第七話 四者会談2
「お前も私の話を聞いていなかったようだな」
眉間の皺が先程から固定された状態になっています。真面目に聞いた上での覚悟なのに少し理不尽だと思います。
「お前を連れ出した際、精霊の管理下に置くと言ったであろうが」
「管理という事はわたしが世界にとって危険な物と判断すれば処分もやむを得ない、という意味では?」
管理とは物事を統率し、正しい状態を維持する事。それならば私の存在は世界にとっては正しくないもので安定を揺るがすものでしかありません。それなのに精霊達は何故おかしな顔をしているのでしょうか。
「お前馬鹿だろ」
「なっ……!」
今の暴言は一体なんですか! あまりにも脈絡が無さ過ぎます!
「自殺志願か? それとも話が理解できない程に頭が悪いのか?」
「アンタ達ちょっと言い過ぎ。馬鹿な子程可愛いからいいじゃないの」
赤銅色の精霊が宥めていますがやはり馬鹿扱いです。
「人間一人始末するのに精霊の領域に連れ込む訳ないし、これから始末しようって相手に親切丁寧に説明してやる程俺らは暇でもねぇし優しくもねぇぞ」
「で、ですがわたしを危険だと言うのでしたら生かしておく理由が分かりません」
恐らく精霊にとって人間は取るに足らない脆弱な生き物としか見られていないでしょう、上位者そのものの態度にそれが透けて見えます。そのような中で不穏の種でしかないわたしを消してしまわない理由が慈悲や憐みの心根であるはずはないのです。
「始末するのであれば最初に気付いた瞬間手を下していた。そうしなかった理由は血が流れるのを好まないだけだ」
意外でした。初めて会った時の様子から好戦的とまではいかなくとも意に沿わない者には容赦のない性質かと思っていたのですが心根はとてもお優しい方でいらっしゃったのですね。
「ああ、汚れるからねぇ」
「それに匂う。一瞬でもあの匂いに晒されるのは耐えがたい」
……どこまでも上からの立場からのお言葉だったのですか。その程度の理由で生かされていた事が情けなくなってきました。
「そういう訳だ。お前は我々の元で監視され残りの寿命までここで過ごすしか道はない。精霊は一度口にした言葉を違える事は無い……これは決定事項だ」
「わたしはもう国へ戻れないのですか?」
「利用する為に産みだされあまつさえそれを隠し偽りの情を交わしてきた者共に未練があるとでも?」
実に様々な出来事があって真実を知って思考の隅に置いていた、いえ考えないようにしていた現実に急激に頭が冷えてきました。
「それとも復讐でも考えたか? そうであるならば阻止させてもらうが」
わたしを「流石は聖女」と褒めて下さった父であった方、親身になって様々な教養を仕込んでくださった母であった方、尊敬し慕ってくれていたはずの妹、微笑みを向けてくれた婚約者……最初から存在すらしていなかったもの。
思えば父にも母にも抱きしめられたことすらなくて。わたしはそれを王女で聖女なのだからあえて厳しく接してくれているのだと見ないふりをして。
「未練も、復讐心もありません。ただ心配をしているだけです」
あの方達は騙していた訳ではなく真実を告げなかっただけ。最初から愛されてなどいなかったことに気付かなかった私が馬鹿でしかなかったのですから。
「あの方達はともかく、【聖女】を失った国は今後は精霊の守りも無く本来の力で自然に立ち向かわなければなりません。……それで最も苦しむのは国民ですもの。彼等に罪はありません」
前日に一年間の魔力を注いだ為それまでは問題はないでしょう。その間にもう聖女とその守りは得られないと国の上層部が国民に周知し以降の対策を立てられれば。けれどもし同じ過ちを繰り返してしまったら……
「せめてわたしが生きている間だけでも国の為に魔力を使いたいのです。それだけ認めて頂ければわたしは一生皆様の元に囚われましょう」
自らが望んだものではなくともわたしは【精霊の寵愛を授かりし聖女】。せめて最後の聖女として役目を果たしたい。
「……その程度ならよかろう。人間であるお前は精霊の領域から出るには我々何れかの承認と同行が必要となる。くれぐれも逃げ出そうなどと愚かな考えは持たぬように」
「わかりました。これからよろしくお願い致します」
人間と精霊では相容れない習慣や常識、そういったものがあるでしょう。ここでの異物はわたしなのですからこちらが従わなくてはなりません。
ようやくわたしの置かれた状況と今後について確定し、深々と頭を下げたその時でした。
ぐう
仕方がなかったのです。祝宴の際は挨拶に忙しくまた胸も一杯で食事が喉を通らず、夜は夜で夫になるはずであった方と一緒に食べる予定でしたから!
そこへ今回の事件が起こり泣いて体力を消耗し、とどめに頭を下げた事による腹部の圧迫。
不可抗力ですどうか聞かなかった事にしてください、とそんなわたしの願いも空しくその場の全員に聞こえていたようで何やら微妙な反応をしています。
何故皆困ったような顔をしているのでしょう。恥ずかしくて今一番困っているのはむしろわたしのほうです。
「そうか、人間は食物を摂取しなければ生きていられないのであったな」
「人間は何食うんだったか? お前時々人里に降りるんだからわかるだろ?」
「そりゃ少しは知ってるけど……ここには人間の食べられるものなんてないけどどうするの?」
そこからですか! そこからして常識が違うのですか!
精霊のここでの暮らし方や常識に従うつもりでしたが流石にそれは受け入れられません。もしかしたら他に人間としては当たり前の事も何もご存じないのかもしれません……
城のような暮らしを要求するつもりなどありませんでしたが最低限人間らしい暮らしを望みたく思います。
「あの、一度常識のすり合わせを行いたいと思いますのでもう少しお話を続けてもらってもよろしいでしょうか?」
命の危険こそありませんがこれから予想される様々な種族間の常識の衝突を思うと、ここでの暮らしに若干どころではない不安を感じてしまうのでした。