第三話 聖女とは
何故、わたしはこのような目に遭っているのでしょう。
「さあフィナリールよ、精霊にその身を捧げ新たなる聖女の母体となるのだ」
今日は私の十八歳の誕生日で幼馴染のエリオット様と結婚の儀を終えたばかりで、本来ならロマンチックな初夜を迎えている筈でした。
侍女に連れられて辿り着いたのは不気味な地下室で部屋の中央には見たこともない祭壇が置かれ、その周囲には光を放つ魔法陣。
どういうことかと問う間も無く私は乱暴に取り押さえられ、手足に枷を着けられ祭壇まで運ばれてしまいました。気が付いたら首を動かすのがやっとという程に完全に仰向けになって固定されていたのです。
「一体何をするのですか! 今すぐこれを外しなさい」
どれだけ動かしても枷はびくともしません。改めて周囲の人間を確認するとそこには見知った顔ばかりが並んでいました。
「お父様! お義母様! エリオット様! シルヴィア!」
どうして皆黙って見ているのでしょうか、助けてくれないのでしょうか。
「お父様! 早く彼等を止めてください!」
お父様なら私を助けてくれると信じていました。
けれどお父様が私に向けた表情は、嫌悪そのものでした。
「お父様などと呼ぶな汚らわしい! 私の娘はシルヴィアただ一人、最早お前は新たな聖女を得る為の器でしかないわ!」
「お……とう……さま……?」
わたしがお父様の娘ではない? そんな、だって今までそのような態度ではなかったのに、どうして?
お父様だけではありません、お義母様もシルヴィアもエリオット様も大臣達も皆同様の顔をしています。わたしがお父様の娘でないというなら、わたしは一体どこからやってきたというの?
「我が国は代々の聖女によって栄えてきた……しかし都合よく王家に魔力の高い娘が必ず生まれると思うのか?」
お父様が、いえ国王が語りだしました。
それはこの国の秘められた建国の歴史。
「我々の祖先は元はこの地に辿り着いた流民の一族であった。未踏の地故土地は痩せ実りは無く、苦難を乗り越えてきた仲間達が次々と倒れていった。そんな時ある人物が精霊召喚の秘術を行い、娘の一人を差し出た。大地を豊かにしてほしい、災害から守ってほしいと。
その願いは聞き届けられ祖先は命を繋いだ……それから少しして生贄の娘に赤子が宿っていた事を知った」
つまりは、身を差し出すというのは。
ごくりと喉が鳴ります。
「産まれた赤子はまさに精霊の娘というべく強い魔力を持っていたがそのような子を産むのに母体が耐えきれる訳もなく、子の誕生と同時に生贄の娘は絶命した。
一族で育てられた子は成長すると共に精霊譲りの魔力を誰に教わることもなく使いこなし一族を守っていた」
周りの人達の表情に驚きがないという事は、知らなかったのは私だけだったようです。
「精霊の娘によってもたらされた恵み、しかしそれは永遠ではない。
精霊の娘を失う事を恐れた一族は皆の為、再び精霊召喚に手を出した……今度は大地の豊穣等ではない、精霊の娘に子を宿して貰う為に」
「……!!」
そのような恐ろしい事を祖先が行っていたなんて……まさか、聖女というのは、もしかして。
「目論見通り精霊の娘からも、精霊の魔力を持った子が産まれた。そしてやはり母体となった娘は死んだ。ここで新たな発見があった……精霊の魔力を持った娘を母体とすれば、母体以上の魔力を持った子が産まれると」
もう聞きたくない! 耳を塞ぎたいのに枷にはめられてそれもできない! これからのわたしがどうなるかなんてもう知りたくない!!
「……それからは精霊の娘が産まれると【精霊の寵愛を授かりし聖女】と呼び国へ魔力を注がせ、役目を果たした後は母体として利用する。こうしてこの国は栄えてきた。男児が産まれては母体として使えない為女児のみ産まれる呪いも掛けて。ただ精霊に一人の娘を捧げその代償に加護を願っても長い効果は得られないのでな、十八歳まで精霊の魔力を使う事が出来る聖女の存在はこの国にとってなくてはならないものだ」
「わたしのお母様も……同じ事を?」
気力を奮い立たせ震える声で何とか問えば、忌々し気に頷きました。
「聖女は精霊の為の生贄。人間がその純潔を汚しては精霊に受け入れられないかもしれん。故に、婚姻を結んだその日の夜に精霊に捧げ子を宿して貰う」
エリオット様は頑なにわたしに触れようとしませんでした。それももしかすると。
「エリオット様……最初から知ってて……」
エリオット様へ顔を向けると涙が一筋零れていきます。どうかわたしの予想が外れていますように。
けれど現実はどこまでも残酷なものでした。
「勿論そうだよ、これは聖女の夫となる者、この国の王となる者に代々伝えられる儀式なのだから」
どうしてこんな時までいつもの微笑みなんですか!
「エリオット様はわたしの事を大切だと! 大事な婚約者だと言ってくださったではないですか!」
「今でも君の事はとても大切だよ、何せこれからの国を支える聖女を産んでもらわなくてはならないのだから」
あの優しさも言葉も全てわたしではなく、【聖女】がもたらすものの為の紛い物だったと?
……いえ、本心なのでしょう。ただ最初からわたしの事を【愛すべき女性】として見ていなかったというだけで。ところでどうしてシルヴィアがエリオット様に寄り添って立っているのですか? そこはほんの少し前までわたしの居場所でしたのに。
「お姉様心配なさらないで。エリオット様も貴女が残す次代の聖女も、全てわたくしが責任もって受け入れて差し上げますから」
「シルヴィア! 貴女まで……!」
「君はこの儀式が終わった後は出産を終えるまで安全の為部屋に閉じ込める事になっている」
「聖女が産まれ次第お姉様の死と共にエリオット様とわたくしの婚姻が発表されます。お父様とお母様のように夫婦で両親の役を演じますからご安心なさって?」
「シルヴィア、私はまだフィナリールの夫という立場なのだから少し気が早くないかい?」
「うふふ、エリオット様の【けじめ】というものですね」
仲睦まじく話している二人の姿がどこか演劇の舞台のように遠く感じられて、なじる言葉一つ口にすることができませんでした。
「では、儀式を始める!」
「嫌! 考え直して! 誰か助けて!!」
何とか枷から抜け出そうとしても非力なこの身ではびくともしません。いっそ人外の異形の者に汚されるくらいなら……
「少し騒がしいな。誰かフィナリールの口に布でも詰めてくれないか? ここで舌を噛んで自殺でもされたら大変だからね」
「んんんっ!」
無理矢理口をこじ開けられ中に布が詰められ、更にその上から猿轡を咬まされ悲鳴はくぐもった音にしかなりませんでした。
国王の宣言と共に周囲の魔法陣が光を放ち、長々とした呪文の詠唱が響きます。
ああ、こうして代々の聖女は同じ光景を見てきたのですね。
精霊の血を持ってしても、聖女としての務めを果たしているときも、精霊を見た事は一度もありません。伝承では様々な獣の姿を取っているとされていますが……わたしは言葉も通じない獣に汚されるのですね。
せめて呼び出された精霊が、生理的嫌悪感を感じる姿ではないようにとささやかな願いをかけるしかありませんでした。