦乗員の息抜きの場。対してこちらは、生活のための品を多く取り揃えている。


 戦艦の街との違いはもう一つある。それは、この星で作られた物産品も取り扱っていることだ。我々が王都周辺の土地を借りて作った農作物も扱っているが、この王都古来の作物から作られたものある。この王都周辺はジャガイモ畑が多く、ここでも王都産のジャガイモを使ったフライドポテトやポテトチップス、その他のジャガイモ料理が売られていた。


 酒屋を覗くと「帝都ワイン」と書かれたコーナーがあった。何本もの瓶に詰められたワインが並んでいる。マデリーンさんはこの帝都ワインが大好きだそうで、早速何本か購入していた。


 おかげで、いきなり重い瓶を抱える羽目になってしまった。重いワインを抱えたまま、我々夫婦は家電屋に向かう。


 ここはごく普通の家電屋。だが、ここにも戦艦の街にはないものが売られている。


 冷蔵庫、エアコン、そして調理ロボット。駆逐艦勤務者の利用する戦艦の街では、ほとんど売られることのない生活家電。スマホのような情報機器も売られているが、この店では生活家電が中心だ。この店の中でマデリーンさんの目に留まったのは、調理ロボットだ。


「ねえ、ダニエル!これ買おうよ!」

「ええっ!?調理ロボットを買うの!?」

「そうよ。当たり前じゃない。私は料理なんてほとんど作れないから、いつもレトルト食品ばかりじゃないの!」


 いや、そこは花嫁修行しようよ、マデリーンさん。と思いつつも、便利な家電だし、いずれは必要だ。そこで、その調理ロボットを買うことにした。


 2本の腕で、台所に固定して使うロボット。この家電屋に頼んで、我が家の台所に取り付けに来てもらわないといけないのだが、店員によると幸いまだ開店直後だったため、待ちがほとんどないという。今日の夕方にも業者がきて、すぐに取り付けに来てくれるそうだ。私はICカードを当てて、注文を確定した。


 せっかく調理ロボットを買ったのだから、食材も買わなきゃいけない。その前に、マデリーンさんお楽しみのフードコートに行く。


 そこには、飲食店の小さな店舗が目白押し。ハンバーガーにクレープ、パスタに寿司、そしてステーキ店もある。


 そのステーキ店に、マデリーンさんのお目立てのハンバーグがあった。


 戦艦の街にあるステーキハウスのハンバーグともまた違ったハンバーグを出すこのお店。何といっても、ここは種類が多い。普通のデミグラスソースにおろし醤油、フォンデュチーズにカレーなどなど。マデリーンさんはフォンデュチーズが気になったようで、注文していた。


 私はなんとなくハンバーガーにした。席に座り、私のハンバーガーをじーっと見つめるマデリーンさん。


「ねえ、あんたのその食べ物、それなんていうの?」

「ああ、ハンバーガーだよ。」

「ハンバーガー?」

「ほら、こうやってパンでハンバーグを挟んだ食べ物だよ。」

「えっ!?ハンバーグ!?なにそれ、私も一口欲しい!!」


 ハンバーグが使われていると聞いて黙ってはおれない、自称ハンバーグ評論家の魔女。一口くれと騒ぐので、一口食べてもらうことになった。


 パクッとかじりつくマデリーンさん。しばらくもぐもぐと食べたのちに、所感を述べられた。


「うーん……確かに美味しいわ。しかも、手軽に食べられるのはいいわね。でも、肝心のハンバーグの味がちょっと足りないかなぁ。」


 などと言いながら、もう一口かじってから私に返してきた。


「あんたのを少し食べちゃったから、お返し。」


 マデリーンさんは、一口ぶんのハンバーグを切ってフォークに刺し、私に差し出してきた。図々しい魔女だが、食べっぱなしでは申し訳ないと感じたのか。せっかくだからいただくことにした。わたしはそのフォークに刺さったハンバーグにかじりつく。


 で、そこからはお互いの料理を食べ始めたのだが、妙に周りの視線を感じる。ふと周りをみると、周囲は独身男性ばかり。我々のこの一連の行動を、妬んでいたのか、それとも呆れているのか、とにかくじーっと見ていたようだ。


 これまでにないハンバーグを食べられてご満悦のうちの魔女。はたから見ればただの可愛いハンバーグ好きな女性だが、実は彼女、ハンバーグ一つで時速70キロで帝都までひとっ飛びできる魔女だ。ここには、そんなマデリーンさんの正体を知るものはいない。


 少し早い昼食を終えた私とマデリーンさん。今度は食料品売り場に向かう。


 そこには、魚や肉、野菜にチーズ、果物などなど、実にたくさんの食材が売られていた。マデリーンさんと共に、食品売り場を巡る。


「ねえ、ハンバーグ作るには、何を買えばいいの?」


 調理ロボットにもハンバーグを作らせるのか?本当にハンバーグが好きだな、この魔女は。スマホで調べて、食材をカゴにポンポンと放り込む。


 だがうちの魔女は、レトルト食品も放り込んでいく。レンジで温めるだけで出来るリゾットやパスタといったこのレトルト品。ハンバーグではないが、最近マデリーンさんのお気に入りだ。これも大量にポンポンと買う。これでは何のために調理ロボットを買ったのかわからない。


 こうしてショッピングモールを堪能し、大量の物品を購入。ようやく家路につくことにした。出口に向かって歩くが、荷物が重い。ワイン数本に大量の食材、その他、どういうわけか雑貨屋で見かけたホウキまで抱えている。いくら何でも、ちょっと買いすぎだ。


 これを抱えて徒歩5分を歩かねばならないのか。ちょっと憂鬱だ。早く車が欲しい。


 来週には、このショッピングモールの中に自動車販売店が開店するそうだ。すぐにでも車を買うことにしよう。毎週この調子では、せっかくの休日に行軍訓練をするようなものだ。


 重い荷物を抱えて、出入り口付近にあるあの円形の吹き抜けのところまできた。大勢の人混みの中、その脇にある店にいる人物が目に入る。


 どう見てもあれはロサさんである。妙にカラフルなホウキを抱え、魔法少女の格好をしている。ピンク色のあまりに目立つ服装をしているため、遠くからでもすぐにわかった。そして、その横にいるのはアルベルト少尉だ。このアンバランスな夫婦がいるお店は、アニメショップだった。


 こんなところに、アニメ専門店があったのだ。なるほど、この夫婦が立ち寄りそうなところだ。


「ロサ!なにやってんの!?」

「ああ、マデリーン。ちょっと見てよ、この店すごいのよ。地球(アース)401の最新のアニメが手に入るの。今、アルベルトと一緒にね、ダウンロードしてるところなのよ。」


 まさかこんなに可愛くて趣味の一致する奥さんができるとは、アルベルト少尉も案外幸せ者である。お互い、スマホを見せ合って確認している。


「ところでさ、ロサ。」

「なに?」

「なんだってあんた、ホウキなんか抱えてんのよ。」

「そりゃあ決まってるじゃないの!こうやって飛ぶためよ!」


 ロサさんは、魔法少女の姿をしているとすこぶる積極的になる。あまりこのアニメのことは知らないが、確か主人公はとても積極的な性格だった。それで、この服を着るとロサさんは主人公に「成りきって」しまうらしい。ロサさんは手に持っていたスマホをカバンに入れてホウキにまたがると、そのまま円形の吹き抜けの中心に向かって飛んでいった。


 開店初日のショッピングモールに突然現れた魔法少女、いや、魔女。少々ややこしいが、魔法少女のコスプレをする魔女がこのショッピングモールに現れた。当然、予期せぬ事態に周囲は騒然となる。垂れ幕の周りをゆっくりと回るその「魔法少女」魔女の姿を、下にいる人々は唖然として見上げていた。


「ああっ!ロサだけずるい!ちょっと待ちなさいよ!」


 なぜか対抗心をむき出しにするマデリーンさん、雑貨屋で買ったばかりのホウキをもち、荷物を私に押し付けて吹き抜けに向かって飛び出した。ロサさんの後ろをついて飛ぶマデリーンさん。


 垂れ幕の周りを無邪気に飛ぶ2人の魔女を見上げる人々。多くは地球(アース)401の出身者だが、このサプライズに皆、歓声をあげていた。


「こらっ!ロサ!私をさしおいて目立とうとするなんて、10年早いわよ!」


 ロサさんを追いかけながら叫ぶマデリーンさん。2人の魔女が、開店したばかりのショッピングモールの店内を舞い上がる。


 この先も、この調子でうちの魔女は目立ちたがるのだろうか?さらにその先、いつか2人の間にも子供ができて、家族でこのショッピングモールを訪れる日がくるのだろうか?


 笑顔で飛び回るマデリーンさんとロサさんを見上げながら、私は不安と期待の錯綜する未来に思いを馳せていた。


「私の名はマデリーン!王国最速の魔女、人呼んで『雷光の魔女』よ!!」


 先にどんな未来が待っているのか、まだ分からない。この高慢で面倒臭くて、それでいて可愛い魔女と私との夫婦生活は、まだ始まったばかりだ。

【完】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ