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第三十五話 永遠の別れ

「ただいま。久しぶり」


 ある日ルージュが朗らかな声と共にやって来ました。……そういえば一月程姿を見ていなかったような気がします。


「ああ、戻ったか。首尾はどうだ」

「二組くらいしか見てないけど何とかなりそうね。それよりも潜伏し続ける方が大変だったわ」

「すまんな」

「お嬢ちゃんの為でもあるからね、いいのよ」


 わたしが迎えの挨拶をする前にブランと二人だけで話を進めていました。察するにブランがルージュに何か頼み事をしていたというのは分かるのですが……わたしの為とは一体何なのでしょう。

 じっと見ていると気が付いたようにわたしの元へやって来ました。


「……これに人間の出産の様子を観察するように言っておいた」

「何しろアタシ達にとっても初めてだからね。産んだ後のお世話とか」


 成程、それは確かにここでは知る事のできない知識でしょう。その為にわざわざ人間の街へ潜入していたのですか……それも一月も。わたし一人の為に彼らに手間を掛けさせてしまった事に申し訳なさを感じてしまいます。


「……気にするな」


 その時ぽん、とわたしの頭に彼の手が置かれました。察してくれたのでしょうか。ルージュだけが分からないような不思議な顔をしています。


「何の話?」

「いえ、何でもありません……ルージュ、ありがとうございます」

「いいのよ、アタシ達じゃ大したことしてやれないんだから……」


 彼女の目線が下がり、いつ産まれてもおかしくない程大きくなったお腹を見てしみじみと呟いています。これまでもたくさん助けてもらっていたので気にしなくていいと思うのですが。


「いつまでも立っているものではない、お前は座れ」


 立ち話の状態であった為、ブランが肩に手を回して促してきました。以前ならこういう時は問答無用で抱き上げられて運ばれていましたが今は大きくなったお腹に負担だからとしてくれなくなりました。

 こういった小さな事で嫌が応にも身体の変化を感じてしまいます。


「よう。……何だ、お前もいたのか」

「グリス! お久しぶりです」


 続いてグリスの来訪がありました。彼も忙しいのは相変わらずですが時々訪ねてきてはわたしに異常がないか診てくれていたのです。立ち上がって迎えるついでに飲み物でも用意しようとするとブランに制止されてしまいました。


「あまり動くな。……見ていて気が気でない」

「心配し過ぎですよ、このくらいで」


 冗談めかして言ってみても彼の目は真剣そのものでした。


「でかい腹抱えて動くもんじゃねぇだろ」

「大人しく言うこと聞いておいた方がいいわよ、心配だもの」


 続く援護射撃に反論もしづらく、素直に引き下がる事にしておきます。これまでも皆世話焼き気味でしたがお腹が目立つようになって過保護振りに磨きが増したような……。


「皆揃うのっていつ振りかしら」

「別に集まったからといってどうということもあるまい」

「もう……皆でお話できる機会だって限られているのですからたまにはいいでしょう?」

「……顔合わせ辛いんだよ」


 グリスの言葉にルージュも目を伏せて俯きました。当のわたしは気にしていないのに彼らは度々先の事を考えては落ち込んで。真剣にわたしを助けたいと思ってくれているのはありがたいのですがね。


「今更お前が気に病んでも仕方あるまい」

「うるせぇ……そう簡単に割り切れるか」


 また喧嘩が始まってしまうのかと慌てて立ち上がりかけるとルージュが苦笑してわたしを留め、ブランもグリスも互いに盛大な溜息をつくだけで終わりました。


「もう少し死にたくないと泣くような奴だったらまだ宥め役にだってなれたんだが……開き直られちゃこっちはどうすりゃいいんだよ」

「どうもする必要はない、お前達には産まれた後こそ助けてほしいことが多いのだからな」


 やはり彼らが揃うのは久しぶりという事もあって今日はブランも雄弁です。


「人間の母親でも子供を一人で育てるのは大変だと聞きますからね、ブランをよろしくお願いします」

「……そのような事は言わんでいい」


 わたしが頭を下げるとブランが少し不機嫌になっていました。信用していないと感じたのかもしれませんがそうではなくて、彼の負担を心配していただけですのに。


「それよりも、人間の出産について話を聞かせてほしい」

「そうね、必要なものだってあるからね」


 そしてこの日はルージュの見てきた出産前後の妊婦についてじっくりと聞かせられることになりました。ただ気になったのは産婦についての話が大半を占めていたこと。わたしの場合ならその話は必要ない筈ですのに……そう感じた疑問はわざわざ問うつもりもなく聞き役として努めました。

 子供と共に健康で出産を終えた女性の話が羨ましく感じたのは内緒です。


 そして、それから一月程経って


「痛っ……」


 時間を置いて、お腹や腰が痛むようになってきました。遂にこの日が来たのですね……あの日生き方を決めてからただこの時の為にわたしは生きてきました。

 未練といえばブランや子供に関する事だけ、でももう今のわたしに出来る事は何もない。そう言えるように頑張ってきたのですから穏やかな心持で出産に挑むことができました。


「フィナル……気を確かに」


 ブランがわたしの手を握って苦し気な表情を見せています。時折起こるお腹の痛みに耐えかねてつい彼の手を強く握りしめてしまいましたがそのようなことなど気にしていられないようでした。片手を握られ、もう片方の手には初めて会った日のあのマントを抱えています。今までわたしを守ってくれたこれがあると安心できるんです。


「ブラン……この子のこと、よろしくね……」

「……ああ、任せろ。何事からも守ってやろう」


 強く返された答えに安堵の息をついて、わたしはお産に専念します。ルージュが細々とした世話をしてくれているのでその点は問題はありません。


「ぐぅっ……! い、痛い……」


 次第に強くなる痛みに呻き声を上げる度ブランが顔色を変えています。本当に心配し過ぎですね。わたしが死ぬのは分かり切っている事なんですから子供の事だけを心配していればいいのに。

 ……でもありがとう、最期までわたしの事を考えてくれて。


「フィナル、覚えているか? 最後の瞬間まで側にいると約束したことを」


 忘れる訳がありません、それがここまでのわたしの支えでしたから


「それを叶えるにはもう少し時間が必要だ……待っていろ」


 ブランは何を言っているの? 今にもわたしの命は尽きてしまいそうなのに……


「愛している」


 突然何を? そんな事を言われたらわたしも貴方に伝えたくなるのに、もう声が出せない。

 段々と……お腹だけでなく、全身に痛みを感じるようになって……これが、高い魔力を持った子を産む時の死因でしょうか……

 もう意識が……目も開かない……せめて、一目だけでも子供に……会い……た……かっ……


「フィナル!」


 かろうじて聞こえたわたしを呼ぶ彼の声を最後に、わたしの身体からは痛みが消え失せ意識は闇の中へと沈んでいきました。

 たった二十年程の人生だったけど、きっとわたしは幸せだった。

 ありがとう、二年間守ってくれて。愛してくれて。

 だから、さようなら……わたしの、愛する夫。

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