第八話 長い長い一夜
今までもわたしの今後に関わる話ではありましたが、これからの話の方がわたしにとって最も重要な話となりそうです。
「まずはわたし、皆様にどうしてもお願いしたい事がございます」
ぐるりと三体の精霊を見まわし言葉を続けます。
「それぞれに呼び名を持って頂きたく思います」
「それは必要な事なのか?」
「必要です」
「思念を使えば済む事なのに?」
精霊には馴染のないものの為なかなか理解できないようですね。
「長い時間を共に過ごしてきた皆様の間柄でしたら、一言で誰に何を伝えたいか通じ合えるでしょう。ですがわたしの場合、例えばこちらの方についてお話をそちらの方からされたとしても誰の事か分からずそこから誤解の生じる可能性も考えられます」
身振りを交えながら白い精霊と灰色の精霊を例えに使い説明をしました。
「それにわたしそもそも思念の会話など出来ませんから。間違いを当人へ確認することも難しくなる為最初から明確に誰を指しているか分かるようにして頂きたいのです」
「成程、それなりに理由はあるようだな」
説得に成功しました。まずは一つこちらの希望が受け入れられたことにほっと安堵の息を吐きました。
こちらの話に最後まで耳を傾けて頂けるところは上位者としては公正な方のようですので実にありがたいお話です。
「では皆様はどのような呼び名をご希望されますか?」
「……思いつかん」
「同じく」
「基準がそもそもわからねぇ」
「ご自分のお好きなものから取るなど、そういった決め方もございますよ?」
それでもなかなか思い浮かばず苦戦している様子。そこから最初に口を開いたのは白い精霊でした。
「面倒だ、もうお前が考えろ」
「え! わたしが精霊様のお名前を!?」
「俺の分も頼む」
「じゃあアタシも」
そこから一気に賛同の声が上がり、三つも名前を考える羽目になりました。
困りましたどうしましょう……精霊に名付けを命じられた人間なんて恐らくわたしが初めてではないのでしょうか。
改めてこの三体の精霊の顔を見渡します。そういえば名付けは直感が大事だとどこかで見たような気がします。
「決めました。貴方がブラン、貴女がルージュ、貴方がグリス、で如何でしょう」
「それって何か意味があるの?」
「はい、皆様の髪色から連想しました」
白い精霊は「白」、赤銅色の精霊は「赤」、灰色の精霊は「灰」。
安直かもしれませんが最初に白い精霊……ブラン様に出会った時、何より目を惹いたのが白く長いその髪で、続いて白い衣装のそのお姿でした。それにグリス様もルージュ様も同様に髪色に合わせた衣装を纏っていますからちょうどよいでしょう。
「ふぅん、まぁいいんじゃないか」
「気に入って頂けて何よりです。ではブラン様、グリス様、ルージュ様、改めてよろしくお願い致します」
受け入れられたようでほっと胸を撫で下ろしました。だというのに
「様付けはやめろ。堅苦しいのは好きじゃねぇ」
「そうねぇ、折角だしルージュでいいわ」
「え? ですがそれは流石に失礼に当たるのでは……」
自身より遥かに上位の存在を呼び捨てにするなど、王女として教育を受けた身では少々抵抗があります。恐らくこの中で最も力と立場が強いのはブラン様でしょう。助けを求めてちらりと目線を飛ばしました。
「別に構わないが。私の事もブランと呼べばいい」
この方は人間に気安くされるのを好まないように思っていましたが違うのでしょうか、予想外です。
「お前が決めた私の名は何だ」
視線がぶつかり合い問われました。城で出会う殿方と言えば礼儀作法の身についた貴族や富裕層ばかりで、王女かつ聖女という最上位に近いわたしへ命令する方などいようはずもありません。殿方に強く言葉をぶつけられたのはこの方が初めてですからどうしても逆らえないものを感じてしまいます。
恐怖でしょうか、軽く動悸とめまいがしてきました。
「ブラン……です……」
「よし」
眉間の皺が無くなって満足げなご様子。
「どうせお前しか呼ばぬ名だ。いつの間にか【ブランサマ】が名として定着しかねん」
気になるところはそこですか……確かに自分だけが様付けされていると疎外感を感じそうですが、この方もそうなのでしょうか。
「そうとも限りませんよ? これから先わたしのようにここへ招かれる人間がいないとも限りませんもの」
「その時はその時だ」
面倒そうな返答に成程、とある意味納得しました。
適当でこだわりが強い。正反対の性質が同居して現状があるのだと。
適当だからこそ人間に過分に干渉することも無くある程度見逃されていて、こだわりが強いからこそ何かが起こった際には徹底的に思うままに対処する……人間への干渉が多ければわたしのような存在を作り出そうとしてもすぐに気づきますよね。
それからは、わたしとブラン、ルージュ、グリスで話を続けました。
話を聞けば聞く程、精霊と人間の生き物としての違いに驚かされます。
「え!? 精霊は家や寝床を持たないのですか?」
「そもそも人間のような長時間の睡眠を必要とせん。眠りたい時にはその辺りの木に寄りかかる等すれば十分だ」
他には身体から汚れが出ない為入浴や水浴びの習慣が無い、記憶力が異様に高い為文字で伝える文化が発達しなかった等……外見は人間そのものなのにその生活は獣のようだと感じてしまいました。
どれ程の時間を掛けたでしょうか、気が付いたら空が深夜から夜明けへと色を変えていました。これまでどうにか気力で補ってきましたが流石に限界です……
「う……申し訳ございません。人間のわたしは眠らないと身体が保ちませんのでお話は一旦ここまででよろしいでしょうか……」
睡眠も食事も必要としない精霊に合わせられるはずがありません。皆、仕方ないといった様子で提案を受け入れて頂けました……ですが、どこで眠ればいいのでしょう。すっかり解散の雰囲気でルージュとグリスが立ち去り、ブランだけが残っています。
「どうした?」
「えっと……野宿なんてしたことがないのでどこで眠ればよいのかわからなくて……」
「確かに。他の精霊にはお前の存在は周知しておいたが、思念も通じない程の低位の精霊が異物を排除せんとお前を襲いかねん」
初耳ですがどういうことですか!
「そんな……野宿というだけでも辛いのに身の安全すら保障されないのですか」
本当にわたしはここで生きていけるのでしょうか、実はここへ連れてきた事すら緩慢な殺意あっての事なのでしょうか。わたしが嘆いている間腕を組みじっとこちらを見ていたブランでしたが、すっと腕をわたしの方へ伸ばしてきたかと思うと
「きゃあっ」
わたしは木の幹を背に寄りかかるブランの足の間にすっぽりと収まっていたのです。
「な、ななな何をするのですか! 離してください!!」
「うるさい黙れ」
「……!」
また語気を強くして命令してきます。今回は今までより距離が近い分余計に身体が強張り動けなくなってしまいました。
「私の側であれば低位どころかどのような者も手を出せん。これなら文句はないだろう」
問題だらけですが! 夫以外の殿方に寝顔を晒すのも身体と身体を触れ合わせて眠るのも、女性としてあまりにも非常識です! 恥ずかしさで顔どころか身体中が熱くなり頭が上手く回りません。
「泣きはしないが結局お前は騒々しいのだな。これ以上騒ぐようであれば私は消えるが、その後のお前がどのような目に遭ったとしても知らんぞ」
「うう……で、ではせめてここではなくて隣に移動してもよろしいでしょうか……」
今の足の間にいる状態ですと耳の側にブランの顔があって時折吐息がくすぐってきてそれがより一層の羞恥心を煽ってきます。背中に感じる胸板も男性であるという事を意識させてくるのでこのような状態で眠れる訳がありません。
「まぁいいだろう。」
許可を得てのそのそとブランの隣で木の幹に背中を預けます。その硬さに顔をしかめてしまいますがここで何かを言おうものなら再び引き戻されてしまうかもしれません。
人間とは違う、ひやりとした冷たい肌の感触にのぼせ上った頭が冷えるのを感じつつわたしの意識は徐々に深い眠りへと誘われるのでした。