なつみちゃんのジュース
その日はひどく蒸し暑い日だった。
焼けつくアスファルトに降り注ぐ太陽光、そしてやかましく鳴り響く蝉の鳴き声。
人気のない山道を、4台の自転車が並びながら走っている。自転車を漕いでいるのは、運動系の部活にでも入っているのだろうか、バッサリと髪を剃った坊主頭の四人組の少年達だった。
部活帰りなのか、日が沈み始め夕暮れに染まる山道を汗だくになって移動している。
自転車を停め、彼等は自販機の前で腰を降ろす。
古ぼけた、何代も前の型。錆び付いた筐体にこびりつく虫と汚れ。
少年達は一瞬躊躇したがやはり喉の渇きには勝てず、懐から財布を取り出すと硬貨を自販機に入れてボタンを押した。
ガシャッ ゴトン
無機質な音と共に中から缶を取り出す。
封を開けごくごくと喉を潤していく少年達。最後の一人が缶に手をかけた時、怪訝そうな顔をして手が止まった。
「おい……。ホントに飲んで大丈夫なんか? これ」
彼が今手にしている缶は、年代物のアンティークのように古く、そして自販機と同じように錆び付いていた。
彼が飲むのを躊躇するのも仕方がない話だった。
「なんか型っていうかデザインが古くさいし……なんでこんなモンが入ってんだ?」
ぶつぶつ言いながらも封を開けた瞬間少年は大声を上げて缶を下に取り落としてしまう。
「あ~あ、勿体ね。何やってんだよ」
仲間の少年が軽口を叩いて茶化すが、彼はどうやらそれどころではなさそうだった。顔面を蒼白にしながら小刻みに震えていたのだ。
「お、おい……?」
「どうした?」
仲間の少年達が怪訝な顔をして声をかけるが彼の視線は一点に縫い止められ、動かない。
ーーそう、地面に転がっている缶とその中身だ。
全員の視線が地面に転がっている缶と外に漏れ出した液体に集中していた。
「げえっ……!」
「な、んだ……これ」
「……マジかよ」
アスファルトに流れ染み出た液体は茶色く変色しており、中に混じっている固形物の何かには蛆が沸いていた。
運動後の疲れも相まって思わず胃の中身を吐き出してしまいそうだった。
缶を開けた少年は仲間達と顔を見合わせた。
「どうなってんだこの自販機…………誰だよ管理者は」
「放置されてたんじゃねーの?」
「だったら電気が通るかよ」
「たまたま回線が生きてたとか?」
「使わねー自販機の為に電気代払う馬鹿がどこにいんだよ」
だが、事実彼等の前には電気の通った自販機が置かれている。何世代も前の、古ぼけて錆び付いた筐体が。
「そういえば……自販機で思い出したんだけど」
少年の一人が何かを思い出したように言った。先程缶を取り落とした少年だ。
「なあ、『なつみちゃんのジュース』って怪談話、知ってるか?」
「何だそれ」
「知らねー。始めて聞いた」
「夏みかんのジュース、じゃなくて?」
仲間達は誰もその事を知らなかった。少年は詳しく詳細を語り始めた。
「違う。夏みかんのジュースじゃねえ。『なつみちゃん』のジュースなんだよ」
「はあ?」
「だから……『なつみちゃん』を搾って、ジュースにしたモンだよ。…………言ってる意味、分かるな?」
「「「………………」」」
『なつみちゃん』のジュース。その言葉の恐るべき意味をようやく少年達は理解して、冷や汗を滲ませた。
「な、なんなんだよそれ……。誰が、どうしてそんなものを」
「昔、とんでもねえ酷えいじめを受けてたヤツがいてな。毎回体を取り押さえられて身動きを取れなくさせられた後に、ミキサーで作った特別なジュースを飲まされてたらしいんだわ」
「特別なジュース?」
「ゴキブリとかネズミとか犬のフンとか……。到底飲み干せるようなモンじゃなかったって話だ」
「うげえ…………しかも毎回かよ。死にたくなるな」
「そのいじめの主犯が『なつみちゃん』だったらしい。そいつは、あまりに酷えいじめに耐えかねて、『なつみちゃん』を切り刻んでミキサーにかけて、ジュースにして飲み干しちまったんだと。
色んなヤバいモンを飲み過ぎたせいなのか、あまりにショックを受けすぎたせいなのか、そいつは歳をとらずガキの姿のまんまで、けれど中身は狂ったまんまで。
そいつは一般社会に溶け込みながら、裏では怪人『ミキサー』として、人間を切り刻んでミキサーにかけて飲み干し続けてるんだ」
「「「……………………」」」
これが普段の日常の中なら下らない怪談話だ、と笑い飛ばす事も出来ただろう。
しかし、今、彼等の前には、古ぼけて到底動きそうには見えないのに何故か電気が通っている自動販売機と、得体の知れない何かが中に入った缶があるのだ。
誰も、ぴくりとも動かなかった。沈黙を、件の少年が破る。
「まだ、この話には続きがあってよ。ミキサーは、今も誰かをさらって殺してその体をジュースにして、どこかの自販機で売ってるって…………」
最後は消え入るような声だった。
真夏の猛暑日だというのに、彼等の身体は氷点下を下回るかのように凍え震えていた。
恐怖という寒さによって。
「それじゃあ、この自販機は……」
それ以上を口にする者は誰もいなかった。恐ろしい程の沈黙と静寂の後に、少年達の一人が声を張り上げた。
「へっ! 馬鹿馬鹿しい! そんなヤツがホントにいるならどうして警察は動かねえんだよ!」
「そ、そうだ! それにそんな噂話今まで聞いた事ないぞ!」
虚勢を張り必死に否定しようとする少年達に彼はとどめを刺すかのように告げた。
「ヤツを見た者は一人残らず殺された。だから誰も知らない。警察も動かない」
「じゃ、じゃあ、お前は何でそんな事を知ってるんだ!? おかしいじゃねえかよ!」
「いいやあ、何もおかしい事なんてないさぁ。
だって、俺がその『ミキサー』なんだから」
「「「!!?」」」
仰天し目を剥く少年達。
冗談はよせよ、と声をかけようとした時口が上手く動かない事に気付く。
口だけではない。手も、足も、体全体に痺れが広がりやがて彼等は立っていられなくなり地面に倒れ伏した。
脳裏に浮かぶのは、先程飲み干したジュース。
あの中に何か混ぜられたのだとしたらーー
薬品の入ったジュースを自販機に入れ、彼等がそれを購入し飲み干すように誘導されていたのだとしたらーー
少年達はその時になって思い出した。彼等四人組のうち、一人だけ街の外から引っ越してやってきた者がいた事を。
そして、その者こそーー
県立北一高校の男子生徒四人が夏休み中に突如失踪するという不可解な事件が起こる。警察は捜索隊を編成し日夜捜索活動を行っているが、彼等の行方は依然として知れぬままだった。
「なあ、なつみちゃんのジュースって怪談話、知ってるか?」